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04 その男、有名につき

「それじゃあ最後に、お二人握手でお願いします!」


 言われるがままに、自身の隣に立つ社長と右手を重ねると、カシャカシャとまばらなシャッター音が響く。

 始めて袖を通した赤と黒のユニフォーム。

 その胴と背中には29という数字が入っている。


「オーケーです、ありがとうございましたー」


 そう声が掛かって、社長の右手を離すと、目の前の記者達に向けて軽く頭を下げた。



 初の練習参加を前に、クラブハウスの一室で、僕の新加入記者会見が開かれた。


 記者会見と言っても大それた事は無く、目の前にはクラブ馴染みの番記者や、フリーのサッカーライターが数人いる。

 ほとんど顔見知りだけで構成されたような会見は、半ば社長と記者との座談会みたいになっていたし、僕はと言えば意気込みがどうとか、そんな当たり障りのない質問にポツポツ答えるだけ。


 時期外れの途中加入、しかもほとんど実績の無い若手選手の会見なんてそんなもの。

 むしろ会見を開いてくれただけでもビックリしたくらいだ。


 そんな、僕というサッカー選手についての話を少しだけ。


 北野大地。

 年齢は18歳、身長は175cm、体重58kg。

 登録上のポジションはフォワード。

 前線でプレーする事をメインとする選手だ。

 フォワードの選手としてはまぁ、小柄な部類だと思う。


 元の所属は浦和レッドシティFC。

 1部リーグに属する、リーグを代表する人気クラブだ。

 そんな強豪チームから、2部の札幌FCに移籍する事になったワケだけど。


 今回の僕の移籍は、【育成型期限付き移籍】という制度によるものだ。

 Nリーグでは、シーズン中の選手の移籍は、7月の4週間に限られていて、登録ウインドー外での選手の移籍は認められていない。


 その中で例外的に認められているのが、【育成型期限付き移籍】。

 細かい規定を抜きに言えば、「出場機会の得られない若手選手に下部リーグで修業させる」という制度だ。


 所属クラブで出場機会が得られずにいた僕と、そんな僕に経験を積ませたいチームと、そんな若手でも使える選手が今すぐ欲しいチーム、三者にとってWIN-WINな移籍……だと良いんだけど。


