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Chapter 60 美玲

 身体の力が抜けていくのが分かる。自分を今の今まで支え、突き動かしてきたものが余りに脆く崩れ落ちていく。


「――私は……」


 拳から伸びあがった高エネルギー粒子の刃が消えた。


「愚かだね。愚かすぎて僕には憐れみすら感じるよ。『人』である事に拘り過ぎた結果、君達は自身の帰る場所すらも自らの手で壊してしまった」


 白一色だった世界が、急激に赤く染まっていく。渦を巻いて空へと立ち上る紅蓮の炎に照らし出されるのは、空間を埋め尽くす異臭を伴った黒煙。


 極端に悪い視界の中で至る所に浮かびあがった赤々とした八つの光が、まるで獲物を探すかのように動き回る。それがネメシスのセンサー群である事は直ぐに分かった。


 迸る集積光の光。成す術もなく逃げ惑う人々が、発生した爆風によって、紙屑のように宙を舞う。


 その光景と共に直接頭に入り込んでくる人々の悲鳴。その中には明らかに幼い子供のものが混じっている。それが、先まで交戦状態にあった荒木の子供達が上げた悲鳴と重なる。


「やめろ……」


 その悍ましさに思わず出た言葉。


「やれやれ、散々人のことを責めておいて、自分達が持つ『業』からは目を背けるのかい? 僕はこれで向き合っているけどね。うん、ちゃんと忘れない様にデータを取ってるんだ」


 目の前を幼い少女が、乳児を抱えた母親に手を引かれ走っていく。けど、明らかに母親の走るスピードについて行けてない。半分引きずられるような状態で、それでも縋りつくかの如く必死に走る少女。


 が、親子の努力は上空から大地に突き刺さった強烈な光によって、あまりにあっけなく無に帰してしまう。


 一瞬にして炭と化す衣服。皮膚が焼け爛れ捲れ上がっていく。


 それでも尚、二人の子を抱き抱え俯せに倒れ込もうとする母親の身体を、衝撃波が弾き飛ばした。幼い少女へと伸ばされた手が、炭化しながらバラバラになり飛散していく。


 頭に流れ込む母親と少女の絶叫。


 フロンティアの殲滅艦から地上へと向かって放たれた数百にも及ぶ集積光が大地を切り裂きながら蹂躙する。


 数百いや、数千にも及ぶ怨念の如き叫びが、頭の中で一斉に反響した。


 たまらず耳を塞ぎ、頭を抱えこむようにして蹲る。戦闘意思の消失によって、ナイトメアの装甲が光の粒子を飛散させながら崩れ落ちた。後に残された余りに小さく無力な自身の肉体。


「お願いだ…… もう……」


 自身から漏れた驚くほど力なく憔悴した声。


「ふむ…… 心が痛むようだね?」


 荒木の哀れむかの様な頭上から聞こえた。


 だが、もう返す気にもなれない。


「この光景、先に見た光景に似ているね? そうは思わないかい?」


 荒木が何を言っているのか分からない。


「分からないかね? 特別閉鎖領域でAmaterasuが、再生していた光景だよ」


 その言葉に目を見開く。


「このサーバー供給されていた電源が切られ、君達の世界を『虚無』が飲み込もうとしていたあの日、君達の創始者は今の君と同じように、大量の悲鳴が頭に流れ込んだはずだ。しかも、今の君と違って『守らなければならなかった者達の悲鳴』だ。うん、間違いない」


 あれほど拒否していた荒木の言葉が滑り込むように心に入ってくる。何故かその言葉に救われた気すらした。


「けど現実世界の人達は、彼等が行った行為に『業』を感じているかな?」


 さらに続いたその一言に激しく揺さぶられた感情。


「いや、無いはずだ。彼等は『君達』を『人』と見ていない。彼等にとって君達はもはや『自分達以上の能力を持った別の種』だ。

 存在そのものが、『人』と言う種を脅かし、本能的もしくは潜在的に恐怖や嫌悪を感じる存在なんだよ。うん、間違いない。

 だからこそ、彼等は君達の世界そのものを消そうとしたんだ」


 先ほどまで気が狂う程に感じていた自責の念が、そのまま現実世界への憎悪へと反転していくのが分かる。


「不公平だと思わないかい? うん、思うはずだよね? 間違いない。

 君達は『人』であろうとすれば、全ての『業』を背負い苦しみ続けなければならない。だが、現実世界の『人』から見てもはや君達は『人』でなく、君達に対する一切の行為に『罪悪』を感じない。むしろ彼等にとって君達は絶対的に滅ぼさねばならない存在だ。

 先の大戦の後、いくつのサーバーがゲリラ戦によって落とされた? この悪夢はまだ続いているね? うん間違いない」


 自然と上がった視線の先で、荒木が歪な笑みを浮かべる。


「僕は断言するよ。それは、これからも続く。君達が『人』であろうとする限り永遠にね」

「ならどうしろと言うのだ!?」


 思わず上がった声。それに荒木は口元の笑みを強調した。


「簡単な事だ。うん、本当に凄く簡単だ。いっそのこと『人』である事など捨ててしまえばいい。今からでも遅くはない。うん、遅くないんだ。


 『人』である事を捨ててしまえば、君等は『人』としての『業』から解放される。進化の過程で一歩前に出た種が、置いて行かれた種を滅ぼすのは、至極当然のことだからね。


 下等種と割り切ってしまえば、ほら…… 何も感じない。感じる必要も無い。うん、間違いない。


 結局の所、君達に残された手段は限られているんだよ。自らが滅ぶか、あるいは『人』を滅ぼすか。もしくは『その全て』を取り込むかだ。君達、いや、君はかな? この答えに薄々、気づいていたんじゃないのかい? うん、そんな気がするね」


