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Chapter 19 『純血派』 響生 中立エリアNo.382:エクスガーデン ダイブ施設


1



「その辺で勘弁してやってくれ」


 ヒロにそう言い、逃げ惑う飯島を摘み上げる。


――お前、ここの出身だって言ってたよな?――


 思考レートを上げての呼びかけに、飯島が宙刷り状態で小さな頭をこちらに向けた。


――うん、言ったよ? それが?――

――なら、この施設の構造とかには詳しいはずだな?――

――うーん、昔と違ってる所もあるとは思うけど――

――無茶を承知で訊く。アクセス者達を何とか助ける方法はないか?――


 その問いに小さな頭を傾げ、まるで腕を組むかの如く6本脚を畳んだ飯島。高圧縮されたコンマ数マイクロ秒にも満たない会話の途切れが異様に長く感じる。

 

 やがて、


――あるかも!――


 と勢いよく返って来た思考伝達。それに僅かな安堵を覚える。


――本当か? どうすればいい?――

――助けを呼ぶ!――


 その当たり前すぎる返事に強い頭痛を感じずにはいられない。


――あのなぁ……――


 それは既に行っているのだ。行った結果がこれだ。ベルイードの卑屈な笑みが脳裏に蘇る。


――当てがあるんだ。少なくともベルイード代表っちよりは力になってくれると思うよ。でも……――

――でも?――

――連絡を取るのにこの施設のシステムにちょっと不正干渉しないとだけど、良い?――

――何で、そんな事する必要があるんだ……――

――代表っちから嫌われてるから、多分ネットワークから隔離されてる。だから不正干渉して良い?――

――それを俺に訊くか普通…… やるしかないんだろ? どうせ。俺は何も聞いてないからな!――

――やったっ!――


 返って来たテンションの高い返事に思わずため息が漏れた。


――じゃあ、そっちは任せていいか?――

――もちろん!――


 全く緊張感の無い返事に感じた不安。それでも今は彼を信じるしかない。


 飯島を地に放し、アーシャへと目を向ける。


 彩度の高い長いローブの下に、黒一色の可動式装甲ジャケットが覗く。明らかに戦闘を想定した装備とは裏腹に、気を失った彼女はあまりに無防備であり、その顔には幼さが色濃く残る。


 それに湧き上がる居た堪れない感情。


「こいつ、このままでいいのか?」


 飯島を追いかけ回し、息が上がったヒロが崩れるように隣に座り込んだ。


「って言うと?」

「裸にひん剥いて、危険な物持ってねぇか調べる必要あんだろ?」


 ヒロの言葉に感じた嫌悪感。思わず彼を見るが、その表情は冷酷なまでに無表情であり、一切の感情を宿していない。


 彼が生きて来た世界では、そうすることが当たり前のことなのだろう。


「いや、そこまでしなくても構わない」

「あ? マジで言ってるのか? お前ぇ」

「あの拘束帯には強い苦痛を伴う電撃と、人一人の命を奪うのには十分すぎる量の炸薬が仕込まれてる」


 自分の言葉に今度はヒロが表情を歪ませた。その瞳に非難を通り越し軽蔑に近い感情が宿った事に、たまらず視線を逸らす。


「そういや、お前は血も涙もねぇ死霊共の軍隊に所属してんだったな」

「ああ、その通りだ」


 それだけを言い、視線をアーシャに戻す。自分に出来る事はせめて拘束帯に仕込まれた『それら』が起動するような状況を作り出さない様に努める事だけだ。


 


2


 


 拡張された聴覚に届く異音。それは大量の小さな虫の羽音にも近い音だ。


 その異様な音に咄嗟に走らせた視線。途端にその方向へとクローズアップされた視界に映り込む赤い光を宿した煙の様な何か。更に意識を集中したことによって、拡大画像処理が行われたウィンドウが視界上に重なる。そこに映し出されたのは、宙を浮遊する大量の黒い点。


