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Chapter8 響生 地上

1


「生体反応は、たった二つか...... 一体、何人死んだんだ! クソっ!」 


 姿を現すなり、吐き捨てるように言い放ったドグ。


 響生は、それに返事をすることなく瞳を閉じた。


 光学迷彩を起動した美玲の義体。それが持つ触手に包まれた状態で、地上に姿を現したドグ。一部の人から見たら、何もない空間からドグが急に現れたように見えるはずだ。


 美玲の義体は、自分にはハッキリと見える。だが、それは情報共有によって、視界上に『彼女』が仮想再現されているだけだ。


 フロンティアの者である事が、目に見えて分かる義体の彼女には、終始、光学迷彩を起動したままの状態でいてもらうのが好ましい。まして、美玲の義体は現実世界にとっては、恐怖の象徴だ。


――安心しろ。ゲリラの生き残りであろうと、相手が純粋に助けを求めているだけなら、手を出さん。そういう命令なのだからな。


まるで自分の思考を読んだかの如く、頭に響く美玲の声。


――ああ、そう願う


 響生は美玲に短く返事をする。


――命令は守る。だが、負傷していても、体内に異物が有れば、『保護』から『捕獲』に変更させてもらう。


 船に引き上げた瞬間、自爆されてはかなわない。救難信号と負傷兵を使った捨身の戦術によって、実際フロンティアに被害が出た例は、数えきれないのだからな。


 それに、最悪、対象の頭部だけでも持ち帰れれば、任務は果たせる――


 さらに続く美玲の宣言。


――好きにすればいい。


 再び短く答える。


 美玲の任務は、恐らくドグの警護だけではない。感情的に現実世界側の者に近い、自分とドグの監視もあるのだろう。


――彼等にとって俺達は、命と引き換えにしてでも、排除したい存在ってことだ


 頭に響くドグの声には、強い憂いが乗っていた。 


 響生は、やりきれない感情が湧き上がるのを感じて、再び瞳を閉じる。


 だが、瞳を閉じていても、戦闘モードが起動した義体からは、脳に情報がフィードバックされてしまうため、景色が消えない。


 この事実が、より現実を自分に認識させる。


 自分達は、血の通わない侵略者だ。


2


「反応はこの下からだ」


 ドグが言いながら、行く手を塞ぐ瓦礫の一つを無造作に掴んだ。次の瞬間、唸りを上げるドグの可動式装甲ジャケット。


 ドグは自分の背丈を遥かに超える瓦礫を片手で持ち上げてしまった。そして、そのまま小石でも放るかの様に投げ捨てる。その瞬間、地響きと共に舞い上がる土煙。容姿に違わぬ大雑把ぶりだ。


 やはり、ドグは白衣よりも装甲ジャケットの方が似合う。


 瓦礫が除けられた事で、その向こうに広がる空間が露わになった。


 しかし中は暗く、良く見えない。


 視界が直ぐさま暗視モードに切り替わる。同時に赤外線受光モードも付加され、空間の先に存在する熱源を映し出した。


 空間の輪郭を形成する緑の光線。それに重なるようにサーモグラフィックの色彩が彩る。そこには、はっきりと横たわる人型の熱源が二つ浮かび上がっていた。


「あそこだ!」


 響生は、言うやいなや駆け出した。


「おい、勝手に先に行くな!」


 ドグがライトを照らしながら追ってくる。それによって視界が暗視モードから可視光へと切り替わる。


――これでは、統率も何も有った物ではないな


 美玲の呆れた声が頭に響く。


――なら、指揮官なりなんなり付けろって上に進言しとけ

「俺が一番年上だ! 馬鹿野郎!」

 ドグの肉声。


「そう言う問題じゃねぇっての。階級の話だ、オッサン」


 自分も肉声で答え、さらに奥へと進む。


 本来ならミッションに必ず居るべき指揮官がいない。その原因は恐らく自分にある。上は自分を試しているのだ。今後、単独での潜入任務が専門になって行くであろう自分の判断力を。


