03 しらかば寮
社長との面談を終えた僕は、笑子さんに連れられて、クラブハウスの近くにあるという選手寮へと案内される。
間もなく、門の入口に『しらかば寮』と書かれた建物の前に到着した。
まだ築5年、という事で見た目からして非常にキレイだ。
今日はまだ届いていない荷物もあるし、一日移動で疲れているだろうとの配慮でクラブ側がホテルを取ってくれているが、明日からはここに住むことになる。
シーズン中はアウェーの試合で各地を回る事も多いけど、帰ってきたときに住む環境が良いのは嬉しい事だ。
笑子さんの後に続いて、寮の中へと入る。
広々とした玄関だ。
「シノさーん! いますかー?」
玄関に用意されたスリッパを手際よく取り、笑子さんは慣れた様子で中に入っていく。
それに倣ってスリッパを履くと、パタパタと足音を鳴らしてエプロン姿の小柄な女性が出てきた。
「あ! シノさんこんにちわ! 大地君、連れてきましたよー!」
「笑子ちゃん、いらっしゃい。 待ってたわ」
そう言って女性がこちらに目を向ける。
反射的にこくりと会釈する。
「お世話になります、北野大地です」
その場で名乗ると、その女性は柔和な笑みを浮かべてから深くお辞儀をする。
「こんにちは、大地君。 ここの寮母をやっている小山シノです。 困った事があったら遠慮なく言ってね」
「シノさんの料理はめちゃめちゃ上手いから楽しみにしててねー!」
「ふふふ、ありがとう、笑子ちゃん」
横から割り込んできた笑子さんの肩を軽く叩くシノさん。
年齢は40代前半、といったところだろうか。
年相応な見た目だけど、目鼻立ちの整った美人だと思う。
「さ、立ち話もなんだし、こちらへどうぞ。 寮の事について、色々説明するわ」
シノさんに案内されて、通された一室。
ダイニングと、リビングと、レクリエーションルームが合体したような広い部屋だ。
窓際の日当たりのよいテーブルに案内されて、椅子に座る。
そこで少し待っていると、シノさんが何やら飲み物を載せたトレイを持ってやってきた。
そしてシノさんから、この寮での生活について説明を受ける。
食事の時間、有無の伝達、ゴミの分別、共同スペースでのマナー、門限……。
ユース所属の選手、練習生、プロ4年未満の若手、海外からやってきた外国籍選手、クラブ関係者……、例外的に住み着く独身のベテランに至るまで、この寮には様々な人が暮らしているという。
選手が快適にプレーする為の住環境。
資本となる体を作る食生活。
一緒にプレーする仲間とのコミュニケーション。
特に僕みたいな若手は、こういう寮での生活を通して、選手として成長していかなくてはいけない。
それを支えてくれるのが、シノさんのような寮母、寮監さん達だ。
今は不在みたいだけど、寮監さんはシノさんの旦那さんで、二人ともこの寮に住み込みで働いているそうだ。
自分達の生活を捧げてまで、僕たちのプレーを支えてくれる人たちがいる。
とてもありがたい話だと心底思う。
寮の2階と3階には、選手の為の部屋がある。
僕に割り当てられた部屋は3階の307号室。
シノさんからの説明を一通り受け終わり、僕と笑子さんは寮の3階へ。
シノさんから渡された部屋の鍵を持つ笑子さんが、ルンルンと階段を上る。
失敗したな……。
後ろから付いていく形になってしまった為、笑子さんが履いているスカートから、チラリと太腿の深い位置まで見えてしまう。
そんな気はないんだけど……どうしても目のやり場に困る。
てか笑子さん、別に部屋まで案内してくれなくても良くないか?
部屋の鍵だけくれれば、一人でも見に行けるんだけど……。
そんな事を考えながら、目を伏せて階段を上る。
もう少しで3階到着、という所で笑子さんのスマホが鳴った。
「はいはーいっ! 月形です。 あ、四谷さんっ! お疲れ様ですー!」
笑子さんは階段を登り切り、その着信に応じる。
電話の相手は四谷GMのようだ。
廊下の壁に身を寄せて話し出した笑子さんが、話しながら持っていた鍵を僕の方へ突き出す。
持って先に行けって事だろうか。
あまり深く考えず、突き出された鍵を受け取り、そのまま廊下を進む。
間もなくして、“307”と書かれた部屋の前に付いた。
「……やだ……ちょっと……きょ……ダメだってば……」
「……だろ?……だけ…………な?」
「もう…………あっ……!」
……気のせいかな?
……何か部屋の中から男女のくぐもったような声が聴こえた気がしたんだけど……。
そう思いながらも、鍵を差し込んで回す……も、鍵が開いた手ごたえなし。
……っていうか……鍵、かかってなくない?
激しく嫌な感じを受けながら、ドアノブを回す。
手前に引くと、容易に扉が開いた。
そして……。
「「あっ」」
「あっ?」
信じがたい光景が飛び込んできた。
備え付けのベットの上、足を絡ませながら横になる二人。
一人は茶髪の女性……着ているシャツはだらしなくはだけ、肌色の肩が見えてしまっている。
そしてその横には無精髭を生やした男。
その女性の肩を抱きしめるように自身に寄せ、首筋へと顔を寄せている。
そんな二人とバッチリ目が合う。
時間にして数秒……、奇妙な静寂が、僕と、目の前の二人の間にはあった。
「ちょちょちょちょちょちょっと!! ななななにやってんですかーーーーっ!!」
そんな静寂を、背後から来た人物が切り裂く。
通話を終えた笑子さんが、慌てた様子で僕の脇から部屋へと飛び込んでいく。
「やべっ! 笑子っ!」
そんな笑子さんを見た二人が、慌てて起き上がり、はだけた着衣を正し始める。
「ヒデさんっ!! ななななんて事してんですかっ!!」
そして烈火の如く、男性へ食って掛かる……。
「……へへへ、いやぁ、まぁ、まだ何もしてないけどな?」
ちょっと頬を赤めながら、テヘヘと舌を出す無精髭の男。
「ば、バカなんですか!? まだ日も明るい内から何考えてるんですかっ!?」
いやそこじゃなくない!? 問題はそこじゃなくない!?
突如起きた出来事に、呆然としていると……。
「笑子ちゃん? どうしたの、そんな大きい声出して……あら? あらあらまぁまぁ!」
騒ぎを聞いて上がってきたシノさんが、僕の背後に立つ。
「いやぁ~、まぁなんつーか? ……レナッ!逃げるぞっ!」
「ふえっ??」
無精髭の男は突如、隣の女性の手を取り、こちらに向かって走り出す。
そして入口に固まる僕たちの間をすり抜け、逃げ出した。
「ちょっと! どこいくんですっ!! まだ話は……」
「スマン笑子っ! ワケは後でしっかり話す! 今は見逃してくれっ……!」
二人を追って、ドタドタと笑子さんが階段を下りて行った。
「お盛んねえ……」
隣のシノさんが、ふふふと笑いながらそれを見送る。
「……」
何が起きたのか理解できずに呆気にとられ、その場に立ち尽くしたまま……。
ドアを一旦閉めて、ドアに書かれた番号に再度目をやる。
307……うん、間違ってないな。
とりあえず……。
「シノさん」
「はーい?」
「とりあえず……、僕の部屋、変えてもらえません?」