第七話 結末
「どうしたっ。100年前よりも弱いっ弱すぎるぞっ」
日はとうに暮れて、月明かりが街を浮かび上がらせている。そんな中で、ドミネイグルの叫び声が聞こえる。
「お前がっ、強すぎるんだよっ」
遠くから放つ矢も全て避けられてしまう。街の一角のそこかしこに刺さっている矢羽が見える。
「はあっ」
ユグドラシルの素早く強い斬撃も硬すぎる真っ黒な肌のせいで切り裂くことができない。切り裂いたのは、アイセルファーの花だけである。
「ふむ、飽きてきたなぁ。一瞬で終わらせてやろう。宿敵へのせめてもの情けだ」
「逃げるよっ。ティン、ユグ」
一度、体勢を整えるためとこれ以上、街に被害を出さないように街の外に出ることにした。おそらく、ドミネイグルはエリミアナを倒すまでは他のモノには興味はそそられない。
「マスター、了解した」
「うんっ。次こそ倒すっ」
ティンカーリュが素早く煙幕を張って、その煙に紛れて外へと向かった。
「ユグ、どうだった?斬れそう?」
「ん~。今のままじゃ、無理っ!硬すぎるもん」
街の中を疾走するエリミアナ達。
「マスター、私の障壁は一度なら攻撃に耐えられますが。魔力消費が激しすぎます。後、五回は耐えられますが………」
ティンカーリュも限界が近いようだ。
「ねぇ。ティン?どうしてユグの黒鋼樹は折れたのに、ティンの障壁魔法はぎりぎり破壊されなかったの?」
唐突に湧いた疑問だった。恐らく、障壁魔法よりも黒鋼樹の方が硬い。一度試した事がある。障壁魔法と黒鋼樹のどちらにも全力で魔弓 アルヴェを放つ実験を。
結果は、障壁魔法の方は矢が貫通して砕け散っていた。だが、黒鋼樹は刺さりはしたものの貫通はしていなかった。
だからこその、疑問であった。
「ユグ、なんか知ってる?」
「う~ん。あいつが中位の神になったんじゃない?そして弱点が回復系だった、とか?ティンの障壁魔法も一応回復系だし」
「それだっ、ユグ。《草縛》の草をあれに変えれる?」
「あっ、なるほど!わかった。やってみるっ」
そして、街を抜けた。背の低い草が多く生えた草原を月明かりがうつしている。
「終わりだっ。宿敵よっ」
遅れることもなく、現れたドミネイグル。
「そうだね、終わり。でも勝つのは私達だよ。ユグ!」
「えいえいさー。《草縛》っ」
植物がドミネイグルに巻き付いていく。幾重にも重なり絡み合う。ある種の草は花を咲かせ、種を作り、また芽を出していく。
「こんなものっ。ふんっ………ぬ?」
その植物達は千切れなかった。幾重にも重なっているからではない。たとえ、どんなに重なっていてもドミネイグルの怪力では千切れてしまうだろう。
この植物の持つ効力のお陰である。単に、硬化の能力を持つ植物ではない。
これは全て薬草なのだ。
それも一級品の。一房あればどんな切り傷でもたちどころに癒してしまう程の。回復魔法が無い時代にはこの薬草が回復の手段だった。そんな植物である。
「何故っ、千切れないっ。我は強くなったっ。それなのにっ」
「あんたが、下の上から中の下になったからだよ」
意味が分からない、とでもいうような顔のドミネイグル。
「下位の神には弱点が無い変わりに、弱い。中位の神は確かに下位の神よりも圧倒的に強くなる。だが──」
「その変わりに弱点が、生まれるの」
エリミアナの言葉の続きをユグドラシルが続ける。
「そしてね。その弱点を、どーにかして克服すると、高位の神になれるの。でも、君は高位の神にはなれない。ユグ達がさせない」
草原に立っているユグドラシルは、不思議と気高い雰囲気を纏っていた。何時ものふざけた口調でも、だ。
「ふざけるなっ。我はっ、我はっ」
ゆっくりとドミネイグルに近づいていく。そして、二振りの黒い剣は薄く輝いている。ティンカーリュの回復魔法である障壁を纏わせているのだ。
「嫌だっ。嫌だっ。死にた──」
「だから、これで終わり」
心臓に深々と黒鋼樹を突き刺した。
シリエの肉体は事切れたように、動かなくなった。
「もう、これで大丈夫。ティン」
「回復魔法だな?了解した」
シリエの肉体が逆再生していくように戻っていく。真っ黒な肌は少しずつ肌色に戻っていき、棘も無くなっていった。
「それじゃぁ、一件落着だね」
ユグの一声で、また街に戻っていった。