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Chapter 8  『Mission』 響生 ディズィール・特別閉鎖領域・多目的エリア

1



 今宵、ブリーフィングルームとして構築された空間は、過去に経験した事も無い程に広い。そこに40名を超えるネメシスのランナーを始めとした関係者が犇めき合っているような状況だった。


 それだけで、今回の出撃がかなり大がかりな作戦である事がうかがえる。このブリーフィングの直前に月詠からお偉い方がわざわざ来艦した事といい、余程の重要ミッションなのだろう。


 辺りを見渡すように視線を動かすと、隣に座る美玲と不意に目が合ってしまう。その瞬間、耳までをも赤く染め慌てて視線を逸らした美玲。


 美玲は先からこの有り様だ。まともに目も合わせてくれなければ、何を言っても曖昧な返事しか返してこない。


――大分怒ってるよな…… これ……


 思わず出る深い溜息。否応にもめぐり始める思考は、同じような繰り返しを辿るばかりでいつまでたっても答えに辿り着けそうにない。


 そしてとうとう何も思いつかないまま『悪あがきとしか言えない思考』は空間前方に迸った強い光によって急停止させられてしまう。


 光の中から現れる艦長アイと副長ザイール。場の雰囲気が緊張感に満ちた物へと一転する。


 空間転移が終了すると静かに目を開き、その場にいる全員を確認するかのように視線を動かしたザイール。そしてゆっくりと口を開く。


「皆の者、良く集まってくれた。『楽にしてくれて構わない』と言いたいところだが、残念ながらそう言う訳にもいかない。


 早速で悪いが、ブリーフィングを進めさせてもらう」


 空間前方に開く一際大きなウィンドウ。そこに映し出されたのは、海上に浮かぶ一隻の旧型潜水艦だった。


「先日、衛星が捕らえた映像だ。旧時代に大国が保有していた核融合炉搭載型潜水艦『インデペンデンス』と思われる。補給無しで半永久的な航行能力を持ち、ステルス性能、潜航性能、航行スピードと全てにおいて同時代の他の潜水艦の能力を一脱している」


 ザイールの言葉に呼応するように映像から海が消え、潜水艦の全体像が浮かび上がる。流線型のフォルムに二枚の翼が特徴的なデザイン。それは巨大な胸鰭を持つクジラのようでもあり、航空機にも見える。


 旧時代の一般的な潜水艦とは明らかに違い、異質な存在である事はその外見からも分かる。


「何より厄介なのは、これが作られた目的が電磁パルス能力すなわちEMP効果を追求した恒星爆弾を搭載したミサイルの運用である事だ」


 船体前方へとクローズアップされる映像。弾頭射出部と格納庫が赤いラインで示される。


「諸君らも知っての通り、これは現実世界側が我等への対抗手段として生みだした兵器群の一部であり、先の大戦ではこれの同型艦に苦戦を強いられた。最も手を焼いた兵器の一つと言っても過言ではないだろう。


 これに何発の核弾頭が搭載されているかは分からない。仮に満載していたとすれば20発は打てる事になる。このうちの一発でも中立エリアもしくは直轄エリア上空で爆発した場合、電磁遮蔽フィールドを持たないこれらのエリアは甚大な被害が出るのは言うまでもない」


 新たに開くウィンドウ。そこに映し出されたマップには、成層圏でミサイルが爆発した場合の影響範囲が示される。


 爆心地を中心に広がるエリアは、あっという間にマップ全体を覆いつくし、縮小を始めた地図上で更にその影響範囲を広げる。


「正直私もまだこんな物が残っていたことが信じがたい。だが、これは事実だ。本来なら見つけ次第、その部品も残らない程に焼き尽くしてやりたいのだがな。そうもいかない。


 フロンティア中央から『拿捕』の命令が出ている」


 その言葉に、静寂に包まれていたブリーフィングルーム内が俄かにどよめいた。広がる動揺。


 ザイールはルーム内が自然と静まるのを待って再び口を開く。


「この艦が陸上の特定人物と頻繁に連絡を取り合っていることがすでに分かっている。またその対象は地上の中立エリアを転々と移動しているようだ。中立エリアにあるダイブ施設の不正利用が目的と考えられる」