 比較的大きなその一つに更に意識を集中する。それは極小の羽昆虫の形状そのものだ。


 だが、自然界に存在する『それ』とは決定的に違っている頭部の構造。赤い光を放つセンサー群がびっしりと埋め込まれた頭部は、それが紛れもないフロンティアの技術によって生み出された人工物である事を示していた。


 脳裏に蘇るベルイードの不敵な笑み。


 大量の黒い物体が群れを成し、空間を飲み込んで行く様に思わず背筋を冷たい物が駆け上がる。


 視界を埋め尽くすかの如き勢いで表示された大量のマーキングに、思わず背中の大剣『ラーグルフ - ヒルディブランド』と腰の『ガーンディーヴァ』に手を掛ける。


 だが、もし『それ』が敵だった場合、正直どう対処して良いのかすら分からない。対象が小さい上に数が多すぎる。


 それでも、背から大剣を引き抜こうとした瞬間、飯島が腕に飛び乗って来た。


『ちょっと! 何やってるの!?』


「何って、あれが見えないのか!?」


 その僅かな問答の間に、赤い光を放つ煙の如きそれが猛烈な勢いで迫り、あっと言う間に周囲を飲み込んでしまう。


 そこらじゅうで鳴り響く羽音。生理的に受け付けないその音が頭の中で反響を繰り返すせいで、精神的苦痛を伴った強烈な頭痛に襲われる。


 本能的に振り払おうとして、空を切る手の平。そして自分達がいるエリア周辺を避けるかの如く、それらが旋回している事に気付く。


――これは……?――


 大量の黒い物体が飛び交う不鮮明な視界の中に浮かび上がる人影。それがゆっくりと此方に近づいて来る。


 しかも記憶が正しければ影が歩いているのは、床が抜け落ち足場など無いはずの場所だった。


 感じた得体の知れない恐怖。無意識に人型の影が『本当に人であるか』を確認したい欲求に駆られる。その意思に反応して起動する赤外受光システム。


 それによってヒロの身体が温度カラーマッピングに鮮やかな赤色で浮かび上がる。


 が、対して近づいて来る人型の影は濃い紺色で塗りつぶされ、僅かに関節部分だけ薄い色で浮かび上がっていた。


 温度分布が明らかにおかしい。


――『人』じゃない!?――


 やがて渦を巻き飛び交う黒い群れを、すり抜けるかの如く姿を現したのは、白を基調としたフロンティアにおける正装に身を包む男だった。


 相手をしっかりと視認できる距離に近づいて尚、視界に表示されたカラーマッピングは深い青に沈み、男が体温を有していないことを示す。


 異常な程に白い肌。その中で茶色い瞳だけが、辺りを埋め尽くす赤い光を反射し浮き上がって見えた。


 人の容姿をしているにも関わらず、そこには一切の生命感が無い。人形もしくは、色付けされた死体とでも表現するべき何かが前に立ち自身を見下ろしている。


 その強烈な違和感に、本能的に強い拒否感に襲われる。思わずしてしまった後ずさり。それによって後ろに居たヒロに接触してしまう。


 見ればヒロとその隣に並ぶ伊織も目を呆然と見開き男を見つめていた。きっと自分と同じ感覚に支配されているのだ。


 生唾を飲み込み、視線を戻す。そして男の瞳に強い憂いが宿っている事を知った。その事実に愕然となる。


『爺ぃ!』


 いつの間にか自分の肩に這い上がっていた飯島が、耳元で大声を上げた。そして男目掛けて跳躍する。


 男は飯島の着地場所を作るかの如くそっと手を差し出した。


「元気そうで何よりです。昭仁様」

『爺ぃもな! それで、何とかなりそうなの?』

「残念ながら、全員を助ける事は……すでに亡くなっている方もおられます」


 そこで言葉を区切り、沈痛な面持ちで瞳を閉じた男。


「――ですが、それでも助かる命もございましょう。出来る限り肉体を維持したまま、救出できるように動いております。


 それにしても、本当に連絡を頂けて良かった。ただ事で無いのは振動で分かっておりましたが、我々には全く情報が下りてこないもので……」


