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Chapter 65 響生


1 響生



 オブジェクトというオブジェクトが虚無に飲み込まれていく。地面も空すらも。


――これは!?――


 理論領域の書き換えなんて言う生易しい物では無い。理論領域自体が消滅しようとしている。その事実に感じた寒気。


 一刻も早く穂乃果を別領域に移し、自身もログアウトしなければならない。


――けど、何処に!?――


 ディズィールとの回線が再び閉じられてしまった今、何処に穂乃果を転送すれば良いのか。跳ね上がる思考レート。


 視界に表示された転送可能リストには未だ検索中を意味する表示しかない。


――何処か、何処かないのか!?――


 焦る感情とは裏腹に、理論領域の崩壊が進行していく。


 やがてウィンドウへと不安定に表れる一つの転送可能領域。


――Amaterasu:01――


 だが、『そこ』では穂乃果の安全の完璧な確保にはならない。そして何より接続がこんな不安定な状態で穂乃果の意識を転送など出来るはずがない。


――けど……――

――そうそう、それしかないよね? 君達の選択肢はそれしかないんだ。うん間違いない――


 全てを見透かしたかの如き荒木の思考伝達に背筋を冷たい物が駆け上がる。


――荒木が穂乃果の意識をAmaterasu:01に誘導しようとしている?――


 現状Amaterasu:01はフロンティアの管理下にあるはずだ。けど、量子ネットワークが閉ざされた状態では再び荒木の手に落ちるのは時間の問題だろう。既に落ちている可能性すらある。


 しかも荒木は量子場関渉等と言う有線以外のネットワークの強制遮断の術を持っていながら、それを今更ながらに使用した。もっと早く使用していれば、アイはディズィールへ帰還できなかったはずだ。


――何故だ!?――


 限界まで跳ね上がる思考レート。何か重要な事を見落としている気がする。


――ほらほら、迷っている暇は無いよね? うん、そのはずだ。それともこの空間と共に消滅するかい?――


 崩壊していく景色と共に荒木の声が思考を掻き乱す。不規則な点滅を繰り返す『Amaterasu:01』の文字。


 これほどの至近距離にあるサーバーですら、接続が安定しない程の干渉が発生している。それは間違いない。けど、何かがおかしい。


――干渉波の発生源は此処じゃない?――


 量子場関渉の発生源がこの施設であれば、自分達はログアウトはおろか、Amaterasu:01への接続など出来るはずがない。この場所こそが一番干渉が強いはずなのだから。