 空間に浮かぶマップに示された中立エリアの一部に現れるマーキング。


「対象はあろう事か、我等のネットワークを使用して地上との連絡を取りあっている。通信に使われる暗号は、我等の技術を用いても解析に時間が掛かるほどに高等だ。


 諸君等も知っての通り、地上とフロンティアの技術差は300年に及ぶ。にも拘わらず対象はフロンティアのネットワークへの侵入を果たした。これは開戦以来前代未聞だ。『何故対象にそれが可能だったのか』を我々は知らなければならない。故に対象を破壊では無く拿捕する必要がある」


 これまでを言い切った所でザイールは言葉を止め、ブリーフィングルーム内を見渡した。


 それに合わせて切り替わるウィンドウの映像。新たに映し出されたマップが太平洋の一角に向けてクローズアップされていく。


 赤い光点で示されるターゲット。さらに数多くの自軍を示すマーキングが重ねられる。


「これが、奴の行動パターンから推測される次の出現エリアだ。すでに、自立遊泳型・対艦自動殲滅ユニット『リバイアス』をこの海域を囲むように展開している。


 ネメシス部隊は二手に分かれ空と海両方から奴を追い詰めろ。海中部隊は奴を見つけ次第、メインスクリューを破壊、航行不能な状態にしたうえで海上に引き釣り出せ。


 高空部隊は上空で待機、万が一弾道ミサイルの射出があった場合は、大気圏離脱前に確実に迎撃せよ」


 作戦内容が伝えられた所で一気に高まる緊張感。その中でザイールの視線が真っすぐと此方に向けられた。


「また、同時展開で目標が頻繁に通信を行っている人物の捕獲を行う。こちらは単独任務となる。


 対象が地上との通信を行った場合は直ちに通信先エリアを特定、強襲射出ユニットで目標へエリア移動、その後は自身の判断で行動し対象の捕獲を目指せ」


 再び切り替わったウィンドウには『ディズィールより射出された強襲射出ユニットが放物線を描き目標へ到達する様子』が簡易図化され映し出されていた。その軌跡は明らかに大気圏を超えて再突入している。