 実際は早々に監督の構想外になって腐りかけてた僕を持て余した元のクラブが、預かってくれそうなチームを探し、ようやく見つかったのが札幌FCだった、という。


 もちろん、そんなネガティブな理由を面と向かって言う人はいないけど。

 札幌というチームが得点力不足に喘いでいて、ケガ人も多いというのは嘘じゃないと思う。

 ただ、期待されているワケでもない。

 エゴサしても僕に期待するような意見は皆無だったし、今の会見での記者さん達のトーンでも明らかだ。


 まぁ、僕自身もそう思っているんだから、同情の余地なんてない。

 むしろ半年このクラブに腰かけてる間に、ウチの監督解任されないかなぁ……なんて考えてたり。

 そんな後ろ向きな考えの自分も、今じゃすっかり受け入れてしまっている。

 ……いつからだろう、こんな風になったのは。


 僕がプロとしてデビューしたのは2年前、16歳の時。

 ユース所属の2種登録選手としてではあるが、この年齢でトップカテゴリーの試合に出る事が出来るのは、ほんの一握りだけ。

 その点で言えば、北野大地という選手は同世代の中でアタマ1つ抜けた存在だったと言っていい。


 そんな初出場の試合で、僕はいきなりゴールを決めた。

 期待の若手FWの、センセーショナルなデビュー戦。


 そのままトップチームに定着し、プロ契約を勝ち取り……。

 だけど結局、僕が浦和で上げたゴールはそれが最初で最後。


 やがて出場機会は少なくなり、袋小路に迷い込んだような気分のまま。

 高校を卒業して、意気揚々と挑んだ今シーズンも、ポジション争いに加わる事すら出来ず。


 期待の若手として華々しくデビューした16歳は、いつの間にか、数多の選手に埋もれる変哲もない18歳になっていたという。


 サッカー界ではよくある話だ。




 **********


「いよぉ、昨日は悪かったな」


 クラブハウスを出て、練習場に向かうところで声を掛けてきたのは、昨日寮で出会った無精髭の男だった。


「いえ……、まぁビックリはしましたけど」


 僕がそう言うと、軽薄そうな笑みを浮かべる。


「北野です、今日からお世話になります」

「おう、よろしくな」


 改めて挨拶をするが、男は名乗らない。

 名乗る必要もないくらい、有名だという自覚があるからだろう。

 実際、サッカーが好きで目の前の人物を知らない人はいないんじゃないかな。


 それくらい、この無精髭の人物、明石英彦(あかしひでひこ)は有名。


 明石英彦と言えば、00年代の日本を代表するミッドフィルダー。

 正確な年齢は忘れたけど、間違いなく40歳は超えているハズ。

 僕が生まれる更に前からプロとしてやっている、真に大ベテランと言って良い。


 この札幌でキャリアをスタートし、当時のチームを瞬く間に1部リーグに昇格させたレジェンド。

 その後は欧州のクラブを渡り歩き、日本人選手の海外進出のパイオニアとなった。


 ワールドカップにも3大会連続で名を連ね、フリーキックからゴールも記録している。

 

 僕はリアルタイムでは見てないけど……映像で知る昔の日本代表は、何故かやたらと赤髪だ金髪だと派手で奇抜な髪型の選手が多くて。

 でも、そんなメンバーの中でも、「ヒデ」がどこにいるか、すぐに分かるのだ。


 すっと背筋を伸ばし、顔を上げた独特の姿勢。

 重心の低いドリブル。

 ボールを持っている時も、持っていない時も、常に左右に首を振って周りを見る。

「ヒデ」がボールを持てば、前線の選手達は一斉に動き出す。


 ピッチ上の王様。


 そんな表現が似合う、日本のエース。

 それが……。


「結局あの後、レナが怒って帰っちゃってよぉ……、ムラムラして眠れんかったぜ」


 へへへ、と下卑た笑いを見せながら、これ見よがしに自分の股間を掴むおっさん。

 ……これが今の明石英彦だ。

 とはいえ、正直昔から清廉なイメージは無いので、およそ想像通りの人物像ではある。


 ピッチ上の王様は、プライベートでの素行の悪さも超有名。

 特に女性関係。


 若い頃から流した浮名は数知れず、不倫だの離婚だの、移籍先の海外に隠し子がいるだの、×を重ねすぎた挙句慰謝料で首が回らないだの、マスコミの格好のネタとして君臨してきた。


 極め付けは代表キャバクラ事件。

 あろうことかこのおっさんは、国内で行われた日本代表の合宿中に若手選手6人を連れ出し、キャバクラで豪遊したという衝撃的なニュースを引き起こした。

 その様子を週刊誌に撮られ、その時の選手達は「キャバクラ7」と呼ばれ、当時の代表監督、協会は激怒し、代表から追放されるという前代未聞のスキャンダル……。


 当時は子供だったので、イマイチよく分からなかったけど……、今なら言える。

 ……馬鹿だろこの人。


 そういうワケで、「ピッチ上の王様」と呼ばれる明石英彦は、一歩ピッチを離れれば「スキャンダルの大王」と呼ばれている。


「明石さんは……しらかば寮に住んでるんですか?」

「ヒデでいいぞ、ダイチ。 良いぞ~あそこは。 メシも上手いし、練習場も近いし。 サッカーするには最適さ。 唯一、彼女を連れ込みにくいのが難点だな……」


 無精髭の生えた顎をすりすりと撫でながら、明石さんが言う。

 何故僕の部屋で事を起こそうとしてたのか気になったけど、初対面であんまり突っ込むのもなぁ……。

 一回り以上違うこのおっさんと、何を話そうかと考えていると……。


「お前彼女いんの?」


「へ? いや、いないですけど……」

「いねえのかよ。 まさか童貞か?」

「……」


 返す答えを持たず、閉口する。

 沈黙もまた答えなんだけど……。


「かかっ、マジかよ!? 若いクセにだらしねぇな。 その面でサッカーやっててモテねえのか?」

「いや、そういうワケでは無いと思うんですけど……」

「サッカー選手たるもの、良い女抱いてこそ仕事に精が出るってもんだぜ? お、そうだ。 今度レナに友達紹介しろって頼んでやるよ。 あいつの友達は可愛い子が多いぞ~」


 そう言って、へへっとまた下品な笑みを零し、股間を右手でまさぐる。


 ……こんなんでも、日本のレジェンド選手なんだもんなぁ……。


 そんなくだらない話をしながら、ヒデさんと共に練習場へ向かった。



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