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Chapter 18 『乱入者』 響生 中立エリアNo.382:エクスガーデン ダイブ施設

1

 


「少し痛むぞ」


 そう宣言してからヒロの腕を引っ張り上げ、脱臼した肩を強引に捻じ込む。大抵の者が悲鳴を上げる荒っぽい整復術に、ヒロは僅かに表情を歪ませただけだった。


「どうだ? 動きそうか」


 その問いに、


「ああ」


 と短く答え、腕を動かして見せたヒロ。それに頷くことで答える。


 彼はひとまずはこれで良いとして、伊織の方は酷い有様だった。顔色が悪い。生態部の壊死が進行している。


 何よりも自立駆動骨格が損傷し、流体液が漏れだしていた。


 彼女のステータスウィンドウに目を走らせる。行動可能時間は数時間を切っていた。義体に与えられた寿命が尽きようとしている。もともとこの義体は一生をその身体で過ごすことを目的に設計されていないのだ。


「――で、これからどうする? 迎えは来ねぇんだろ?」


 ヒロの言葉にフラッシュバックするディズィールから告げられた言葉。


――『苦戦を強いられている』現時点で、そちらへ向かわせることが出来る機体も無ければ、ランナーもいない――


 それを思い出すと同時に、ふいに頭に過ったアイが苦悩する表情。前線に居るはずの美玲は大丈夫なのか。色々な懸念が一気に頭を占領する。相手はあの荒木なのだ。


 巡り始めた思考がディズィールへと向き始めるのを、大きく首を横に振り制止する。


 『どんなに思考を巡らそうとも、干渉する術のないそれらの事柄』よりも、考えなければならない事があるのだ。


 こうなってしまった以上、自力で帰還する術を見つけなければならない。


――どうしたものか……――


 状況が変わるまで待っている余裕はない。此方には早急に連れ帰らなければならない者達がいるのだ。


 ヒロと伊織に関しては協力的な行動をしてくれるだろう。ただし、伊織に残された時間は少ない。


 そして一番問題となるのはアーシャだ。拘束帯で手足の自由を制限しているとは言え、目覚めれば敵対行動、もしくは隙を見て逃げ出そうとすることは容易に想像できた。


――このエリアが所有する機体を借りるしかないか……――


 思わず出た溜息。果たして素直に協力してもらえるのだろうか。自身を『感染者風情』と、吐き捨てた先の兵士の思考伝達が脳裏に蘇る。


 つのる不信感。本来なら真っ先に始まるはずのアクセス者達の救出作業はどうなっているのだろうか。


 辺りを見渡す。広範囲に渡って抜け落ちた床。落下を免れた部分の至る所で炎が燻る。酷い惨状だった。恐らく自爆者は一人や二人ではない。


 この施設がディズィールと同様、サーバーを包み込む緩衝液中にダイブ装置を抱きかかえていたなら、壊滅的な被害が出ていただろう。


「犬死だ…… この施設は落ちてねぇ」


 ヒロから発せられた低い声。それに感じた憤り。


「この手のテロで真っ先に被害に遇うのは、肉体を持つ『アクセス者』だ。サーバー内の住人じゃない」

「だろうな。でも、それで落ちた死霊共の施設も沢山あるぜ?」

「それはその施設がダイブ装置をサーバーと同エリアに配置していたからに過ぎない。お前にその意味が分かるか?」

「さぁな」


 自分の問いに卑屈な笑みを浮かべ、大げさに首を傾げて見せたヒロ。


「サーバーとダイブ装置の距離はそのまま、そのエリアにおける『肉体を持たない者』と『持つ者』の心的な距離だ。


 肉体に宿る魂とサーバーに宿る魂が同列だと考えればこそ、サーバーと同エリアにダイブ施設を置く。落とされたエリアの多くがそう言った考え方を持つ現実世界に近い者達が住むエリア、流入者達が多いエリアだ」


 それを告げる声は酷く掠れていた。ヒロの瞳に宿る感情はそれでも変わらない。


「そんな話を俺に聞かせて、どうするつもりだ? 悔いろ、とでも言いてぇのか?


