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Chapter 57 響生

 けたたましい自動小銃の連射音の中、拡張された聴覚によって聞き分けられてしまった大量の足音。


 背に受ける弾丸の数が明らかに増す。それに交じる男たちの怒鳴り声。装甲ジャケットと銃弾の衝突によって発生した激しい火花が、視界にまで入り込むような状況だ。


 サラを庇ってるこの状況では身動きが取れない。


――どうすればいい?――


 焦る気持ちとは裏腹に、銃声に交じる怒鳴り声が数を増す。悪くなるばかりの状況。刻一刻と時間が過ぎていく。


――私の事は放っといて――


 その中で頭に響き渡った掠れた声。それに思考がより混乱する。


――私をこの場に置いて、貴方は貴方の目的を果たせばいい――

――そんな訳に行くか!――


 咄嗟に思考伝達に乗せた叫び声。が、返って来たのはあまりに力の無い声だ。


――もう…… いいの、私は…… 何処に行ったって変わらないもの――

――まだ全部見たわけじゃない。サラはまだフロンティアを知らないだろ?――

――何言ってるのよ!? 私がそんな処に行くわけないじゃない!――


 声を荒らげたサラ。


――来たくないならそれでもいい。けど、この場からは連れ出す。何があっても――

――馬鹿じゃないの!? 私を庇って妹を見捨てるつもり?――

――それもしない――

――何か策はあるの?――

――今考えてる――


 必死で巡らす思考を遮るかの如く後方で響き渡った炸裂音。直後襲われた自動小銃の銃弾とは比べ物にならない程の衝撃。


「かはっ!」


 身体に走り抜けた背骨がへし折れるかの如き激痛に、たまらず悲鳴をあげる。後ろで男達が歓声を上げた。


――考えたって思いつくわけ無いじゃない! こんな状況!――


 サラの半ば裏返った声が頭の中に響き渡った。


――それでもだ!――

――何故よ!? 私は敵よ! 貴方たちの敵! 私は貴方達が憎くて仕方がない!――

――分かってる――

――なら何故!?――


 後方で再び悪夢のような炸裂音が響き渡る。身体を突き抜けるかの如き衝撃に歯を食いしばる。ついに視界に並び始めるダメージ警告。装甲ジャケットの耐久性を超える攻撃に晒されている。通常兵器の中でもかなりの貫通力と質量を持った物に違いない。


 よろめきそうになる身体を、気力だけで踏み止まらせ、ありったけの意思を思考伝達にのせた。


――理由なんかあるか! 出来る訳ないだろ!――


 その瞬間、ビクリと震えた細い身体。


――貴方達馬鹿よ…… 本当に馬鹿だわ……――


 嗚咽交じりの震えた声が頭に響く。


――分かったら大人しくしててくれ――


 痛みに耐え、加速レートを上げての思考を開始する。簡易マップに示された人の配置。サラに影響を与えない加速度での移動の可能性。だが、直ぐに壁に行き当たる。自発的な要因によっては現状を打開できない。


――けど、何かないのか!?――


 自発的な要因によって現状を打開できないなら、外的要因に頼るしかない。けど、それは自身の制御の利かない『何か』に頼ることに他ならない。


――そんな事……――


 その瞬間、頭の中にイメージされたアイの姿。それと同時に彼女の声までも聞こえた気がした。


――響生は私が、守るから……――


 それによって気持ちに出来た僅かな余裕。


 今までの自分だったら、こんな不確定な状況の中、決して下さないような決断を下そうとしている事に気付く。もし、この場に美玲がいたなら口にしただけでも張り倒されそうだ。


 自分はこの場を動けない。動けばサラが犠牲になってしまう。そうなってしまえば、当初の目的を達成できたとしても自身を許すことが出来ない。それは、この施設を後にしたアイも同様のはずだ。


