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Chapter 62 Spirit of the Darkness-深闇の精神


 1 響生



 生体部放棄した状態で、サラを強引に移動させてしまった。それが彼女にとって大きなダメージとなってしまった事は間違いない。後遺症の残るような致命的な状態でないことを祈るしかできない。全ては自分が招いてしまった結果だ。


 驚くほどに静まり返った施設内部。ヒロが放った集積光によって閉鎖空間に響き渡った落雷の如き音が、混乱しきった人々の思考をリセットする効果になったのかもしれない。人々の視線が自分に集まっているのが分かる。


 気を失ってしまったサラをそっとその場に寝かし、ゆっくりと立ち上がった。その瞬間、人々の間を走り抜けたどよめき。うち何人かが『化け物』と呟いたのが、拡張された聴覚を通して胸に突き刺さる。


 直撃ではないとは言え、集積光が持つ熱量によって左半身の生体部を殆ど失い、むき出しとなった自立駆動骨格。『人』の骨格を精巧なまでに模写しているが故に、筋肉組織の殆どを失なって尚、駆動する姿はあまりに悍ましい。


 自分は人の皮を被った化け物だ。いかに、現実世界に本物の肉体を持っていようとも。


 金属製の踵が、床を踏む異音と共に一歩踏み出す。その瞬間、人々の壁が明らかに下がった。


 『人では無い忌むべき存在』に向けられた大量の視線。それを通して彼らが持つ憎しみや、悲しみ、恐怖が伝わってくる。


 戦闘支援システムがもたらす情報に汚染された視界で、ヒロの頬を涙が伝った。


「……お前……」


 そして、途中で途切れてしまった言葉と共に、崩れるようにしてその場に蹲まる。


「ヒロ……」


 自分の言葉の全てを拒むかの様に首を激しく横に振り、頭を両手で抱え、ガタガタと震えだしたヒロ。限界まで見開かれた瞳は、何も見ていない。


「あああ……」


 その口から漏れた呻く様な声に感じた胸騒ぎ。


「あああああああああああああああ!!!」


 その声は直ぐに絶叫ともとれる叫び声に変わった。振り上げられるネメシスの触手。けど、それは攻撃のために振り上げられたと言うより、苦しみもがくかの如く闇雲に振り回される。


 尚も叫び続けるヒロの鼻と耳から滴り落ち始める血。


「ヒロ!」


 たまらず叫ぶが、自分の声はもはや彼に届いていない。


 唐突に声が止まった。と同時に大きくよろめいたヒロの身体。そして目を見開いたまま倒れ、そのまま動かなくなってしまう。


 訪れた僅かな静寂。


 が、次の瞬間、エフェクトの掛かったネメシス特有の電子音声に乗った叫び声が、空間を振動させるかの如き音量で響き渡った。 


『アアアアアアアアアアアア!!!』


 のたうち回っていた触手が明確な殺気を帯び、一斉に突き出される。


 回避しなければならない。


 分かってはいた。けど、意識が拒み身体が動かない。


――ヒロ……――


 触手が四肢へと巻き付き、そのまま宙吊りにされてしまう。さらに別の触手が伸び、首を締めあげた。


『お前は!』


 歪んだ声が響き渡るのと同時に、圧力を増す触手。自立駆動骨格がそれに耐えかね、軋み始める。


――お前は!!――


 頭の中に響き渡った声と共に、流れ込む感情。それが悍ましいイメージを伴い思考そのものを侵食するかの如くなだれ込んで来る。遠のき始める意識。


――俺は……――




2


 