 それに思わず生唾を飲み込む。こちらを見つめていたアイが何かに耐えるように瞳を閉じた。


「以上だ。二宮軍曹と姫城中尉は追加伝達事項がある故、ここに残りなさい。他の者は解散。諸君等の健闘をいのる」


 ザイールの言葉を受けて一気に慌ただしくなるブリーフィングルーム。


 その中で巡り始める様々な思い。それは言い渡されたばかりのミッションの事であったり、不意に頭に浮かんだ穂乃果やアイの事であったりと、断片的で纏まりの無い物だ。


 視線を前に移すとアイと再び目が合った。それに言いようの無い気まずさを感じ視線を逸らす。そして今度は美玲と目が合ってしまう。


 どうして良いのか分からず強引な作り笑いを浮かべた所で、美玲はそっぽを向いてしまった。


 思わず出るため息。


――その…… シミュレーター内でのことなのだが…… その、私は……――


 唐突に脳内に響き渡った美玲の声。その話題が振られた事に、これまでの思考の全てがキャンセルされ一気に血の気が引ける。


 此方を見ようともせず自身の軍服の裾を握りしめる美玲。


――ヤバイ…… このパターンは……


 美玲の小刻みに震える腕にフィードバックする数々の記憶。その全てが美玲に殴られるオチとなっているのだ。


――あああっ!! ゴメン! やっぱ怒ってるよな!?――


 混乱した状態のまま無理矢理に紡いだ言葉が思考伝達に乗る。


――いや…… その、怒っては…… その、確かに、あまりに急ではあったが……――


 頭に響いた美玲の声は妙に高く、平静とは思えない。それがより危機感を煽る。


――分かってる! ゴメン! 本当にゴメン! 俺、その、あの時は身体の自由がきかなくて!――

――……え?――


 美玲はまるで全ての思考がリセットされたかのような愕然とした表情をこちらに向けた。


――ああああ! いや、言い訳とかじゃなくて! あれは本当に悪かったと思ってる!――


 必死に謝るが美玲の表情は時間が止まったようかの様に強張ったままだ。


――その…… 『身体の自由が利かなかった』とは…… そ、それはどういう……?――


 美玲から出たその問いに抱いた僅かな希望。美玲が興味を示した所で、今しかないとばかりに、必死の説明を行う。


――だから、あの時の俺はオブジェクトがオート制御されてて……――

――オ、オブジェクトのオート制御……――


 オウム返しの如く言葉を繰り返しながら、更に表情を強張らせた美玲。ここは何としても理解してもらわなければならない。


――そ、そうなんだよ! 俺の指先、何か気持ち悪い事になってただろ!?――

――……――


 美玲が黙ったまま僅かに頷く。


――だろ!? だろ!? あの空間に男が入ると、あの化け物に取りつかれる設定になってて! 『呪符』を使った時と同じで意思に関係なく身体は勝手に動くし、指先がニュルニュルうねるしで!――

――意思に関係なく……――


 美玲が再び言葉の一部を切り取って繰り返した。震えながら軍服の裾を掴んでいた美玲の手がゆっくりと離される。


――その、つまりあれは貴様が望んで行った行為ではないと……?――


 先ほどまでとはうって変わって落ち着きを取り戻した声が聞こえた。美玲から発せられた言葉が真実に辿り着いた事に、大きな達成感を感じずにはいられない。


――そう! その通り!――


 ここぞとばかりに何度も頷く。


――良く…… 分かった……――


 やや低い声で静かにそう言った美玲。それに言いようの無い安堵を感じ、思わず声に感情が乗る。


――本当か!? いや、分かってくれてよかった! だから、その、悪気はなかったと言うか、とにかく! ゴメッ!?―――


 が、ようやく緊張から解放された喜びと共に出た言葉は、此方を向いた美玲の表情の凄まじさに急停止してしまう。


 燃えるような深紅の瞳が意に知れぬ憤怒を宿して大炎上していた。明らかに殺意がこめられた拳がワナワナと震えながら引き絞られていく。


――いや…… え? えぇ!? えぇぇ!?――


「ば、馬鹿者ぉぉぉ!!!」


 人々が散開したブリーフィングルームに響き渡る美玲の叫び声。


「へぶしっ!」


 それに重なる様にして、情けない悲鳴が木霊する。見事なまでに急所を捉えた正拳衝によって毎度の如く酩酊し始める意識。


――な、何故こうなった?……――


 何度問おうとも決して答えに辿り着く事の無い疑問は、今回もまた誰にも届くことなく、アマテラスが育む量子データーの海に飲み込まれるのであった。




2



「まったく、何をやっているんだお前たちは…… ブリーフィングの内容はちゃんと頭に入ってるのであろうな?」


 ザイールの目に見えて呆れた声がルーム内に響き渡る。それに「もちろんです!」と慌てて敬礼して答える。


 その瞬間、美玲には睨まれ、アイは深い溜息を吐く。おまけに何故かこの場に居るサラには「説得力ゼロね」と言われる始末だ。


「まぁ、良い。先に進めさせてもらうぞ?」


 ザイールの言葉と共に空間に浮かび上がるウィンドウ。


「先日、自走型・自動危険分子排除ユニット『デメニギス』が何者かの手によって破壊された――」


 サラの表情が目に見えて曇る。


「こんな殺戮マシーンなんて、無い方がいい……」


 ザイールの言葉を遮るようにして発せられたサラの声は、明らかな憎悪と侮蔑を宿す。


「確かにその通りだ。だが我等も中立エリアや直轄エリアのサーバーが落とされるのを黙って見ているわけには行かない。サーバーのダウンは数万の人口を持つ街単位の消滅を意味する。


