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Chapter 59 数分前 美玲


 白一色の世界に、赤々とした流体液の血飛沫が乱れ飛ぶ。その度に響き渡る断末魔の如き悲鳴。頭の中には、年端もいかない子供の悲痛な叫びが思考伝達に乗り流れ込む。


 それによって食い荒らされていく精神力。荒木への強い憎悪ばかりが膨れ上がる。


――いったいこれで何体目なのか。


 一体自分は何をやっているのか。


 目の前では大量の流体液を吹き出しながら、ネメシス型のオブジェクトが倒れかかる。とたんに思考に割り込んだ荒木の短い言葉。


――No.1872――


 その瞬間、オブジェクトが流体液もろとも光の粒子と化し四散する。が、それは直ぐに別の新たな個体を形成した。


 先ほどからこればかりが、繰り返されているのだ。


 一体倒される度にそのリソースを利用して瞬間的に次を召喚する荒木。それによって引き起こされているのは、無限にループする殆ど一方的な虐殺。


 この連鎖を止めるためには荒木自身に攻撃を加えなければならない。だが、荒木が数体のオブジェクトを自身を囲う様に配置しているために手が出せずにいる。


――うん、続けて。良いデータが取れてる。うん、本当に良いデータだよ。それにしても驚いたね。まさかこれほどの性能を誇る機体を保有しているとはね。君達の技術力には感服するよ。僕もそっちに行って研究したいくらいだ。


 けど『人型』は良くないね。退化してるようにすら僕には思えるよ。うん、そう思える――


 脳内に響き渡る幼い子供達の悲鳴とは対照的に、歓喜すら含んだ荒木の声。それに、既に限界に達していた感情が爆発してしまう。


――貴様ぁぁぁ!――


 その感情に反応するかの如く、姿の見えない荒木を示す熱源に大量のロックカーソルが重なった。展開された夥しい数の浮遊ユニットから一斉に集積光が放たれる、その刹那、眼前で起きたあまりに悍ましい光景に目を疑う。


 極限まで加速された思考レートによって、引き延ばされた時間感覚。その中で無数のネメシス型オブジェクトが、攻撃を受けていないにも関わらず、光の粒子と化し霧散する。


 と、同時に集積光の射線上で再実体化するオブジェクト群。放たれてしまった破壊的な光が、実体化したばかりのそれらを容赦なく串刺しにした。


 先ほどまでとは比べ物にならないレベルで、脳内に響き割った大量の悲鳴。精神そのものをズタズタに引き裂くが如き叫び声が、激しく胸を締め付ける。気が狂ってしまいそうだ。


 再び霧散し始めるオブジェクトの向こう側に、無傷の荒木が姿を現す。


 瞬間的にクローズアップされたその顔には歪な笑みが浮かんでいた。


――No.1873-から1903――


 短い言葉と共に、拡散仕掛けた光の粒子が再び実体化を始める。


――先から僅かではあるけど、攻撃に躊躇があるね。うん、僅かだが間があるんだ。おかげで正しい反応速度が計れない――

――ふざけるな!――

――僕はいたって真剣だ。うん、真剣に言っている。正しいデータでなければ意味がないからね――


 その言葉に湧き上がる激しい怒りが、そのまま思考伝達に乗る。


――貴様は何も感じないのか! 傷つき、悲鳴を上げているのは貴様の子達であろう! ――


 が、荒木から返って来たのは嘲笑すら含んだ声だ。


――何を言っているんだい君は? 子供たちの悲鳴の原因は君だろう。僕の行為は結果的にオブジェクトの損傷による死が定義されていないこの空間において、子供たちを速やかに苦痛から救っている。うん、間違いない――


 やはり狂っている。幾度となく強制的に辿り着く答えに、胸が焼けつくような感覚と強い怒りがさらに膨れ上がる。


――君の方こそやっている事が酷く中途半端だと思わないかな? そして多くの矛盾を抱えている。君は今のフロンティアを象徴しているように思えるよ。うん、間違いない――


 新たに召喚されたオブジェクトから放たれる集積光。さらに別方向から触手の先端から放出された糸状物体が迫る。


――貴様にフロンティアの何が分かる!?――


 思考伝達に激しい感情を伴った声が載るのと同時に、高エネルギー粒子を放出した右腕が薙ぎ払われる。


 感覚器がが集中する繊毛を切断された個体から、空間を揺るがすような音量で歪んだ音が発せられた。紛れもない苦痛に満ちた悲鳴。


――No.1904。分かるよ。分かるんだよ。僕は昔、ビックサイエンスにいたと言ったよね? うん、言ったはずだ。だから僕は君達の成り立ちを知っている。それに僕は『死霊』と『人』を区別していない。この地上がどうなろうが興味もない。そう言う意味で僕は中立だ。だから見えてくることもあるんだよ。


 今の君達は『人』であろうとするが故に『人』から離れて行っている。うん、間違いない――


 謎かけの様な言葉に、乱される集中力。それを振り払うかの如く叫ぶ。


――何を意味の分からない事を!――

――分からないかね? 君は言ったね。うん、確かに言った。『操縦感の全くない『人型兵器』は自分が何者なのかを解らなくさせる』と――


 荒木の言葉に自然と視界に映り込んだ自身の腕へと意識がそれる。


『人』とは明らかに異なる可動構造の関節。血の通わない金属製の皮膚の上をエネルギーラインの光が駆け上がっていく。その硬質な見た目に反して、それを動かす自分自身には違和感の一切が伝わらない。


