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Chapter5 艦長の思いのほか笑えない憂鬱(その1)

1  ディズィール理論エリア・降下兵格納庫、再現領域




 床や壁、空間を司る物の全てが金属で構成された無機質なフロアーを埋め尽くす夥しい数のネメシス。頭部を下に宙刷り状態で固定された数百機に及ぶそれらが平然と並ぶ姿は、それだけで空間を異様な雰囲気にする。


 さらにその間を大小さまざまな作業ユニットが徘徊する様は、さながら無人化された巨大な工場を連想させた。無人機が奏でる規則的な音に支配された広大な冷たい空間。


 肉体を持つ『人』が運用する為に作られた船では無い。従って艦内に人が滞在するスペースはおろか『人』が移動するスペースすらも存在しない。全長1200メートルを誇るこの艦は高密度の機械の塊である。


 艦内に『空間』を殆ど持たないディズィールにおいて、降下兵格納庫は『量子コンピューター:アマテラス』を納めた緩衝液ドームを除けば最大の広さを誇る空間だった。


 その広大な無人空間を詳細なまでに再現した理論エリアは、現実世界の『そこ』と様相が一変する。


 多くの作業員が行きかい、あちらこちらで必要情報を大声で叫ぶ者達の罵声にも似た声が響き渡る。


 空間に浮かぶ夥しい数のウィンドウ。思考伝達によるやり取りだけでは足らず、互いの意思の確認を肉体を失って尚、昔ながらの方法で行っているのだ。


 そんな多くの作業員に紛れ込むようにして、素知らぬ顔で作業に付く部外者『飯島』は、一緒に作業に当たる年輩の作業員に向かって口を開いた。


「知ってます? あの新米美少女艦長、あの年齢で艦長ってだけでもアレですけど、実は相当ヤバいって噂」

「ああ?」


 その声に明らかに不機嫌そうな声を上げた作業員は、いかにも『現場で育った叩き上げ』と言わんばかりの強面の雰囲気である。仮想世界においては若干発達しすぎた筋肉に浅黒い肌を持ち、露出した腕のあちらこちらに古傷が見て取れる。『オブジェクト損傷の完全治癒』が有り得るフロンティアにおいては、まれに見る光景だ。


 これを見ただけでも大抵の若手の作業員は畏縮してしまう。まして彼の肩書はこのフロアーの長であり、その隣で作業をするなど若手の作業員に許されるはずがない。


 だが部外者であるはずの飯島は違っていた。泣く子も黙るはずの整備長『フランク・ドレイク』の不機嫌な声を聞いて尚も構わず口を開く。


「なんでも、女王『葛城 愛』の現身とか……」

「あぁ、確かにそんな噂もあんな。それがどうした?」

「『どおした?』じゃないですよ!? あの『葛城 愛』ですよ!? それに『ザイール・フォートギス』と言えば先の大戦で艦隊総司令を担った方ですよね? それほどの人物が副長をやっている事と言い、特別閉鎖領域の面々の殆どが本来、一艦艇の発令部署に居ていい人材じゃないですよね…… この船は一体どうなってるんですか!?」

「さぁな。元老院様の考えることは俺等末端には分からねぇよ。そんな事より手、動かせ!その為に来たんじゃねぇのか? 嫌ならとっとと、帰れ!」

「手は止めてないですよ? 本物のメカに触れる貴重な機会を俺っちから奪わないで下さいよ。まして新型機を弄れるなんて、俺っちが嫌なはずが無いじゃないですか!


 あの部屋に一日いると、煮詰まっちゃうんですよね。やっぱ俺っちの仕事は柔軟な頭とアイデアが必要でしょう?」


 そう言ってケラケラ笑う飯島に、ドレイクは痺れを切らしたかのように手を止めた。そして鋭い視線で睨み付ける。


「お前ぇ、また誰かから逃げてないか?」

「嫌だなぁ親方、そんな訳ないじゃないですか」

「誰が、親方だ! 俺はお前の親方になった覚えはねぇぞ! お前ぇやっぱし逃げてるな。だいたいお前ぇがこの時間に仕事ほったらかして此処にいる時点で、それ以外の理由を思いつかねぇ。今度は何やらかした?」

