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Chapter 14 ヒロ 中立エリアNo.382:エクスガーデン ダイブ施設

1



「これは……」


 通路と呼んでよいのかも分からない狭い空間を延々と抜け、唐突に開けた視界。そこに広がった光景に言葉を失う。


 整然と並んだ『棺』の様な物体が何処までも連なる様が異様な空間を作り出していた。


 『棺』の間を絶え間なく走り抜ける信号ラインを伝う光。それに吸い寄せられるようにして、広がった空間に足を踏み入れた瞬間、視界に飛び込んだ光景に本能的な恐怖に支配され、思わず足を止めた。


 透明度の高い素材で作られた床。その先には奈落の底に続くが如き空間が広がっているのだ。そしてそこにも大量の『棺』が配置されていた。


 さらに上を見ても透明な天井の向こうに同じ光景が広がる。まるで上下に展開された合わせ鏡の如く、同じ空間が果てしなく連なる。いったい何人の人間がこの空間で眠っているのだろうか。


 広がる光景の異様さと規模の大きさに、全身の筋肉が強張るのを感じる。


 整然と並ぶダイブカプセルの間に出来た隙間は、人が一人ようやく通れる程の空間しかない。


 そこに身体を滑り込ませ、無意識に覗き込んだカプセルの中。そこで眠る者の姿に、背筋を冷たい何かが駆け上がり身体を震わせた。


 液体で満たされたカプセルの中に揺らぐ身体は、起き上がる事すら困難な程にやせ細り、年齢すらも分からない。骨に張り付くかの様に辛うじて存在する皮膚には、青い色をした血管が痛々しい程に浮き上がっている。ここで眠りに就いて以来、この身体に意識が戻って来たことが一度も無い事は容易に想像できた。


 見れば目に映る範囲の全てのカプセル内に同様の光景が広がる。その内の一つは他の者に比べて明らかに身体が小さい。


――子供……?――


 頭部ばかりが身体に対して異様に大きく見える。筋肉の発達が明らかにおかしく、骨格にまで影響し、成長障害を起こしているのは明らかだった。


「こんな……」


 目の前に延々と広がる光景の悍ましさに身体の震えが増す。


「彼等は本当に自分の意思でここに居るのか!?」


 思わず上がった叫び声。


「全てとは言わない。けど、殆どがそうやと思う」

「けど、これじゃ!」


――彼等はこうなる事を知っていたのか?――


――そもそもこれで、生きてると言えるのか?――


 頭を占領する様々な疑問。それが震える喉から一気に溢れ出そうになる。いつの間にか隣に来た伊織の手がそっと自身のそれに重ねられた。


「ダイブ装置には、現実世界に正常な肉体を維持するための機構が装備されてるって、暁さんが言うてた。それでも限界は有るんやて。自身の身体を本当の意味で維持したければ、どうしたって現実で自分の肉体を動かさないけない。彼等はそれをしなかったんやな」

「何故!?」

「向こうの世界の方が居心地が良いんよ。それにこの施設を見て分かった。これでは彼等が現実世界に戻って来ても居場所が無い。ここには肉体を持つ『人』が現実世界で生活するのに必要な物が何もあらへん」


