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Chapter 68 『désir -希望- (後編)』 美玲

1 美玲


 漆黒の雷雲の中に唐突に現れる幾重にも重なる集積光の柱は、各種情報による補助があるとはいえ、本能的な恐怖を抱かせる。


 瞬間的な熱膨張が引き起こす衝撃波が大気をビリビリと震わせ、雷鳴の如き音を放つ。


 極度の切迫状態と跳ね上がった思考レートの為に、積乱雲を通過するまでの時間が極端に長く感じる。


――まだなのか!?――


 焦りと苛立ちのあまり、思考伝達に乗ってしまった言葉。


 次の瞬間、唐突に視界が開ける。そして目に飛び込んでくる青白い光に包まれた夜空。地上の惨状の全てを覆いつくし、雲海が月明かりを浴びて静かに輝いていた。フロンティア首都『月詠』の光が照らし出す世界。


 それを見た事によって根拠のない安堵を僅かに感じる。が、それもつかの間、視界に現れる警告。


――クッ!――


 機体を旋回させた瞬間、雲を突き破り、集積光が自身が先までいた空間を切り裂く。


――光学通信可能エリアまで出たぞ!? 次はどうする!?――


 余裕の無い中、響生へと送った思考伝達。しかしその答えを聞く時間すら与えられず、目に飛び込んで来た光景に、背筋を冷気が駆け上がる。


 視界を埋め尽くす金属光沢を放つ巨体。赤い光を湛えた八つのセンサー群がすぐ目の前にある。


――なっ!?――


 いつの間に回り込まれたのか。突き出された触手の先端から放出される糸状物体。避けきれる訳がない。瞬間的に出てしまった答えに絶望が襲う。


 その刹那、視界を横切る青い残像。


 空中に身を躍らせた響生が身体を大きく回転させながら、迫りくる繊毛を薙ぎ払おうとしていた。その響生に向かい、咄嗟の判断で自身の機体の触手を伸ばす。繊毛の全てを一瞬にして切断した響生が差し出した触手の先端を掴んだ。それを見計らい、一気に機体を加速させる。 同時に響生の捕まる触手を引き寄せ、彼の元いたポジションに誘導した。


 再び始まる集積光の乱射。先の様な状況にならないために、敵2機の位置を再確認するべく視線を走らせる。マップ上で敵を示す光点の内一つが、ノイズの様に揺らいだ。それに感じた胸騒ぎ。


 咄嗟に有視界で確認を行う。クローズアップされる敵機。その周りの空間が不自然に揺らいでいた。そして空間に帯電光を残し、完全に消失してしまう機体。


――光学迷彩……だと!?――


 愕然とするのと同時に、激しい動揺が自身を襲う。


 通常、戦闘中にネメシスが光学迷彩を使用するなど有り得ない。集積光が放てないばかりか、衝撃波を伴う超音速での航行が出来なくなるからだ。 


 だが、繊毛を戦闘に用い、此方を捕らえる事を目的としている奴にとっては余りに有利だ。


 一機であれば、最大速度を持って一気に振り切ればいい。


 けど、敵が2機となってしまった今、一機が集積光によって巧みに進路をふさいで来るため、速度が出せない。そればかりか同じ空間を強制的に旋回させられているような状態なのだ。


 余りに不利な状況。先の接触では響生の援護により、ギリギリで捕らわれるのを回避できた。だが、次も回避できるとは限らない。いや、次に接触した時、荒木は邪魔になる響生を真っ先に狙うだろう。そして、それを回避する術がない。


――どうすれば!?――


 自分が光学迷彩を使用しても、恐らく元友軍機である機体のマップ上に此方の位置が反映されてしまう。


 焦りばかりが先行し、思考が空回りする。それすらも遮るように、唐突に激しい頭痛に襲われた。高圧縮された情報が強引に頭に流し込まれる時に生じる独特の頭痛。脳が焼けるような感覚。