 その視覚的情報と伝わる感覚の矛盾が、自身の肉体が本来どのような物であったのかを解らなくさせるのだ。それは潜在的に押し殺してきた疑問を抱かせてしまう。


――君達の先代はその容姿を受け入れていた。沢山の作業ユニットや、ヒューマノイドタイプが現実にいたからね――


 尚も続く荒木の思考伝達。掻き乱された思考によって生じる僅かな隙。途端に複数のネメシス型オブジェクトから、ロックされた事を知らせる警告が表示される。


――クッ! 現実世界は、『それ』を受け入れなかったではないか!――


 回避意思に反応して全身のスラスターがパルス衝撃を放つ。その瞬間、全身を支配するでたらめな加速感。コンマ数秒前までいた空間を複数の集積光が交差し抜ける。


――それは話が違うね。うん、違うんだ。僕が言っているのは君達自身の事だ。君達の先代は『それ』を受け入れていた。けど、今の君たちは違う。『それ』が受け入れられない。


 君達は仮想世界にしか存在しない『人としての肉体』に執着している。もっと言えば仮想世界こそが君達にとっての現実となってしまっているんだよ。うん、間違いない――


 自分はフロンティアに生まれフロンティアで育った。仮想世界こそが自分の生きる世界なのは当然のことだ。


 集中力を乱される事によって生じる苛立ち。それに押し出される形で思考伝達に乗った言葉。


――それがどうした!?――

――認めたね。うん、今の反応は認めたととれる――


 荒木の思考伝達に乗る声色が変わった。まるで、勝ち誇るかの様なそれに感じた寒気。


――なら、何故君達はリスクがある地球上でのサーバーの設置を止めようとしない? 地上のサーバーと他のサーバーに何か違いがあるのかい? いや、無いはずだ。うん、無いはずなんだ。だとしたら、君達がこの地上にサーバーを置きたがる理由は何なのかね?――


 あまりに下らない質問だ。


――地球への帰還は、遥か先祖の代からの悲願だ! なにより我等は『この星』で生まれた『人』だ。であればこの地に帰るのは当然の権利だ!――

――つまり君達は悲願を達成したわけだ……――


 思考伝達にのる声が更に低くなる。


――それで、君達はこの地球で何をしようとしている? いや、君はこの地上で例えば何がしたい?――


 全く予期しなかったその質問に突然思考が停止するかのような感覚が襲う。言葉が出てこない。


 必要なまでに続いていた荒木の子供達の攻撃が唐突に止んだ。それによって訪れた静寂。


――それは……――


 辛うじて紡ぎ出された言葉。だが、それに続く一切の単語が出てこない。その事実に愕然とする。


――答えが出てこないようだね? そのはずだ。君達にはこの地上で成したい事など無いはずなんだ。うん、思った通りだ。


 僕は考えていたんだよ。君達はこの星を破壊しつくした。だがその後行った事と言えば、彼方此方に『直轄地域』、『中立地域』と名付けたサーバーを建設したぐらいだ。真面な統治すらしようとせず、まるで現実世界との接触を拒むかの様にサーバーに閉じこもっている。結局君達は何がしたかったのだろう? とね――


「現実世界の『人』と近い存在であろうとするならば、君達は『絶対に犯してはならないな過ち』を犯しているんだ。うん、間違いない」


 唐突に聞こえた肉声。荒木を囲むように配置されていたオブジェクトが不気味な静けさを持って僅かに移動する。それによって露わになる荒木の醜悪な容姿。


 継ぎはぎだらけの顔の上で瞼の無い巨大な瞳がこちらを真っすぐと見つめていた。


 絶好の好機。だが、分かっていても身体が動かない。


「過ち…… だと?」

「うん、それは、300年にも及ぶ時間加速とそれに伴う世代交代だよ。時間加速を行ったために君達には外に出る理由がなくなってしまった。


 君等の祖先からしてみれば確かにこの星は故郷だったのだろう。そこに残してきた者達もいたはずだからね。現実世界に関わりたい者達がいたはずだ。けど、今の君達にはいない。


 まして、君達には、自身の手で地獄絵図のような荒野に変えてしまった現実世界に出る理由が無いんだ。うん、そうだね。違いない」


 荒木の言葉に感じた得体の知れない拒否感。それにたまらず出た言葉。


「黙れ! 貴様らに何が分かる!」


 それを受けて荒木の口元の笑みがさらに強くなる。


「――君達は300年にも及ぶ時間加速で帰るべき場所を失った」


 再び襲われる強烈な拒否感。


「黙れと言っている!」


 繰り返された言葉に大げさに首を振り、此方へと歩き始めた荒木。


「――過去に息絶えた死者達の怨念に支配されるが如く、行動し目的を達したが、それを成さねばならない理由を君達はとっくに失っていたんだよ。つまり――」


 自身の中で何かが警告している。その先を聞いては駄目だと。身体が無意識に反応した。手の甲から吹き出た高エネルギー粒子の輝きが、倍以上に膨れあがる。


 今の荒木は自身を守るオブジェクトを退け無防備な状態だ。


――今しかない――


 跳ね上がる思考レート。全身全霊の加速を持って荒木へと突っ込む。


 瞼の無い巨大な瞳の奥でレンズを拡張した荒木。突き出された高エネルギー粒子の刃が荒木に触れる刹那、空間に響き渡った凄まじい衝撃音。


 絶対的に破壊不可能な不可視の壁に弾かれる右腕。それはこのサーバーの管理権限を荒木が掌握したことを意味していた。


 不可視の壁の向こう側で、瞼の無い巨大な瞳が自分を見つめている。


 歪な笑みを浮かべた口元がゆっくりと開かれた。


「――つまり、君達がこの星で行った事は理由なき大虐殺だ。うん、間違いない」


 静かに発せられた言葉が、耳に滑り込だ。その瞬間、心に広がった僅かな小波のような何か。が、それは急激に膨れ上がり、渦を巻いて荒れ狂う。


 今まで信じて来たものが音を立てて崩壊してく。


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