――けど、上の考えなんてどうでもいい。俺は優秀な兵士になりたいわけじゃない


 サーモグラフィーによって浮かび上がる人影。その色彩が伝えてくる。対象の体温はかなり低い。何時間、あるいは何日間、そこに居たのかは分からない。だが、危険な状態なのは分かる。


 響生はさらにスピードを上げた。そして遂に対象の一人目を見つける。


 崩れ落ちた内壁から、上半身だけが外に出た状態で、仰向けに倒れる対象。


 その表情は視界上にサーモグラフィーが重なっているために分からない。


「おいっ! しっかりしろ!」


 響生は叫んだ。そして意識を失っている対象の顔を手のひらで強く叩く。対象が僅かに動いた。


 追いついてきたドグが、対象のすぐそばで片膝をつく。そして装甲ジャケットから彼専用の装備品である医療器具を取り出し、対象の腕へとそれをつないだ。


「放射線照射、受光システム起動――」


 音声コマンド入力の後、しばらくバイザーに浮かぶウィンドウを眺めていたドグが、立ち上がりながら口を開く。


「こいつは助かる。骨折が二か所あるが、位置は悪くねぇ」


 それだけ言うとドグは、一人奥へと向かう。二人目の場所へと向かったのだろう。ドグが離れた事で、辺りは再び暗くなり視界が暗視モードに切り替わる。


「そいつの上に乗っかってる瓦礫! 俺が戻ってくるまで、勝手に除けるんじゃねぇぞ! 『クラッシュシンドローム』って言ってな! 瓦礫をどかしたせいで死ぬこともあんだ!」


 奥から聞こえてきたドグの叫び声。


――了解。いちいち叫ばないでくれよ


 思考伝達でドグに返事をする。


「馬鹿野郎! 救助待ってる奴はな、人の気配に安心すんだよ! だから大声出した方がいいんだ!」


 再び聞こえるドグの怒鳴り声。響生はそれに溜息で答える。


 筋肉の塊のような大男である上に、スキンヘッドで、顔もかなりの悪人ズラときてる。その彼が装甲ジャケットの中でも、重装の物を着用し、大声で怒鳴り散らしているのだ。


 むしろ、ドグの声に目覚めた対象が、彼を見たら今度こそ昇天してしまうんじゃないか、と思う。


 とはいえ、彼の言うことは一理ある。


「おいっ!」


 響生は再び対象に大声で呼びかけた。そして肩を強くゆする。


 対象の首が動いた。そして僅かに瞳が開かれる。


 次の瞬間、対象の瞳が目に見えて見開かれた。サーモグラフィーで、表情が分かりづらいにもかかわらず、それでもはっきりと分かるほど、対象の顔には驚愕が浮かんでいる。


「......ひ、ひびき...... なのか?......」


 対象から出た思いがけない言葉。


――こいつは、俺を知っている?


 個人を識別するには、視界上のサーモグラフィーが邪魔だ。視界を可視光に切り替えたいが、システムアシストを得るのには光量不足なのだろう。


――Compulsive Release about Information


 思考コマンド入力によって、視界補助システムの強制解除を試みる。


 途端に視界は警告メッセージで埋め尽くされてしまう。響生はそれらを無視して実行した。その瞬間、闇に沈む視界。


 目がなれてくると、崩れた天井から僅かに光が漏れている事に気付く。


「死霊どもに連れ去れたと噂で聞いた...... けど、生きて...... いたんだな......」


 顔を苦痛に歪ませながら、尚も口を開く対象の顔が徐々に見えてくる。


 確かに見覚えがある。遠く懐かしい記憶。忘れるはずが無い。


「ヒロ......」


 響生から掠れた声が漏れる。


「響生、俺の事はいい...... だから、お願いだ。伊織を助けてくれ...... 何が有っても必ず......」


 伊織...... その名前にも記憶がある。奥にいるもう一人がそうなのか。


「そっちには、もう仲間が向かった。だから大丈夫だ。お前も助かる!」


 それを聞いた対象の表情が僅かに緩んだ。そして、急激に瞳に映る光が虚ろになる。


「頼んだ...... ぞ......」


 まるで気力を使い果たすかの様にそう告げると、再び対象の瞳は閉じられてしまった。


「おいっ!」


 響生は反射的に、彼を揺すろうとして止めた。ドグは言ったのだ。彼は助かると。なら再び意識を呼び戻して彼を苦しませる必要は無い。


――ドグ、そっちはどうだ?

