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Chapter 25 ディズィール・特別閉鎖領域

1



 空間を伝う信号ラインの光の数が更に増して行く。


 ウィンドウに浮かび上がる『Starting Collective Consciousness System』の文字。


 その瞬間頭に流れ込んだ思念の強烈さに思わず頭を押さえる。紛れもない憎悪。しかもそれは衝動的に湧き上がる黒い炎ではない。心に深く刻まれたあまりに深く冷たい感情。


 それがフロンティアだけでは無く現実世界にも向けられているのだ。


――これは、いったい……?――


 が、思考を巡らそうとした瞬間、それを掻き乱すが如くサミアの思考が雪崩れ込む。


――書き換える。全てを書き換える。全て、全部、何もかも。書き換える書き換える書き換える――


 片手で頭を押さえ、思わず呻き声を上げたザイール。意識、もしくは自我と言うべきものを食い荒らされる感覚に、渾身の意志力で抗う。


 見ればオペレーターの全てが両手で頭を抱えこみ悲鳴を上げていた。ある者は目を見開き、ある者は首を狂ったように激しく振る。艦を不正に飲み込もうとする意志に皆が必死に耐えていた。だが、それも長くは持たないだろう。精神力の弱い者から荒木の手に落ちるのは目に見えている。


 出撃中のネメシスとの衛星回線が落ちているのが唯一の救いと言って良い。


 掻き乱される集中力。その中で荒木が口元に浮かんだ歪な笑みを更に強めた。


「君らは僕の事がさぞ嫌いだろうね? けど、君等は僕に従うよ。うん、そう言うシステムを組んだのだろう? うん、間違いない。どんな気持ちかね? 嫌いな人間に意識を掌握されると言うのは」

「貴様は大きな勘違いをしている。集合意識化システムは、感覚や思考の共有であって支配ではない! 個々の自我までは奪えはしないぞ!」


 閉鎖領域内に響き渡るザイールの声に荒木は失笑するかの如く喉を鳴らした。 


「本来はそうなのだろう。けど、ここに『葛城 愛』が持っていた能力が合わさるとどうなるのか。まさか知らないとは言わないよね? うん、間違いない。君等もそのために『女王の器』を覚醒させようとしていたのだろう?」


 その言葉にザイールが唇を噛みしめる。


 『希望』と名付けられた装置に流れ込む大量のエネルギー。浮遊ユニットが放つ雷光が急激に光量を増して行く。


「まず定着率を調べておこうか。その為には出力は最大の方が良いね。うん、間違いない。分母は大きいに越したことはないからね」


 荒木の言葉に呼応するかの如く閉鎖領域に立ち上がる一際大きなウィンドウ。そこに浮かび上がる世界地図。


「やめんか! 貴様は自分が何をしようとしているのか分かっているのか!」


 響き渡るザイールの罵声。


「もちろん分かっている。ニューロデバイスを持たない者達にサミアの意識を植え付けるんだよ。僕はその定着率と影響範囲に興味がある。思いの他使えない装置だったら、計画を変更しなきゃならないだろ? うん、間違いない」


 荒木から出た信じられない言葉。それが真実なら荒木は単なるデーター収集のために途方もない犠牲者を出そうとしている。


 その思考に背筋を冷たい物が駆け抜けるのを感じずにはいられない。


「狂っている……」


 呻くように漏れた声。


――艦長、このままでは……――

――分かっています――


 ザイールの思考伝達に、そう答え、頷いたアイ。そして静かに瞳を閉じる。肌の露出部に浮かび上がる光の波紋。長いシルバーブルーの髪が僅かな光を宿して浮かび上がる。


 荒木の瞳がアイへと移された。口元に浮かんだ歪な笑みはそのままだ。 


「――それにしても『葛城 智也』もとんでもない物を考えたね。恐らく『彼』は気付いていたんだ。自分の娘だけが持つ能力の存在にね。大方『彼』が何をしたかったのか見えて来たよ。


 君等は『彼』をフロンティアを想像した神の様に崇めているが、実際の『彼』は君達が考えているような人間ではないよ。僕は彼を良く知っている。彼は科学者だ。だからその本質は僕に近い。うん、間違いない」


 その言葉にアイの表情が激しく歪んだ。それと同時に肌に浮かんだ光の波紋が激しく揺らぐ。


「父は貴方とは違います!」


 激しい感情の宿った声が閉鎖領域内に響き渡った。


「さぁ、どうだろうね? 君は本当に『彼』が娘を愛していたと思うのかい?」

「無論です」


 疑いようのない自信に満ちた声。荒木はそれに大げさに首を横に振った。


「君を見ていると哀れでならない。うん、とても哀れだ。仮にそうだったとしても全ての愛情は君にではなく、『葛城 愛』に注がれたものだ。うん、間違いない」

「それは分かっています。それでも」

「それほどまでに、自分の中にある『葛城 愛』としての記憶に残る『父親』が大事かい? なら、彼がどのような人物であっても受け入れられるのだろうね。うん、間違いない。君は自分という存在、いや、『葛城 愛』という存在について深く考察した事があるのかな?」


