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Chapter 63 『捻じれた決着』 響生


――やるしかないのか……?――


 大剣から流れ込む冷気。それが『人』として大事な物を凍てつかせるかの如き感覚に、戸惑いを感じる。


 不気味に身体を揺らしながら近づく死者達に、激しさを増す穂乃果の震え。


「いや……」


 穂乃果から掠れた声が漏れた。そして限界まで見開いた瞳から涙を流し、狂ってしまったが如き激しさで首を横に振る。


「いやあああぁぁぁぁぁァァァァァァ!!!」


 ついに上がった悲鳴。そのあまりに壮絶極まりない絶叫が、ギリギリで保っていた『何か』を消失させる。


 勝手に動いた身体。大きく振り上げられる大剣。高エネルギー粒子の反応光が、闇色の光を帯び始める。


 視界を『敵を示すマーキング』が埋め尽くした。身体のオート制御が開始され、大量のロックカーソルが表示された方向へと左腕が向けられる。その手に光の粒子と共に召喚される亜光速レールガン。


 食い縛った奥歯の隙間から、『人』とは明らかに違う、歪んだ合成音の咆哮が響き渡った。


 握られたレールガンに迸る闇色の帯電光をそのままに、大剣を振り上げ身体が跳躍する。あまりの移動速度のために、焼け落ち始める生体部。


 空中で放たれた亜光速の弾丸が死者達の身体を貫通していく。それが通り抜けた射線上で大量のカーソルが消失した。


 その瞬間、響き渡る断末魔の如き悲鳴。だが、それは決して『人のもの』では無い。『怨念その物』としか言いようの無い声が頭へ流れ込み、精神を蝕んでいく。


 けど、それでも身体は止まらない。着地と同時に大剣が、音速を遥かに超える速度で薙ぎ払われる。


 それは刃が通過したエリアの死者達を真二つに切り裂いただけには留まらず、切っ先から放たれた衝撃波が更に、多くの死者を切り刻んだ。空中に飛び散る腐敗臭を伴った大量の残骸。


 同時に先より遥かに大量の怨念が頭に流れ込む。


 宙を舞っていた死者達の残骸の一つが、自分の足元に落ち、転がった。それが、意思がまだ残留している事を示すかの如く、瞳を自分に向け停止する。


 知った顔だった。嘗て通っていた小学校のクラスメイトだ。


 その瞳に宿る強い憂い。そして憎悪。


――何故……――


 『声』が頭へと流れ込むのと同時に、直ぐ近くで俯せに倒れていた『頭部の無い上半身だけの身体』が腕だけで這いつくばり始める。そして『それ』に足首を捕まれた。


――裏切者――


 さらに流れ込む別の声。それも、やはり知った声だった。


 見れば自身の周りに倒れる死者達の全てが知った顔だ。『彼等』の瞳の全てが自分に注がれていた。憎悪などと簡単な言葉では到底表現できない感情を宿し。


――どうして……――


 そして、ことさら憂いを帯びた声が、頭に響き渡る。目の前で身体を不気味に揺らしながら起き上がった『左腕の無い女性』。顔の左半分に余りに痛々しい火傷跡が残る。それでもそれが誰であるかハッキリと分かった。


――お…… お袋……――


 その瞳に宿る感情が、愛情とは全く別の物であることに湧き上がったやり切れない思いに顔を逸らす。


 再び一斉に動き始めた死者の群れ。ある者は這いつくばり、ある者は足を引きずりながら、近づいて来る。さらに身体を這い上がろうとする『腕だけの存在』や『手だけの存在』。


