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01 北の大地に

 「……全然暑いじゃん……」


 飛行機に搭乗してから約2時間。

 空港施設から外に出た瞬間の、第一声がソレだった。


 関東では40℃越えも珍しくないこの季節。

 そんな灼熱の季節にウンザリし、“涼しさ“を期待して降り立った北海道という土地。

 だが、その期待は直ぐに蒸発していった。


 地球温暖化による気温上昇、日本列島の“亜熱帯化”なんて言われる今日この頃、それは日本最北のこの地も例外ではないようで。

 特に今年の夏は連日厳しい暑さが続き、扇風機がバカ売れらしい。

 札幌市内の家電量販店から扇風機が姿を消した、なんてニュースもネットで見た。


 黙っていても汗が滲む。

 関東に比べて体感湿度が低いのがせめてもの救いか。


「これでも今日はまだマシな方なんですよ? あ、車こっちなんでー!」


 思わず漏れた感想に、濃紺のスーツを着た女性が答える。

 少し日に焼けたような赤味を帯びたショートヘアに、浅黒い肌。

 この暑さでもキチンとジャケットを羽織る彼女の額には汗が浮かんでいる。


 聞かせるつもりのなかった愚痴を聞かれて、文句を言ったつもりはなかったけど、そう捉えられてしまったのではと気にしたが、当の彼女はどうとも思っていない様子で、笑いながら車のキーをくるくる指で回していた。


「でもでも、車内はエアコン入れておいたから、キンキンに冷えてると思いますよー!」


 そう言う彼女に先導されて、空港の駐車場へと歩みを進める。

 整然と並ぶ車の端、無個性なシルバー色の車の前で彼女は足を止めた。

 やや型式の古いミニバンだ。


「車出すんで、ちょっとここで待ってて下さいねー!」

 そう言い残して運転席へと乗り込んだ彼女は、慣れた様子で車を駐車の列から出す。

 ガチャン、と後方のトランクが空く音がすると同時に、運転席のドアが開いた。


「荷物、後ろに入れちゃってください!」


 そう促され、トランクに荷物を積み込む。

 と言っても、持ち物はそう多くない。

 機内に持ち込めるサイズのキャリーバッグと、愛用しているバックパックのみ。


 観光しにきたわけではないのだから。



 **********


 空港を出て高速道に入ると、交通量も少なく、スムーズに車は進む。

 このまま順調なら、札幌市内に入るまで40分程だという。


「大地さんは、北海道出身なんですよね?」

「はい。 小学校まではこっちに住んでました」

「来るのは久しぶりですかー?」

「そう……ですね。 最後に来たのは、3年前ですかね。 あと、敬語じゃなくていいですよ……」


 自分、めちゃくちゃ年下なんで……と、口に出かけたが、すんでのところで飲み込む。

 大人の女性に向かって年齢の事を言うのは失礼じゃないかと思ったからだ。


「そう? じゃあーこっからは敬語は抜きでいくね! あ、でもでも、仕事の時はどうしても敬語になっちゃうと思うから!って、一応今も仕事なんだけどね?」


 そう言って彼女、月形笑子(つきがた えみこ)さんは笑う。

 名の通り、よく笑う人だと思った。


 良く笑うし、良く喋る。

 それが生来の性格なのか、仕事上、無理して喋ってくれているのか分からなかったが、無言のまま車内で二人きりというのも辛いものがある。

 話題を振るのが苦手な僕としては、向こうから話してくれるのはありがたい。


 矢継ぎ早に繰り出される彼女の問いにぽつぽつと答えている内に、車は札幌市内へと入っていた。

 それからさらに車を走らせること数十分。


「ささ、着きましたよー!」


 笑子さんはそう言って、車を駐車場へと停めた。

 促されるままに車を降りると、赤レンガ造りの壮観な建築物が目の前に建つ。


「それでは一名様、ご案内いたしまーす!」


 観光ガイドかレストランのウエイトレスの真似か、おどけた調子で笑子さんが僕をエスコート。

 その後ろを付いていく形で、大地はその建物の中へと足を踏み入れた。


 19世紀の英国をイメージしたような、レトロな室内。

 インテリアにはアンティーク調のものが目立つ。

 そんな調度品以上に目立つのが、天井から吊り下げられた大きなフラッグ。

 赤と黒が交互に配された縦縞を下地に、キツネをモチーフとしたデザインのエンブレムが描かれていた。


「しゃちょー! どこですかー? 北野選手、到着しましたよー!」


 玄関口に大地を置いたまま、ずんずんと奥へと進む笑子さんが、声を張り上げる。


「あれー? いないなー? しゃちょー! しゃちょー! どこですかー?」

 益々大きな声になる笑子が、室内をあちらこちらと探る。

 すると……。


「そんなデカい声出さんくても、聞こえてるっつーの」


 背にした入口のドアが開き、一人の男性が入ってきた。


「あ、しゃちょー! お疲れ様でーす!」

「はいはい、アテンドご苦労さん」


 笑子さんがとたとたと足音を立ててこちらへ戻ってくる。

 彼女に「しゃちょー」と呼ばれたその男性は、後ろ手に扉を閉め、中へと入ってきた。


 年齢は40代中盤、といったところか。

 丸いデザインのメガネを掛け、白いポロシャツを着たカジュアルな姿。

 整った顔立ちだが、目元には細かい皺が目立ち、髪には白いものが混じる。

 着ているポロシャツのせいか、ぽっこりと出たお腹が存在を主張していた。


 男性はこちらに向き直る。

「はじめまして、オレがこのクラブの代表、七村だ」


 七村と名乗る男性が右手を差しだしてくる。

 同じように右手を差し出し、その手を掴んだ。

 手のひらの熱がダイレクトに伝わってくる。


「改めて……オレ達のクラブへようこそ、北野大地君。 今日からここが君の基地だ」


 そう言って、ニカッと笑う。



 僕の名は北野大地(きたの だいち)

 18歳。


 職業は――、サッカー選手だ。



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