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世界を救い英雄であった少女

作者: なす

第五回書き出し祭に投降した作品になります。

 英雄とはなにか?


 英雄とは大衆が求めた理想でしかない。



 ある者は奴隷という身分を開放するために戦い、そして英雄と称えられた。奴隷たちのために国を興し王となったが、圧政を敷いた。

 いや、民には圧政を敷いているように感じられてしまった。自分たちを虐げるものはいなくなったが、生活の水準に変化はあまり見られなかった。

 民は彼に救われたことも忘れ、稀代の暴君として歴史に名を遺した。


「なぜ民は俺を責める? まだ立ち上がったばかりのこの国はすぐ豊かになるわけじゃない! どうしてわかってくれないんだ!?」


 彼は多く救い英雄にはなったが、英雄で終わることはできなかった。彼に幸せはあったのだろうか。



 またある者は、親もわからない出自で盗みや殺し、生きるためなら何でもやっていた。力が全ての世界で生きていた。しかし気まぐれで振るった刃が、亡国の姫君を助ける結果になり見初められた。民衆は彼を英雄として扱った。詩が広まり、舞台の題材にもなった。


「こんなに幸せでいいのだろうか? たった一度の気まぐれで、こんな報いを受けていいのだろうか……」


 彼は悪として生きていたが、英雄として最期を迎えた。


 そして彼女は――




 アリスは辺境に住む、ただの村娘であった。


 器量はよく、艶やかな髪はまるで金糸のようである。ただアリスは、その美しい髪を毎年夏前に近くの町へ売りに行っていた。

 アリスは自分の髪よりも、家族と一緒においしいものを食べる方がはるかに価値があると思っている、心優しい少女であった。


 幼いころから畑仕事を手伝い、成人を前に男の大人顔負けの仕事ぶりを発揮している。腕っぷしも若い男衆に負けておらず、また正義感も強い少女であった。

 冬になれば母の手仕事を手伝った。手先も器用で、母親はすぐ教えることが無くなったと寂しい思いもした。しかしそれよりも、自分を手伝ってくれるアリスがとても愛おしかった。


 だが今は、剣が一番手に馴染んでいる。土ではなく、血で汚れている。



 コツコツと石畳を叩く音が響く。敵は最後の一人。

 玉座の間に入り、対峙した魔王へ剣を突出し宣言する。


「やっと、やっとここまで辿り着いた。今日ここであなたを打ち倒す!」


 魔法を得意とする相手に距離を少しずつ縮めていく。

 水を弾き、土を受け、風を裂き、火を避ける。


「熱っうぅう……、たかが髪ぐらい! こんなことで負けてなんていられない!」


 自分の間合いまで詰めれば、突き、払い、叩き、着実に相手を追い詰めていく。


「お父さんもっ! お母さんもっ! アルだって、まだ、まだ生きていたかったんだっ!」


 距離を離そうとする相手にすぐさま反応しペースを握らせない。

 相手が引けば押し、押されれば押し返す。決して引かず、ただ押しとおるのみ。


「みんな、みんなみんな良い人だった! あなたの奪ったものはかけがえのないものばかりだった!」


 常に攻められていた魔王は、全身に大小の傷を帯びていた。今まで避けられていた攻撃を受けねばならず、受けていた攻撃は新しい傷を生み出す。

 ついに魔法を放とうとした相手の腕を切り飛ばし、致命的な隙が生まれる。


「これぇっでー! 最後だああぁ!」


 アリスの剣が魔王の心臓を穿つ。相手の急所を貫いた感触がアリスの手に伝わる。

 魔王が血を吐き、アリスを汚す。 


「がはッ、これで逝ける。次は、お前だ。人という短命な種族の中で、お前はいつまで正気でいられるかな……!」


 この日、ただの村人だったアリスは英雄となった。


「死にたかった……? あなたはいったいなんだったんだ」


 アリスのつぶやきが空しく響いた。




 アリスが魔王討伐を成し遂げた一週間後、王都へ戻り討伐の報を告げた。


「アリス、いや英雄アリスよ。此度の魔王討伐まことに大義であった。出来うる限りの褒美を約束しよう。そなたさえよければ、わが国の将軍として迎えたいと思う」


「ありがとうございます、ですが……。すみません、その話は受けられません」


 アリスの発言に謁見の間がざわつく。


「よい! ……待遇に不満があるのだろうか、理由を聞いてもよいか?」


「私の村は、私を残してみんな死んでしまいました。私が弱かったから、私に力がなかったから……。だから、自分と同じ悲しみをこれ以上生まれないようにしたいんです」


 アリスは拙いながらもこれからの自分の道を、夢を語る。それは苦しく、果てが無い道であった。


「確かに魔王は倒しました、けどその影響はまだ薄まっていません。魔物の脅威はまだありますし、動物も狂暴になっています。軍に所属すれば大勢の人を助けることが出来るかもしれません、でもそれは私が居なくてもできると思うんです」


