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Chapter 17 『交戦』 アイ 独立潜航艦ディズィール・理論エリア・特別閉鎖領域

1



 閉鎖領域に再現された前線の風景。壁はおろか床すらも視覚化されていない。おかげで大量のウィンドウと共に自身が空中に浮いているかのような感覚に襲われてしまう。


 高空から大海原を見下ろす様に三六〇度に渡って展開された景色はあまりに壮大で美しく、ここが戦場となる未来を想像しがたい。


 水平線の彼方まで続く抜けるような青い空を写して、海は穏やかに揺れていた。眼下を筋状の薄い雲が静かに流れて行く。


 空中に展開されたネメシスは光学迷彩を使用している為に、その姿を確認できない。


 海面付近を写したウィンドウには、数多くの海鳥達が飛び交う姿が映し出されていた。


 ここは彼等の楽園なのだろう。出来る事なら、それを荒らすことなく終わらせたい。


――このまま何事も無く終わってしまえばいい――


 そう考えずにはいられなかった。


 けど、それが僅かな希望ですら無い事を、空間に浮かぶ夥しい数のウィンドウが示している。


 ウィンドウ群の中で一際大きなサイズで展開されたマップには、捕獲対象インデペンデンスを示す光点と、それを包囲する夥しい数の友軍機の光点が浮かぶ。そしてそれは目に見えて距離を縮めつつあった。


 本来ならこの状況から逃れられる旧世代の艦艇など存在しない。僅かな抵抗すら許さずに拿捕できるはずだ。


 それが分かっていて尚、拭い去れない不安。アイは溜まらず胸の前で手を強く握りしめた。


「目標より甲殻体、多数分離!」


 そのオペレーターの声に、閉鎖領域内の空気が一瞬にして張り詰める。


 インデペンデンスを示す光点から多量の光点が分離し、最前線で包囲網を引くリバイアスの一角を目指し散って行く。


「ほう…… リバイアスの接近に感づいたか」


 言いながら目を細めたザイール。


「旧時代の潜水艦に搭載されたレーダーで、可視光領域にまで及ぶ電磁ステルスを破れる物なのでしょうか?」


 オペレーターの一人が不安げな声を上げた。


「私の知る限り遠距離から『それ』を可能とする技術は旧時代に存在しない」


 ウィンドウを睨み、静かにそう言ったザイール。閉鎖領域内に動揺が広がる。


「甲殻体更にに分離! 多弾頭追尾型!? 速度さらに上昇! 先行するリバイアスと間もなく接触します!」


 別のオペレーターの報告の後、閉鎖領域を瞬間的に支配した静寂。誰もが固唾を飲んで自身が担当するウィンドウを見つめる。


 自動対艦殲滅ユニット『リバイアス』が、自身の判断で行うはずの回避行動と迎撃。インデペンデンスから放たれたのが、旧時代の魚雷の類であるならば、問題なく対処を終えるはずだ。


 敵から放たれた多量の光点の全てがウィンドウから消失する瞬間を、ただ只管に待ちわびる。


 が、『それ』はリバイアスと接触する刹那、あり得ない動きを見せた。群れを成し、単純にリバイアスを追っていた光点が唐突に散開したのだ。


 内、いくつかの点は明らかにリバイアスと一定の距離を取り後退している。


「この動き……魚雷じゃない!? 潜水艦に艦載機!? けど、この数は!?」


 明らかに混乱を宿したオペレーターの声をよそに、マップ上では数機のリバイアスが陣形から孤立し、敵が放った光点に取り囲まれている。さらに別の箇所ではリバイアスを超える速度で縦横無尽に動き回る光点。旧時代の兵器には有得ない異常な速度だ。


「こ、この動力音は! でも、何故!?」


 オペレーターの一人から裏返った声が上がる。


 ウィンドウ上で孤立したリバイアスが、進行方向に対して明後日の方向から急速接近した光点と重なった。次の瞬間その双方が消失する。


「自爆…… した!?」


 オペレーターの愕然とした声が響き渡る。艦載機であるならこうも容易く自爆などするはずが無い。


 マップ上で次々と同現象が起こり、リバイアスを示す光点が消えていく。海上を映したウィンドウ上では巨大な水柱が至る所で立ち上っていた。


「こんな……」


 核搭載艦とは言え、旧時代の潜水艦を狩るミッション。想像すらしていなかった事態にオペレーター達が顔を引きつらせる。


 爆散したリバイアスが捕らえた映像と共に、各種センサー群が捕らえた情報がウィンドウ上に乱立し始めた。


 それを処理するオペレーターの思考加速レートは他のオペレーターのそれに比べ著しく高い領域に移行している。


 彼等の努力によって、大雑把ながらに分かり始める敵兵器の姿。それに『長』と付く位の者までもが愕然とした声を上げた。


「何だこれは……?」


 まるで複数の海洋生物からなるキメラの様な1メートル程の物体。サメもしくはイルカを思わせる流線型の頭部には赤い光を放つセンサー群がびっしりと並び、後方では長く伸ばされた半透明の触手がうねる。


