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Chapter 24 『女王の器(後編)』 ディズィール・特別閉鎖領域

1



――この領域の隔離を。わざわざ向こうから出向いてくれたのだ、奴を絶対に逃がすな!――


 思考伝達に乗り閉鎖領域内をザイールの指示が駆け抜ける。


 それは荒木にも伝わってしまっているはずだが、一切の表情の変化はない。それどころか荒木は閉鎖領域内の風景を優々と見渡し口を開いた。


「それにしても、ここの風景にはがっかりだよ。君達が創り上げた戦艦の艦橋がどんなものかと期待すれば、洗練されてるとは言え、極めて人間的だ。単なる現実世界最盛期の延長線上、僕等が想像できるレベルの進化でしかない。うん、これは本当に残念だ」


 心底落胆したかの様に吐き出された言葉に、ザイールが口元に歪な笑みを浮かべた。


「残念だったな。この世界は貴様が思い描くほど、人の世を一脱した世界ではない」


 辺りの風景から興味を失ったかの如く荒木の視線が前に戻される。


「どうやらそのようだね。残念だ。本当に残念だよ。

 ああ、そうだ、僕を隔離することは出来ないよ。うん、出来ないんだ。嘘だと思うなら試してみると良い。それに月に送る事も出来ない。月詠との回線は落ちてるはずだよ。君達が月との間に構築していた極太の回線を完全に復帰するには数日かかるよね? うん、間違いない」


「まさか、それのためだけに恒星爆弾を!?」


 オペレーターの1人が掠れた声を上げた。


「さぁ、どうだろうね。あえて言うなら、良い兵器を持っていながらそれを使わずに保有している勿体ない組織を見つけてしまってね、流石に憤りを感じたんだ。うん、感じたんだよ。それがあるなら『面白い事が』出来るはずだとね。実際面白かった。うん、とても面白かったよ」


 口元に浮かんだ歪な笑みを強め、喉を鳴らした荒木。その悍ましさに吐き気すら伴う嫌悪感がこみ上げる。


「貴様、自分が何をやったのか分かっているのか!?」

「もちろん分かっているとも。でも、何故そんなに怒る必要があるのかな? まさか地表の放射能汚染に憤りを感じてるんじゃないよね? 君達にとってそれは全くと言っていい程問題にならないはずだけどね。うん、間違いない」


 ザイールの瞳が強い感情を宿し、威圧感を伴って細められる。


「貴様は大きな勘違いをしている。我等は決してこの地が自分達だけの物とは思っていない」


 静かだが強い感情を宿した声が閉鎖領域内に響き渡った。それに荒木が両手を広げ大げさに驚いた顔をする。


「これは、驚いた。この世界を荒野に変え、更に全てを取り込もうと言う存在が言う言葉かね? うん、間違いない」


 荒木の瞳が得体の知れない感情を宿して細められる。


「――君達は現実世界の者が知れば、反発を免れない計画を実行しようとしているね? うん、間違いない。僕がわざわざ此処に来たのは『それ』に関連しているのだからね。

 僕は君達が計画遂行に使おうとしている装置が欲しい。あるのだろう? 葛城智也が残した装置が……」


 その言葉にザイールが目を見開く。


「なっ!?」

「父が残した装置は貴方には絶対に渡せません。あれには父の夢が詰まっています。そして私達の願いを叶えるためには絶対に欠かせない物です。確かに反発もあるでしょう。それでも私は、それを叶えることが、フロンティアと現実世界の双方にとって必ずいい結果を生むと信じています」


 アイの強い意志の宿った言葉が閉鎖領域に響き渡る。


「それは『自治区構想』の事を言っているのかい? だとしたら君は大きな勘違いをしている。うん、間違いない」


 アイへと向けられた荒木の瞳。口元には下劣とさえ言える不敵な笑みが浮かぶ。


「――君はフロンティアが本当に君の理想実現のために手を貸していると思うのかい?

 違うね。うん、違うんだ。君達は葛城智也の理想を実現しようとしているんじゃない。実現しようとしているのはもっと別の次元のものだよ。うん、間違いない。

 あれを見ていて僕は思ったんだよ。君達の世界を統べる者達と僕は相性が良いんじゃないのか? とね。あれは言わば実験に過ぎない」


「え?」


 アイの顔にありありと浮かんだ動揺。


――奴の言葉に耳を貸してはなりません!――


 ザイールのアイへ向けた思考伝達が閉鎖領域を伝う。


「――小規模な自治区は君の理想通りになっているかな? 君には理想通りに進んでいるように見えるのかもしれない。彼等は『植え付けられた恐怖と思念』によって君達の前では、まるで役を与えられたかの様に、君の理想を演じるからね」

