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Chapter 9  『荒木』 響生 ディズィール・特別閉鎖領域・多目的エリア

 1


「何故……」


 自分から漏れる掠れた声。どんなに平静を保とうとしても身体の震えは止まりそうにない。


「――奴が生きているのか? それを問いたいのは寧ろ我々の方だ。それも『先日の出撃で倒したはず』だとか、そう言う事を言っている訳ではない。


 響生、お前が遭遇した敵、『荒木』は本来その時点で生きているはずの無い人間だ」


 ザイールが何を言っているのか分からない。ただでさえ混乱した思考がより掻き乱されるのを感じる。何も答えることが出来ない。


「先の事件での報告と響生と美玲の機体に残されていたログ。そこに残された奴の量子コード。その全てが有り得ない事が現実に起きている事を指し示すものだ。あの報告を受けて上層部はえらい騒ぎになったらしい。まぁ、それは当然の事ではあるが……


 故にこの件は元老院直轄案件となっている。そして他言は無用だ。この件の詳細について知るのは、先の出撃で『荒木』に纏わる事件に関わった者と、軍上層部だけだ。


 この場に民間人がいるのは極めて遺憾ではあるが、彼女自身が先の事件に関わっている事と、艦長の意思である事を踏まえてこのまま進めさせてもらう。だが、それを知る事によって被る制限は受け入れてもらうぞ?」


 威圧感が増した瞳をサラに向けたザイール。その視線を受けて尚、瞳を逸らすことなく静かに口を開いたサラ。


「分かってるわ」


 その僅かなやり取りの時間ですらも、まどろっこしく感じ、自身の中に生まれた最大の疑問が口を動かす。


「あいつは…… 何なんです!?」


 ザイールがゆっくりと此方に視線を戻す。


「奴は――」


 そこで生じた僅かな間。ザイールの眉間に深い皺が刻まれるのと同時に瞳が閉じられる。


「――奴は、我らが創始者『葛城 智也』と並び、多重理論分枝型・生体思考維持システムの構築に大きく関わった人物だ。いや、それ以前の研究、ニューロデバイス・ナノマシン原案とも言うべき神経量子モジュールの生みの親だ。


 つまり『葛城 智也』よりも更に古い時代の人間と言う事になる。最も一部は被っているがな。言わば師弟関係の様なものだ」


 まるで自身の言っている事の異常さに苦痛を感じるかの様な表情をしたザイール。彼女の言っている事が指し示す可能性に、思考はより混乱しその結論を拒むかの様な感覚に包まれる。


「――現実世界で生きていたとすれば奴の年齢は…… 人の寿命を遥かに超えて生きている事になる」


 そしてザイールから放たれた結論に感じた強烈な拒否感。自分の中にある『決して覆っては行けない法則もしくは真理と言うべき何か』が強引にひっくり返されるような異様な感覚だ。


「そんな事が……」


 以前にも増して強く震えだす身体。


「私も、自分が言っている事が俄かに信じがたい。だが、奴が間違いなく本人であるならば、生体脳電子化技術における『とうてい不可能だと考えられていた領域』、もしくは『触れては行けない領域』をブレイクスルーしている可能性がある。


 だとするならば、それはフロンティアにおける『命に対する根本的な考え方』を揺るがし、大きな混乱を招きかねない技術だ――」


 そこで言葉を区切り、再び瞳を閉じたザイール。


「――だが、同時にフロンティアが、いや元老院の古参達が喉から手が出る程に欲する技術でもあろう。故に奴の意識を捕らえる事が何よりも優先される」

「なっ!? あいつを生かしたまま捕らえるなんて――」


 思わず出てしまった言葉。人が人の命を簡単に奪っていいはずが無い。それでも感じるのだ『あいつだけは生かしていてはいけない』と。


 さらにフィードバックする異常な荒木の言動と行動の数々。その全てが指し示している。


「あいつが生み出したものなんて、きっと真面なものじゃない」


 吐き捨てるが如く言い放つ。だが、返って来たのは、


「それでもだ」


 あまりに短く端的な言葉だった。それに愕然となる。


「響生…… フロンティアは光に包まれた神の世界ではない。『人』が人のために作り出した『人』が生きる世界だ。それ以上でも以下でもない。そしてこの世界を動かしているのは一部の権力を手にした『人』だ。


