しあわせのおくりもの
小学生のミユキは、『しあわせの種』を、もっていました。
『しあわせの種』は、あめ玉みたいな形をした、ゼリーみたいにやわらかいものでした。
もちぬしがゆびでぷちっとつぶすと、その人はたちまちしあわせになる、なんて言われています。
『しあわせの種』をくれた人は、言いました。
「ミユキはいつも、お勉強もお手伝いも、よくがんばっているからね」
ミユキはうれしくなりました。あんまりうれしかったので、学校に行くときも、『しあわせの種』を手ばなしたくありませんでした。
『しあわせの種』は、ぜんぶで四つ。ミユキは四回もしあわせになれるんです。
空をとんでいたスズメが、たずねました。
「ミユキちゃん、いいものをもっているね」
ミユキはうきうきして言いました。
「そうだよ。すっごくいいものをもらったんだ」
スズメはまた、たずねました。
「ミユキちゃんは、どんなしあわせがほしいの?」
ミユキはちょっと考えて、答えました。
「先生にほめられたり、ほしいゲーム機をもらったり、かけっこで一番をとりたいな」
スズメは、さらにたずねました。
「四つももっているけど、ぜんぶミユキちゃんがつかうの?」
「もちろん! だってわたしのものなんだもの」
ミユキは『しあわせの種』をだいじにかかえながら、そう答えました。せっかくのごほうびを、だれかにあげてしまいたくなかったからです。
スズメは、言いました。
「そっか。それじゃあ、だいじに使うんだよ」
もちろん、そのつもりです。ミユキは大きな声でへんじをしました。
「うん!」
ミユキには、『しあわせ』というのが何なのか、よく分かりません。
形も、色も、においも知りません。
というのも、今までいくら聞いてみても、大人たちはけっして教えてくれなかったのです。
でも、ほしかったものをもらったり、ほめられたり、みんなから「すごーい!」と言ってもらえると、ミユキはすごくしあわせなきもちになります。
『しあわせの種』は、きっとそういうきもちにしてくれることをおこすものにちがいないのでしょう。
ミユキは、毎日一つずつ、『しあわせの種』をつぶしてみました。
一日目、ミユキはまわりのみんなができなかった算数のもんだいをといて、みんなをおどろかせました。
「ミユキちゃん、すごいじゃない!」
先生はそう言って、ミユキのことをほめてくれました。
いつも算数がにがてだったミユキには、こんなむずかしいもんだいがとけたことはありませんでした。出されたしゅくだいだって、いつもは家に帰ってからいやいや取り組むのに、今日はすいすいすすみます。
ミユキはたちまち、うれしくなりました。
「にがてなことができるようになるって、なんて楽しいんだろう!」
って、思いました。
二日目、となりの席の子が、
「ミユキちゃん、ゲーム機はほしくない?」
と、聞きました。
「えっ、いいの?」
ミユキは聞きかえしました。
そうです。ミユキには、ずっとほしがっていたゲーム機があったのです。けれどもねだんが高かったので、今までお母さんに買ってもらうことができませんでした。
となりの子は、うなずきました。
「うん。買ったんだけど、あんまりあそばなかったから、あげる」
「ありがとう! わたし、もらう!」
ミユキはうれしくなりました。わたしはなんてラッキーなんだろう、と思いました。
三日目、ミユキはうんどう会のれんしゅうで、かけっこをしました。
「よーい、どん!」
先生のかけ声で、ミユキはむちゅうになってかけだしました。
ミユキのスピードはぐんぐん早くなりました。そして、あっという間にミユキはほかの子たちをおいぬいて、一番を取ってしまったのです。
これにはミユキもびっくりしました。足のそんなに早くないミユキは、今まではどんなにがんばっても三番にしかなれなかったのに。
ああ、一番のりでゴールラインをふむときの、なんとも言えないすがすがしさと言ったら! ミユキはずっと、このすがすがしさを感じてみたかったのです。
「ミユキちゃん、いつの間にそんなに早くなったの!?」
みんなにそう聞かれました。ミユキはうれしくてうれしくて、しかたありませんでした。
毎晩、ふとんの中で、ミユキはしあわせなきもちにつつまれていました。
「『しあわせの種』って、すごいんだなぁ」
何度も何度も、そう思いました。
この『しあわせの種』がたくさんあれば、ミユキは毎日、しあわせに生きていけます。もっともっとたくさんのことができるようになって、もっともっとたくさんの人にちやほやしてもらえるかもしれないんです。
でも、ミユキの手元にのこっている『しあわせの種』は、あと一つだけ。
「つかっちゃうの、もったいないな……」
ぽつんとつくえの上においてある『しあわせの種』を見て、ミユキはそっとためいきをついたのでした。
つぎの日が来ました。
けっきょく、最後のひとつをつかってしまうゆう気が出なくて、ミユキは『しあわせの種』をもって学校へむかいます。
すると、あのスズメがとんで来て、ミユキにたずねました。
「ミユキちゃん、もう『しあわせの種』は、ぜんぶ使ってしまったかい?」
ミユキは、首をふりました。
「ううん。最後のひとつをいつつかおうか、まよってるの」
スズメはふしぎそうな顔をしました。
「どうしてまようの? ミユキちゃんがじゆうにつかえばいいのに」