「何もないですって、嫌だなぁ、もう」


 相変わらず乾いた笑顔を顔に張り付かせた飯島に溜息を付き、ドレイクは再び手を動かし始める。


 が、それはこの場所に似遣わしくない『幼い少女特有の華奢な声』によって完全に止まってしまう。


「ご苦労様です」


 背後からしたその声にドレイクは、額に浮きあがった血管が破裂しそうになるのを感じながら、不機嫌を隠そうともせず振り返った。


 しかしその瞬間、目に飛び込んだ人物が『予想を遥かに超えて意外な人物』だった為に感情の全てがリセットされてしまう。


 結果、その容姿からあまりに不釣り合いな裏返った声が吐き出された。


「か、艦長! な、何故このような所に!?」


 そこに居たのは、年齢16、7の少女だ。


 モルフォ蝶の構造色を持つと言う『人』にはあり得ない色をした髪は、仮想再現された強い照明を浴びて、青を基調に複雑に偏光し、妖精の様な容姿を作り出す。その美しさに息を飲むと同時に感じた怖れ。『人ならざる者』としてデザインされた容姿は洗練され過ぎていて、独特の違和感を作り出す。


 そして澄んだ青い瞳に宿る意思は、年齢に似つかわしくない程に強く、痛々しい印象すらある。


 それはこの年齢で『この艦で最高位の者にしか許されない制服』に身を包む重圧と向き合う事が、どれほど壮絶な事なのかを示していた。


「少し気になる事がありまして、お邪魔させて頂きました」


 ドレイクから視線を僅かに逸らし、そう言ったアイ。


「何か不備ですかい?」


 口調こそ何時もの彼ではあったが、その口元は未だ強張っている。


「いえ、決してそのような事はありません。ただ……」


 アイはドレイクと飯島が作業するフロンティアにおいては異形の巨大人型機に目を向けた。


「――新型の機体が2機入ったと聞いています。それを一度この目で確認しようと思いまして」

「あぁ、こいつのことですかい?」


 黒光りする漆黒の機体。それはネメシスに匹敵する大きさを持ちながら、何処か女性的で華奢な印象すらある。合理性を追求したモンスター型の起動兵器を主力とするフロンティアでは異質な存在であることが見た目からも明らかだ。


「RS-21ナイトメア。シミュレーター内にしか存在しないデーターテスト機の中でも最速の機体ですよ! 何よりも人型起動兵器ってのが萌えるでしょう!? まさかこれが現実に産み落とされて、それをこの目で見れるなんて俺っちは幸せだなぁ。これはテスト機ですけど、シミュレーターの理論値と現実世界でどれほどの差異が出るのか、データー取りが楽しみです! なんでも姫っちの機体だそうで」


 可動関節の隙間から頭だけを出し、興奮気味な声を上げた飯島。


「姫っち?」

「姫城先輩です!」

「姫城…… あぁ、美玲の事ですね?」

「はい!」

「先輩って、おめぇとは配属も違うだろうが!」


 ドレイクと飯島のやり取りに、僅かに作り笑いを浮かべたアイ。


「そ、そうなのですね。えっと、もう一機のほう方は……」

「もう一つはその強襲射出ユニットの中、本当は別のエリアにあったんだけど、一緒に作業したくて持ってきちゃった。って言ってもこっちはソフトウェアー上のメンテと強襲ユニットの方の作業が殆どなんですけどね。実践投入間近なので、大掛かりなこともできませんし」

「て、てめぇ! いつの間に、そんな勝手な!」


 大声を上げたドレイクをよそにナイトメアの足関節から飛び降りた飯島が、大型弾頭にも似たユニットの隣に立つ。


「中、見てみます?」


 言いながら、無邪気この上ない表情をした飯島に、僅かにアイの表情も緩んだ。


「え、ええ…… お願いします」


 空中に新たに開いたウィンドウを軽いタッチで操作し始める飯島。それが終わると砲弾型の金属製カプセルの上部が大きくスライドしはじめる。


 そしてついに露わになったヒューマノイド型バトルユニットの姿にアイは息を飲んだ。


 狭いカプセルの中に、胸の上で腕をクロスさせた状態で安置されたそれは、『人』の姿を繊細なまでに再現している為に、カプセル全体が棺の様に見えてしまう。


 アイは無意識に、『棺』の中に眠るユニットの頬へと震える手を伸ばした。


「……響生……」


 その瞬間、小さく掠れた声がアイから漏れたが、それを聞き取った者はいない。


「温かいでしょう? 皮膚はランナーの細胞を培養して作られた生体ですから。


 こっちは潜入工作用バトルユニットですね。シミュレート時の成績や、先のミッションにおけるランナーの行動履歴を見ると、どうやら響生…… いえ、この義体のランナーは『人に紛れて行動するタイプ』じゃなくて、生体部を見捨てた派手な戦闘行動を好むみたいなので、その辺を考慮して兵器開発部がカスタマイズし直したようですね。