 なら発生源は何処なのか。


――違う――


 干渉波が別の施設で発生したものなら、それはとんでもない出力で放たれている事になる。そんな事が出来る技術がこの地上にあるだろうか。


――干渉波を放っているのは荒木じゃない?――


 そこまで考えて、唐突に意識へと鮮明に蘇った美玲の言葉。


『私のネメシスに精神干渉を行ったのは、恐らく貴様の親友ではない、奴だ。ネメシスは暗号コードを変えていたにも関わらずだ――』


 もしも干渉波を放っているのがフロンティアだとしたら。


『――そして、貴様の妹はアマテラスから余りに簡単に攫われた。何故だ? あの少女の能力。嫌な予感がする』


 もしもディズィールが荒木からの不正アクセスを防ぐために全ての回線を閉じ、干渉波を発生させているのだとしたら。


――君達は見捨てられた事になるね。うん、間違いない――


 頭に憐れみを含んだ荒木の声が響き渡る。


――違う――


 それだけは絶対に無いと断言できる。アイが『戻ってくる』と言ったのだから。


 ディズィールが自ら回線を切ったなら、むしろ穂乃果のAmaterasu:01への転送に希望が見えてくる。


――けど――


 ウィンドウ上で余りに頼りなく点滅を繰り返す転送可能領域。そして荒木は明らかに自分がそれを選択する様に誘導を行っている。


――で、どうするのかね? ほらほら時間がないよ?――


 まるで『葛藤する思考が楽しくて仕方がない』とでも言うかの如き嘲笑を含んだ声が頭の中に響く。


 空間を飲み込む虚無は自分達の直ぐそこまで迫っていた。


――やるしかない――


 腹をくくった瞬間、『決断』を拒むかのように呼び起こされた『あの日』記憶。


――それでも――


 やるしかないのだ。


――穂乃果、すまない……――


 彼女を転送するべく思考コマンド入力を行おうとした刹那、思考に割り込んだ声。


――Transfer Request to Amaterasu:01(転送、Amaterasu:01)――


 細い声で、流れる様に行われた思考コマンド入力。途端に穂乃果の身体が光の粒子を纏い始める。


――……穂乃果?――


 困惑する自分に反して、穂乃果はやや視線を落とし、僅かな笑みを口元に浮かべた。


――一つだけコマンド覚えたの。お兄ちゃんやお姉ちゃんの様になりたくて……――


 言葉の最後で、落とされいた瞳が強い意志を込めて真っすぐに此方へと向けられる。


――これは私の意思。私は私の意思でAmaterasu:01へ行く。だから……――


 その言葉を残して穂乃果が飛散させた光の粒子が宙を舞った。


――穂乃果……――


 湧き上がる感情。けど、それに浸っている時間は無い。自身も直ぐに思考コマンド入力によってログアウトを実行する。


 光に包まれる視界。瞬間的に身体が浮き上がるような転移特有の感覚が全身を覆った。




  2 現実世界 響生




 多量の警告表示に埋め尽くされた視界。と同時に身体中を襲った激しい痛みに意識が強制復帰される。


 まるで脱力したかのように床へと投げ出された触手。自身がヒロの操るネメシスによって締め上げられ、宙吊り状態にあった事を思い出す。


 その強烈な握力は自立駆動骨格の一部を損傷させ歪めてしまったらしい。そして著しく減少した行動可能時間。限界が近い。


 横倒し状態で八つの赤い瞳を激しく点滅させ、沈黙しているネメシス。今のうちに核を貫き、完全に停止させる必要がある。


 大剣とレールガン、双方を手に取り身体を起こす。その瞬間、辺りに走ったどよめき。人々の壁が目に見えて下がった。


「化け物め!」


 誰かの怒号と共に響き渡った一発の銃声。放たれた弾丸が自立駆動骨格の表面で、乾いた音と共に火花を散らした。それが合図になったかの如く、自動小銃による射撃が開始される。ただでさえボロボロの生体部がさらに剥ぎ取られていく。


 それを無視してさらに一歩踏み出した瞬間、視界に新たな警告表示が追加された。装甲ジャケットを破壊した質量弾が使われようとしている事を知る。


 カーソルが示す方向に瞳だけを向ける。それが視界に入った瞬間、クローズアップされる大型ライフル。


――Release all restriction――


 義体の制限解除と同時に限界まで跳ね上がる思考レート。その中で射出された弾丸はあまりに遅い。握りしめた大剣の刃に瞬間的に燈る高エネルギー粒子の反応光。


 一振りするだけでも転倒しそうになっていたそれが、幾度となく繰り返された『記憶開放』と言う名の意識融合によって、扱い方が自身にも沁みつき、今は身体の一部の様に動く。


 超音速で振り下ろされた大剣が質量弾を捉え、真っ二つに切り裂いた。


 同時に左手に握られたレールガンから帯電光が迸る。亜光速で放たれた弾丸が、大型ライフルを貫通した。


 通常状態へと移行する義体。圧縮された時間が弾けるように動き出す。まるで炸薬が爆発したの如く、木っ端微塵となり弾け飛ぶ大型ライフル。


 ライフルと共に義手を失った男が、愕然と崩れ落ちる。


 僅かな沈黙。だがそれは、人員の内一人が発した悲鳴によって打ち砕かれ、パニックとなって施設内を支配した。


 再びネメシスへと瞳を戻す。視界でネメシスの核の位置がターゲッティングされ、鮮明に浮かび上がった。大剣から吹き上がる反応光が強さを増す。


 が、次の瞬間、腕に巻き付いた細い触手。それは明かにネメシスの物とは異なる。


「それは困るよ。うん、非常に困るんだ。それには僕の大切な子をインストール中だからね。


 量子場関渉のせいでロードに時間がかかっててね。僕もイライラしてるところなんだ。うん、本当に嫌だね」


 その言葉に感じた悪寒。


 ならば尚更今のうちにこのネメシスを行動不能にしておかなければならない。腕に巻き付いた荒木の触手を力任せに引き千切ろうと試みる。


 その刹那、触手の先端に燈った赤い輝きに強烈な胸騒ぎを感じ、身体を仰け反らそらせた。


 細く赤い閃光が頬を掠めて上方へと抜ける。


――集積光!?――


「良くできてるだろ? そう思うよね。うん、思うはずだ。でも出力は小さいんだ。とてもではないけど、君の身体を傷つける程の出力は無い。うん、無いんだ。残念だけどね。だから今のは驚くべき、過剰反応だったね。うん、過剰反応だ。そしてようやくこっちを向いてくれた――」


