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Chapter 12 『降下』 アイ ディズィール理論エリア・特別閉鎖領域

1



 強襲射出ユニットの光学受光素子が捕らえた映像を映し出すウィンドウ。その中で深い藍色を示す空が、急速に色を失う。やがてそれは無限を思わせる漆黒へと変わり、その彼方に銀河をも臨む星々の輝きを映し出す。


 閉鎖領域内の全ての情報を平等に処理しなくてはならないことは分かっていて尚、そちらへと向いてしまう意識。


「大気圏離脱を確認。高度尚も上昇中、最外部装甲分離」


 その言葉と同時に強襲射出ユニットの赤熱した最外装部分が回転しながら四散して行く姿が別のウィンドウに映し出された。その中から複雑な機械部をむき出しにした誘導ユニットとその先端に接続された義体格納部が姿を現す。


「パルス誘導スラスター起動。目標降下ポイントへの誘導を開始します」


 誘導ユニットから姿勢制御のために四方八方に迸る噴射光。瞬間的に繰り返される複雑極まりない噴射を繰り返しながら、強襲射出ユニットはさらに上昇していく。


「最大高度を通過。義体格納ユニット射出ポイントまで5,4,3……」


 強襲射出ユニットの光学素子が捕らえた映像を映し出すウィンドウには、いつの間にか超高高度から臨む地表の姿がいっぱいに広がっていた。


 複雑な青いグラデーションを描く海。海岸線を境に広がる大地は白一色に染まる。赤く示された降下ポイントの周辺は雲海に閉ざされ見えない。義体格納部の射出姿勢を安定させるべく、最後の姿勢制御スラスターを激しく噴射した誘導ユニット。格納部の先端が真っすぐと降下ポイントに向けられる。


「ポイント到達を確認。義体格納ユニット射出」


 まるで巨大な弾丸の如き形をした義体格納ユニットがゆっくりと地上に向けて遠ざかり、その側面で瞬間的に強い光が放たれた。


 格納ユニット自体に与えられた僅かな燃料の全てを使い、降下姿勢を安定させるための自転を開始する。最終段階。


 ついに再突入を開始したユニットが、眩いばかりの光を放ちながら降下して行く。その光景に思わずアイは両手を胸の前で握りしめた。


 全長1キロメートルを超える戦艦を大気圏に降下させる技術を有して尚、この瞬間が一番危険なのだ。


――響生……――


 


2 響生




『自立降下開始高度に到達。義体開放』


 強襲射出ユニットと共有された視界に現れたインフォメーション。それとほぼ同時に視界が闇に閉ざされる。視覚がユニットの外部受光素子から、自身の義体のへと戻されたのだ。


 戦闘支援システムの情報のみの闇に沈んだ視界を切り裂くが如く、縦一直線に走る光。分離部が起爆解放される。内部で爆発が起きたかの如く真っ二つになり、弾け飛んだ義体格納ユニットが回転しながら後方へと消えてく。


 高度3万メートル。視界に超高空特有の藍色の空が一杯に広がり、遥か眼下には真っ白な雲海が何処までも広っていた。


 自動的に行われたベースクロックの引き上げによって100倍に引き伸ばされる体感時間。それでも尚、高度計の数値が凄まじい勢いで減っていく。赤熱し始める装甲ジャケット。赤々と燃えるような色に変化した視界で、遥か下に見えていたはずの雲海が直ぐ目の前に迫る。大気を切り裂き、雲海に突き刺さった。


 体感時間が引き伸ばされていると言うのにこの速度感。強襲ユニットは義体開放速度まで、再突入時の抵抗を利用して減速していたとは言え、それでも音速の3倍以上の速度が保たれているのだ。


「結局またこれか……」


 先の事件の切っ掛けとなった出撃にあまりに似た光景。それに思わず出た言葉。


 もっとも声になったは定かではない。義体は寸分の姿勢の狂いも許されない超音速の降下中であり、オート制御中である。恐らく口すらも動いてはいない。


 僅かに逸れた思考。その間に身体は減速姿勢を取り雲を抜けた。それでもはっきりしない視界。

 