 強制的に極限まで上げられる思考レート。世界の全てが瞬間的に停止する。


――君は光学通信を用いて離脱しろ――


 その中で聞こえた響生の思考伝達に絶句する。


――そんな事!――


 咄嗟に反論しようとした思考を響生がさらに遮った。


――聞いてくれ、美玲。光学通信が出来るのは一度きり、一度使ってしまえば奴にチャンネルが知れてしまう。奴はネットワークを介して他のネメシスを一斉に乗っ取ろうとするだろう。誰かがディズィールの開放チャンネルを閉じなければならない。


 それにAmaterasu:01は間もなく再び海に沈む――


――なっ!?――


 響生の言葉に瞬間的に停止してしまいそうになる思考。ただ次の言葉を待つしかできない。


――それも阻止しなくはならない。それには先行隊を総動員して施設そのものを海上に維持する必要がある。この事実を君はディジールに伝えて欲しい――


 響生の言葉を理解して尚、強烈な拒否感が全身を駆け上がった。


――ならば、貴様も一緒に――


 強い胸騒ぎする。


――出来ない。穂乃果がAmaterasu:01に残っている。だから、どうしても施設の再沈降は防がなきゃならない。けど、それをしようとしたら、今度は施設の再沈降を防ぐために、身動きが取れなくなったネメシスが奴の標的になってしまう。


 だから、あの2体は間違いなく此処で破壊しておかなければならない。それを俺がやる――


――そんな事が貴様に可能なのか!? もちろん私は貴様の強さを知っている。だが、ここは空中だぞ!? 貴様はネメシスを扱えないであろう!?――

――奴はこの機体を狙っている。ならそれを餌に使う――

――この機体を餌にだと……?――


 響生の言葉をそのまま繰り返し気付く。この余りに絶望的な状況で、敵を破壊する方法に。胸騒ぎが的中してしまった事を知る。


――……まさか、貴様!? この機体を自爆させる気か!? 貴様はそれでどうなる!?――

――自爆ぎりぎりで離脱するさ――


 響生の言葉とは裏腹に、心の奥底から湧き上がる得体の知れない不安。


――なら、私は貴様と一緒にいる。奴の攻撃をギリギリまで回避しながら、餌を演じなければなるまい。かなり高等な技術が必要だ。貴様には私の技術が必要なはずだ――

――美玲、聞き分けてくれ――

――嫌だ! 通信が、一回キリと言うのであれば、私は貴様と共に離脱する以外には行わない。この機体を自爆させる直前、二人で離脱する――


 必死に食い下がる。此処で折れてしまっては絶対に駄目だと感じた。胸を締め付けるような感情ばかりが膨れ上がっていく。


――自爆するタイミングがカギだ。どちらに奴の意識が宿っているかこの状況では分からない。破壊するなら2機同時でなければ意味がない。


 それに奴の思考レートは俺達よりも早い。二人でやり取りをしていては、好機を逃す可能性がある――


 腹立たしい程に響生の言葉は的を射ている。それでも納得できない。状況も彼の言葉の正しさも全てを理解しても感情が拒否しているのだ。そしてついに爆発してしまう。


――二人でやり取りしていては問題だと言うのであれば、意識融合を行えばよかろう! 私が貴様の意識を受け入れる。私は…… 私は貴様の意識であれば受け入れても構わない! だから!――


 張り裂けそうな感情を伴った叫び声が思考伝達に乗る。


――……美玲――


 


2




 視界上全ての空間が不自然に揺らぐ。空中に迸るノイズ。空間そのものを突き破るかの如く、金属光沢を放つ触手が眼前に出現し、多量の糸状物体を放出する。


 成す術など無い。


――捕まえたよ。うん、捕まえた――


 思考に割り込んで来た荒木の声に抗い、響生の義体もろとも機体に絡みついてしまった『それ』から逃れるべく、機体を最大加速させる。


 設計の限界を超える負荷に軋み始める機体。視界を警告表示が埋め尽くしていく。


――悪あがきは良くないね。うん、見苦しいにも程がある――


 自由になる触手の全てを渾身の意志力で振り回し、繊毛を引き千切ろうと試みる。次の瞬間機体を襲った激しい振動。後方の視界の全てが闇に沈む。2機目にも取りつかれてしまった。


