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Chapter 21 『予兆(前編)』 アイ ディズィール・理論エリア・特別閉鎖領域


1



 海面から降り注ぐ柔らかい光が揺れる中、岩礁が凄まじいスピードで後方へと通り過ぎる。大気中とは比較にならない程の抵抗を受けて尚、漆黒の機体は海中を飛行するかの如きスピードで突き進んでいた。


 質量体のあまりに強引な通過に弾き出され、高圧縮された海水が大きな密度差を伴った縦波となって水中を伝わって行く。海面まで到達した波は一気にそのエネルギーを解放し、巨大な連続した水柱を海上に出現させた。


 漆黒の胴体に血液が脈動するかの如く浮き上がるエネルギーラインの光。そのシルエットは女性的で華奢なイメージすらある。だが、それが見せる鬼神の如き荒々しい戦いっぷりに、一部のオペレーター達が唖然とウィンドウを見つめていた。


 ネメシスに取り付こうとしていた敵、思考型魚雷の触手を引き千切るかの如き勢いで、通り抜けざまに掴みあげ、投げ飛ばした美玲。さらに追い打ちを掛けるが如くパイルバンカーが放たれる。

 

 制御を失った思考型魚雷を極太のパイロンが貫き海底に突き刺さった。


 下方で爆散する思考型魚雷を美玲は既に見ていない。自身へ向かって飛来した数機の思考型魚雷を細い腕に固定された実体剣ですれ違いざまに叩き切る。


 近接信管の作動すら許されず真っ二つに切り裂かれたそれらが、美玲の遥か後方で火球を形成した。


 ウィンドウの片隅で一つのゲージがチャージを終える。それを待っていたかの様に急停止したナイトメアの前方で、追従ユニット群がリングを描く様に展開して行く。その中心で景色が激しく歪んだ。


 海中で使用できる唯一と言っていいエネルギー兵器。


 リングの内側で形成された超高密度領域が一気に前方へと解放される。光路を捻じ曲げる程の圧力障壁が、辺りの景色を歪めながら高速で走り抜けた。


 それが通過した先で次々と火球が形成され、マップから敵を示す光点が消失する。消費しきれなかったエネルギーが海底に叩き付けられ、岩礁の崩壊と共に大量の土砂が舞い上がった。


 目に見えて変わった戦況。


「間に合わせの水中装備とはいえ、ナイトメアを投入したのは正解でした。それにしても、これほどとは」


 ウィンドウを見つめ口を開いたザイール。


 マップ上では、リバイアスに代わり前線に上がったネメシスが、その包囲網を縮小しつつある。


「――どうやら、持ち直しましたね」

「ええ……」


 その言葉に頷くアイ。


「奴の思考型魚雷には恐らくオブジェクト化した海洋哺乳類の脳が使われている。

 兵器開発部の分析が正しいとするならば、その発想自体が悍ましくはありますが、実戦的と言わざる得ません。実際の性能もリバイアスを上回っていました。

 ですが幸運な事にその搭載数は飽和攻撃に必要な数を満たしていなかったようです。新たな射出が無い事から、既に弾は尽きていると見て良いでしょう。

 後は奴がいつ最後のカードを切ってくるか……」


 最後のカード。それはインデペンデンスに搭載された恒星爆弾型EMPに他ならない。荒木がそれを使わずに黙って捕らえられるとは到底思えなかった。


「――とは言え、それに対処するべく上空に部隊を残しています。ネメシスの機動性をもってすれば例え、全弾撃たれたとしても、大気圏内で全て迎撃するのは難しくはありません」

