Chapter6 響生 物理エリア、降下兵投下モジュール
1
響生は身体の感触を確かめるように拳を握りしめた。可動式強化ワイヤーが仕込まれた手袋がギチギチと音を立てる。
自分の視界のみに映し出されたターゲットスコープ。各種センサーの情報と簡易マップが視界の端に並ぶ。
それらは否応なしに自分が、『人』よりも『彼等』に近い存在である事を悟らせる。見かけは装甲ジャケットを着こんだ『人』に見えるのかもしれない。ヘルメットから覗く顔は自分の肉体のそれに瓜二つだ。
けど、それらの全ては見せかけにすぎない。この身体の生体部の寿命は僅か数日だ。この身体は『生命』では無く『生体部品を使ったロボットだ』。
全ては『人』に見せかけるがため。身体を動かしたときに筋肉の盛り上がりがなければ不自然だ。
そして傷つけば血が流れる。この事実は、自身を他人に『人』と信じ込ませる強烈な心理作用が有るのだという。
この身体は故郷の者を騙すためのみに存在するのだ。
どんな理由があろうと、故郷の者にとって自分は裏切り者だ。そして自分は裏切り続ける。
2
「くそっ! 何で俺まで行かなきゃなんねぇんだ!」
目の前で射出装置に固定されたドグが喚き声を上げた。あまりに容姿と不釣り合いな発言。
身長一八〇センチを超える筋肉の塊のような男が、装甲ジャケットを着こんでいるのだ。似合いすぎていて、これが本業に見える。
「今回は救命が仕事なのだから当たり前であろう」
ドグの隣に固定された『義体』から響き渡る電子音声。『ネメシス』と呼ばれるフロンティアの主力機体のそれは、自分が使用する人型のものとは根本的に異なる。
巨大な球状の頭部から伸ばされた金属光沢を放つ触手の束。赤い光を放つ八つのセンサー群が、ギョロギョロと動く様は人の眼球を連想させる。全身金属光沢を放っているにもかかわらず、その姿は何処か生物的な印象を放つ。
これが空気との摩擦で装甲を赤熱させ空を泳ぐ姿。それが、炎に飲み込まれていく故郷の風景と共に、今でも目に焼き付き離れない。未だに僅かだが恐怖を感じる。
自分達が嘗て、『死霊』と呼んでいたのは、まさしくこの機体だ。
「じゃあ、俺が負傷したら誰が治療すんだ! 大体なんで俺だけ生身なんだ!」
「そのような事が起きないよう私が護衛にあたるんだ。簡単な治療なら『箱』が自動的に行うのであろう? 貴様が生身なのは条件を満たしてないからではないのか?
そして何より、この身体が破壊されれば私や響生とて死ぬのだ。なのに、条件が一緒だとは思わないのか。貴様は」
ドグの悪あがきに真面目に答える『彼女』。響生は思わず噴き出しそうになる。おかげで、緊張が僅かにほぐれた気がした。
この機体に宿る意思、美玲とドグは相性が悪い。純粋なフロンティア生まれの美玲。二百年以上続く軍人家系に育った彼女はクソまじめで細かい。一方のドグはこんな感じだ。それが見ている方からしたら面白いのだが。
「真面に答えるだけ無駄だぜ? 美玲。わめかせときゃ良いんだよ。どちらかって言えば俺のほうが泣きたいぜ。全く何なんだこの玩具みたいな装備は……」
どさくさに紛れて自分も悪態をつく。背に従えた自分の背丈ほどもある巨大な大剣。そして実弾を射出する旧型の銃。それも恐ろしく重い。可動式装甲ジャケットで強化していようとも扱いづらいにも程がある。
何故、フォトンブレードと集積光銃の組み合わせではないのか。いや、それ以前に何故、装甲ジャケット組み込み式の武器ではないのだろうか。
「貴様らは文句しか言えないのか? 貴様は何のために人型の義体を使用している? フロンティアを象徴するような武器を持っていては、対象に警戒されてしまうであろうが」
「その理論おかしい! 今時、こんな大剣もってたら余計に目立つから!」
「馬鹿者。武器の光学迷彩を起動しろ。武器が実践向きで無いのは、いつもヘラヘラしている貴様への本部からのメッセージかもしれんな。『一度死んで来い』って意味のな。まぁ、いつもどおり笑っておけ」
「笑えねぇよ!」
さらに文句を言おうとした自分を遮るかのように、『降下用ハッチ、オープン』と視界上にメッセージが浮かび上がる。ドグが諦めたように、生命維持装置着きのフルフェイスメットを装着した。
床が左右に大きく分かれ始める。とたんに急激な減圧と温度低下によって室内は霧が発生し真っ白になってしまう。だがそれも床が開き切ると速やかに排出された。
そして眼下に広がる絶景。藍色に輝く超高空の空、遥か下で雲海が、雪原の如き輝きを放ち何処までも広がる。これから、二万メートルを超える高度からダイブさせられるのだ。
射出へのカウントダウンが視界に現れる。