 この件には『それ』が複雑に絡み合っている。と言うよりそうなる様に仕組まれているような気がしてならない」


 切り替わるウィンドウ。そこに映し出されたのは褐色の肌を持つ少女だった。長く伸ばされた黒髪に黒く大きな瞳。額に輝く髪飾りが良く似合っている。民族衣装のような見慣れない出で立ちとその美貌のせいで、どこか別の世界の存在の様な印象すらある。


「これは……」


 頷くザイール。


「中央からの伝令に基づき、異例ではあるがブリーフィング前に彼女に関する詳細を渡していたな。内容は全て頭に入っているな?」


 『アーシャ』それは現実世界でゲリラ部隊に所属する中東出身の少女の名だ。彼女には双子の姉と共にフロンティアに身を置いていた時期がある。


 ザイールから受け取ったファイルには彼女の出身を始めとしたあらゆるデーターが記されていた。フロンティアに居た頃の彼女の行動から推測される趣味や思考傾向に関する記載まである。


 そこから見えてくる彼女達のフロンティアにおける生活は壮絶極まりない。自分や穂乃果は『流入者や感染者としては恵まれすぎている』と言う事実を感じずにはいられなかった。この世界で自分達は少なからず差別の対象なのだ。


 彼女達がフロンティアを離れ、現実世界でゲリラと合流したのはある意味で当然の結果であったのかもしれない。先の戦時中に発生した現実世界側の多くの孤児をフロンティアは回収したが、その意味を理解できる年齢に達していた者は少ない。それを『戦乱に乗じた連れ去り』と表現する者もいるのだ。


 自分がフロンティアに渡った時、もし隣にアイが居なかったら、もしもドグと出会っていなかったら、自分は彼女達の様になっていたかもしれない。


 其処まで考えて不意に頭に過ったヒロの横顔。


 無意識に自動小銃を手に彼の隣に立つ自分を連想してしまい、首を大きく横に振る。


――俺は全てを裏切った――


 その事実だけは何を経験しようと変わらない。


「どうかしたか?」


 ザイールの問いに顔を上げる。


――……けど、だからこそ――


「いえ、大丈夫です」


 確かな意思を持ってそう答える。


 ザイールは僅かに片眉を上げ、此方を観察するような鋭い視線を投げかけて来たが、やがてウィンドウへと視線を戻した。


「この捕獲対象だが、概要は先のブリーフィングで説明した通りだ。だが、これには続きがある」


 再び切り替わるウィンドウ。そこに映し出される10を超えるアーシャの姿。そのどれもがばらばらの場所で撮影されたと思われる物だ。


「『インデペンデンス』が、通信を行った中立エリアの先々で、この少女の映像が光学受容素子に捉えられている。それと同時に奇妙な現象も報告されているのだが……」


 そこで言葉を区切り、やや躊躇うような表情をしたザイール。そして僅かに横に立つアイへと視線を走らせた。


「構いません。続けてください」


 瞳を閉じ静かにそう言ったアイ。


「そこに残されるログイン者の、ニューロ・ネットワークコード。それは『葛城 愛』のものだ。つまり艦長と同コードが残されている」

「……え?」


 一度は平静を取り戻した思考が再び激しく掻き乱される。


「可能性は2つ。一つは先の事件で艦長が『奴』に遭遇した時に複製された可能性――」


 淡々と語られたその可能性に全身を冷気が駆け抜け鳥肌が立つ。再び震え始める身体。


「もう一つは、嘗てビッグサイエンス社によって大量複製された『幼き日の葛城 愛』の魂を『奴』が手に入れた可能性だ」

「そんな事……」


 震える唇から低く掠れた声が漏れる。


「何が起きているのか、我等は真実を知らねばならない。


 だが、先にも言ったように周到に仕組まれているような気がしてならない。痕跡が残り過ぎている。そのどれもが我らが、いやこのフロンティアが潜在的に捨て置けない物ばかりだ。


 我等の天敵とも言えるEMP兵器。まして我等は嘗て、本土『月詠』に『核による総攻撃』を受けている。『核搭載艦』を見せつけられれば否応にも過剰な反応を示すのはあまりに当然だ。


 捕獲対象の件についても『葛城 愛』が我等にとってどのような存在であるかを知らない『奴』ではあるまい。つまり――」


 ザイールの瞳が細められる。


「これは罠だと……?」

「可能性が高い。だが、それを知っていても我等は行動せざるを得ない」


 静かにそう言い放ったザイール。


「響生……」


 アイの震えた声が耳に届く。

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