 荒木の口元から、唐突に笑みが消えた。


「君はまさか、自分が、いや『葛城 愛』が唯の一度の実験によって誕生したと思っていないよね?」

「……え?」


 アイの顔に浮かんだ動揺。肌に浮かぶ光の波紋が更に弱まって行く。


「――『葛城 愛』は『葛城 智也』とその妻『沙紀』の手によって創造された最初の人工意識体、それもまぁ、成功と言えるレベルに到達した最初の意識体だ。


 君が生み出されるまでの間にどれくらいの試作品があったのだろうね。100人? 200人? いやいや、僕だったら1000は欲しい。うん、間違いない」


 アイの顔から血の気が引けて行く。頭を押さえもがいていたオペレーター達までもが、目を見開き荒木を見つめていた。


「言ったはずだよ。彼は科学者だと。それも本質は僕に近い。うん、言ったばかりだ。


 君等にとって英雄でも現実世界から見た『彼』は僕以上のマッドサイエンティストだよ。うん、間違いない」


 言葉を区切った荒木の口元に再び歪な笑みが浮かぶ。


「――さらに言えば、彼女が生み出された手法と、今のフロンティアで子を生成する手法は微妙に異なっているよね? それは何故だろうね?


 『葛城 愛』が誕生した時点の技術には大きな欠陥があったと考える方が自然じゃないかね? うん、間違いない。


 未熟な技術で産み落とされた『君』は果たして『人』なのか…… 何故、君だけが『人』を超える能力を持っているのか……」


 自身を抱え震えだしたアイ。だが、それでもその瞳だけは真っすぐと荒木を見つめていた。


「そうだとしても、私は……」


 再び強さを増す白い肌に浮かぶ光の波紋。


「全く君は強情だね? 大人しく折れていた方が良いことだってある。うん、間違いない。大事な実験なんだよ。うん、とても大事だ。だから仕方がないサミア」


 荒木の瞳がサミアへと向けられる。


 次の瞬間、サミアから流れ出た光が一直線にアイを貫いた。響き渡る断末魔の如き悲鳴。


 叫び声を上げ身体を捩るアイの姿に荒木が大きく首を振る。


「だから、大人しくしてた方が良いと言ったんだ。うん、間違いない。それにしてもうるさいな……」


 アイの悲鳴が唐突に途切れた。だがその表情は壮絶極まりなく、大粒の涙をため見開かれた瞳には何も見えていない。声を奪われて尚、身体を捩り悲痛な叫び声を上げ続ける姿は、見る者を振るえ上がらせる。


「貴様ぁぁぁぁ!! ――!?」


 響き渡るザイールの絶叫。が、荒木が瞳を向けると、それすらも唐突に途絶えてしまう。まるで時間が止まったかの如く不自然な体勢でオブジェクトを硬直させたザイール。そしてそのまま動かなくなってしまう。


「うん、流石に飽きて来たからね。他の者達も抗うのは自由だがね。こうなるのが嫌なら、さっさと受け入れた方がいい。サミアの意思に抗い続けるのも辛いだろう? うん、間違いない」


 虚無をも思わせる冷たい輝きを宿した瞳が、閉鎖領域を舐めるように見渡す。


「――さて、どうやら長話が過ぎたね。準備が整ったようだよ。で、影響範囲はどの程度になるんだい?」


 荒木の場違いな歓喜を宿した声が閉鎖領域に響き渡る。


「演算結果をマップに表示します」


 荒木の問いに応えるかの様にウィンドウを操作するオペレーター。遂に意識が荒木の手に落ちる者が現われだしたのだ。


 それをきっかけに次々と押さえていた頭から手を離し、何事も無かったようにウィンドウに向き直るオペレーター達。


 ディズィールを中心に広がる円系のラインがマップ上に広がって行く。


「ふむ、思ったより出力が小さいね。衛星による増幅照射が無ければこんな物か。まぁ、いい。うん、実験としては十分だ。この船ももう直ぐ完全に僕のものだよ」


 荒木の狂った様な笑い声が木霊する中、更に多くのオペレーター達がウィンドウに向き直る。復唱され始めるマニュアルに存在しないシークエンス。


 浮遊ユニット群が放つ光が爆発的に光量を増した。次の瞬間、閉鎖領域を目を開けている事が困難な程の光が包み込む。


 その光の中で全てのオペレーター達が、無言で一点を見つめていた。オブジェクトの自由を奪われたはずのザイールまでもが、静かにそれを見据えている。


「さてさてさてさて、結果はどうなったかな? 楽しみだね。うん、本当に楽しみだ」


 荒木の問いに応える者はいない。


「どうなったって? 聞いているんだよ! 何故誰も答えない!」


 苛立たし気な荒木の声が静まり返った閉鎖領域に響き渡った。それでも、答える者はいない。皆が一様に一点を見つめる。


 その視線の先を追って瞳を動かした荒木が、訝し気に首を傾げた。


「ほう…… これは中々に興味深い。うん、興味深いね」


 アイの長い髪が眩いばかりの光を宿して宙に舞っていた。強い光の中でシルバーブルーのそれが、毛先から深みのある黒色へと変化して行く。


 やがて根元まで到達すると、皮膚の色にまで変化が及び始める。唯でさえ白い肌がより白さを増し、唇は血の如き赤味を帯びる。黒く長い睫毛を従えた瞼がゆっくりと開かれようとしていた。露わになる透き通るような黒い瞳。


 洗練されたオブジェクトを好むフロンティアの者から見ても、異常に整った容姿。それは人間離れしすぎていて、怪異の如き印象すら放つ。


 空間が霊気を帯びたかのように、重く冷たいものになって行く。


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