「何を言い出すかと思えば、とんだ世迷言を」


 ザイールの失笑に、荒木の口元の笑みが消えた。人の心の全てを見透かすような不気味な瞳がアイを見据える。


「嘘だと思うかい? うん、信じていないと言うような顔をしている。なら、良い物を見せよう。これが僕が見た管理自治区の姿だ。君が知っている自治区の姿と大分違うんじゃないのかい?」


 荒木の言葉共に閉鎖領域内に次々にウィンドウが展開して行く。閉鎖領域のシステムの一部とは言え、それが荒木によって操作されたことに閉鎖領域内に動揺が走り抜ける。


 大量のウィンドウに映し出される管理自治区の街並み。異様な光景だった。その至る所でまるで魂が抜けた様に、座り込む人々。その瞳には全くと言っていい程に感情が宿っておらず、まるで固定オブジェクトの如く虚空を見つめていた。


 目を見開き硬直するアイ。その身体が小刻みに震えだす。


――これは奴が作った映像です! 惑わされてはいけません!――


 思考伝達に乗るザイールの声は酷く荒々しい。


「嫌だねまったく。僕は信用できないかい? なら君が良く知る者の言葉なら信用するかね?」


 さらにウィンドウが切り替わる。そこに映し出されるヒロの姿。それに思わずアイが声を上げた。


「これは!?」

「驚いているね。うん驚いてる。さぁ、質問だよ。僕はこの船に一体何処から来たんだろうね? インデペンデンスが通信を行った先は何処だったかな?」


 荒木の口元に再び浮かんだ歪な笑み。


「まさか……」

「安心してくれていい。僕はまだ彼等に何もしていない。うん、していないんだ。僕が言うのも何だけどね、あのエリアを管理している者が、どうにも腐っているようだ。それで少し面白い物が見れるんじゃないかと思ってね、そのまま放置してある。

 それより、彼等の会話に注意した方がいい。彼等の言葉なら君も信じる気になれんじゃないのかい?」


 ウィンドウの中でフロンティアの構造体特有の狭い通路を歩くヒロと伊織。人のスムーズな往来を全くと言っていい程考慮されていない空間で、伊織が静かに口を開く。


『管理自治区とはえらい違いやね……』


『そうだな。けど、あそこはあそこで真面じゃねぇ。どいつもこいつも、死霊共をまるで神のように崇めやがって』


 吐き捨てられるように放たれたヒロの言葉に、アイの身体の震えが強さを増した。


『そうやね。みんな怯えてた。あそこには彼等のサーバーすらも置かれて無いと言うのに……』


『響生に会ったら言ってやれ。管理自治区、『あれじゃ駄目だ』ってな』


 アイの顔から血の気が引けて行く。


「そんな……」


 あまりに強い拒否感を伴った掠れた声が漏れる。


「――君は自分が何をし、自治区に最初の人々を集めたのか分かっているのかな? 君は自分の能力が何たるかを解っているのかい? この船に積まれた装置の正体を知っているのかね? うん知らないよね? うん、知らないはずだ。知っていれば君のような人間が、あんな惨いことをするはずがない…… まぁ、僕ならやるけどね」

「私は……何を……!?」


 自身の震えを抑え込むように自らを抱えこんだアイ。


「そこまでだ!」


 強い威圧感を伴う声を発し、ザイールが遂に立ち上がった。それでも荒木は口元の卑屈な笑みを更に強めただけで止まらない。


「――君はこの船とあの装置を手放すべきだ。でないと、君は自身の理想とはかけ離れた物へと君自身の手で世界を変えてしまうだろう。うん、間違いない」


 切り替わるウィンドウ。そこに映し出された者の姿に、アイの唯でさえ見開かれた瞳が更に大きく開かれる。


「……響生……」

「そうなったら、彼は君を許さないだろうね。恐らく君は彼と対立することになる。うん間違いない」


 ウィンドウの一部が変化し、再び中立地区の街並みが映し出される。クローズアップされる感情の宿らない瞳。さらに繰り返し閉鎖領域内に響き渡るヒロと伊織の言葉。


 アイがウィンドウから視線をそらし俯いた。


 それを見た荒木の口元に満足気な笑みが浮かぶ。


「――ああ、そうだ。そう言えば彼には、『葛城愛が残した怨念』の様な存在が取り付いてるね。気づいているよね? 彼には僕よりも遥かに奇妙な存在が取り付いている。肉体を持たずオブジェクトすら持たない。そして僕より遥かに長生きをしてる。いや、生きていると言って良い状態なのかは定かではない。うん、無いんだ。もちろんそれは同じ肉体を共有する彼自身の複製を指しているんじゃない」


 その言葉にアイが青白い顔を再び上げた。


「響生の…… 複製……!?」


 繰り返された言葉。フロンティアにおいて禁句と言える言葉に、他のオペレーター達までもがありありと動揺を浮かべる。


「貴様は何を言っている!?」


 響き渡るザイールの罵声。


「おや、気づいていないのかい? それとも、知っていて尚、惚けているのかな? まぁいい。どちらにしても僕は彼に興味がある。この船に積んでいる装置と同じくらい欲しくてたまらない。うん、手に入れたいんだ。