 瞼の無い瞳の奥でレンズを大きく拡張した荒木。それがこちらの表情の変化を探るかの様に見つめる。


「そんな事……」

「許される訳がないかな? けど、現実世界は君達を本気で滅ぼす事だけを常に考えている。例え今は君達にかなわなくてもね。このままだと何れ君達は自滅する。うん、間違いない」


 返す言葉が出てこない。訪れた静寂。荒木の口元に浮かんだ笑みがより強くなる。


「僕と共に来るかね? 僕なら君に新しい未来を見せてあげられる。『人』などと言う枠を超えた新たな世界をね。うん、間違いない」


 その言葉に耳を疑う。咄嗟に荒木を睨み付けた。


「なっ!? 私を愚弄しているのか!?」


 その言葉に荒木が大げさに口元を歪め、腕を大きく開いた。


「おやおや、そう取られてしまったかな? 心外だね。うん、本当に心外だ」


 そして『握れ』と言わんばかりに片手を差し出し、さらに口を開こうとする荒木。


 が、その動作は唐突に中断される。荒木の表情が僅かに変わった。


「どうやら、時間切れの様だね。このサーバーの理論エリアの9割方が君達の手に落ちたようだ。


 僕はこの辺で退散するよ。此処で君達の電子戦部隊と本気でやり合う意味がないからね。うん、間違いない。僕は次の楽しみの準備に移らせてもらう」


 光の粒子を纏い始める荒木。


「待て!」


 言葉と同時に空間を突き破り出現した触手が、荒木に向け放たれる。が、それは荒木を捕らえる寸前で不可視の壁に弾かれてしまった。


「僕を待たせる必要は無い。僕と君はまた何れ会うよ。うん、間違いない。その時までに答えを決めといてくれたまえ――」


 不気味な言葉を残し、荒木を包み込んだ粒子が弾けるかの如く飛散する。


 それを何も出来ずに見送ってしまった後に訪れた極度の脱力。全身の力が抜け、その場に崩れるように地に手を突く。


 僅かな間を置いて全身を襲った震えに自らを抱えこみ耐えた。


――結局の所、君達に残された手段は限られているんだよ――


 荒木の言った言葉が鮮明に蘇る。それに激しく首を横に振った。そんな事が許されるはずがないのだ。それをしてしまえば、それこそ自分達は『人』でなくなってしまう。


 強烈な頭痛に頭を押さえ、再び首を激しく横に振ろうとした刹那、聞こえた僅かな呻き声。


 先まで強制的に見せられていた凄惨な光景がフィードバックする。頭の中に木霊した幻聴。


「ううう…… ああ……」


――違う!?――


 確かに聞こえる。聞こえるのだ。耳を澄ませ、声が聞こえた方向を凝視する。


 天と地の境目さえはっきりしない白一色の世界。荒木の連れていた大量のネメシス型オブジェクトも奴と共に既に姿を消している。その中で否応にも目立つ赤々とした血溜まり。


 その中で、幼い少女が自分を見つめていた。うつ伏せに倒れた状態で首だけを起こし、こちらを見つめているのだ。


 それは荒木が『メル』と呼んでいた少女だった。荒木が呼び出したネメシス型オブジェクトの攻撃に巻き込まれ傷ついた少女。


 此方へと伸ばされたあまりに小さな手を地に突き、僅かに身体を這わせている。


 白一色の大地に残された血の痕跡に愕然とした。彼女はこの状態で既に数メートルは移動しているのだ。


――バカな――


 いかにオブジェクトの損傷による死が定義されていない空間とは言え、これほど深手を負えば意識を保ってはいられない。思わず感じた不気味さ。


 が、それを遥かに超える衝動が、身体を突き動かした。少女へと駆け寄り、小さな体に刻まれたあまりに大きな傷跡を手で覆う。


――Restoration――


 片手でオブジェクトの修復を行いながら、もう片方の手を居ても立ってもいられず、少女の小さな手に重ねた。


 遅すぎた救出。それでも少女は信じられないほどの握力で手を握り返してくる。本能に刻まれた生への執念。


 身体が震えた。僅かでも荒木の言葉に耳を傾けてしまった自分の愚かしさに、歯を食いしばる。


 荒木は彼女を使い捨てるかの如く、同型のオブジェクトを何の躊躇も無しに呼び出した。それだけではない。彼は自身の子すらも何の躊躇もなく使い捨てていたのだ。


 そんな事が出来る者を信用して良いはずがない。それが躊躇なく出来るような存在へと移行することが『生き残る術』と言うのであれば『人』として滅んだ方が遥かにマシだ。


 自分の手を握る少女の握力が急速に弱まっていく。まるで安堵したかのように深い緑色の瞳が閉じられようとしていた。


 自身も一度瞳を閉じ、深呼吸する。肺に大量の空気が取り込まれていくのが分かる。全てが偽りなのかもしれない。でも確かに感じるのだ。


 瞳を開き少女を抱きかかえ立ち上がる。


 自分にはまだ成さねばならない事がある。


――Transfer Request to Desire(転送、ディズィールへ)――

――待っていろ響生。私が戻るまで、何としても持ちこたえろ――


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