「だけど、もう先生にほめてもらったし、ほしかったゲーム機だってもらえたし、かけっこで一番もとれたし、ほしいものがないの。だから、この最後の『しあわせの種』は、どうしてもつかいたいって思った時にとっておこうかなって思うんだ」
ミユキはそう言いました。
なるほどね、とスズメはうなずきました。ミユキのきもちを分かってくれたようです。
「それじゃあ、ぼくからは何も言わないよ。こうかいしないように使うんだよ」
「はーい」
ミユキはまた、大きな声でへんじをしました。
その日は、本当にふつうの日でした。
ミユキはいつものように、にがてな算数のもんだいができませんでした。かけっこだって三番です。学校にはゲーム機はもって来られないので、せっかくもらったゲーム機で遊ぶこともできません。
ミユキは、つまんないな、と思いました。
「やっぱり、ふつうの日は楽しくないよ。『しあわせの種』、つかっちゃおうかなあ」
けれども、ミユキはあのスズメに言ったばかりです。どうしてもつかいたいと思った時のために、最後のひとつはとっておく、って。
ミユキはそのことを思い出して、じっとがまんをしました。
その日の帰り道、ミユキがいつものように道を歩いていると、小さな女の子がないていました。
「どうしたの?」
びっくりしたミユキは、たずねました。すると女の子は、なきながら言うのです。
「今日、あたしのたん生日なのに、だれも『おめでとう』っておいわいしてくれなかったんだよぅ……」
「プレゼントは?」
「もらってない……」
かわいそうに、とミユキはかなしくなりました。みんな、この子のたん生日のことをわすれてしまったのでしょうか。
ミユキがかわりにおいわいしてあげたいけれど、あいにくミユキはおさいふを家においてきてしまいました。これでは、何かを買ってあげることもできません。
「そうだ」
ミユキは、ランドセルの中から『しあわせの種』をとって、女の子にさし出しました。
「おたん生日、おめでとう。これ、お姉ちゃんからのプレゼントだよ」
女の子は、きょとんとしています。ミユキは女の子の手のひらに『しあわせの種』をのせてあげて、言いました。
「ゆびでぷちってつぶすと、いいことがおこるんだよ。きっと、しあわせなきもちになれるよ」
「うん」
女の子は言われた通り、『しあわせの種』をつぶしました。
すると、どうでしょう。道の向こうからやって来た、女の子と同じくらいの年の子どもたちが、女の子の方にかけてきたのです。
「サチちゃん、見つけた!」
「さっきはごめんね、おいわいできなくて」
「わたしたち、サチちゃんのためにたん生日パーティーのじゅんびをしてたんだ! ケーキもあるよ!」
口々に声をかけられて、女の子はパッと明るい顔になりました。みんな、女の子のたん生日を忘れていたわけではなかったのです。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
女の子はみんなにかこまれながら、ミユキにむかって頭を下げました。それから、どこかへ走っていきました。
『しあわせの種』は、女の子のしあわせをちゃんとかなえてあげたのでした。
どうしてでしょうか。
ミユキは何ももらっていないし、ほめられたわけでもないのに、なんだかしあわせなきもちでいっぱいになりました。
帰り道を歩くミユキのそばに、どこからか、あのスズメがやって来ました。
そして、たずねました。
「ミユキちゃん、最後のひとつはつかっちゃったみたいだね」
いいえ、ちがいます。ミユキは首をふって、答えました。
「女の子にあげたよ」
「そうだったの?」
スズメはやっぱり、ふしぎそうな顔をしました。
「それにしてはミユキちゃん、なんだかうれしそうだね。『しあわせの種』をつかったみたいだ」
「そうかな?」
ミユキは言いました。
でも、本当は知っていたのでした。ミユキの心がとってもうきうきして、しあわせなことを。
「『しあわせの種』って、すごいんだね」
ミユキがスズメに言うと、スズメはむねをはりました。
「そうさ。『しあわせの種』は、だれのことだってしあわせにしてあげられるんだよ」
ミユキの手元には、もう、あの『しあわせの種』はひとつもありません。
だけど、もしもまた『しあわせの種』をもらえることができたら、だれかにプレゼントしてみてもいいな。
ミユキはこっそり、そう思ったのでした。
お読みいただき、ありがとうございました!
本作は「しあわせの共有」をテーマにした童話です。
本当は本作の十倍近くの文字数のある「原作」があるのですが、そちらについても別途、連載中です!(詳細は下部のリンク先へ!)
本作が書かれたのも、元はと言えば原作の方が予定字数を激しくオーバーしてしまったからで……。
そんな本作「しあわせのおくりもの」ですが、
・漢字は原則、小学二年生まで対応(それ以上の学年で登場するものについては、どうしても熟語に含まれてしまう場合や漢字でないと何だか分からない場合のみ採用)
・漢字へのルビ振りは、その漢字が作中に登場する一回目のみ(読みにくさ軽減のため。「種」と「機」「最後」については例外)
・三人称主人公寄り、全編「です・ます」調(敬体)
という原則に従って書いてみました。童話を書くことは滅多にないので、なかなか慣れないですね(苦笑)
でも、童話を書いていると、なんだか心が優しくなるというか、洗われるような感覚がありますね。
感想、レビュー、ポイント評価等、お待ちしています!!
◆(12月1日現在)本作は公式企画『冬の童話祭2017』に参加を予定しています。