 もはや身動きすら取れない。


 けど、待っていたのはこの瞬間だ。この瞬間こそ最大の好機。


 視界上に浮かぶウィンドウを走り抜ける自爆シークエンス。と同時に衛星を経由してのディズィールへの光学通信回線が開く。


――ついに回線を開いたね……――


 荒木の不気味な声が頭に響き渡る。


 けど、これで全てが終わるはずだ。


 が、次の瞬間、思考に雪崩れ込んだ悍ましい感覚。生理的に受け付けない大量の情報が押し寄せてくる。それは荒木そのものの思考。と、同時にウィンドウに流れる自爆シークエンスが唐突に止まった。


――君達が自爆しようとすることを、僕に予測がつかなかったとでも思うのかい? 僕がそうするように仕向けていたんだよ。君達が待っていた瞬間は、実は僕が待っていた瞬間だ。悔しいだろ? うん、悔しいはずだよね? でも、僕はこんなにも思い通りに事が運んで嬉しいよ――


 頭に殊更大音量で響き渡る思考伝達。


 自爆シークエンスを再起動しなければならない。今しかないのだ。


 けど、頭に雪崩れ込んでくる大量の情報が、精神そのものを食い荒らしていく。『人』が持つ思考を絶望的なまでに逸脱していると感じた。


 それが余りに一方的に流れ込んでくる。身体の感覚が失われ、自我崩壊していく。自分が何者なのかも分からなくなっていく。視界が闇に沈む。


 その刹那。


――させない!――


 頭に響き渡った透き通るような声。と同時に開かれた回線を通じて流れ込んでくる意識。その、圧倒的なまでの強さに、頭の中を汚染していた荒木の意識が押し出されていく。


――アイ……――


 視界上に開く新たなウィンドウ。そこに浮かぶシステム名。『Collective Consciousness System(集合意識化システム)』


 アイを中核にした巨大な集合意識が、荒木の思考の全てを押し流し、自分達を包み込む。それは『人』を遥かに超えた意思だと感じた。それでいて何よりも温かく心地良い。


――成程、僕は『女王の器』について、大きな思い違いをしてたようだ。『葛城 智也』君達の創始者が目指したものはとんでも無い物だ。凄いよ。うん、本当に凄い。ゾクゾクしてくるよ――


 狂気に満ちた絶叫にも近い荒木の笑い声が頭に響き渡る。


 が、それすらも意識の外に押し流さて行く。


 再び動き始める自爆シークエンス。意識の転送が始まる。その寸前で目に飛び込んで来た光景。


 この機体に獲りついていたネメシスの内1機が、急加速しながら離脱していく。


――まずい!――


 その瞬間、思考伝達に乗った響生の声。強烈な意識力を持ったその思考が、自身から切り離されるのを感じた。


 そして始まってしまう意識転送。そこに響生の意識が無い。


 胸を押しつぶされそうな感情に飲み込まれていく。その思いが思考伝達に乗る刹那、自身のそれよりも遥かに強い叫び声が思考に流れ込んだ。


――響生いいいいぃぃぃぃ!!!――


 艦長アイが上げた叫び声に、自身の思考伝達は飲み込まれてしまう。それに感じた胸を締め付けるような痛み。居た堪れない感情。けど、それが何なのか分からない。


――響生……――


 


 3 アイ 独立潜航艦ディズィール 特別閉鎖領域




 激しく乱れてしまった精神状態。それによって途切れてしまうディズィールとの理論神経接続。瞬間的に意識が飛んだかの様な感覚と共に、視界に飛び込んでくる特別閉鎖領域の風景。