『未だにネットワークから隔離されてるんだね』

「残念ながら……」

『代表っちもホントねちっこいね』


 まるで、此方の困惑を全く気に留める事無く、話し込む飯島。状況が飲み込めないことに募る苛立ち。


 その感情を押し殺しつつ、会話に強引に割り込む。


「えっと、その人は……」

『爺だよ?』

「そうじゃなくて!」


 思わず荒立ってしまった語気。男は此方を一瞥すると一歩前に歩み出た。細身とは言え、身長は180センチを優に超える大男。一歩近づくだけで、その威圧感は格段に増す。


 本能的に身構えた瞬間、男が取った予想外の行動に面食らってしまう。


 深々と下げられた頭。


「どうかこのエリアの者達が行った数々の非礼をお許しください。ですが、それがこのエクスガーデンの総意で無い事もまた理解していただきたい」


 更に紡がれた謝辞にどう返答するべきかが出てこない。少なくとも『別に構わない』などとは言えないのだ。


「……あ、いや。それよりも状況の説明を。それと貴方は……?」


 僅かな間を置いてどうにか紡ぎ出した言葉。男が静かに顔を上げた。


「これは申し遅れました。私は『橘』と申します。このエクスガーデン先代表『飯島 宗助』様に仕える者です」


 男から出た言葉の重大さを処理しきれずに、


「先…… 代表?」


 と結果的にオウム返しの如く繰り返した言葉。それに、男の手の上で飯島が軽いステップで此方に向き直る。


『そう、俺っちの親父はベルイードが代表になるまでここの責任者だった。まぁ、下手こいて失脚してるけどね。言ってなかったっけ?』


 最後の一言に『聞いてねぇ』とばかりに飯島を睨み付ける。


 だが、飯島はそれに気づいていないかの如く、ハサミを振り回し話を続けた。


『――後、状況の説明だよね? それは俺っちがするよ、爺に任せると丁寧過ぎて時間が掛るから。

 周りに飛んでるハエみたいなメカが気になってるよね?』


 飯島の明らかにテンションが上がった声に、正体不明の腹立たしさを感じるが、それを強引に押し殺す。


『――これは修復ユニット群で基本的には自動的に経年損傷個所などを見つけ出して修復するための物。必要とあれば危険分子の排除、隔離も行う。

 生物で言うところの血小板と抗体免疫機能を司るユニットだね。まぁ、こういう緊急事態の時には人が操作することもあるけど。まぁ、とにかく、今はこいつ等を使って、生存者の応急処置と、消火活動中。て、言うか、ディズィールでもこのユニット群は使用されてるよ?』


 小さな体から突き出たハサミを振り回し得意げに語って見せる飯島。


 その言葉に思い出される苦い記憶。自分は以前、確かにディズィールの流入者処置室でこのユニット群に出くわしている。


 その時はヒロがユニット群に取り込まれ、部屋に侵入しようとした自分は強烈な一撃を叩き込まれた。


『――本当だったらこのユニット達が、破壊されたダイブ施設に真っ先に集まって来てたはず。それが無かったって事は意図的に止められてたんだろうね』


「意図的……?」


 飯島の言葉に感じた悪寒。


『ベルイードはエクスガーデンを直轄エリア化したがってるからね。アクセス者達が邪魔なのかも』


「まさか、そんな事のために!?」


 自身の中に湧き上がった強い怒りがそのまま、語気を荒立てる。それを叩きつけられた飯島の表情は、人の容姿をしていないために読めない。僅かに高さを落としたハサミを従えた腕。


『彼にしたら『そんな事』じゃないんだろうね。彼、いや『彼等』は何でもやるよ。それが『純血派』だからね』


 純血派。その言葉を聞いた瞬間、激しい頭痛に襲われる。頭の中の記憶と言う記憶を掻き回されるような異様な感覚。


 それに思わず両手で頭を抑え込む。視界に走り抜けるノイズ。


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