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Chapter2 響生 あまりにドタバタと崩壊していく日常(その2)

1



――これは……――


 視界の復帰と共に飛び込んで来た光景に目を細める。


 細かい砂利が敷き詰められた園庭。そこからさらに奥に向かって延々と続く朱塗りの鳥居を、灯篭の揺らめく炎が怪しく照らし出していた。それ以外のエリアは鬱蒼と竹林に囲まれ、深い闇に沈む。


 その厳かな光景に呼び起こされる記憶。以前に見た『美玲がネメシスに構築していた仮想空間』と雰囲気が似ている。


――美玲のプライベート領域?――


 だが、彼女の姿が見当たらない。


――美玲、何処だ?――

――鳥居が連なる先…… 幽閉されている――

――幽閉!? どういう事だ!?――

――説明している余裕は無いと言ったであろう。とにかく…… 早く! でないと私は……――


 思考伝達による呼びかけに応えた美玲の声は、まるで息切れを起こしたかのように絶え絶えだった。それがより、彼女が切羽詰まる状況である事を示している。


 事態が飲み込めないまま鳥居の連なりの奥へと向かって走り出す。自身が起こした風によって灯篭の灯が激しく揺らいだ。それによって変化する空間の陰影が、妙な不気味さを感じさせる。


 視界の片隅で唐突に閃いた鈍い輝き、それに異様な胸騒ぎを感じて立ち止まる。次の瞬間、大気を切り裂く音と共に眼前で停止した何か。それに目を見開く。鋭い先端を持った刃が自身の目の前で鈍い輝きを放っていた。それが何であるか分かると同時に、背中を冷たい何かが駆け上がる。


――な、薙刀!?――


 止まっていなかったら、どうなっていたかはあまりに明白だった。一歩後ずさりしながら、刃先から伸びた長い柄の根元に向かって視線を走らせる。


「誰だ!」


 本能的に上がった叫び声。


 それに応えるように、鳥居の陰からゆっくりと歩み出て来たのは、年齢いくばくもない少女だ。腰まで届く長い黒髪を、その先で無造作に束ねている。


 赤い刺繍をあしらった白い着物に赤い袴とい言うい出で立ちは旧時代の巫女のそれそのものだ。


「ここをお通しする訳には参りません」


 その言葉と共に薙刀の切っ先を此方へと真っすぐに向けた少女。その瞳に得体の知れない違和感を覚える。決して表情が無いわけではない。けど、決定的に何かが『普通』と異なる。


「美玲をどうした!」


 射程が長い武器を手にした少女と距離を取り、必要な情報を聞き出そうとするが、返って来たのは


「ここをお通しする訳には参りません」


 と先と一言一句、違わない言葉だった。


 更に先に続く鳥居の陰から、薙刀を手にした巫女姿の少女が次々と歩み出てくる。その人数は十人を超えた。しかも、その全てが一人目の少女と容姿が酷似している。まるで同じ型の人形の髪型だけを変えたかの様なありさまだ。違和感以外の何者でもない異様な光景。


――何だこれは!?――


「行ってはなりません」

「あの方の邪魔をなさらないでください」

「誰にも、この儀式を止めることは許されないのです」


 薙刀の先端を次々に此方へと真っすぐに向けた少女達。


――儀式!? 一体何が……――


 混乱する思考。


「お前達は何だ!?」


 口から疑問の一部が怒鳴り声となって紡ぎ出されるが、返ってくる言葉は先ほどと同じく、一言一句変わらない答え。


――そいつらと話しても、何も得られんぞ! 決まったセリフを繰り返すだけの安易な人形だ。それより早く突破して奥へ――

――突破って――

――この場で何が起きようと貴様の命に一切の影響は無いはずだ。だが、行動不能になれば最初からやり直しだ。それを待っている時間は私にはない! だから早く! クッ――


 言葉の途中で低いうめき声へと変わった思考伝達。


――交戦中なのか!?――

――そうだ!――

――一体何と!?――


 けど、余程余裕が無いのか返事が返ってこない。


 戦闘意思の明確化によって立ち上がる支援機構。視界上の少女達の上に敵を示すカーソルが重なる。


 右手に召喚される大剣『ラーグルフ - ヒルディブランド』。同時に左手には亜光速レールガン『ガーンディーヴァ』が召喚される。


「武器に愛着が湧いたなら、名前ぐらい覚えて置け」との美玲の言葉が脳裏に蘇る。


 が、構えた武器を使用することが出来ない。AIと分かっていて尚、少女の容姿を持つ彼女達への攻撃が躊躇われてしまう。


 結局、彼女達を飛び越える事を選択する。死霊化した身体能力に任せて、大地を蹴る。次の瞬間、破裂音と共に地に刻まれるクレーター。


 鳥居の高さギリギリをすり抜ける。鳥居の外側に空間の定義が在るかが定かではないのだ。


 が、着地した瞬間、さらに先に続く鳥居の陰から少女たちが駆け出して来る。後ろからは先に飛び超えた少女達が追いかけて来ていた。


 限界まで加速される思考レート。僅かに腰を落とす。視界の先に幾重にも重なるカーソル群の隙間のみを注視する。全身全霊をこめた疾走に備えて膨れ上がった脚部の可動ワイヤーが、臨界状態でギリギリと音をたてはじめた。