 思わず振り返ったその先で、荒木は瞼の無い巨大な瞳を此方へと向けた。継ぎはぎだらけの顔の上で、紫色の唇が歪な笑みを浮かべている。


 現実世界で見る荒木の姿は、仮想世界で見るそれよりも醜悪さが増して感じる。


「でもね、貫ける物もあるんだよ、例えば『あれ』だ。うん、あれなら間違いなく貫ける」


 荒木の触手が一斉に一方向に向けられた。その先にある物に愕然とする。


――Amaterasu!?――


「良い素材がなかなか手に入らなくてね、あれの外壁の殆どは薄っぺらい樹脂製の板だよ。

 量子コンピューターは繊細だ。うん、美しいほどに儚く繊細だよ。特に熱には弱い。

 もし、僕があそこに向けて集積光を放ったら何が起きるかな? いくら君でも想像は出来るよね? うん出来るはずだ。そして君の妹の意識は今、何処にある?」


 荒木の口元に浮かぶ笑みが下劣さを増し、より強調されていく。


 心の底から渦を巻いて湧き上がる憎悪に身体が震える。収まり切らなかった感情が叫び声となってあふれ出した。


「荒木ぃぃぃぃぃぃ――!!!」

「ああ、大きい声を出して良くないね。それはエネルギーの浪費だ。うん、本当にもったいない。ほんの僅かかもしれないけどね。君の行動可能時間はもう大して残されて無いんじゃないのかい? うん、間違いない。

 念のため言っておくけどね、僕が集積光を放つ前に何とかしようなどと思わない事だ。僕の思考レートは君より早いのは知ってるね? つまり君が僕を何とかする前に、集積光を放てる。うん、間違いない。

 それに光学兵器はこの世で『絶対的に不変の最速』を誇る兵器だからね。まさか君は自分が光より早く動ける等と思うほど馬鹿ではないよね?」


 生理的に受け付けない独特の言い回しで、分かり切った事を述べる荒木。


 何も出来ない自分への激しい怒りと荒木への憎悪で身体が震える。


――何か、何かないのか!?――


 だが、その思考すらも遮るように、施設を大きな振動が襲う。遅れて、遠くで何かが巨大な爆発を起こしたかのような轟音が響き渡った。そしてさらに続く、ダムが崩壊したかの如き大量の液体が流れ込む異音。


 再び施設を襲う突き上げるような振動と爆発音。得体の知れない胸騒ぎを感じた。


「どうやら始まったね。良いタイミングだ。うん、本当に良いタイミングだよ」


 複数ある施設出入り口から大量の人員が叫び声を上げながら雪崩れ込でくる。


 フロンティアの施設制圧予告に一度はパニックになり逃げだした者達が、出て行く時よりも遥かに壮絶な表情を浮かべ戻って来ているのだ。


――何が起きてる!?――


 混乱する思考。


 目の前では戻ろうとする人員を拒むかのように、巨大な金属製の隔壁が出入り口を閉ざしていく。それでも僅かな隙間に身体を滑り込ませようとする者達。


 だが無情にも彼等の全てを押しつぶし、隔壁は閉じられる。


 施設内の至る所で響き渡る壮絶極まりない悲鳴。それにたまらず吐き気がこみ上げる。


 次の瞬間、施設を先ほどまでの振動とは明らかに異なる揺れが襲った。


「うん、盛り上がって来たね。本当にこれからが楽しみだ。ワクワクするよ。うん、君も楽しみだよね? そう思うよね? うん、間違いない」


 人員たちの悲鳴が響き渡る施設内で、場違いに楽し気な荒木の声が響き渡る。


 全身を襲う震え。それはいつの間にか怒りによるものから、恐怖に由来するものに変わっていた。


 荒木が何を考えているのか分からない。そして何が起ころうとしているのかも分からない。


 施設を襲う振動がその強さを増していく。


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