 『Collective Consciousness System (集合意識化システム)』によって閉じられていたウィンドウ群が次々と閉鎖領域に復帰していく。


 その中の1つに映し出された衛星画像に目を見開いた。


 巨大な火球にのみ込まれる響生の義体。雲海を弾き飛ばし円盤状に衝撃波の帯が広がっていく。そして火球すれすれを離脱する荒木のネメシス。


――そんな……――


 深い絶望が心を満たしていく。溢れ出た涙が頬を伝っていく。それが床を濡らす刹那、凄まじい咆哮が特別閉鎖領域に響き渡った。獰猛極まりない、呪いの如き咆哮。


 火球を突き破り赤熱した人型義体が姿を現す。


 閉鎖領域に開いた『響生の視界を示した新たなウィンドウ』。と同時に響生の思考レートに閉鎖領域のタイムレートが自動同期される。


 赤一色に染まった不鮮明な響生の視界で、荒木のネメシスが急速に迫る。


 あまりの速度の為に溶融し始める自立駆動骨格の表面。設計の限界を遥かに超える熱量が義体に掛かっているのは明白だ。


 高エネルギー粒子の反応光を従えた大剣が振り上げられる。左手に握られた亜光速レールガンに激しい帯電光が迸り、響生の上げる咆哮が更に音量を増した。


――やれやれ、君もしつこいね。また、その大剣を投げつける気かい?――


 悍ましい声が響生を通して、閉鎖領域に響く。と同時に揺らぎ始めるネメシスを中心とした空間。そして、機体が空間に溶け込むように不鮮明になっていく。


 超音速状態で光学迷彩を使用したために完全には空間に溶け込んではいない。それでも赤熱した装甲の輪郭は激しく歪み、響生を迎え撃つべく広げられた触手は二重三重にぼやけ、何処に実体があるのか分からない。


