表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

しあわせのおくりもの

作者: 蒼原悠



 小学生(しょうがくせい)のミユキは、『しあわせの(たね)』を、もっていました。




 『しあわせの(たね)』は、あめ(だま)みたいな(かたち)をした、ゼリーみたいにやわらかいものでした。


 もちぬしがゆびでぷちっとつぶすと、その人はたちまちしあわせになる、なんて()われています。


 『しあわせの(たね)』をくれた(ひと)は、言いました。


 「ミユキはいつも、お勉強(べんきょう)もお手伝(てつだ)いも、よくがんばっているからね」


 ミユキはうれしくなりました。あんまりうれしかったので、学校(がっこう)()くときも、『しあわせの(たね)』を()ばなしたくありませんでした。


 『しあわせの(たね)』は、ぜんぶで(よっ)つ。ミユキは四回(よんかい)もしあわせになれるんです。




 (そら)をとんでいたスズメが、たずねました。


 「ミユキちゃん、いいものをもっているね」


 ミユキはうきうきして言いました。


 「そうだよ。すっごくいいものをもらったんだ」


 スズメはまた、たずねました。


 「ミユキちゃんは、どんなしあわせがほしいの?」


 ミユキはちょっと(かんが)えて、(こた)えました。


 「先生にほめられたり、ほしいゲーム()をもらったり、かけっこで一番(いちばん)をとりたいな」


 スズメは、さらにたずねました。


 「四つももっているけど、ぜんぶミユキちゃんがつかうの?」


 「もちろん! だってわたしのものなんだもの」


 ミユキは『しあわせの(たね)』をだいじにかかえながら、そう(こた)えました。せっかくのごほうびを、だれかにあげてしまいたくなかったからです。


 スズメは、言いました。


 「そっか。それじゃあ、だいじに使うんだよ」


 もちろん、そのつもりです。ミユキは(おお)きな(こえ)でへんじをしました。


 「うん!」






 ミユキには、『しあわせ』というのが(なん)なのか、よく()かりません。


 (かたち)も、(いろ)も、においも()りません。


 というのも、(いま)までいくら()いてみても、大人(おとな)たちはけっして(おし)えてくれなかったのです。


 でも、ほしかったものをもらったり、ほめられたり、みんなから「すごーい!」と言ってもらえると、ミユキはすごくしあわせなきもちになります。


 『しあわせの(たね)』は、きっとそういうきもちにしてくれることをおこすものにちがいないのでしょう。






 ミユキは、毎日(まいにち)一つずつ、『しあわせの(たね)』をつぶしてみました。



 一日目、ミユキはまわりのみんなができなかった算数(さんすう)のもんだいをといて、みんなをおどろかせました。


 「ミユキちゃん、すごいじゃない!」


 先生(せんせい)はそう言って、ミユキのことをほめてくれました。


 いつも算数がにがてだったミユキには、こんなむずかしいもんだいがとけたことはありませんでした。()されたしゅくだいだって、いつもは(いえ)(かえ)ってからいやいや()()むのに、今日(きょう)はすいすいすすみます。


 ミユキはたちまち、うれしくなりました。


 「にがてなことができるようになるって、なんて(たの)しいんだろう!」


 って、思いました。




 二日目、となりの(せき)()が、


 「ミユキちゃん、ゲーム()はほしくない?」


 と、聞きました。


 「えっ、いいの?」


 ミユキは聞きかえしました。


 そうです。ミユキには、ずっとほしがっていたゲーム()があったのです。けれどもねだんが(たか)かったので、今までお(かあ)さんに()ってもらうことができませんでした。