 変わらねぇんだよ、俺等にしてみればな。『感染者』も『アクセス者』も、まして死霊共の中の派閥なんて、興味すらねぇ。みんな纏めて『死霊』だ。命と引き換えにしてでもバラしてやりてぇ奴等だ!」


 荒々しい口調でそう言ったヒロを、伊織が殊更強い憂いを宿した瞳で見つめる。


「ヒロ……」


 彼女から漏れた悲し気な声に、ヒロが表情を激しく歪ませた。


「クソ……」



2




――中央と違って辺境エリアは物資が乏しくてね。真に遺憾ながら貸せそうな船は有りませんな。軍曹殿――


 自身の視界のみに表示されたウィンドウ。その向こう側には横柄な態度で豪華な椅子に座る男性が映し出されている。中立エリアNo.382:エクスガーデンの責任者『ロナルド・ベルイード』である。


 短く整えた金髪に掘りの深い顔立ち、オブジェクトの年齢は30歳前後だろうか。丁寧な言葉とは裏腹に、明らかな侮蔑が浮かぶ青い瞳は白く濁り、彼が外見を遥かに超える年齢を重ねている事を物語る。


――ここに到着した時、輸送船を見かけました――

――あれはもう出て行ってしまったよ。ああ、そうだ小型急襲艇が数機空いていたのを思い出した。それを使うといい――


 ウィンドウに表示される流線型の機体。黒一色に彩られたそれに、僅かな安堵を覚える。


 が、次の瞬間表示された情報に絶句してしまう。翼の長さを含めても30センチメートルにも満たないのだ。


――これでは無理です。小さすぎる――


 僅かな間を置いて、絞り出すようにして紡がれた言葉。それにベルイードは両手を上げ、大げさに驚いた表情をする。


――これは驚いた。我々の感覚だとこれでも十分に使える機体なのですがね。『肉体持ち』の方は…… いやはや贅沢だ。最新型のこの機体では不十分だと仰る。


 それにしても困りましたな…… これに乗れないとなると残念ながらやはり、協力出来そうにないですな、軍曹殿――


 ベルイードの口元に浮かぶ卑屈な笑み。それに思わず唇を噛みしめる。


――そのような顔せずとも大丈夫でしょう? 軍曹殿は元老院直轄の任務で動いていると聞いております。さぞかし軍曹殿は優秀なのでしょう。なら我々が手を貸さずとも、いかようにも出来るかと――


 どうあっても協力するつもりは無いようだと悟る。そこで仕方なしに一度、話題をもう一方の確認事項に切り替えた。


――アクセス者達の救出作業はどうなっていますか?――

――サーバー内の混乱も激しくてね。残念ながらそちらまで手が回らない。それでも何とか一機回したのですがね、それも軍曹殿が放ったレールガンのせいで酷い有様だ。とても回せませんな――

――馬鹿な! あの機体に行動不能になるほどのダメージは無いはずです!――


 反射的に荒立ってしまった語気に、ベルイードがまたもや大げさな仕草で肩を竦める。


――大きな声を出されても困りますな。さぁ、私は見てまいせんからね、何とも…… ただランナーは酷い精神的なショックを受けている様でしてね。もうあのエリアには行きたがらないでしょう。