 両腕と胴体、さらに両足の間を埋める様に形成された半透明の幕を一杯に広げ、滑空飛行へと移行する。それによって更に減速が成され、視界不良の原因をはっきりと認識した。


――雪?……


 猛吹雪としか表現のしようの無い状況。眼下に広がった大地は白一色に染まり、空間に吹き荒む雪のせいで、何処が地と空の境目なのかすらはっきりしない。すぐさま視覚補正が成され、地形データーが視界に重なる。それによって緑色の光線で浮かび上がる地上。


 雪に覆われた荒涼とした大地の上で、目標降下ポイントの周辺だけが明らかに様相が異なっていた。


 巨大な壁に囲まれたエリア。その中心に向かうほど建築物の高さが増すような構造になっているお陰で、さながら城塞都市の様に見える。


 それが近づくにつれ、その巨大さに圧倒された。中心に聳える塔の高さは1000メートルはあるだろうか。既にこの高度からは、その屋上への着地は不可能な高さだ。


 窓一つない金属の塊のような建築群。そこには美的要素が微塵も考慮されていない。


 無機質な外壁の継ぎ目を時折光が駆け上がっていく様は、このエリア全体が一つの巨大な量子回路を作り上げているようにも見える。


 ディズィール同様、全ての構造物は巨大な機械の塊であり、このエリアを機能させるための『部品』なのであろう。


 その構造体内部に肉体を持つ『人』が移動するスペースを有していない事は窓が無い事から容易に想像がついた。


 『中立エリアNo.382:エクスガーデン』それは紛れもなくフロンティアの直轄支配エリアである事をまざまざと感じた。


 『直轄エリア』と『中立エリア』の違いは、エリア内に自分達のような『肉体持ち』が使用するダイブ施設が有るか無いかの違いしかない。そしてその殆どが何かしらのプラントだ。


 そのような知識があって尚『中立』と言う言葉から抱いてしまった僅かな希望。けど、その実物を自身の目で見てしまった事で、それが音を立てて崩れていくのを感じずにはいられなかった。


 オート制御に従い降下ポイントへと誘導されていく身体。建築群の谷間に入った事で、吹き荒む風が更に強さ増す。


 義体がその風に翻弄される刹那、『降下ポイントに到達』と言うインフォメーションが視界上に浮んだ。可動式装甲ジャケットに取り付けられた滑空機構が唐突に起爆分離する。


 始まる自由落下。地上から400メートル地点。


「やれやれ……」


 思わず口から漏れた言葉。今回もまた荒々しい着地になりそうだ。


 そう考えた途端、下から急速浮上してきたパネルの様な物の上に着地する。そしてそのままパネルが移動し、構造体の壁面へと静かに接触すると、壁面の一部がスライドし構造体内部への入り口が現われた。


――まぁ、そりゃそうか――


 スピード勝負の仕事だから、強襲ユニットを用いて移動したとは言え、降下ポイントそのものは敵地では無いのだ。強引な着地をする必要などない。


 とは言え、スムーズに事が運ぶとも思えない。捕獲対象『アーシャ』は数多くの痕跡を残しているにも関わらず中立エリアの警備システムを掻い潜り出現しては消失を繰り返しているのだ。そしてその侵入経路と逃走経路は断片的にしか残されていない。そしてその後ろにいるのはあの荒木なのだから。


 そこまで考えて、身体を襲った僅かな震え。それに抗う様に視界の片隅に開いた施設マップへと意識を集中する。


 やはり『通路』と呼べるような空間は極端に少なく、大半は高密度の機械に埋め尽くされている。その中で対象のこれまでの行動パターンから出現ポイントの候補が幾つか示されていた。