――こっちの方が重傷だが、何とかなりそうだ。

 響生は瞳を閉じた。こみ上げてくる僅かな安堵。


――了解


 後はドグが戻ってくるのを待ち、離脱するだけだ。


 響生は、幼い頃より『あの日』まで、共によく遊んでいた友の顔を見つめた。彼等は事情聴取の後、回復すれば地上へと戻されるだろう。彼等は自分がフロンティア側についた事を知るはずだ。だから恐らく二度と会うことは無い。


――それでいい


 事実を知った後、彼等が自分に向けるであろう視線。それを見たく無い。


――響生!! 何をボケッとしている! 下だ!


 頭の中で唐突に響き渡る美玲の声。


 その刹那、足元の床が捲れあがり、『何か』が自分に向けて猛烈な勢いで突き上げてくる。


「なっ!?」


 自分から漏れる声。目を見開き、それが何であるかを確認しようと試みる。


 自動的に引き伸ばされる体感時間。頭部の量子チップのベースクロックが強制的に引き上げられる。


 床石がゆっくりと砕け散り、飛散していく。その中心部から、自分へと真っすぐ伸びてくる針のように鋭く尖った何か。


 それが衝撃波を纏い、猛烈な勢いで迫る。


――避けきれない


 引き伸ばされた体感時間と裏腹に、鉛のように重く感じる身体。意識に身体の動きが着いて来ない。


 次の瞬間、肩に鋭い痛みが走った。自分の身体が浮き上がり、弾き飛ばされるのが分かる。


 ダメージを負った事により、視界のインフォメーションが強制復帰する。射抜かれた右肩の稼動ワイヤーが、破損したことを知らせる警告メッセージ。それが視界右上で激しく点滅する。


 暗視モードに切り替わった視界が、空間をクリヤに照らし出す。


 同時に、緑色の光線が空間の輪郭を形成し、センサー情報と合わせて壁の向こう側の情報までも映しだした。視界中心部に現れるターゲットスコープ。敵の位置を知らせるマーカーが指し示す真下に意識を集中する。


 自分の肩を射抜いた太い針状の物体が伸びる付け根。地中に潜む本体の姿が視界に合成される。


――馬鹿な......


 紛れもないフロンティア主力機体。美玲が操る義体と同機種。


――いったい何故!?

「ガハッ!」

 思考を巡らそうとした刹那、響生は激しく壁に背を打ち付けられ、悲鳴を上げた。


 自分の肩を串刺しにした触手が、そのまま壁に突き刺さり宙吊りにされてしまう。さらに、二本目の触手が自分へと迫る。目を見開き、それを見つめる。


 意識ばかりが、強制的に加速されているにもかかわらず、身体は意識に取り残され動かない。視界のターゲットスコープは、その先端をすでにロックしているにも関わらず。


 スペックが違い過ぎる。自分の義体は生体部を持つ潜入用だ。生体部が損傷してしまうような動きはできない。そもそも、機動兵器を相手にするように作られていないのだ。


 一方の敵は自分が知る限り最強の兵器。生体部を持たないそれは、超音速で機動し、慣性力を無視して殆ど直角に進行方向を変える化け物だ。敵を駆逐する事を目的として作られた。


 触手は、それ自体が別の生き物であるかの如く縦横無尽に動き回る。まして、その先端からは、強烈な集積光を放つのだ。


 紛れもない恐怖。嘗て『死霊』と呼んでいた義体。その触手が今にも自分の顔面を貫こうとしている。


 偽りの身体。けど、この身体が機能を停止すれば、間違いなく自分は死ぬのだ。


 引き伸ばされた意識の中で、ゆっくりと死が近づいてくる。そしてそれは、直ぐ眼前へと迫った。


 軍の養成学校に入った時、このような未来が訪れる事は覚悟した。けどそれは、自分が裏切った人々によってもたらされる死だ。


 強烈な拒否感が全身を巡る。受け入れがたい現実。


――美玲、間に合うか?