――抜ける!――


 そう決断すると同時に、爆発するかの様に解放された脚力。走ると言うより殆ど水平跳躍に等しい。


 瞬間的に線状に後ろへと伸びあがる景色。それによって発生した爆風のような突風が後方で広がり、凄まじい土煙が舞い上がった。


 それを煙幕代わりに更に疾走する。鳥居の連なりを抜けた瞬間、目の前に広がったのは、垂直に聳える壁の如き岩肌。溜まらず急制動を掛けるが到底間に合わない。


 咄嗟の判断で地面に手を着き、進行方向に両足を向け、岩肌に着地する姿勢をとる。次の瞬間、砲弾の着弾の如き轟音が、漆黒の山林に響き渡った。


 美玲がこの場にいたら、「もっとスマートな着地は出来ないのか?」と、嫌味を言われそうな状況だ。


 マップ上の敵を示すマーキングがかなり離れた事を確認する。


「やれやれだ……」


 溜息と同時に誰にともなく零れ落ちた悪態。


――一体何がどうなってんだ?――


 独り言の様な思考伝達が美玲へと伝っていく。だが、返事が返ってこない。


 辺りを見渡すと、注連縄で飾り付けられた洞窟が山肌に口をあけていた。入口の両隣に松明の炎が揺れる。


 次に進むべき方向はそれだと悟る。


 入口付近まで近づき、その奥が厳重に閉ざされている事を知る。


 入口の10メーターほど先で朱塗りの巨大な木製の扉が閉ざされ、大きな閂が掛けられていた。


 美玲が幽閉されているのは此処で間違いないと直感する。扉に走り寄り、閂に手を掛けた瞬間、視界に現れた警告表示。とっさの判断で飛びのく。


 直後、鈍い音と共に木製の扉に深々と刺さった白羽の矢。


 振り返るとそこにはやはり、巫女姿の少女。顔立ちも先までの少女と瓜二つだ。唯一違うのは頭に金であしらった髪飾りを付けている事だ。


「その扉を開けてはなりませぬ。まして男子ならば尚更のこと。ここは古より女人しか立ち入る事が許されない神聖な場」 


 少女の言葉に、反射的にマップを確認するが、そのような表示は成されていない。


 フロンティアにおいて確かに性別による立ち入り制限領域は数多く存在する。例えばトイレなどもその一部だ。けど、その場合はマップ上に表示が成され、ソフトウエアー上侵入する事自体が不可能なはずだ。


 それをきっかけに、この領域に来て以来感じていた違和感の理由に気付く。空間のデザインがフロンティアの標準に比べずさんなのだ。それを統べる物理法則すらも。


 先に通過した鳥居の連なりは、最終地点付近で音速を突破したと言うのに、崩れ落ちた物は皆無であるし、本来なら発生するべき衝撃波すらも無かった様に思える。


 だとするなら、この領域を支配しているのはフロンティアとは別のOSなのかもしれない。


――けど、そんな事が有り得るのかーー


 少女を無視して再び、閂に手を掛ける。二矢目が来たなら、今度はそれを叩き落すと決めていた。


「警告は貴方様のためでもあるのです。男子が立ち入れば、それは『神の依り代』の交代を意味します。つまり、あなた自身が新たな『依り代』にならねばなりません。そして御自身の寿命のうちに出る事は叶わぬでしょう。枯れ果てて尚、貴方の身体は神の物です。それでも立ち入ると言うのですか?」


 先ほどまでの少女達と違う明確な問いかけ。一ランク上のAIが使用されているのかもしれない。


「美玲が俺を呼んでるんだ。だから」


 その言葉に少女は大げさに目を見開いた。


「美玲様が……」


 構えられていた弓があまりにあっさりと降ろされる。


「美玲様が貴方様を望まれているのでしたら、もはや私には止める理由はありません。次の『依り代』を貴方様に決められたと言う事でしょう」


 少女が何を言っているのか分からない。此方を見つめる少女の瞳は唯ならぬ憂いを宿して揺れているように見える。


 それでも、意を決して閂を握る手に力を籠める。重々しい音と共に外れる錠。そして、重量感のある扉が、軋む音と共に奥へと開いていく。

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