 激しい雨の音に瞳を開ける。その瞬間、口に大量の液体がなだれ込んでくる感覚に、目を見開いた。


 慌てて上体を起こしたものの、激しく咽せた。口から吐き出された大量の液体の色に目を疑う。それは紛れもなく血だった。しかも自身の物ではない。


 自分が大量の血が混じった水溜まりに、顔を半分沈めた状態で気を失っていた事を知る。


 破壊しつくされた都市部。無残な姿で息絶えた人々が至る所で躯を晒し、そこから流れ出た大量の血が、雨に流されているのだ。


 やがて聞こえはじめる人々の悲鳴。そこにはネメシス特有の駆動音が混じっている。それも1機や2機ではない。


 目の前では幼い少年が、母であろう亡骸に縋りつき、叫び声を上げていた。


 視界に広がる凄惨な光景とは裏腹に、平静を取り戻していく思考。


「この光景を見ても、お前は動揺しねぇんだな…… なんも感じねぇのか?」


 唐突に背後から聞こえた声。と同時に蟀谷に感じた『冷たく硬質な何か』が押し当てられた感覚。


「感じるよ。毎日、こんな光景が夢に出てくる」

「それで、後悔してるつもりか? 見るのと体験したんじゃ違げぇよ」

「そう…… だろうな」

「まして、お前はそれを行った側だ!」

「そうだな……」

「俺も、殺すか?」

「出来ない……」


 言った瞬間、蟀谷に感じた重い衝撃。銃の柄で殴られ、たまらず転倒する。再び大量の血が混じった水溜まりに沈む身体。


 その目と鼻の先に、大剣が突き立てられる。


「それを取れ!」

「出来ない」


 今度は腹を蹴り上げられた。そのあまりの苦痛に、『くの字』に身体を曲げる。


「立ってそれを取れと言ってるんだ!」

「出来ない!」

 踏みつけられた顔。さらに身体を激しく蹴られる。


 3



 どれくらいの時間そうやっていただろうか。やがて止まった殴打。ヒロが荒い息をするのが、雨音に交じり聞こえてくる。


「何故だ! 何故向かって来ねぇ! 覚悟を決めたお前ぇに何をしようと、俺の気持ちが晴れねぇ! 何故お前ぇはそれが分からねぇんだ!」

「すまない……」


 それしか言えなかった。それ以上に出来ることがない。


「クソっ! クソォ!!」


 ヒロの叫び声が、廃墟と化した街並みに響き渡った。


 髪を掴みあげられ、強引に起こされる顔。


「アレが見えるか? あ?」


 ぼやけた視界。だが、やがて焦点を結んだ先に、浮かび上がった少女の姿に目を見開く。


「穂乃果!」


 思わず叫ぶが反応が無い。虚ろな瞳を自身の胸に抱く『何か』に投げかけ、一心不乱に何かを呟いている。


 無意識に身体が動いた。髪を掴むヒロの手を振り払い、穂乃果に駆け寄る。そして肩をゆすった瞬間、彼女の腕から転がり落ちた『物』の、あまりの悍ましさに込み上げる吐き気。


 それは、左半分しかない『人の頭部』だった。あまりに幼い少女であった者の頭部。


 穂乃果の瞳が見開かれた。だが、それはこちらを見ていない。


 転がった『それ』を這うようにして追いかけ、拾うと再び血で赤く染まった自身の胸へと抱え込む。


「穂乃果……?」


 僅かに開いた唇。それは自分の問いかけに対する返事ではなかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。償わなきゃ、償わないと、償わせて……」


 そればかりが永遠と繰り返される。


 こみ上げる表現のしようの無い感情。収まり切らなかったそれが身体を激しく震わせた。


「穂乃果に何をした!?」


 自身の立場も忘れ上がった罵声。


「何をした? お前と同じだよ。『死霊共が何をしたのか』を見せただけだ。死霊共の視点でな」


――なんてことを……


「何てことを! 穂乃果は関係ない! 悪いのは俺だ!」

「違げぇよ。『あの日』は確かに決断してねぇのかもしれねぇ。けど、その後はどうだ? あ? 『死霊』として生きて行くことを、そいつ自身が決めたんだろうが! こうやって死霊になってここに居るんだからよ!」

「けど!」

「けど、じゃねぇ! 確かにお前ぇが悪ぃよ。決断もだけどよ、お前ぇは『手前ぇが死霊にした妹』に、現実から目を背けさせ続けて来たんだろうが!? あ? 違うか!? 俺はそれが余計に許せねぇ!」


 その、言葉に愕然となる。


「俺は…… 穂乃果は悪くない……」


 震える唇から、絞り出された声はあまりに力無い。


「だとよ? それで納得いくか? あ?」


 自分の言葉を受けて、まるで誰かに問いかける様に発せられたヒロの言葉。


 それが合図になったかの様に、『動かないはずの者達』が、不気味に身体を震わせ始める。


 やがて一体の首の無い躯が身体を揺らしながら立ち上がった。


――償え……――


 さらにその横で別の躯が立ち上がる。


――償え……――


 視界上の至る所で、同じ現象が起き始めた。


「いや……」


 穂乃果から掠れた声が上がった。そして、一歩後ずさりする。が、その足首を『腕だけの存在』が握りしめた。転倒してしまった穂乃の身体を、至る所から伸びて来た手が羽交い絞めにする。


「穂乃果!」


 叫ぶと同時に、彼女に纏わりつく『それら』を強引に引きはがす。そして彼女を立たせ、震える身体を抱き寄せた。けど、穂乃果の震えは激しさを増す一方だ。


「御免なさい、御免なさい、お願い許して、許して、償うから、償うから、償うから、償うから……」


 穂乃果は目を見開き、震える声で一心不乱に許しを請い続ける。


 このままでは穂乃果の精神が崩壊してしまうと感じた。


――どうすればいい!?――

――何か無いのか!?――


 その問いに答えるかの様に、宙を舞い自身の足元に突き立った大剣。


「俺を殺さねぇとそいつらは止まらねぇ。さぁ、『それ』を取れよ」


 不気味に身体を揺らす死者達の群衆の中で、ヒロが真っすぐと此方を見つめていた。


――俺は……――


 大地に突き立てられた大剣の柄に吸い寄せられるように手が伸びる。


 それを握った瞬間、視界上に浮かび上がる戦闘支援システムの情報群。つい先ほどまで生身であったはずの身体が、大剣に侵食されるかの如く『死霊化』していく。


「それでいい……」


 言葉と共にヒロの口元に浮かんだ笑み。それが合図になったかの如く、死者達の群れが一斉に動き出した。


 大剣を大地から引き抜く。巨大な刃に高エネルギー粒子の反応光が燈った。


 死者達の群れに隠れてしまったヒロ。だが、視界には人型の熱源があまりにはっきりと浮かび上がっていた。


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