 軍であれば大勢が救える。それでも届かない人たちを自分は助けたいとアリスは語った。

 自分の村が襲われた時、誰も助けてくれなかった。それに対しての不信、不安もまだ拭えていなかった。


「私は、あの時何もできなかった自分をまだ赦せてません。私が今のように戦えていたら村のみんなは誰も犠牲になっていなかった。せめて自分の身は自分で守れていたら、そう思わずにはいられないんです」


 だから旅に出ます。そうアリスは宣言した。


「その覚悟、しかと聞き遂げた。救世、そして教導の旅、終わりのない旅になるだろう。褒美は路銀といたそう、旅先で使えば小さいが復興の助けともなろう。英雄アリスの旅路に祝福があらんことを……!」


 アリスは一礼し謁見の間を去る。その背中に誰もが断固たる決意、信念を見た。


 アリスが城を去ったあと、何も準備をせずに王都を飛び出した。昼夜を問わず休まずに走り続けた。

 まだこの旅に区切りはついていなかった。アリスにとって始まりであり、終わりは王都ではなかった。


「お父さん、お母さん、アル、村のみんな。終わったよ、私頑張ったんだから……」


 かつて村の入口であったところで、アリスは震える声で伝えた。


「もうここに戻ってこれないかもしれないけど、みんなの分までこれからも頑張るから。もう私みたいな、悔しい思いなんてさせたくないの。だから、いってきます!」


 故郷に別れを済ませ、今度こそアリスの旅路は終わり、新しく始まった。



 アリスの新しい旅路は順調とはいかなかった。

 最初に訪れた村では魔王討伐の報が届いてはいたが、いまだ人の心に諦めが占めていた。日々の生活もギリギリで、今現在も魔物の脅威に怯えていた。だからまずは心を癒す必要があった。


 アリスは村を守った、もう怯える日々は終わりだと告げるように。新しい希望を見いだせるように。


「もう大丈夫! 魔王はもういなくなったから、これ以上あなたたちは怯える必要がないの! だから剣を取って、槍をもって、矢を番えて! 私はずっとここにいられるわけじゃないから、自分の力で立ち上がって! あなたたちはまだ生きているのだから……!」


 これから生きる力を、自らに宿すことを願って。


「今は持つだけでいい、これから私が教えるから。だから生きることを諦めないで」


 十日以上、休まず村を守ってきた少女に人々は心を動かされた。

 その日以降、村には活気が戻ってきた。生き残りはたった五十人にも満たないが、目に光が戻ってきている。


「あわてないで、少しずつ強くなっていこう」


 こうしてこの村は一人一人が自分を守れる力を身に着けていった。

 一歩一歩着実に、アリスも道を進み続けていく。



 そして、アリスが新たな旅を初めて十余年がたった。

 王都へ再び足を踏み入れたアリスに懐かしさがこみ上げる。


「あぁ、懐かしい。ぼろぼろだった城壁も新しく組み上がってるし、お城も元に戻ってる」


 目に見える復興の成果にアリスは喜んだ。


「あらお嬢ちゃん、アリス様にそっくりでべっぴんだねぇ」


 ふと露店をやっているおばちゃんに声をかけられ、気の抜けた声を出してしまう。


「ふぇっ、アリス様? 様って……。 私がどうしたの?」


「いやだ、お嬢ちゃん。アリス様は英雄のアリス様に決まってるじゃないか。お嬢ちゃんではないよ。でも、本当にそっくりだねぇ。もしかしてアリス様の娘さんかい?」


「え? えっと、その、違います!」


 混乱したアリスは外套で顔を隠し、思わず走り去ってしまった。

 そして広場に到着したアリスは、中央にある噴水に注目した。


『英雄アリスの像』


「私……? な、なんでこんなものがここに!?」


 広場の中央にどっしりと構える自分の銅像を見つけアリスは驚愕した。そしてそれだけでは終わらなかった。

 ベールのように薄く広がる噴水の水に反射した自分の顔を見てアリスは気づいた。


「変わってない、十年前と何も……?」


 驚愕と不安が混じった呟きは、街の喧騒の中に消えた。

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