 となりの子は、うなずきました。


 「うん。買ったんだけど、あんまりあそばなかったから、あげる」


 「ありがとう! わたし、もらう!」


 ミユキはうれしくなりました。わたしはなんてラッキーなんだろう、と思いました。




 三日目、ミユキはうんどう会のれんしゅうで、かけっこをしました。


 「よーい、どん!」


 先生のかけ声で、ミユキはむちゅうになってかけだしました。


 ミユキのスピードはぐんぐん(はや)くなりました。そして、あっという()にミユキはほかの子たちをおいぬいて、一番を取ってしまったのです。


 これにはミユキもびっくりしました。(あし)のそんなに早くないミユキは、今まではどんなにがんばっても三番(さんばん)にしかなれなかったのに。


 ああ、一番のりでゴールラインをふむときの、なんとも言えないすがすがしさと言ったら! ミユキはずっと、このすがすがしさを感じてみたかったのです。


 「ミユキちゃん、いつの間にそんなに早くなったの!?」


 みんなにそう聞かれました。ミユキはうれしくてうれしくて、しかたありませんでした。




 毎晩(まいばん)、ふとんの(なか)で、ミユキはしあわせなきもちにつつまれていました。


 「『しあわせの(たね)』って、すごいんだなぁ」


 何度(なんど)も何度も、そう思いました。


 この『しあわせの(たね)』がたくさんあれば、ミユキは毎日(まいにち)、しあわせに()きていけます。もっともっとたくさんのことができるようになって、もっともっとたくさんの人にちやほやしてもらえるかもしれないんです。


 でも、ミユキの手元(てもと)にのこっている『しあわせの(たね)』は、あと一つだけ。


 「つかっちゃうの、もったいないな……」


 ぽつんとつくえの(うえ)においてある『しあわせの(たね)』を見て、ミユキはそっとためいきをついたのでした。






 つぎの日が()ました。


 けっきょく、最後(さいご)のひとつをつかってしまうゆう()が出なくて、ミユキは『しあわせの(たね)』をもって学校へむかいます。


 すると、あのスズメがとんで来て、ミユキにたずねました。


 「ミユキちゃん、もう『しあわせの(たね)』は、ぜんぶ使ってしまったかい?」


 ミユキは、(くび)をふりました。


 「ううん。最後のひとつをいつつかおうか、まよってるの」


 スズメはふしぎそうな(かお)をしました。


 「どうしてまようの? ミユキちゃんがじゆうにつかえばいいのに」


 「だけど、もう先生にほめてもらったし、ほしかったゲーム()だってもらえたし、かけっこで一番もとれたし、ほしいものがないの。だから、この最後の『しあわせの(たね)』は、どうしてもつかいたいって(おも)った(とき)にとっておこうかなって思うんだ」


 ミユキはそう言いました。


 なるほどね、とスズメはうなずきました。ミユキのきもちを分かってくれたようです。


 「それじゃあ、ぼくからは何も言わないよ。こうかいしないように使うんだよ」


 「はーい」


 ミユキはまた、大きな声でへんじをしました。






 その日は、本当(ほんとう)にふつうの日でした。


 ミユキはいつものように、にがてな算数のもんだいができませんでした。かけっこだって三番です。学校にはゲーム()はもって来られないので、せっかくもらったゲーム()で遊ぶこともできません。


