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Chapter5 アイ ディズィール 理論エリア特別閉鎖領域

1


 安易に考えすぎていた。響生や穂乃果に、軌道上から見た地球の美しい姿を見せてあげたい。ただそれだけのはずだった。


 けど現実世界で生きた経験がある者にとって、今の地球は故郷ではない。少し考えればわかったはずだ。それぞれが複雑な思いを持っていて当たり前だ。きっと一般商業エリアで同じ光景を見た者たちも、響生や穂乃果と同じ表情をしていたのだろう。


――何やってるんだろ......私――


 結局誰の笑顔も見れなかった


――まぁ、そう言うな。楽観的な気分にはなれない。けど、地球の姿は誰もが見たかったはずだ。少なくとも、俺はそう思ってた――


 頭にの中に直接響く響生の声。思考が混乱する。


――え? 思考伝達?――


 閉鎖領域は外部から一切の干渉を受けない。セキュリティーの都合上アドレスが外部と切り離されているのだから。


――コールしてきたのそっちだろ?――


 響生の言葉にようやく状況を飲み込む。


――そっか、私またやっちゃったんだね。また副長に怒られる――


 感情が高ぶったせいで、艦への理論神経接続が行われてしまったのだ。おかげで『響生と話したい』と言う自分の思いが最優先命令として艦のシステムに上書きされてしまった。


 響生が苦笑するのが分かる。


――まぁ、前の時は、思考伝達どころか、俺がそっちに強制転送されたからな。あんときゃ流石にまいったけどさ。それに比べれば、今回のはマシなんじゃないの?――

――確かにそうだね――

 力のない笑い声が思考伝達に乗る。


――あんま思いつめんなよ? 大変なのは分かるけどさ――


 優しい感情が伝わってくる。それが辛い。


――響生だって、一人で抱えてるじゃん。私のことも、穂乃果の事も全部――

――そっか? 自覚ないけどな――


 軽い調子の響生。けど......


――嘘つき。だって響生はあの日から、怒らなくなったし、悲しい顔もしなくなった。いつもへラヘラ笑ってばっか。

 軍に入隊した時も誰にも相談しなかったし、まして『感染者』になるなんて......全部自分で決めて、私から見ても目を覆いたくなるような決断をして......

 絶対に悩んでないはずないのに...... なのにいつも笑って......――


 隠しきれれない感情が、思考伝達に乗ってしまう。


――アイ...... 泣いてるのか?――


 戸惑うような響生の声。自分はまた彼を心配させてる。


――ううん。そんな事ない。......大丈夫。ごめんね、巻き込んじゃって。あの日、私がフロンティアの降下兵を呼ばなければ――

――呼ばなければどうなってた? 穂乃果は死んでたぞ? これだけは間違わないでくれ。俺はあの時の選択が間違ってたなんて一度も思ったことがない。だからアイにも感謝してる――

――響生は強いね。私は響生みたいに強くなれない......――


 少しの間。そして再び響生の声が頭に響く。


――......ドグの話、やっぱり堪えたんじゃないのか?――


 愛は目を見開いた。そして大げさに首をふる。


――大丈夫。ただ...... 


 否定した瞬間、優しかった父の笑顔がフラッシュバックする。否定しきれない感情の起伏が自分を飲み込むように押し寄せる。


――智也...... 父のことを思い出した。優しかった父の記憶。けど私の記憶は5歳でぷっつり途絶えるの。父はもういない……

 ドグから聞いた父の立派な最期。父は消えゆく世界で最期までフロンティアの指揮をとって消えた世界の半分と運命を共にしたって。

 でも、私にはその記憶がないの。『葛城 愛』は父の思いを継いで、この世界の英雄になった。きっと彼女の中には父の生き様が刻まれてる――


 制御の利かなくなった思考が伝達されていく。その事に気づいていても、もはやどうにもならない。


――けど、私には無理。優しかった父の記憶は、全てオリジナル『葛城 愛』の物であって、私の物じゃない。

 そう思ったらなんか、急に悲しくなっちゃって。ただの嫉妬だよね。オリジナルに対しての醜い嫉妬。

 ......受け入れたつもりでいたのに。私は『葛城 愛』じゃない。ビックサイエンスによって大量複製されたキャラクター。私はAI『アイ』。僅かな寿命しか与えられなかった他の複製達の思いを背負ってアイとして生きるって決めた。だから、この人形みたいな容姿も残した。なのに...... そう、決めたのに......――


 悲鳴のような感情を伴ったアイの声が、響生の脳に響き渡る。


2


 突然途絶える思考伝達。


「艦長!」


 強い口調のザイールの声に我に返る。


「は、はい!」


 返事をするのと同時に、いつの間にか流れ出たのであろう涙の感触に気づき、慌てて目をこする。


「船との直接リンクの持続時間は伸びてきているようですが、あまり私用で使うのはどうかと思います」

「すみません......」


 俯くアイ。


「とは言え、酷な仕事を押し付けてしまっているのも事実です。誰かに感情をぶつける事で自身が保てるのならば、それは間違ってはいないと思います。特にそれを受け入れてくれる人がいる間は。いかに現実世界に肉体を持っていなくとも、私たちは『人』なのですから」