――まずはダイブ施設……――


 最初に向かうべきポイントを決める。対象に出くわす可能性はそこが一番高いと感じた。何よりも現在地から一番近い。


 構造体壁面に開いた入口の奥は思いのほか暗く、根拠のない不安を掻き立てる。大量の空気を必要としない偽りの身体。それでも無意識に行われた深呼吸。


「直ぐに終わらせる……」


 自身に言い聞かせるかの如く、そう呟くと響生は構造体内部へと足を踏み入れた。



3 ヒロ 数時間前 中立エリアNo.382:エクスガーデン周辺エリア



 完全にホワイトアウトした視界。自分がどちらの方向に進んでいるかも分からない。


 それでも目的地へと向かって確実に歩いていると実感できるのは、自分の手を引き前を歩く伊織の足取りが確かだからだ。


 彼女が見ている世界は自分とは全く別の物だと言う事をこの半年で嫌と言うほど実感させられた。


 激しい風の吹き荒む音だけが、途切れることなく耳に届く。一歩、歩く度に足は膝の辺りまで雪に埋まり、体力を奪っていく。


 全身に纏わりつく強烈な死臭。それは大型草食獣の毛皮を剥ぎ取り、真面な防腐処理も出来ないままに着込んだためだ。


 こんな物を身に着けて尚、僅かにでも歩を止めれば直ぐにでも体温を奪われ、この場に無様な躯を晒す羽目になるだろう。


 にも拘らず前を歩く伊織の衣服は、再会を果たした時と変わっていない。白一色に染まる景観の中で異常な程の薄着。しかもそれは既にボロボロで彼方此方が無残に破れ、白い素肌を晒していた。


 それでも、この場で命の危険があるとすれば自分の方なのだ。


「……後どれぐらいだ?」


 激しい息切れ。水分を失った喉から、やけに掠れた声が紡ぎ出される。


「このペースだとあと一時間ほどやね……」


 戻って来た声は、憔悴しきった自分の声とは対照的に、普段と変わらない彼女のものだ。ただ、そこには強い憂いが宿る。


「……そうか」


 それだけを言い歩みを進める。


「……付いて…… けぇへんでも良かったのに……」

「馬鹿、お前を一人で行かせられっか。何処で何に襲われるかも分からねぇのに」

「そうやけど…… 中立エリアに着いても、もう私は……」


 俯いた伊織。吹き抜けた強い風が雪ともに彼女の薄い衣服を舞い上げる。それによって見えてしまった脹脛は広範囲で紫色に変色し、その一部が壊死して脱離、内部の自立駆動骨格を晒している。


 彼女がこの状態では、もはや人が集まるエリアでの生活は不可能だった。逆賊呼ばわりされて、狙われるのは容易に想像がつく。


 ただでさえ、集落に身を寄せた時、追剥と伊織自身を目的に襲われたのだ。その時に出来てしまった傷が、ロクな処置も出来なかったために感染症が広がりこの有様だ。


 もっともそれが無かったとしても、既に伊織の身体は短すぎる寿命に蝕まれていたのだから、結果は何も変わらなかっただろう。


 自分に与えられた選択枝は、初めから『彼女の意識を死霊共の世界に送る』か『本当のあの世に送る』かの二つのみだ。それは半年も前から分かっていた事だった。


「お前が、俺の前に再び姿を現した時からこうなる事は決まっていたんだ。全部、死霊共の思惑通りだろうよ。馬鹿にしやがって……」


 掠れた声が喉から漏れるのと同時に、僅かに吹き荒む風がその強さを弱めた。


 それによって目的地が持つ巨大な影が視界に浮かび上がる。まるで天を突きさすようにそびえる巨大な塔。その根元には巨大な木の根を思わせるような構造体が広がる。行く手を阻むかの如く中立エリアを囲む巨大な壁。


「まさか、俺が『落とす』以外の目的で死霊共の支配エリアに近づくとはな…… 素直に入れてもらえりゃいいが……」


 巨大な影を見上げ、呻くように発せられた言葉。それは伊織にすら届くことなく、再び強さを増した風にかき消されてしまう。


――なぁ、響生。これが『お前が俺に見せたかった未来』か?――


 これで何が変わるのか。


 吹き荒む猛烈な吹雪の中、答えが返ってくるはずの無い問いが空間に飲み込まれて行く。


 再び白一色に閉ざされる視界。その先で自分を導くように歩く伊織の姿だけをただ見つめた。


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