 ミユキは、つまんないな、と思いました。


 「やっぱり、ふつうの日は楽しくないよ。『しあわせの(たね)』、つかっちゃおうかなあ」


 けれども、ミユキはあのスズメに言ったばかりです。どうしてもつかいたいと思った時のために、最後のひとつはとっておく、って。


 ミユキはそのことを思い出して、じっとがまんをしました。




 その日の(かえ)(みち)、ミユキがいつものように道を歩いていると、小さな女の子がないていました。


 「どうしたの?」


 びっくりしたミユキは、たずねました。すると女の子は、なきながら言うのです。


 「今日、あたしのたん生日なのに、だれも『おめでとう』っておいわいしてくれなかったんだよぅ……」


 「プレゼントは?」


 「もらってない……」


 かわいそうに、とミユキはかなしくなりました。みんな、この子のたん生日のことをわすれてしまったのでしょうか。


 ミユキがかわりにおいわいしてあげたいけれど、あいにくミユキはおさいふを家においてきてしまいました。これでは、何かを買ってあげることもできません。




 「そうだ」


 ミユキは、ランドセルの中から『しあわせの(たね)』をとって、女の子にさし出しました。


 「おたん生日、おめでとう。これ、お(ねえ)ちゃんからのプレゼントだよ」


 女の子は、きょとんとしています。ミユキは女の子の手のひらに『しあわせの(たね)』をのせてあげて、言いました。


 「ゆびでぷちってつぶすと、いいことがおこるんだよ。きっと、しあわせなきもちになれるよ」


 「うん」


 女の子は言われた(とお)り、『しあわせの(たね)』をつぶしました。


 すると、どうでしょう。道の向こうからやって来た、女の子と同じくらいの年の子どもたちが、女の子の方にかけてきたのです。


 「サチちゃん、見つけた!」


 「さっきはごめんね、おいわいできなくて」


 「わたしたち、サチちゃんのためにたん生日パーティーのじゅんびをしてたんだ! ケーキもあるよ!」


 口々(くちぐち)に声をかけられて、女の子はパッと(あか)るい顔になりました。みんな、女の子のたん生日を忘れていたわけではなかったのです。


 「お姉ちゃん、ありがとう!」


 女の子はみんなにかこまれながら、ミユキにむかって(あたま)を下げました。それから、どこかへ走っていきました。


 『しあわせの(たね)』は、女の子のしあわせをちゃんとかなえてあげたのでした。




 どうしてでしょうか。


 ミユキは何ももらっていないし、ほめられたわけでもないのに、なんだかしあわせなきもちでいっぱいになりました。






 帰り道を歩くミユキのそばに、どこからか、あのスズメがやって来ました。


 そして、たずねました。


 「ミユキちゃん、最後(さいご)のひとつはつかっちゃったみたいだね」


 いいえ、ちがいます。ミユキは首をふって、答えました。


 「女の子にあげたよ」


 「そうだったの?」


 スズメはやっぱり、ふしぎそうな顔をしました。


 「それにしてはミユキちゃん、なんだかうれしそうだね。『しあわせの(たね)』をつかったみたいだ」


 「そうかな?」


 ミユキは言いました。


 でも、本当は知っていたのでした。ミユキの(こころ)がとってもうきうきして、しあわせなことを。


 「『しあわせの(たね)』って、すごいんだね」


 ミユキがスズメに言うと、スズメはむねをはりました。


 「そうさ。『しあわせの(たね)』は、だれのことだってしあわせにしてあげられるんだよ」






 ミユキの手元には、もう、あの『しあわせの(たね)』はひとつもありません。


 だけど、もしもまた『しあわせの(たね)』をもらえることができたら、だれかにプレゼントしてみてもいいな。


 ミユキはこっそり、そう思ったのでした。








お読みいただき、ありがとうございました!


本作は「しあわせの共有」をテーマにした童話です。

本当は本作の十倍近くの文字数のある「原作」があるのですが、そちらについても別途、連載中です!(詳細は下部のリンク先へ!)

本作が書かれたのも、元はと言えば原作の方が予定字数を激しくオーバーしてしまったからで……。


そんな本作「しあわせのおくりもの」ですが、

・漢字は原則、小学二年生まで対応(それ以上の学年で登場するものについては、どうしても熟語に含まれてしまう場合や漢字でないと何だか分からない場合のみ採用)

・漢字へのルビ振りは、その漢字が作中に登場する一回目のみ(読みにくさ軽減のため。「種」と「機」「最後」については例外)

・三人称主人公寄り、全編「です・ます」調(敬体)

という原則に従って書いてみました。童話を書くことは滅多にないので、なかなか慣れないですね(苦笑)

でも、童話を書いていると、なんだか心が優しくなるというか、洗われるような感覚がありますね。




感想、レビュー、ポイント評価等、お待ちしています!!





◆(12月1日現在)本作は公式企画『冬の童話祭2017』に参加を予定しています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] ※少しネタバレがあります。 物語のラストに明かされる、シンプルかつ普遍的な「しあわせ」とは……。読後、胸がふわっと暖かくなりました。案外みんな、主人公と同じ行動をす…
[良い点] 良いです。 少ない文字数で、ちゃんとテーマがあって、これぞ童話だと思いました。 小さい子に向けて書くのは難しいです。それがしっかり出来ていると思います。 [一言] 私も似たようなコンセプト…
2016/12/01 22:18 退会済み
管理
[一言] 人は自分のために何かするよりも、誰かのために何かをした方が幸せを感じやすいのかなと思いますね。いいお話です(*´꒳`*) 私もしあわせのタネが欲しいなぁ。けど欲にまみれてるからなぁ。笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