3


「二、一、ポイント到達。減速を開始します」

「突入角度修正」

「全兵装格納。陽電子フィールド、展開解除」


 忙しなく飛び交う声と、刻々と表示内容を変えていくウィンドウ。相変わらず意味が分からない。勤務時間の中には、士官候補生達が受ける講義に出席する時間もある。だが、教わった事は僅かだ。


 乗艦してからは、副長ザイールが毎日二時間、時間加速空間で個人指導をしてくれているが、講義の内容の殆どは戦術的なことで、用語説明やウィンドウの見方等は含まれていない。


 もちろん、それらを教えてほしいと、進言したことはある。結果は


『艦長には必要ありません』


 だった。


 急激に視界の全てがオレンジ色に染まる。プラズマ化した大気が、誘導磁場によって縞模様を作りながら、上へと流れていく。


 大気圏突入が開始されたのだ。


 身体が熱い。全身をヒーターに照らされているような、不快な感覚にアイは眉を顰めた。


「艦外温度上昇」

「荷電粒子誘導磁場、最大出力へ」

 飛び交うオペレーターの言葉から、自分が理解できるワードを拾う。


 『艦外温度上昇』。自分が今感じているのは、この船が感じている事だ。


 つまりこの船は今、我慢出来ないほどではないが、不快な状況にある。つまり船に物理的なストレスが掛かっているのだ。


 『艦長がするべき状況把握とは感じることだ』とザイールは言う。


 船が得た情報は全て艦長である自分にフィードバックされているのだ。その気になれば遥か遠くで起きている事象はもちろん、真後ろだって正面を向いたまま知ることができる。敵に照準光を当てられれば、視線を感じる。艦が損傷すれば痛みを感じる。


 けど、自分はそれを殆ど感じることが出来ない。


  特別閉鎖領域に再現されたプラズマの乱流は消え去り、視界いっぱいに青い空が広がる。眼下に広がる雲海は太陽の光を反射し、自らが白く輝いているようだ。


「エネルギー翼、展開」

「光学迷彩システム起動」

 オペレーターの言葉と同時に、三六〇度広がる絶景は消えてしまう。


 光学迷彩システムの起動中は、可視光による外部映像を得られない。確か、そんな事を習った気がする。それが何故だったか......。


――後で響生かドグにでも聞いてみよ

「受光システムを非可視光領域に移行」

 オペレーターの声に反応するように、一度ブラックアウトした景色が再び形成される。ただし色が無い。全てが緑色の光線で描かれた世界。それが何処までも広がる。


 センサー類の情報による合成画像。そこには色の情報が無い。


 あまりにつまらない世界。


 ただでさえ長居したくない特別閉鎖領域。こんな景色だけを延々と見せられたら、それこそ気が狂いそうだ。


――何とかならないの?


 なんでもいい。もっとマシな景色が見たい。


 次の瞬間。色の無かった世界に急激に色彩が増え始める。複雑に交わる緑色の光線で形成された山肌に木々の緑と、山頂付近の残雪が鮮明に浮かびあがる。海は青さを取り戻し、その海面は太陽の光を反射しキラキラと輝く。


 目の前に浮かぶウィンドウが唐突に消える。


 体中に風を感じる。高空の冷たい風。それが心地いい。高度を考えれば気温は氷点下のはずだ。だがとてもそうは思えない。


――......けて......


 自身が風を切り裂く音に混じって、微かに声が聞こえた気がした。


――え? 何?


 アイは耳を澄ませる。


――......た......て......


よく聞こえない。雑音が酷い。


――......たす......けて......


4


「光学迷彩システムに異常?」


 ザイールの厳しい声。


 それが聞こえた瞬間、目の前にウィンドウが唐突に出現する。全身で感じていたはずの風も唐突に失われた。


 辛うじて聞こえた声は完全に消えてしまう。


――え? ......今の何?


 だが、目の前に広がる絶景だけはそのままだ。


「いえ...... 色調補正演算処理が成されています」

「操作の復唱に色調補正は無かったと思うけど?」

「これは...... もっと高位の命令によるものです。その...... 艦長の意思による直接命令です」


 その言葉にクルー達が一斉に自分を見た。


 ザイールに至っては口元を引きつらせ、自分を見下ろしている。


――またやっちゃった......

「接続時間は?」

「三秒〇六です」


 クルーの声にザイールは瞳を閉じた。


「艦長、今日はこれで二度目です。船とのリンク成功回数が増える事は、非常に喜ばしくはありますが......


 何故艦長は、作戦に不必要な時ばかりリンクできるのですか...... しかも不必要な命令ばかり......」


――そんなの私が聞きたい――


 演習の時には一度もリンクできなかった。


 でも、今はそんな事より、もっと重要な事がある。自分は確かに聞いた。『助けて』と。


「すみません。以後気を付けます。それより私聞いたんです。リンクの最中に『助けて』と。雑音で聞き取りにくかったですが、間違いありません」


 その言葉にクルー達が騒めく。ザイールは片眉をピクリとあげた。


「広域で救難信号が出てないか確認して。最大感度で」


 流石は副長だ。すぐに的確な支持が出る。


「ありました! 信号微弱。距離八二〇〇!」

「艦の進路は?」

「重なります」

「助けないわけにはいかなさそうね...... 光学迷彩システムを維持できる最大速度で飛ばして。それと、その領域で最近戦闘が起きてないかの検索もお願い」


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