――何故……――

――どうして……――

――裏切者――

――裏切者…… 裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者、裏切者――


 自身へと流れ込み続ける死者達の声が胸を抉る。張り裂けそうな感情。


 この光景は、繰り返し見る悪夢の『それ』その物。一日と欠ける事無く見る夢そのものだ。その度に呼び起こされる『あの日』の決断。繰り返される自問自答。


――すまない――


 自分も時が来れば彼等の所に行く。そして決して真面な死に方はしないだろう。


――けど、今は……


 瞳だけを動かし、穂乃果を確認する。そして死者達の標的が完全に自分に移っている事を知る。


――これでいい……


 彼等の怨念の全てを受け入れなければならないのは自分なのだから。それだけの業を背負って自分は生きてきた。


 瞳を閉じる。それでも尚閉ざされない情報に汚染された視界。


 身体中を這いつくばるヌルりとした感触と共に、大量の感情が流れ込んでくる。強い悲しみと無念、そして底知れぬ深い憎悪。


「何故…… お前は、そこまで……」


 ヒロの震えた声が聞こえた。


「俺は裏切り者だ。『あの日』自分との繋がりの全てを裏切り、フロンティアに渡った」

「それを自覚していて……


 お前は、あんな状態の妹が本当に生きていると思っているのか!?」


 激しい感情の籠った声が叩き付けられる。


「ああ……」


 言った瞬間ヒロの瞳が、限界まで見開かれた。


「馬鹿な!」

「穂乃果だけじゃない。フロンティアに在る意識は皆等しく『生』きてる。だから伊織も……」

「それ以上言うな!」


 ヒロの語気がさらに荒くなった。


「俺には無理だ! 俺には受け入れらんねぇ! 受け入れられる訳がねぇんだ! そんな事も分からねぇのか!?」


 そこまで言い切ったヒロの瞳が唐突に強い憂いを帯びる。 


「お前…… 本当に身体だけじゃなく心までも死霊になり果てたんだな……」


 その頬を涙が伝った。


「伊織はよ…… 『あの日』以来、感情のこもらない笑顔しか見せなくなっちまった。無理して何時も何とか笑ってんだ。

 それでもよ…… 信じてたんだぜ? いつか死霊共を排除して、あの日みたいに3人でバカやって心から笑える、そんな日が来るって信じてた。

 何もかも無くなっちまった世界で、それだけを支えに生きて来たんだ!

 だからよ……頭に得体の知れねぇ機械埋め込んでまで、レジスタンスに入隊した。誰かがあいつを守らなきゃなんねぇ。あいつがまた心から笑う日が来るまで…… そう思ってこれまで必死に……」


 視線を落とし大きく首を横に振ったヒロ。


「――けど、それも、もう終いだ……」


 力なく掠れた声とともに、ヒロは顔を上げた。その瞳が宿すあまりに強い憂いに言葉を失う。


彼の手に握られたハンドガンが真っすぐとこちらに向けられた。


 その瞬間、視界に浮かんだ警告表示。ヒロの手に握られた『それ』が赤い光線で輪郭が縁どられる。そして自動識別によりヒロのマーキングが『敵を示す赤』へと変わった。


『敵対行動を確認』


 メッセージと共に意思に反してレールガンを持った左腕が勝手に持ち上がり始める。


――なっ!?――


 死者達との戦闘で弾丸を撃ち尽くしゼロであったはずのゲージ。リロードしていないにも関わらず残弾数が回復していく。混乱する思考。


――何だこれ…… なんだこれ!?――


「伊織はもう居なくなっちまった…… そしてお前ぇも……」


 ヒロが銃を構えたまま近づいて来る。


「おい、よせ!」


 思わず出た叫び声。だが、ヒロは止まらない。


『警告に対する反応なし』


 ついにヒロの眉間にレールガンの先端が触れた。同時にヒロの持つ銃が焦点の合わない程の距離で顔面に向けられる。


「ヒロ!」


 引き金に掛かったヒロの人差し指が引き絞られていく。身体の自由が全くきかない。ヒロのそれが引かれ切った時、何が起きるのかが余りに明確に思えた。


「……穂乃果はお前ぇに返してやるよ。けど、代りに俺の命を背負え…… そして生きてる限り悔い続けろ」


 ヒロの瞳が憂いを帯び自分を真っすぐと見つめていた。口元に浮かんだ悲し気な笑みが、彼が本気である事を知らせる。


「やめっ!!」


 途中で遮られてしまった絶叫。


――じゃあな……――


 激しい雨が降る廃墟と化した街に乾いた銃声が木霊した。それを追いかけるように響き渡る2発目の銃声。通常兵器とは明らかに異なるレールガン特有の音が、自身の心中の『何か』を粉々に飛散させていく。


 跳ね上がった思考レートの中、ヒロの身体がゆっくりと崩れ落ちていく。自分を見つめる瞳に宿るあまりに強い憂いをそのままに。


「こ…… こんな……」


――何故、こんなにも捻じれてしまったのか……――

――俺は伊織に何て説明すればいい?……――


 瞬間的に湧き上がる様々な思い。抑える術を持たない感情が津波の如く押し寄せる。


「なぁ、ヒロ…… 答えてくれ…… ああ…… あああああああああぁぁぁぁぁ――!!!!」


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