 我等に対する明確な敵意を、行動をもって示す者達には我等も相応の行動を持って応じる」


 サラの睨むような視線を真正面から見据えたまま答えたザイール。そして更に続ける。


「この件についてこれ以上の議論をするつもりはない。任務に関わる情報伝達の最中である。納得してもらえないのら、退出を願うがどうか?」


 威圧感を増したザイールの瞳を受けて尚、サラは視線を逸らさなかった。


「この場は我慢するわ」


 僅かな間を置いて、そう言ったサラにほっと胸を撫でおろす。


「では、続けさせてもらう。デメニギスが破壊されたこと自体、忌々しき事態ではあるが、その『手法』が尋常では無い」


 ウィンドウに浮かび上がる破壊しつくされたデメニギスの姿。重厚感の漂う装甲が、無残な程に溶融し引き裂かれている。


「こ、これは……!?」


 美玲から低い声が漏れた。ザイールがそれに頷く。


「デメニギスにこれほどの痕跡を残す兵器は現実世界側には無い。幸いにして、このユニットの記録デバイスが無傷で残っていた。そこに『何が起きたか』を知る重要な手掛かりが残されている」


 切り替わるウィンドウ。映像のノイズが酷い。ウィンドウの大半に警告表示が並ぶ。この映像が既にデメニギスが致命傷となる攻撃を受けた後に撮影されたものだと悟る。


 不鮮明なウィンドウの下方では年齢幾ばくもない少女が、一目で重傷だと分かる夥しい量の血を流し倒れていた。迷彩柄の服装はこの傷ついた少女がゲリラの一員である可能性が強い事を示している。故にデメニギスの標的となったのだろう。


 やりきれない気持ちが支配し始める刹那、少女の向こう側に浮かび上がる8つの赤い輝き。さらに奥では無数の黒い影が蛇の様にのたうち回っていた。


 見慣れたその陰影に愕然となる。


「……ネメシス…… けど、何故!?」


 やがてウィンドウを覆いつくす粉塵が風に流されるにつれて、露わになる巨体。その前には一人の西洋人の男が立っていた。ボロボロの衣服に身を包む少女とは対照的に、破れ解れの一切ない衣服を身に着け、その上から羽織られた白衣が、爆炎の中激しく揺らぐ。


 異様な風貌だった。 


『違うよ。僕はフロンティアとは関係ない。うん、関係ないんだ。興味はあるけどね』


 ウィンドウから唐突に聞こえた肉声。


 それに背筋が凍り付く様な感覚が襲う。忘れようの無い特徴的な言葉使い。無意識に震えはじめる身体。


「まさか……」


――荒木!?――


 男は少女の頭の位置まで歩くと、しゃがみ込みその顔を覗き込んだ。卑屈な笑みがその口元に浮かぶ。


『じゃあ、早速行くとするかね? 自動人形を壊してしまった。早くしないと、彼等が集まってきてしまう。うん、間違いない』


 男は再び立ち上がると後方に視線を移した。それを合図に伸びて来た触手。その先端から放出された糸状の物体が少女の身体を包み込む。


 ウィンドウに走る激しいノイズ。そして唐突に映像は途切れてしまう。


 けど、既に何も写していないウィンドウから目を逸らすことが出来ない。


 瞬間的に押し寄せた大量の疑問によって、混乱した思考を再起動するべく、強く首を横に振る。


 美玲とサラもまたウィンドウを見つめたまま硬直していた。アイが何かに耐えるかのように瞳を閉じる。


「デメニギスが襲撃された場所は、『インデペンデンス』が撮影された海域に隣接する。いや、むしろこの事件があったからこそ、我等は『インデペンデンス』の存在に気付けた」


 静かに発せられたザイールの声。


「どういう事です……!?」


 再び自分から漏れる掠れた声。どんなに平静を保とうとしても身体の震えは止まりそうにない。


「自立駆動型・殲滅ユニットが破壊されれば、衛星は自動的にそのエリアをクローズアップする。異常事態は直ちに本部に通達され、映像は解析に掛けられる。当然のことだ。


 デメニギスの破壊地点から急速離脱する熱源を追って辿り着いたのが『インデペンデンス』だ」


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