死を選んで。
私は映画やドラマ、小説にすぐ影響されてしまう。
それに慣れているあなたは呆れつつ、ちゃんと話は聞いてくれる。
「ねえあなた、私を守るために死んでくれる?
私と二人で心中してくれる?
もし私が目の前で死んじゃったら、後を追って自殺してくれる?」
「そんなの嫌だよ。僕は君と一緒に生きたい。」
「そう?情熱的で良いと思うけど。」
そんな言葉が聞きたかったわけじゃないのに、あなたって本当に何も分かってない。
あなたが私とこの先も一緒にいてくれる保証なんて何処にもないじゃない。
あなたが確実に私のものなのは今のこの瞬間だけ。
他の女のものじゃないこの瞬間にあなたに死んで欲しいのよ。
「私のこと、好き?」
「うん、好きだよ。」
「何番目?」
「一番に決まってるじゃないか。」
そこは君だけだよとか嘘でも言いなさいよ馬鹿。
得意げに笑って、そんな言葉で私が胸キュンでもすると思ってるの?
私の太ももを撫でる手が汗ばんでいる。
私は何処にも行かないから、先にシャワーを浴びてきたらいいのに。
「じゃあ、私に殺されるのは?」
「またその話か?それはもういいだろ。」
そう言ってあなたは強引にキスして私を黙らせる。
そんなにがっつかなくても、と思うけれど気持ちは分からなくもない。
だって私は何処にも行かないけれど、あなたには時間がない。
欲望に忠実なまま私を貪って、残業だったんだって誤魔化せる時間に家に帰らなくちゃいけない。
ねえ、もう今日は飲み会で上司が帰してくれなかったことにしましょ。
終電逃して千鳥足で家に帰るには危なかったからネットカフェにでも泊まったなんてどうかしら。
お願い、何処にも行かないで。ずっと私のものでいて。
あなたみたいな馬鹿でクズで寂しがりやな男、私しか愛せないわ。
あなたの奥さんみたいにあなたの存在を無下に扱ったりしない。
私だって温かいご飯を用意してあなたの帰りを待てるし、あなたの前では常に綺麗でいるのに。
あなたは煙草を吸って、時計を眺めている。
私の指をあなたの指に絡ませると、あなたはそこから手を抜いて私の頭を撫でて立ち上がる。
子どもの頃、風邪で寝込んでいたときに仕事に行かなきゃいけないお母さんがこんなことをしたっけな。
それとも、あなたはペットの犬に行ってくるからお留守番お願いねって感じで私を撫でてるのかな。
どちらにしろ私にとっては羨ましい、だって「いってきます」って行って「ただいま」で帰ってくるのだから。
「それじゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
私の知る由もないあなたの生活をぶち壊してしまいたい。
ねえ、さっきの選択肢に付け加えさせて。
あの女が死ぬのはどう?
お読みいただきありがとうございました。
良ければ「隣で大人が泣いている。」の方も読んでいただけると嬉しいです。