 他人頼み。けど、自分には目を見開き、抗いようの無い現実を見つめる事しかできない。


 次の瞬間、空間にノイズが走り抜ける。眼前に迫っていた触手が、それに弾かれるようにして進行方向を変えた。そしてそのまま、あさっての方向で壁に炸裂する。


 視界の先の空間が電光を放ちながら不自然に揺らぐ。さらに急速に透明度を無くしていく。空間に浮かび上がって行く美玲の義体。


――ボケッとするなと言っている


 頭に響く美玲の声。


――サンキュー、マジで死ぬかと思った


 言葉通り、瞬間的には死を覚悟した。にも関わらず自分の言葉には緊張感が無い。その事実に自分でも僅かな驚きを感じる。


――相変わらず軽いやつだ貴様は。状況を分かっているのか?


 状況は分かっている。けど、口から出るのは、いつも気持ちの入らない軽口だ。強がり。最初はそうだった。


 自分が悩めば、アイが傷つく。自分が不安を抱えれば穂乃花が不安になる。


 だから自分の不安や悩みを決して外に出さないと決めた。そんな事をし続けるうちに、感情を言葉に乗せる術を失ったのかもしれない。恐怖すらも相手に伝わらないのだから。


――けど、それでいい


 悩み苦しみ、それを大切な人に伝えても、彼等まで辛くなるだけだ。戦場であれば尚更、恐怖が伝わっては足手まといだ。


――ヤバいってんだろ? 分かってら

――ならいい。こいつは私が引き受ける。ドグを急がせろ。あと一機いるぞ。そっちはうまく切り抜けて、対象と共に離脱しろ

――マジか......


 ドグにどうやったら、この状況を正確に伝えられるのか。


 いや、正確に伝える必要はない。異常事態はドグもすぐに気付くはずだ。なら、伝えるべきは『何を成すべきか』だ。でも、それには大きな壁が存在する。


 美玲との思考伝達は、互いに体感時間が引き伸ばされているから可能なのだ。


 意識の加速が出来ない彼に、この状態でそれを行なっても、高圧縮された思考はノイズにしか聞こえないだろう。


 伝えるためには、ベースクロックを通常まで下げなければならない。けど、そんな事をしてしまってはここから生きて出られない。しかも、もう一機いると言うのだ。


 床から、新たに突き出た数本の触手を、美玲がさらに弾き飛ばす。飛び散る破片、天井がゆっくりと崩れ落ちていく。


 響生は反射的に対象に覆いかぶさるべく、鉛のように重い身体を動かした。


 その視界の先で、敵の本体が遂に姿を現す。落下する天井の破片の数倍の速さで床板を弾き飛ばし、地中から姿を現していく。


 次の瞬間、美玲が猛烈な勢いで敵に突っ込んだ。迸る衝撃波。対象の上に覆いかぶさろうとしていた身体が一気に倒れこむ。


 自分の身体で、対象を潰してしまわぬよう手足を踏ん張る。手が床板にめり込んでいく。


 何かに耐えようとすると、一〇〇倍に引き伸ばされた体感時間がよけいに辛い。視界に浮かぶマップ。美玲と敵を示す光点が、内壁を無視して建物の外へと一直線に移動していく。


 彼等にとって装甲隔壁以外の壁など、薄いガラス板程の抵抗も感じていないだろう。この勢いなら、数秒後には遥か遠くだ。


――今しかない


 響生は体感時間を通常に戻すべく、思考コマンドを呼び出した。


――Lower Base-Clock to Rated Value 


 圧縮された時間が、弾けるように動き出す。大地を引き裂くかの如く響き渡る轟音。美玲が発生させた衝撃波によって、破片がすさまじい速度で空間を切りさいていく。壁が崩れ落ちる。