 明らかにフロンティアの兵器の特徴を有している。だが、それはフロンティアの如何なる兵器とも一致しない。


 ウィンドウ上では更にリバイアスを示す光点が消失して行く。インデペンデンスから再び放たれる大量の光点。


 閉鎖領域を混乱が飲み込んで行く。その様子にザイールが立ち上がった。


「うろたえるな!」


 凛とした声が閉鎖領域に響き渡る。その声は場の空気を一瞬にして変えてしまった。


「――想定外の事態が起こるであろうことは、考慮している。だからこそ、これだけの機体数を投入し、大規模な作戦を展開しているのだ。

 敵はネメシスを乗っ取るほどにフロンティアを熟知している。それが故に元老院直轄ミッションとなっているのだからな。

 敵を旧時代の武器しか持たない唯のレジスタンスと考えるな。我等がフロンティアの一部隊を相手していると思え!

 その上で我等は火力、物量共に敵に勝っている。落ち着いて対処すれば、決して遂行できない任務ではないはずだ」


「はっ!」


 ザイールの言葉に砲雷長ドルトレイ・アルギスが一早く返事をし、自身の担当ウィンドウに向き直る。それに続くかの様に、他のオペレーター達も次々にウィンドウに向き直った。


 それを見届け、ザイールが静かに席に着く。


「艦に待機している全てのネメシスをいつでも出撃出来るように準備しておけ。それと美玲を前線から呼び戻せ。同時にナイトメアの起動準備を。最悪の場合、投入せざるを得なくなるかもしれない」


 ザイールの追加指示を受けて、閉鎖領域内の慌ただしさが増す。だが、それは先のような混乱を伴った物では無い。


「どうやら艦長の御判断が正しかったようですね。無人機を最前線に集めた事で、我等は人的被害を出さずに敵の手の内を見ることが出来ました。まだその一部かもしれませんが……」


 こちらを見つめ、静かにそう言ったザイール。


「はい……」


 返事をしたものの喜ぶ気にはなれない。無人機だけでは対処出来ないことが明らかとなったのだ。後方に控える有人機との接触は避けられない。胸を刺すような痛みに襲われる。


 自分の心情とは裏腹にザイールの口元に浮かぶ歪な笑み。


「――それにしても奴は、なかなかユニークな物を見せてくれる…… そうは思いませんか?」


 ザイールの瞳に宿った感情に冷たい何かを感じずにはいられない。


「思いません。随分と楽しそうですね? ザイール」


 それに思わず出てしまった言葉。


「血が騒ぐのですよ。自分でも制御出来ないほどに……」


 そう言って僅かに喉を鳴らしたザイールだったが、その表情は直ぐに普段の冷淡な物に戻った。そして思案気に細い指を顎に当てる。


「とは言え、これは中々に忌々しき事態です。奴の兵器は明らかにフロンティアの技術が使われています。奴は何処でどのようにしてそれを手に入れ、どうやってそれを組み立てたのか……

 技術や知識を手に入れる事が出来たとしても、これだけの物を製造し運用するとなれば、それ相応のプラントが必要になるはずです。今の地上にそのような大がかりな施設を作る術が残されているとは思えません。

 旧時代の兵器ですらも彼等にその製造能力はもはや無く、現存する物を消費し続けるだけに過ぎませんので」


 そこで言葉を区切り、目を細めたザイール。瞳に宿る光が明らかに強さを増した。


「――そして何より不気味なのが、このような兵器を製造する術を持ちながら、何故、旧時代の潜水艦等を運用しているのか……

 私は『罠』だと言いました。ですが、これが我等を誘き寄せる罠だったとして、奴の狙いが全く見えてきません。

 もし、奴が我等を此処で壊滅させるだけの力を持っていたとして、全体から見れば僅かなフロンティアの保有機体を破壊する事に何の意味があるのか」


「それは私も考えていました。『単なる実験』。荒木であればその可能性もあります。彼の言動と行動はどうしようもなく非人道的であり、支離滅裂です。

 ですが私は彼がその裏でとても恐ろしい目的を持っている気がしてならないのです。『それ』はきっと私達が知っても到底理解出来ない『何か』。恐ろしい『何か』です……」


 自分でそう言ってしまってから、どうしようもない不安に襲われる。


 その不安に対処する術も無く、逃げ出すことも出来ないままに刻一刻と事態は進行して行く。答えに辿り着けなければ、取り返しのつかない方向へ向かう気がした。


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