幕間
※イグナーツ・オット目線です
シュテルヒェをオレの弟子にしたのは兄貴の手をわずらわさせたくなかったからだ。
だが、召喚獣を守りたいと言ったその姿が危なっかしくて手を貸したくなった。
エーミルにも言われたが召喚獣を守りたいなんてとんだ変わり者を弟子にしてしまったと思った。
まずはオレがいつも行っている鍛錬の十分の一を行わせたが、限界を感じているだろうに根性でやりきった。
シュテルヒェは今まで逃げて生きてきた人間だからすぐ根をあげるだろうと思っていたが思い違いだった。
それだけあいつにとってエンゲは大切なのだろう。
エンゲに嫌われていると思っているようだが、エンゲはもうシュテルヒェを好きなように思う。
だがそれは言わなかった。あの子爵と戦い終わるまで黙っている事にした。
そうしないと子爵と本気で戦う理由が弱くなる。そうなると戦っても身が入らず相手になめられたままになる。そう思った。
シュテルヒェが確実に子爵と戦うように先生を説得した。
お互い敵視しているから本気で戦う。そうすれば実力が正確に測れると。
もし何かあった場合は伯爵であるオット家が責任を持つと。
何もなければいいが、念のために先生に防護魔法をかけてくれるように頼みこんだ。
快諾してくれたから助かった。
そして当日、防護魔法をかけるように言っておいて正解だった。
何もなければよかったのだが、子爵が逆上して非道な行いをした事で自分の認識が甘かったと反省した。
貴族の小さなプライドを甘くみてしまっていた。父に言ったらバカにされそうだ。
しかし、子爵を退学させるわけにはいかない。そうなるとシュテルヒェを永遠に憎む事になるだろう。
そうならないように停学と反省文提出くらいにとどめておいて子爵に恩を売る形にするのが良いだろう。
父に話しておかねばなるまい。
オレは寮の部屋で軟禁状態の子爵に会いに来ていた。
案の定子爵は憎々しげにシュテルヒェに対する恨み言をつらつらとつぶやいている。
「おお子爵よ元気そうだな」
声をかけるとにらみつけてくる。
「あれは無効試合だ!あいつはインチキを使った!ディスニウスの攻撃を消したんだ!そんな魔法使えるはずがないじゃないか。あんなくそ平民なんかが!」
その平民とやらに負けたのはおまえなんだがと思ったが言うと火に油を注いで会話できなくなりそうだ。
「それはおまえが弱い弱いと言い続けたエンゲの能力だろう。あんな小さな召喚獣がまさか最上級魔法の無効化が使えるとは誰も思わなかったなぁ」
ただエンゲが攻撃に当たらないと無効化できないようだが、当たらなくても無効化できるようになったら恐ろしいな。
「嘘だ嘘だ嘘だ」
現実を受け止めきれないらしい。
呆れ返る。もう帰りたくなったが本題がまだだ。
「よかったな。退学にはならないぞ。シュテルヒェに感謝するといい。あいつじゃなかったらオレは手を回さなかったからな」
微妙に濁しながら伝えるとショックを受けたようだった。
「貴族のこのボクが平民なんかに情けをかけられるなんて……」
どうやらうまく誤解してくれたらしい。
こいつとしても帝国の三大学校を退学する事になると醜聞だからな。今は多少はその事を判断できるようになったらしい。
静かに部屋を出ると先生がいた。
「ご苦労なこったな。まあ、俺もうちのクラスからいきなり退学者が出るのはよくねぇことだからありがたい事だけどな」
「元弟子で友のためですからね。それにオレがオット家がなんとかすると言いましたし」
先生は笑うと未来の当主だもんなと言って肩を軽くたたいて去った。
「違う。次期当主はオレじゃなくて兄貴のファウストだ」
つぶやくが、誰もいない廊下でむなしく響く。
オレは兄貴が一番ふさわしいと思っているのに誰も、兄貴ですらオレがふさわしいと言う。
兄貴の母親の身分が低く亡くなっているせいなのか。身分だけで立場が変わる貴族社会が嫌になる。
兄貴は本気を出せばオレが出会った誰よりも強いのに。
兄貴が当主に名乗りをあげればオレと兄貴の陣営との争いになるのを避けるために普段は怠けている事をオレとエーミルは知っている。
兄貴は一度だけ本気で戦った事がある。オレとエーミルを守るために必死になって戦ったその姿は勇ましく美しかった。
オレはそれをもう一度見たい。願わくばオレと本気で戦ってほしい。
そうすれば、みんなが兄貴のすごさを知ると思うから。
だからオレは兄貴に戦いを挑むんだ。
次から二章に入ります。