 あの機体は彼にしか操れませんし、無理強いする訳にもいかないでしょうな。肉体の無い我々にだって人権があるのはご存知ですか? 軍曹殿――


 言葉の最後で青い瞳に宿る侮蔑が強さを増した。吐き出された想像もしなかった言葉に思考が掻き乱される。


――なっ!? アクセス者の救出は、それを抱えるエリアの義務だ。それこそ、法に反している――

――いえ、被害エリアには軍曹殿がいらっしゃるではないですか。軍曹殿は立派なフロンティアの一員だ。しかも相当に優秀でいらっしゃる。


 これだけの人物がいるのだから、我々に出る幕があろうはずがない。それに彼等も『肉体持ち』だ。『感染者』である軍曹殿に助けられた方が本望でしょう?――


――腐っている――


 思わず出た言葉。それにウィンドウの向こうでベルイードが大げさに顔を顰める。


――口には気を付けないとなりませんな、軍曹殿。それは我々『肉体の無い者』に対する侮辱、もしくは差別と受け取られかねませんよ?――


 再び噛みしめた唇。


――もう無理だと思うよ? この『うすらトンカチ』に何を言っても――


 唐突に会話に割り込んだ思考伝達。それと同時に、装甲ジャケットの肩にデザインされた『スコーピオン』が唐突に動き出す。


――!?――


 あまりの事に完全に停止してしまう思考。


――う、うすらトンカチ…… 何だ貴様は!?――


 ウィンドウの向こう側ではベルイードが額に血管をありありと浮き上がらせている。


――嫌だなぁ、ベルイード代表っちも俺っちを知ってるはずっすよ? 忘れちゃったんですか? まぁ、いいや時間かけたくないし、ここでバイバイね。消し消しっと……――


 肩から軽快なステップで跳躍した体長10センチメートルにも満たないサソリが、実体の無いはずのウィンドウへと垂直に着地する。そして、異様な速度でウィンドウ上を這いまわり始めた。


 サソリが動いた軌跡上で、消しゴムで擦ったかの如くウィンドウが消えて行く。


 ベルイードが虫食い状態のウィンドウに、顔を突っ込むかの様な体勢で此方を覗き込み、何かを喚き散らしているが、思考伝達すらも酷い雑音の中に途切れ途切れに沈んでいく。


 目の前で展開された事象にあっけにとられながらも、ようやく巡り始める思考。


――『俺っち』だって!?――


 その独特の一人称に思い当たる人物は一人しかいない。


「お前! 飯島!! お前が何故ここに居る!?」


 思わず出てしまった肉声。


 殆ど切れ端と化したウィンドウに縋りついた姿勢で小さなサソリが、頭部をこちらに向ける。そして次の瞬間、肩に飛び乗ってこようとした。


 それを瞬間的に生じた生理的な拒否感から、思わず空中で叩き落してしまう。


『ヘブッ!』


 地に叩き付けられた小さな物体から聞こえた情けない悲鳴。


『酷い! あんまりだ!』


 やがて頭を上げた奇妙な物体から上がった抗議の声。だが、何故かそれに微塵の罪悪感も湧き上がらない。


 反り返った尻尾を、まるで汚物を掴むかのように摘み上げる。


「おい、飯島答えろ! 何故お前がここに居る!?」


『嫌だなぁ、新型義体の出撃でしょう? こんなデーター取りのチャンス俺っちが見逃すはずないじゃないか。


 それに君は義体の扱いが荒っぽいだろう。新型なんだぞ? 何が起きるか分からないんだぞ?


 でも俺っちがいれば何かあっても応急処置は常に完璧! その場でソフトウェアの書き換えだってやれちゃう。それに此処は、俺っちの出身地だし、付いてこない手は無いよねっ!』


 宙刷り状態で、6本の足を激しくバタつかせ、小さな身体に不釣り合いな音量をまき散らし喚く飯島。


「なんだこのザリガニは……?」


 ヒロがそれを覗き込み、掠れた声を漏らした。


『ザリガニじゃない! サソリだっての!』


 ヒロの鼻を自身の身体の半分程も有る極太のハサミで鷲掴みにした飯島。


「ってぇ!! ぶっ壊してやる!」


 悲鳴と共にヒロが大声を上げる。


 そのやり取りに感じた激しい頭痛。思わず飯島を掴んでいた手を離し、そのまま頭を押さえる。そして大きく首を横に振った。


 唯でさえ、面倒に巻き込まれているのだ。飯島の予期せぬ乱入に目眩すらも感じる。


 目の前では悲鳴を上げ、地べたを高速で逃げ惑う飯島を踏み潰そうと、ヒロが追いかけ回していた。


――やれやれ…… どうしたものか……――


 頭の中で呟くと同時に、意図せず口元に笑みが浮かんだことに気付く。それに感じた驚き。根拠のない安堵が心を満たして行く。


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