はじめに。
とある日の土曜日、AM8:30。
「おはよー」
「おはよー。紫苑ちゃん、分かってるよね?」
人の顔を見るなり真剣に言い聞かせる同期Aに、思わず苦笑い。
「来ないといいねー」
「もう紫苑ちゃん寝てて良いから。寝てればきっと呼ばない!」
「いや、仕事中だし」
割と真剣なAにツッコミを入れて、私はスクラブに着替えにいった。
当直。
それは、研修医——医師免許とりたてほやほやの私達に等しく降り注ぐ試練の時間。
というとご大層な印象ですが、実際に急患対応することもあるのでなかなか心臓に悪い時間です。
とは言っても上級医が必ずついているわけでして、かつてのマンガやドラマのように私達だけが患者の命を背負うなんてアホ重い任務ではないのですが、そうは言っても責任がないわけじゃなし。
全ての研修医がドキドキしながら電話のコール音に怯える——そんな、救急外来での当番です。
そしてこの当直の最大のネックは——
「紫苑ちゃんが引くのが悪い!」
「うん……やっぱり私が「引く」のは確定?」
——「引く」奴か否かで、クオリティが半端無く変わる、と言うところにあると思います(力説)。
「引く」。当直の時間帯にどれだけ患者さんを呼び寄せるかという意味をさして扱われます。
……いや本来ならば来るのは患者さんであって、こちとら客引きをしているわけでもなんでもないのですけどね。なんなら来ない方がいいのですよ、本当は。
が、不思議なもので、その日担当する医師によって、来る数やら重症度やらが明らかに差が出てきます。
「風邪引きました」「転んで顔切った」と言ったあるあるが2,3人来てあとはゆったりのんびり過ごすなんていう人から、入院入院緊急オペ……と延々と患者が立て続けに来る人まで、それはもう本当に差が激しいのです。
なんなら私の同期には、夜勤帯なら5人以上見たことがないという強者がいました(最近不敗神話は崩れてきているようですが)。
一説では、この為に「商売繁盛の神様にはお参りに行ってはならない」という説まであったり。繁盛して堪るか、と思うのは誰も同じなようですね。例外は院長……?
閑話休題。
そしてもうお察しの通り……私は、「引く」のです。
患者が立て続けに来て寝れないのは当たり前、ご飯もシャワーも時間が取れずにそのまま次の日の勤務とか余裕。しかも重症がほぼ必発という極めぶり。
割と洒落にならないレベルでしんどいため、同期達から「吾桜とは一緒になりたくない」「病院の稼ぎ頭」「どこの商売繁盛の神に詣でやがった」と評判高い(?)のです。
「今更否定要素がどこにある、緊急オペ3連続!」
「……ハイ、ソウデスネ」
「あと、お昼ご飯食べないでね」
「酷くないか!?」
「ご飯食べようとしたりシャワー浴びようとするとピッチがなるっていったの紫苑ちゃんじゃん!」
というわけで、1人のポンコツ研修医が何か知らんがやけに忙しい救急外来で、「これはできれば知っておいてくれると嬉しいなあ……」という話をつぶやくだけのコラムです。
「いただきm」
Prrr,Prrr,Prrr
「……はい」
『事務当直です。患者さん飛び込みで来ました』
「ハイ……Aちゃん」
「もう、紫苑ちゃん当直中はご飯禁止!」
「鬼!?」
というわけで、ぼちぼちと書いていこうと思います。