 何故、『監視者』は二宮響生と言う感染者に取り付いたのか…… 僕はこう思う。恐らく彼は全てを動作させるためのキーになってしまったのでは無いかとね。うん、間違いない。そして彼をキーにしてしまったのは君だよ……」


 荒木の腕がゆっくりと持ち上がり、アイを指さした。その瞬間、閉鎖領域内の全ての視線がアイへと集中する。


「何を訳の分からんことを!?」


 再び響き渡るザイールの罵声。荒木が瞳を閉じる。だが、その口元の笑みだけは消えない。


「飽くまで白を切るか。まぁいい…… いや、残念だね。うん、本当に残念だよ。もう少し価値のある議論が出来ると思っていたのだけどね。


 仕方ない、話を元に戻そうか。僕はこの船とこの船に積んでいる装置が欲しい。僕なら、君達を束ねる者達より早く、理想に導ける。その為にこの船とこの船に積まれた装置を僕に預けてみないかね? うん、その方が良い。間違いない」


 閉じられていた荒木の瞳が狂気とも呼べる感情を宿して再び開かれる。


「もう十分だ! これ以上話す必要はない! 我等が貴様にこの船をくれてやるわけが無かろう!」


 ザイールが怒鳴り声と共にウィンドウに手のひらを叩き付けた。次の瞬間、空間に迸る光。荒木達を囲むように発生したそれが、リングを形成し一気に収縮する。


 が、それは荒木達に触れる直前、不可視の壁にぶち当たったかの如く、けたたましい衝撃音と共に縮小が唐突に停止した。量子コードの羅列と化し飛散する光。


「流石にこう言った手段がまだ残されていたか。けど、どうやらそれでは僕を捕らえる事は出来なかったようだ。


 残念だ。うん、非常に残念だよ。君達の艦長は戦意を喪失したようだけどね。船とのリンクが殆ど切れている。此処までリンク深度が下がっているなら、後は簡単だ。サミア」


 荒木の瞳が後ろに控える黒髪の少女へと向けられた。


「了解した。掌握する」


 短い言葉と共に褐色の肌に浮かび上がる光の波紋。長い黒髪が強い光を宿して逆立つかの如く舞い上がる。


 空間に仮想形成されて行く信号伝達ライン。それがサミアへと集まっていく。


「君達のミスは重要なシステムの作動キーの一つを、大量の複製が存在する者にしてまった事だよ。もっとも、それでも彼女をキーにするしかなかったのだろうけどね。うん、間違いない」


 空間に連なる光の帯が更に増して行く。それはトランス状態のアイが形成する信号伝達ラインの総量の比ではない。


「馬鹿な……」


 オペレーターの一人が愕然とした声を上げた。


「君達は女王を覚醒させるのに、時間をかけ過ぎた。その間に僕は新たな女王を手に入れたよ。


 例え、どんなに素晴らしい能力、才能を持っていようと、それを開花させるに足る経験や信念、感情をもつ者に育て上げるのは至難の業だ。ましてその到達レベルは君達が『英雄と崇める者』だろう。いささか無理があるとは思わないかね? うん、間違いない。


 けどね。特殊な能力を持っていなくとも、通常の人を超える強い意志や信念、もしくは感情を持った人間などいくらでもいるんだよ。まして、君達が地獄絵図のように変えてしまったこの世界では、そのような者が発生しやすい」


「貴様、まさか!!?」


 ザイールの憎悪の籠った声に、荒木の瞳が狂喜を宿して細められた。


「君等は自分達を縛るルールを作り過ぎだ。うん、間違いない。そんな物に縛られなければ、可能性はいくらだって開けるだろうに……」


 蔑むとも哀れむとも付かない表情をした荒木が大げさに手を広げる。


「貴様あぁぁぁ!!」


 オペレーター達が嘗て経験したことの無い程、強い感情を宿したザイールの声が響き渡る。それを受けて見開かれる荒木の瞳。そこに宿る狂喜が強さを増した。


「良い表情だ。うん、良い表情になったよ。特に冷静な人間が感情をむき出しにする姿は堪らない。興奮してくるよ。うん、本当にいい」


 声を上げて笑いだした荒木。場違いな笑い声が閉鎖領域に響き渡る。


 空間に浮かび上がって行く大量のウィンドウ。急上昇し始める動力炉の数値。主砲の斉射に匹敵する程のエネルギーが、浮遊ユニット群の間を駆け抜ける。


 荒木の笑い声が唐突に止んだ。


「僕は自分の作った作品の性能を試さずにはいられないたちでね。それは君達も知っているだろう? うん、間違いない」


 そこで言葉を区切り、大げさに両手を掲げた荒木。


「さぁ、実験を始めようじゃないか」


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