第十六話 激戦
※ファウスト・オット視点です。
僕はアオローラに乗り帝国軍と教師陣の後方に待機していた。
とても深刻な状態だ。
まず、五十メートルはある巨大なドラゴン。それだけで全員の士気が下がるというのに――。
「黒い……ドラゴン」
三年生の誰かが言ったとおり、黒いドラゴンという事が大幅に僕らの力を奪っていく。
帝国民にとって黒いドラゴンは尊い存在として認識されている。なぜなら初代皇帝アイテル・バルド・メヒティヒの召喚獣が黒いドラゴンだと言われているからだ。
初代皇帝のドラゴンの名はジェイルニトラ。すべての魔法を扱い初代皇帝アイテルを支えたと言われている。
ジェイルニトラと魔法騎士であったアイテルを模した物が僕らの制服の首元のボタンに刻まれている。
ジェイルニトラを想起させるような黒いドラゴンを目にしてひるむ生徒に向かって帝国軍の指揮官が声を張り上げる。
「あやつは我らが黒竜ではない!今日は新月でわかりづらいが黒に近い緑のドラゴンだ!学生だろうが貴様らはもう三年生である。来年には帝国を支える人材となるのだ。我らが帝国の名誉をかけてあのドラゴンを討つのだ!」
雄叫びがあちこちからあがる。偽物を討とうと士気が上がっていく。僕は冷静にその様を見ていた。
ドラゴンが口から気味の悪い炎のブレスを放つ。
十人がかりで打消し、五人が防護魔法を張って耐えている。
これは長くなるとこちらが不利だ。相手の攻撃に対してこちらの消耗が激しすぎる。
帝国軍もそう思っているのか一気に上級の攻撃魔法を次々に発動させる。
ドラゴンに当たり幾人かの魔法で角が吹き飛んだりうろこがはがれたりと傷ついてはいるがびくともしない。
その間にもブレスの他に長い尾でこちらを薙ぎ払おうとしたり前脚の爪で切り裂こうとしてくる。
「三年生ども!自分が撃てる中で一番の攻撃魔法を合図したら召喚獣と共にぶち込んでやれ!」
三年生はそれに応え準備をする。
前にいた人たちが邪魔にならないようによける。
「三年生ども行け!」
行くよアオローラ。
「GespenstSturmPhoton」
アオローラの幻影が光の粒子をまとい飛び出していく。ごっそり魔力を持っていかれるのを感じる。
幻影は他の攻撃より速くドラゴンに到達し、右肩をえぐりそのまま右翼に穴を開ける。
そこで初めてドラゴンが苦しみの絶叫をあげる。
遅れて他の生徒の攻撃も当たる。そのどれもがわずかに傷をつける程度だった。
普段サボってばかりいる僕しか見ていなかったからか注目される。これは後で面倒な事になるな。
まあ、その面倒な事がおこるにはあのドラゴンをどうにかしないといけないわけで。
「よくやった坊主!三年生ども下がれ!」
後ろに下がる時、教師と同級生に何か言いたそうなまなざしを向けられる。
こんな状況じゃなければ聞き出したいに違いない。何せ僕が使ったのは最上級魔法なのだから。
イグナーツが見ていなくてよかった。もし見ていたらきっと目をキラキラさせて言うんだ。
戦ってくれ、って。
イグナーツの方まで影響が出る前に撃退するか倒してしまいたい。
――彼はオット家の次期当主になるのだから。
しかし今までより激しく暴れるドラゴンに苦戦してこの後前線がじわじわと下がっていく事になる。
たくさんの負傷者が出た。死者を出さないように行動する事になり下がってはいけないのに下がらざるを得なくなる。
ドラゴンもだいぶ消費しており、両翼が無くなり骨が肉から出ても止まらず前進する。
死んでも破壊尽くす勢いのドラゴンに対してジリ貧のこちらは絶望せずにはいられない。
ドラゴンが再び咆哮する。魔力が練られている。これは特大の攻撃魔法が飛んでくる。
大人たちが叫ぶ。全員全力で防護魔法を掛けろと。
後方にまで届くように全員復唱する。
後方は見えないが、防護魔法を唱え攻撃に備える。
ドラゴンが吠える。すると空から広範囲に雷が落ちる。
衝撃で空にいる者全員が自分含め落下する。地にいる人たちも倒れている。
これは学校のほとんどを襲っただろう。
アオローラが落下途中で持ち直す。
他に耐えきった者は帝国軍のみであった。
イグナーツは大丈夫だろうか。これで死ぬような玉ではないとわかっていても不安になる。
星よ、イグナーツだけは助けてやってほしい。
今まで星に願った事がなかった僕がこの絶望的な状況で星に願わずにはいられなかった。