――まったく派手にやってくれる


 生身の人間が中に三人も居る、ということを忘れてしまっているのではないだろうか。


 『最悪、対象の頭部だけでも持ち帰れれば任務は果たせる』


 美玲の言葉。純粋にフロンティア内で世代を重ねた彼女にとって、身体など替えの利く入れ物なのかもしれない。『流入者』は肉体を失った事実に生涯苦しむと言うのに。


「何がどうなってやがる!」


 ドグの喚き声。壁や天井が、根こそぎ崩れ落ちたせいで、ドグがいる空間まで視界が広がる。


――説明してる時間が無い。今すぐ対象を連れて離脱する。


 これ以上説明する余裕が無い。


 視界の片隅に配置されたマップ。急速に自分達へと迫る光点。美玲が言っていたもう一機。


 あれと真面に戦うなら、枷となる生体部を放棄するしかない。現状のままでは、手も足も出ないのは先の遭遇で証明されている。


 けど、生体部を放棄したからと言って互角とは程遠い。


――それでも


 響生は思考コマンドを呼び出そうとした瞬間、ドグが抱きかかえる二人目の対象の姿が目に入る。


 伊織。自分の記憶にある面影が重なる。間違いない。ヒロが助けてくれと言ったのは彼女だ。


 彼女の瞳が僅かに開かれ、自分を見つめている。


 その事実が、僅かな躊躇を生んだ。


 生体部を放棄した自分の姿を彼女はどう思うのだろうか。フロンティア主力機体と同様、完全に金属の塊のと成り果てる自分の姿。『死霊』の代名詞たる姿。


 本来、気にするべき事ではない。自分はそれだけの覚悟を背負って、フロンティアの軍に入隊したはずだ。自分は裏切り者だ。いまさら、どう思われようとかまわない。


 なにより、やらなければ、ここにいる全員が確実に死ぬのだ。


 自分が見つめる方向、ドグに向かって一直線に床板が捲れ上がっていく。地中から姿を現す触手。その先端が僅かに赤い輝きを放っている。


――まずい!


 おもった瞬間、目もくらむような光がそこから放たれる。あまりの高エネルギーが通過したために空気が瞬間的にプラズマ化し、光路がまばゆい光の線となって浮かび上がる。発生した衝撃波が、耳をつんざくような轟音となって響き渡たった。


「なっ!」


 ドグの後ろで壁が、鋭利な刃物で切り裂かれたかのようにずり落ちていく。


「ドグ!」


 響生は叫んだ。


 敵が集積光を放つ可能性は予測できたはずだ。


 僅かな躊躇が生み出した時間ロス。しかもベースクロックを通常状態まで落とした状態でのロスだ。致命的だった。


 ドグが崩れるように地に片膝をつく。


ベースクロックの自動加速が始まるのと同時に、クローズアップされるドグの姿。


――外した!?


 その事実にほっとする。先の集積光はドグに当たってはいない。だが、だとすればあの機体は対象をロックもせずに集積光を放ったことになる。


――いったい何故?


 そんな事は通常なら有りえない。


――俺は大丈夫だ! だが、保護対象が! クソッ、脳が焼けそうだ!


 自分の思考を遮る様に、頭に響き渡るドグの声。


 ベースクロックが上がった状態での、彼からの思考伝達だ。脳への負荷は相当な物だろう。


 ドグの声に促され、彼に抱きかかえられた伊織へと意識を集中する。彼女の足を伝わり、したたり落ちる鮮血。


――位置が悪い! クソッ


 さらに響きわたる頭の中に響くドグの声。この思考伝達は一方通行だ。常時意識を加速している訳では無いドグには自分の意志は伝えられない。


 伊織の脇腹を抉る様についた焼け焦げた傷跡。そこから広がる鮮血。彼女の衣服が赤く染め上げられていく。


 響生を強烈な頭痛が襲った。


――穂乃果......


 五年前の事件がフラッシュバックする。


――俺はまた......


 強い後悔が全身を支配した。それと共に血が沸騰するような感覚が身を包んでいく。心の奥底から湧き上がる呪いにも似た自分への強い怒り。それに連動するかの様に、視界に浮かぶ待機状態のコマンドが実行される。


――Release all restriction


 全制限解除


――生体部放棄――

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[良い点] 臨場感あふれる展開にハラハラしました。 美玲、かっこいい!! 動きが想像しやすくて、読みやすいですね!
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