「分かっています」


 と意識して答える。そうすることで自分を安心させようとしたのだが、胸に張り付く様に存在する不安は消えそうにない。


2



「チェックメイトです」


 ザイールの宣言と共にウィンドウ上に映し出されるインデペンデンスの姿。


 水中装備のネメシスが放った小型魚雷は寸分の狙いたがわず炸裂し、メインスクリュー周辺で海水を押しのけ火球が膨れ上がる。


 航行不能状態に陥ったインデペンデスが海流に流され始めた。余りにあっさりと沈んで行く流線型の巨体。


 それが海底に叩き付けられる刹那、唐突に艦首を起こす。


「バラストタンクの廃水音を確認、インデペンデンス急速浮上を開始したようです」


 オペレーターの報告に、


「まぁ、それしか無いであろうな……」


 細い指を顎に当てたザイールが、誰にともなく呟く。そして直ぐ様、次の指示を飛ばした。


「まだ終わりではない。ミサイルハッチから目を離すな。万が一開放の兆しがあった場合はハッチに取り付いてでも射出を阻止しろ。上空警戒を強化」


凛とした声が閉鎖領域に響き渡る。再び緊張感が増す閉鎖領域。


「弾道ミサイル射出可能深度まで30、20……」


 オペレーターの声と共に更に、空間を統べる空気が張り詰めた物へとなって行く。


「――10、射出可能最大深度を通過」


 徐々に近づく海面。それでもインデペンデンスのミサイルハッチが開放される兆しは見えない。


「インデペンデンス浮上します!」


 そして遂に旧型艦としては異例な大きさを誇る巨体が海上に姿を現す。だが、それ以上の変化が起こらない。不気味な程の静寂が訪れる。


 暫くの後、ザイールが静かに瞳を閉じた。行われる決断。


「牽引アンカーを射出。同時に上部ハッチから制圧隊を送り込め。上空警戒を怠るなよ」


 命令を下したザイールの表情は硬く厳しい。釈然としない何か。あの荒木を相手に事がすんなり運びすぎている。


 そして何より荒木はまだ持てる最大の武器を使っていない。もっともこの状況でそれを使おうとも大した威嚇にもならない事を、荒木は気付いているだろう。


 けど、あの荒木が大人しく諦めるなんて事が有り得るだろうか。


 脳裏に浮かんだ荒木の卑屈な笑み。


 次の瞬間、


――僕はこの地上がどうなろうと興味が無いんだ。うん、興味が無い――


 荒木が以前言った言葉が頭の中で鮮明に再生された。背筋を駆け上がる得体のしれない悪寒。


 強烈に嫌な予感がした。脳内に広がる最悪の光景。


 それが起きる保証はない。そもそも荒木がそれを行うとして、目的が分からない。


 それでも、衝動に突き動かされる様にしてアイは立ち上がった。


「撤退します! 急いで!」


 そのあまりに唐突かつ有り得ない命令に、閉鎖領域内が騒然となる。オペレーター達の困惑した視線が一斉に艦長席に降り注いだ。


 ザイールまでもが顔を引きつらせ、此方を向いている。説明を求められるのは必至だった。けど、その時間すらも無いと感じる。


3 ザイール



 艦長アイの髪が青い光を宿して舞い上がった。顔を始めとした肌の露出部に急速に浮かび上がる光の波紋。その幾何学的な紋様の上を大量の情報が光と化し駆け上がる。


 空間に可視化され始める信号伝達ライン。その全てがアイへと集まって行く。


 それと同時にウィンドウ内で起こった異変。


 持ち場を放棄したネメシスが次々に海面から飛び出し、全速力で作戦エリアを離脱して行く。


 牽引アンカーを放ちインデペンデンスに固定されたネメシスに至っては機体を放棄し、意識のみの緊急転送が成された。ランナーを失った機体が脱力したかの如くアンカーを引きずり海中に沈んで行く。


 混乱する閉鎖領域内を更に別現象が襲った。


 跳ね上がった動力炉の数値にオペレーターの一人が悲鳴にも似た声を上げる。配置を変え始めた浮遊ユニット群。


 ディズィール前方に集まったそれらの間に、眩いばかりの帯電光が迸り、大量の光が蓄積されて行く。


 ザイールはウィンドウに記された情報に目を疑った。


 最大出力に近い値で、ディズィールの主砲が放たれようとしているのだ。


「アルギス!!」


 思わず砲雷長の名を呼び捨てにし叫んだザイールだったが、主砲発射シークエンスを実行しているのがアルギスである事に気づき絶句する。


「電磁遮蔽フィールド、最大出力展開」


 更に別のオペレーターが、指示に無い操作を行った。


 思わず立ち上がったザイールを、『空間を伝い流れて来た光』が包み込み込む。その瞬間目の前に広がったあまりに悍ましい光景に息を飲んだ。


 海上に出現した凄まじいまでの火球。その大きさは水面から雲を突き抜け広がり、発生した衝撃波が何重にも重なる白い帯を作りながら円盤状に広がって行く。


 海面を高速で伝わる波動が地球規模で広がろうとしていた。


――何だこれは!?―


 急速に巡り始める思考。爆発の規模と島の位置関係から一つの可能性に辿り着く。


――まさかインデペンデンスが自爆したのか……? だが何故!?――


 答えに辿り着けない思考をあざ笑うかの様に、海上に浮かぶ島が海に飲み込まれて行く。


 放たれた大量の放射線が大気と衝突し、凄まじいまでの電磁波を発生させた。それは大気圏を遥かに超えて放たれ、上空に集まっていた衛星群に壊滅的な被害をもたらす。


 ずたずたに引き裂かれた情報網。五感の全てを唐突に奪われたかの如く視界がブラックアウトした。


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