お願いだから一報入れて欲しいのです
Trrrr! Trrrr!
夜の医局に、今日も今日とてPHSが鳴り響く。
「……はい、吾桜です」
『事務当直です。飛び込みで患者さんがきました』
「えー、あー……はい。なるべく早く行きますが、10分ほどかかります」
全身濡れ鼠の私は、あわあわと応えて通話を切った。
***
当直医は、当然ながら時間中ずっと外来にいるわけではありません。
医局……医師のデスクのある部屋か、仮眠室にいます。
当然ながら(……不本意ながら)当日の昼も翌日の昼も勤務がある私達は、そこでご飯を食べたりシャワーを浴びたり、仮眠を取ったりするわけです。
……一時期取り憑かれたように忙しかった吾桜は、ご飯もシャワーも睡眠も取れずに外来で夜明けを迎えたこともありますがね。あんなのはそうそうあっては命が幾つ合っても足りないのです。いやマジで。
こほん。さて、タイトルのお話しをしましょう。
皆さんは、時間外の病院を受診したことがあるでしょうか。
夜中に具合が悪くなって、スマホで調べた夜間病院へ。救急車を呼ぶほどじゃないけれど明日まで待てない、そんな方もちらほらいらっしゃいます。
……中には『この状況で自力で来たの!?』と戦くような体調の方が自家用車でいらっしゃったかと思えば、手も借りずに歩いて救急車から降りてくる救急搬送の方もいらっしゃるので、夜の救急は摩天楼なのですが。
まあ、それもいいとして。
問題は、さあ行こうという時に、すぐさま迷わず「突撃!」されてしまうことにあるのです。
先程も述べたように、当直医は患者さんを診る合間を見計らってご飯を食べたり、お風呂に入ったり、寝たりしています。
「さあ患者が途切れたぞ! 次が来る前に補給を済ませるんだ!」
とまあ、そんな感じですね(まじです)。
ですので、飛び込み——事前連絡なしに来られると、冒頭の吾桜のように、とてもじゃないけど駆けつけられない状況だったり、コンビニ弁当をチン♪してさあ食べようと開けた瞬間に呼び出されてしまったりするわけです。
……ええ、何度もありましたよ。お陰で吾桜、「当直中は何もしようとするな。呼ばれる」と理不尽な要求もたまにされますもの。くすん。
それに、私達もただぼーっと来る患者さんを待っているわけではありません。
電話で聞いた訴えからどんな病気かを予測し、必要な検査を挙げて優先度を決めておく。
深夜であれば一旦電源を落としているCTを撮る必要があるのならば、検査の方に連絡して立ち上げて貰っておく。
などなど、細々とした準備を行う事が出来るんです。
やはり事前準備があるのとないのとでは、いざ患者さんを診る時のスムーズさが段違いですから、電話1本で受け入れ体制万全に待ち構えておけるというのは、私達にとっても有り難く、患者さんにとってもメリットなのです。
ちなみに、冒頭のようなシャワー真っ最中の場合。
あくまで吾桜に限っていえばですが、救急車で血圧が下がってる! といった緊急事態以外は、他の先生方を頼って髪を乾かしてから下りることにしております。
……以前乾かさずに駆け下りたらそのまま外来から戻って来れなかったことがあるのですよ、どんどん患者さんが来て。夏とはいえ非常に体が冷えたので、以降多少の迷惑をかけようがお待たせしようがドライヤー優先しております。体調管理、大事。
あ、でもでも、心臓が止まりそうなら全力ダッシュしますよ。そりゃもちろんです。
閑話休題。
自分勝手な都合ばかりお話ししましたが、電話をすることは患者さん側にも重要なこととなります。
何せ盲腸から脳卒中からなんでもござれで救急車が滑り込んでくる高次救命病院、しかし時間外は医師の待機人数はたかが知れています。
当院でいえば、研修医2名内科医1名外科医1名小児科医1名、ICU専属医1名。常駐しているのはこれだけです。しかも研修医は使えるとは限らない(こら)。
当然ながら、患者さんが重なればばたばたしますし、1人心臓が止まりそうな人が来ればマンパワーは全てそこに注ぎ込まれます。
そんな時に、突然外来に来たらどうなるのか。
残念ながら、「後回し」となります。
言い方は悪いですが、自力で来られるぶんだけ緊急性は低い、と判断されるわけですね。
一応簡単に問診して、直ぐに心臓が止まったり命に関わる状況にない、と分かった時点で、しばらくそのまま待たされます。
どのくらいって、1時間じゃきかないくらい。
重症の方を持ち直させる、というのは、それくらい大変なモノなのです。
また、たまに歩いてきても命に関わる状態の方がいらっしゃったりしますが、そうなるともう本当にマンパワーが足りません。ばたばたと他の病院への搬送をするか、その場で足りない人員で無理くりどうにかしようとするか。
そうなるより先に、直ぐに対応出来る病院へ向かっている方が、どれ程患者さんにとって利益となるでしょうか。
場合によっては、前に来た緊急患者につきっきりで悪化するのに気付かず……という最悪の事態を招いてしまうことも。
その場合私達医療者が責任を追及されましょうが、責任追及以前に患者さんにとっては1つしかない命の損失になりかねません。
事故と同じく、命に関わるリスクは出来るだけ回避して頂ければと思います。勿論、私達もそうならないよう気を付けておりますが。
事前に連絡があれば「今は救急対応中で手が空かない」と伝え、その上で開いている病院へ行くようお伝え出来るところを、事前連絡がないと何時間も待たせてしまうことになってしまわない為に。
夜間に行かなければならないほどの体調で、待合室で何時間も待つだなんて、考えるだけでとってもしんどい事態にならない為に。
休日や夜間に病院を受診しなければならない場合には、是非とも、一報入れて頂きたいのです。