と同時に身体が一八〇度回転し、頭が真下へと向けられた。
「クソっ! どうにでもなりやがれ!」
頭に直接響くドグの喚き声。
響生は深呼吸すると瞳を閉じた。それが意味のない行為だと言うことは百も承知だ。この身体は大量の空気を必要としない。
心臓すら存在しない身体。けど確かな鼓動の高鳴りを感じる。全ては疑似信号に過ぎないと分かっていても、自分の脳が、意識が、偽りの身体を臨戦態勢にするべく指令を出す。身体からそれに対する応答が無ければ、強烈な違和感に襲われる。だから全ての義体にはこの機能が着いているのだ。『人』とかけ離れた容姿を持つ美玲の義体ですらも。
実体を失い、思考プログラムに成り果てようとも、意識は生きている証を求める。
瞳を閉じ、景色が遮断された世界で、なおも鮮明に輝く情報の数々。カウントダウンが刻一刻と進んでく。
響生は瞳を開けた。世界から音が失われる感覚。極度の集中状態。自動的に加速される思考。頭部の量子コンピューターのベースクロック引き上げによって体感時間が引き伸ばされる。
視界の先で、美玲の機体が射出レールに火花を残し、加速射出される。生身のドグは既にいない。加速射出できない彼は最初に射出されたはずだ。
視界に浮かぶカウントダウンは遂に零となる。全身を覆う強烈な加速。『人』の射出と言うよりは殆ど砲弾だ。景色は線状に後方へ伸び、装甲ジャケットが赤熱し始める。大気を切り裂き、雲海に突き刺さる。
体感時間が引き伸ばされていると言うのにこの速度感。
雲を突き抜け、眼下に広がる地上。高度計がすさまじい速度で桁数を減らしていく。
地上制圧作戦において、フロンティアの主力機はそれこそこの勢いのまま、地面にクレーターを残して着地するのだ。生物的な肉体を持たない彼等だから出来る超音速での無減速着地。それは殆ど砲弾の着弾に等しい。
降下中に狙い撃ちされる可能性が激減するのと同時に、着地時の衝撃波で自身の回りの安全をも確保する。
だが、自分がそんな着地の仕方をすれば、生体部分がグチャグチャになってしまう。
もっとも、そうなったところでこの身体は沈黙しない。皮膚の下の骨格は自立駆動するのだから。
けど、そんなことになってしまえば任務続行は不可能だ。上が、わざわざこの義体を使用できる自分を指定した意味が無くなってしまう。
身体が意思と無関係に自動で減速姿勢を取る。生身だったら手足が千切れるほどの、負荷が掛かっているはずだが、フィードバックされる感覚は、義体と装甲ジャケットの耐久性から計算された値だ。おかげで『不快な感覚』程度のストレスしか感じない。
急激な減速。赤熱した装甲ジャケットがその輝きを失う。だが、それもでもかなりの速度が出ている事には変わりはない。
すぐ眼前に迫る地面。最終着地姿勢を取った義体。着地寸前で、装甲ジャケットに装備されたスラスターが自動点火される。途端に射出時とは比べ物にならないほどの反動が全身を走り抜けた。
これはスラスターとは名ばかりの殆ど爆薬に近い仕様なのだ。
使い捨てのそれは、瞬間的にエネルギーの全てを使用し制動を掛ける。
地面に激突するより遥かにマシではあるが、装甲ジャケットに守られた生体部が耐えられるギリギリの設計だ。
遂に足が地に触れる。身体はなおも勝手に動き、着地の衝撃を分散させようとする。にもかかわらず、地に着いた片膝と片手は舗装道路の一部を粉砕した。
装甲ジャケットの表面は未だにかなりの高温らしく視界に陽炎がのぼる。
仮想世界での演習で何度も体験はしているが、現実世界でも全く変わらない結果となったことに僅かな驚きを感じる。視界に揺らめく陽炎。自身を中心に広がる大地の亀裂。フロンティアはかなりの精度で現実世界の物理法則を再現していることを思い知る。
マップに表示された目標ポイントを確認しつつ辺りを見回す。
見渡す限りの瓦礫の山。紛れも無く戦後。嘗て高く聳えていたであろう高層ビルは、鉄骨がむき出しの状態で途中からひしゃげている。
この光景を作り出したのは先の戦争だろう。フロンティアによって破壊しつくされたのか、地球側の誤射によるものなのか。
科学技術に三〇〇年もの差がついてしまった状態での戦争。追尾ミサイルの殆どは義体に当たる事無く、地上で炸裂したと聞く。
フロンティアによって教えられたこの情報が正しければ、街を焼き尽くしたのは地球側の人間だ。もっともそれが本当なのかは分からない。情報とはねじ曲がるものだ。
どっち側に非があるのかなんてどうだっていい。自分達の故郷は失われたのだ。戦争にさえならなければこんな事にはならなかったはずだ。
そこかしこで燻る煙。この付近で最近戦闘があったのは明らかだ。
「ひでぇな…… 思ったより」
響生は呟いた。