 悲し気に瞳を閉じた伊織の言葉に、やり切れない感情に支配される。


「これじゃあ死霊になったのと何も変わらねぇ! せっかく肉体を持ってるのに」

「そうやね……」



2




「ここでお別れや…… 今まで本当にありがとう」


 ダイブ施設の奥深く。延々と続くカプセルの合間を抜けると、一機のカプセルが音も無く口を開けた。そこで立ち止まり、震える声でそう言った伊織。


「ああ……」


 これが最後だと分かっていて尚、それしか出てこない。押し寄せる感情に任せ、言いたい事が沢山ある。なのにその一切が出てこない。


 代りに、いつの間にか溢れ出た涙が頬を伝った。


 伊織の手がそっと伸びて来て頬に触れる。そしてそのまま静かに体重が預けられた。偽りの身体に宿る体温が、狂おしい程の感情の起伏を呼び寄せる。


 彼女の背に震える手を回し、細い身体を抱き止めた。けど、腕にどんなに力を込めようと、身体の震えは止まらない。


 止めどなく溢れ出た涙が、伊織の肩を濡らして行く。


「これで終わりやない。私は別の世界に行くけど、死んだわけやない。だから…… またきっと会える……」


 静かにそう言った伊織。


「ああ……」


 口から漏れた返事は掠れ、自分でも驚くほどに情けなく弱々しい。確かにまた会えるのかもしれない。けど、それは一体何年後の事なのか。


 一度大きく深呼吸すると伊織の背に回した腕を解き、その身体をそっと離した。


 まるでそれを待っていたかの様に、口を開けたカプセルに光が燈る。こちらを見つめていた伊織が静かに瞳を閉じる。そして背を向けた。


 カプセルの縁に掛けられた手。伊織がその中へと身体を横たえる刹那、空間に響き渡った異音に思わず彼女の腕を掴む。


――足音……――


 それも、誰かが全力で走っているような激しいものだ。それが明らかに此方へと近づいて来る。強烈に嫌な予感がした。


「どうしたん?」


 腕を掴まれた伊織が目を見開く。


「足音だ。聞こえるだろ?」


 その言葉に自分が見つめる方向を向き、耳を澄ませる伊織。


「何も聞こえへんけど……」

「冗談を言ってる場合じゃないぞ!?」


 言いながら腰からハンドガンを引き抜く。それとほぼ同時に遠方のカプセルの陰から音の発生源が現われる。


 妙な格好をしている。まるで何処かの国の民族衣装の様なあまりに派手な格好だ。長いローブの裾を振り乱し、此方へと走り込んでくる。


「止まれ!」


 そう叫んだ瞬間、何かに驚いた様に一瞬速度を緩めた人影。が、直ぐに再び全力疾走へと移り、此方へと突っ込んでくる。手の中で何かがギラリと光った気がした。


――刃物!?――


 ハンドガンの引き金に掛けられた指に力がこもる。


「止めて!」


 その瞬間伊織に飛び掛かられ、転倒してしまう。足音が直ぐそこに迫る。覆い被さった伊織を半ば払いのけるようにどかし、再びハンドガンを構えようとした瞬間、相手が唐突に跳躍した。それも尋常では無い跳躍力だ。


 相手が自分達の上を飛び越えていく刹那に見えた顔。


――女!?――


 それも自分達と大して年齢が変わらないように見えた。


 手にしたハンドガンの銃口が彼女を追いかける。このまま立ち去るなら、それでいい。だが、踵を返し向かってくるなら躊躇なく撃たなければならない。それが鉄則なのだ。


 が、再び伊織に腕を掴まれてしまう。


「気でも狂ったんか! 『こんな所』で発砲なんてしたら!」


 至近距離から浴びせされた伊織の罵声。それで我に返る。此処は死霊共の施設なのだ。こんな所でハンドガンを使えば何が起こるかはあまりに明白だった。


 自分達を飛び越えた少女が、振り返る事すらなく走り去っていく。それに感じた安堵。


「一体どうしたんや!?」

「どうしたって! 今の見ただろ!」

「今のって、何をや!?」

「ナイフを持った女が俺達を飛び越えって行っただろ!」

「何を言うているんや!?」


――話が通じない!?――


 愕然となる。


――何故だ!?――


 伊織がその場に崩れるようにして座り込んだ。


「頭痛は大丈夫なん?」

「頭痛?」

「また、荒木に植え付けられた頭の中の装置が悪さし始めたんやないかって……」

「あれは機能を停止してるんだろ?」

「せやけど……」


 何が何だか分からない。混乱する思考。


 それを整理する時間すら与えられないままに次の現象が襲う。視界の片隅で何かが強烈に光った。


 咄嗟にその方向に視線を動かす。遥か遠方で発生した光、それが急速に肥大化しながら空間を飲み込んでいく。まるで紙切れの如く舞い上がる大量のカプセル。


 その光景の悍ましさに背筋が凍り付く。


 咄嗟の判断で伊織の手を引き走り出した。フロアー中の透明素材に火球の光が反射し、一瞬にして赤一色に染まる視界。


 背を焼く様な熱を帯びた強い光が走り抜ける。それを追うように凄まじい轟音をまき散らしながら爆風が迫る。


 視界に入り込んだ構造体の巨大な柱。考えてる時間など無かった。その陰に入り込むや否や、伊織の頭を抱えこむようにしてその場に伏せようと試みる。


 が、それは尋常では無い力によって、一瞬にして体勢が逆転させられてしまう。結果として伊織に覆い被さられる形で地に伏した身体。直後凄まじい熱風と衝撃が空間を走り抜けた。


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