――これで、その銃で触手を弾くことは不可能なはずだ。馬鹿の一つ覚えみたいに、何度も同じ手が通用するとでも思っていたのかな?――


 帯電光をまき散らすレールガンが遂に連続射撃を開始した。けど、それはネメシスに向かってではない。自身の後方に向かって全ての弾丸が一瞬にして打ち尽くされる。


 それによって更に異常加速する義体。ついに耐えきれなくなった四肢の先端が崩壊を始める。


 大剣を引き絞るかのように構えた響生。そこに宿る反応光が爆発的に光量を増した。更に声量を増した咆哮と共に大剣が流星の如き速さで突き出される。迸る衝撃波。


 突き出されたネメシスの触手が、容赦なく自立駆動骨格に突き刺さる。根元からちぎれ飛ぶ左腕と、右足。


 見ていられない。


 それでも響生は止まらなかった。呪いを込めるかの如き咆哮は衰えるどころか更に殺気を帯びる。


 まるでそれに怯えるかの如く全ての触手を引っ込め、自身の前で交差した荒木のネメシス。


――駄目だよ駄目! No2412!! そうじゃない!!――


 閉鎖領域に響き渡る荒木の声。それは明らかに今までと違い、焦りが宿っていた。


 そして、ついに高エネルギー粒子を宿した大剣が荒木の機体に突き刺さる。一点に交差された触手が根こそぎ千切れ飛び、巨大な刃が胴体に食い込んでいく。


 閉鎖領域に響き渡る断末魔の如き悲鳴。超音速で接触した二つの質量体が凄まじい衝撃波を発生させた。


 響生の視界に激しくノイズがはしり、唐突に途切れてしまう。別ウィンドウでは真っ赤に赤熱したネメシスと響生の義体が、重なり合ったまま流星の如く落下していく。


――響生いいいいぃぃぃぃ!!!――


 悲痛な叫び声が響き渡る中、彼等が落下した先で高層建築群が倒壊していく。舞い上がった土煙が、拡大されたウィンドウの全てを覆いつくした。




4 響生




 警告表示に埋め尽くされたノイズだらけの視界。その警告表示すら読み取れない程に視界の全てが歪む。それでも単純な図形を含む警告表示はそれが何を表しているか分かった。


 自立駆動骨格の損傷は甚大だ。左腕と右足を根元から失い、その切断面が激しい火花を散らしていた。行動可能時間を示すゲージは、殆ど空白に等しい。


 ほとんど意味を成さない警告ウィンドウの向こう側で、瓦礫に埋もれた荒木のネメシスが胴体から大量の流体液を流し、黒煙を上げていた。


――……終わったのか……?――


 感じた安堵。その瞬間、尽きようとする意識。それに抗い、自らを転送しようと試みる。エネルギー残量から考えて、一刻の猶予もない。


 が、それをしようとした刹那、ネメシスの周りで瓦礫が激しく振動し崩壊する。再び感じた悪寒。


 ネメシスが持つ八つのセンサー群に燈り始める赤い光。それが不規則に点滅する。


――残念だったね、惜しかったねぇ。まさか、君の様な者が、捨て身で特攻を仕掛けるとはね。うん、予想外だった。


 でも僕の勝ちだよ。うん、間違いない。だけど流石の僕もうんざりしてきたよ、流石にね―――


 たった一本だけ残っていたネメシスの触手。その先端に燈る赤い輝き。


――君もそろそろ、自分が裏切った者達に謝罪がしたいだろう? 本当のあの世で彼等が待ってる――


 触手に燈る光が光量を増す。だが身体は微動だにしない。すでに義体は動ける状態ではないのだ。歯を食い縛る事すら出来ない。


――此処までなのか……?――


 やはり自分はろくな死に方は出来ない。それでも、荒木によって『それ』が成されることに激しい拒否感を感じた。


 光量をさらに増していく触手の先端。けど、それを見つめることしか出来ない。そして視界の全てを飲み込んだ強烈な光。それは自身の全てを焼き尽くすだろう。それでも自分が持つ『業』だけはきっと燃え残る。死して尚償いきれない罪として。


 




 途切れない意識。その違和感に辛うじて思考を呼び戻す。そして知った。光の正体が、ネメシスから自分に放たれた集積光ではないことに。巨大な光の柱が上空から地上に突き刺さっていた。その光の色は大剣が放つ、高エネルギー粒子の反応光と酷似する。


――超電磁加速粒子砲……?――


 ディズィールが到着したのか……


 僅かな残光を残し消失した凄まじいまでの光。その後には荒木のネメシスどころか、地面すらも無かった。赤々とした溶融面を持った巨大な縦穴が奈落の底へと続く。


――まったく、無茶しやがって……――


 上空を見上げる。


 空を覆うディズィールの巨大な船体。純白の装甲面を青いエネルギーラインの光が、脈動するように流れて行く。それを覆う千を超える浮遊ユニット群が、雷光を纏い刻一刻とその配置を変えていく姿は、神々しく美しい。


 まさか自分がフロンティアの戦艦に対して、このような印象を持つ日が来るなどとは思ってもみなかった。


 けど、今はディズィールの周りを飛び交う数百のネメシスに対してすら恐怖を感じない。この光景は自分が『あの日』みた光景と酷似すると言うのに。


 ディズィールの主砲によって、視界を遮る壁が存在しなくなったフロアーで、遥か遠くの空が急速に赤みを帯びていく。


 上り始めた『天照』の眩しさに失われた瞼を細めようと試みる。 


 今度こそ終わったのだと感じた。


 その安堵と共に途切れていく意識。


――響生!――

――響生!――


 美玲とアイの声が聞こえる。けど、もうそれに返答を行える残量も無い。


 


6



 闇に沈んだ意識。冷たい感覚。酷く心細い感情に支配される。


 それは、何故か懐かしくもあった。そして意識の中に蘇る光景。幼き日の記憶。


 この感覚はヒロと共に工事現場で悪ふざけをし、穴に落ちた時に感じた感情に近い。幼い自分にとってはあの穴は余りに深く感じた。


――何故、今更それを思い出すのか?――


 思えば彼の遊びに付き合って酷い目に遭うのはいつも自分だった気がする。


 川に行けば溺れ、工事現場に入り込めば穴に落ちる。穂乃果はその度に泣き出し、アイは決まって自分の傍に出現し、オロオロした。伊織はそんな事態を招く原因を作ったヒロをいつも罵倒していた。けど、全ての思い出は最終的にヒロに助けられるシーンによって締めくくられる。全てが懐かしく感じる。


 でも、もうヒロはいない。自分がこの手で殺したのだ。


 闇の中に僅かな光を感じた。その光に上を見上げる。誰かが上から此方を覗き込んでいた。顔が逆光になり見えない。闇の中に差し入れられた手。それに吸い寄せられる様に自らも手を伸ばす。


――俺は…… その手をまた握って良いのか?――

――なぁ、ヒロ、答えてくれ……――


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