 生体部の全ての細胞に感染型ニューロデバイス・ナノマシンを付加、さらに形状記憶液体結晶合金を併用する事で、『見かけ上の急速な自己再生能力』を付与し、人としてのオブジェクトの見た目を、負荷行動時にもある程度維持できるようになってます。


 それに加えて装甲ジャケットをはじめとした専用装備品もアップデートされてますね。


 まぁ、その分純粋な『生物らしさ』は削ずられてはいますが。あ、この提案を開発部にしたのは俺っちなんですけどね」


 ユニットの頬に振れたまま、食い入る様にその顔を見つめたままのアイ。その瞳に強い憂いが浮かび上がる。


「その…… 好きなんですか?」


 飯島の唐突な質問に、アイは大きく肩を震わせた。


「……え?」

「この手のメカがですよ!」


 興奮気味に大きく目を見開いた飯島。


「ええ、まぁ、そんな所です……」


 何となく出てしまった曖昧な答えに更に飯島は目を大きく開く。そして勢いよくアイの手を取り両手で握りしめた。


「本当ですか!? 今度俺っちと二人でにその辺詳しく語り合いませんか!? 美少女はメカ以上に大好きでなんです!」


 紫色の瞳を輝かせる飯島に対し、アイに明らかな困惑が浮かぶ。


「はぁ……? えっと……」


 が、視線を泳がせ始めたアイの手から、唐突に飯島の手が離された。


「お前はやっぱり自分の持ち場に戻れ!」


 見れば、飯島は両手で自身の頭を押さえ、その背後には振り下ろしたばかりの握り拳をワナワナと震わせるドレイクの姿があった。そして飯島の身体が光の粒子を纏い始める。


「親方! そりゃないですって!」


 泣きそうな声がフロアに響き渡った。


「黙れ! ど阿呆!」


 それを遮る様に更に響き渡るドレイクの罵声。他の作業員の視線が一気に集中する。


 飯島が消えてしまった空間に静寂と共に訪れた気まずい空気。それを感じてかドレイクが申し訳なさそうに口を開く。


「でかい声を出しちまって済みません」

「いえ、えっと彼は……?」

「本来の職場に送り返しましたよ。正直、シミュレーター開発部なんて部署に置いとくのが勿体ないぐらい、出来る奴なんですがね。どうにも、それを帳消しにして有り余るぐらいに性根がイカれてると言いますか……」


 そう言って深い溜息を付くドレイク。


「はぁ……」


 それに釣られるにしてアイからも溜息に似た返事が漏れる。再び訪れる気まずい静寂。


 それを破ったのは、空間に唐突に開いた大型のウィンドウだった。そこに映し出されたのは、見事なまでの敬礼姿勢を取ったザイールの姿だ。


 そのウィンドウに向かい慣れた仕草で短い敬礼を行ったアイ。


「艦長、間もなくブリーフィングのお時間です」

「分かっています。少し早い気もしますが、皆はもう集まっていますか?」

「まだ響生と美玲が来ておりません。この二人が今作戦の要なのですが……」

「響生はともかくとして、美玲までもが姿を見せていないのですか?」

「はい」


 ウィンドウの向こうで思いの他、困惑した表情をしたザイールに、アイの表情も変わる。


「何か、イレギュラーな事態が起きていますね?」

「大した事では無いのですが……」


 アイが瞳を閉じる。


「分かりました。私も閉鎖領域に戻ります。続きはそちらで――」


 それだけを言うとアイはウィンドウを閉じた。


「どうやら戻らなければならないようです。お邪魔してしまい済みませんでした」


 そう言い深々と頭を下げたアイ。艦長が取った予想外の行動にドレイクは逆に畏縮してしまう。


「と、とんでもありません!」


 再び容姿に遭わない裏返った声が出るのと同時に、慌てて取った敬礼姿勢。だが、光の粒子を纏い始めた艦長が頭を下げている為に、そのままの姿勢で自分も頭を下げてしまう。


 結果、敬礼姿勢のまま頭を下げると言う、意味不明な姿勢で艦長の空間転移を見送る事になったドレイク。


 その姿勢はアイが去った後も暫く硬直したかのように続き、ドレイクに整備終了報告をしに来た部下を大いに悩ませるのだった。

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