第十三話 悪夢
僕はその日、悪夢を見た。
どんな悪夢かはとぎれとぎれにしか覚えていないけど、赤い目を持ったとても大きな怪物に追いかけられていた。
追いかけられていたと思ったら場面が変わり小さな子供がお母さんを求めて泣いている。とても胸が締め付けられた。
そして急に怪物が現れ食べられると思った瞬間。目が覚めた。
冷や汗が流れる。
そんな僕を心配してか、エンゲが僕にすり寄って心配そうなまなざしをくれた。
お礼と大丈夫との意味を込めてエンゲをなでると気持ちよさそうに目を閉じた。
時計を見るといつもよりだいぶ早く目が覚めてしまったらしい。
走って気分を変えようかな。
走るために準備運動をしていると誰かがこちらに走ってきている。
「おはよう!シュテルヒェにエンゲ!朝から良い事だ」
イグナーツ君だ。彼は満足そうにうなずいている。
「……おはようみんな」
イグナーツ君の後ろからエーミル君が疲れ切った様子で現れた。
「おはよう。エーミル君はどうしたの?」
エーミル君はとても話せる状態じゃなさそうなのでイグナーツ君に聞いてみた。
「ん?エーミルがとても眠そうだったのでな。走れば目が覚めると連れ出してやったのだ」
エーミル君はとても恨めしそうにイグナーツ君を見ているので不本意だったんだろうな。
というかまだ登校する時間まで二時間はあるからそれまで寝かせてあげればいいんじゃないかな。
「本当はシュテルヒェもランニングにつきあわせようとしたのだが、エーミルに止められてな」
イグナーツ君は申し訳なさそうに僕を見てくるが、僕じゃなくてエーミル君に申し訳ないと思った方がいいと思う。
そしてエーミル君に感謝した。エーミル君のおかげで部屋に突撃されずにすんだよ。
エーミル君とアイコンタクトでお礼を言う。
エーミル君が小さくうなずき返してくれた。
「シュテルヒェはこんな朝早くからどうしたの?」
少しだけ回復したエーミル君がイグナーツ君に向けて朝早くを強く強調しながら僕に聞いてきた。残念ながらイグナーツ君は気づいていないようだ。
悪夢を見てしまって走って気持ちを入れ替えようとしていた事を言う。
「うむ、そんな時は走るのが一番良い!感心感心」
うむうむとうなずくイグナーツ君の横でエーミル君が「どうしよう、シュテルヒェがイグナに毒されてきている」とつぶやいているのを聞いてしまって複雑な気持ちになった。
イグナーツ君に似てきているというのはよろしくない。ちょっと考えないといけないかもしれない。
「夢といえば優れた魔法使いは予知夢を時たま見るらしいね」
そうエーミル君が言った。
予知夢かぁ。見れたら便利だろうけど不吉な感じだったら嫌だなぁ。悪夢を見た後なだけあって現実的に考えてしまう。
「まあ、精神を病んでしまう人がいるらしいけど」
続けられたエーミル君の言葉に驚く。
「うーむ、確かに良い事ばかり見られるわけじゃないだろうしなぁ」
そして少しだけ暗くなった雰囲気を飛ばすためかイグナーツくんは走るぞと続けた。でもたぶん走りたかっただけじゃないかなとも思う。
エーミル君は逃げようとしたけどがっしりと腕をイグナーツ君に捕まえられて逃げられなかった。
僕はエーミル君に祈りついて行く。
五周ほど走り、それぞれの部屋に戻って身支度をして一緒に食堂で朝食を食べた。
エーミル君が今にも死にそうで見ていられなかったからエンゲに頼んで癒してもらう。
エンゲがぴたりとエーミル君にくっつくと淡い光がエーミル君を包み込む。
以前僕が筋肉痛で苦しんでいた時よりエンゲの回復魔法が強くなっている事が一目でわかる。
筋肉痛の時はくっついたところしか痛みが取れなかった。エンゲも成長しているんだ。
光が収まりエンゲがエーミル君から離れる。
エーミル君が喜びの声をあげた。どうやら効果があったようだ。
「すごいよシュテルヒェ!眠気も疲れもすっかりなくなった!準上級魔法並みだよ。ありがとうエンゲ」
エーミル君にお礼を言われて嬉しかったのか僕の頭の上に乗って翼をピンと伸ばした。たぶん胸を張っているつもりなんだろう。
すっかり元気になったエーミル君とイグナーツ君と一緒にいつも通り登校した。
これから二章が始まります。よろしくお願いします。