 そして何よりアイは言ったのだ『私は必ず戻ってくる』と。


 再び後方で炸裂音が響く。三射目。それに反応して僅かに身体を動かす。同箇所への連続直撃は避けなければならない。


 再び背に感じた耐えがたい苦痛。全身を痺れるような衝撃が走り抜ける。顎が砕ける程に歯を食いしばり、それに抗う。


――貴方正気!? アイが戻ってくるまでこのまま耐えるって言うの!? 一体どれだけの時間――


 漏れてしまった思考に反応するサラ。それを遮るようにして自身の思考を苦痛に抗い重ねる。


――違う。俺が待っているのはディズィールじゃない――

――じゃあ何よ!?――


 Amaterasu内の現実世界の1千倍に設定されていた。それは此処での1秒が、向こうでは16分にも相当するレートだ。なら、真っ先に電子戦を仕掛けるであろうディズィールの時間軸はどうなるのか。


――俺が待っているのは……――


 言いかけた刹那襲われた4射目。痛みが消えない身体をさらに悶えるような苦痛が襲う。しかも3射目までの比ではない。ありもしない肺の空気が一瞬にして押し出されるような感覚。たまらず上がった悲鳴。


 視界の警告メッセージが一気に数を増す。内部の可動式ワイヤーの圧力に耐えきれないほどに破損した装甲ジャケットがついに破裂するかの如く背部が砕け散る。


 消え入りそうな意識。よろめく身体。


――響生!――


 頭に響いたサラの絶叫によって、辛うじて意識を繋ぎとめる。5射目が来ればそれは剥き出しの生態部を抉り、自立駆動骨格に達するだろう。当たり所によっては行動不能に陥る危険が否めない。


――間に合うか!?――


 何度も食らった事により、次射が装填される音が聞き取れる。そして響き渡る炸裂音。


 その刹那、唐突に点滅した照明。放たれた弾丸が肩を掠める。


 次の瞬間、空間に存在する全てのモニターに激しいノイズが走り抜けた。それによって瞬間的に止んだ銃弾の雨。その隙を付き、激しい痛みを伴う身体を強引に動かし、サラを抱えて物陰へと移動する。


――此処でじっとしててくれ――


 それだけを言い残し、自身はさらに移動する。それを追いかけるように再開された自動小銃の乱射。


 が、それは空気を振動させるかの如き音量で響き渡ったエコーノイズによって完全に停止した。


 呆然と顔を見合わせた男達が音の発信源を求めて、ドーム型の巨大な天井を見上げる。その視線の先で、激しいノイズを走らせていたフォログラム型の巨大なウィンドウに浮かぎ上がった映像。それに自分までもが絶句してしまう。


――アイ…… なのか……?――


 シルバーブルーの長い髪が、まるで重力から解放されたかの様に僅かな光を宿して舞っていた。そして肌の露出部に幾何学的な軌跡を描いて駆け上がる大量の光。それはAmaterasuの表層に走る信号伝達ラインの光と酷似する。


 ただでさえ整い過ぎた容姿。それが眩いばかりの光を従えた姿は、人を遥かに超えた存在を連想させてしまう。


 ウィンドウの向こう側でゆっくりと開かれるアイの瞳。男達の数人がそれだけで畏怖を感じたかの様に生唾を飲み込んだ。


 露わになった澄んだ光を称えた青い瞳。そこには嘗て見たことも無いほどの強い意志が宿る。それはある種の威圧感を伴い、空間を統べるかの如きものだ。


「私は、フロンティア地球軌道統制監視機構、独立降下潜航艦部隊所属、潜航巡察艦ディズィール艦長 アイです――」


 静寂が支配したフロアーに響き渡るリンとした声。男達の表情が更に怖れを抱いたものに変わっていく。ある者は顔面蒼白となり武器を落とし、またある者はその場に崩れるように座り込む。


「当艦の目的はJT―34地区の再制圧及び、Amaterasu:01の回収にあります。また、既にAmaterasu:01理論領域はフロンティアの管理下にあり、当艦は目標に向け航行中です」


 言葉と共に切り替わる映像。そこにはプラズマ化した大気を纏い巨大な翼を広げたディズィールの強襲形態が映し出される。それを囲むように飛行する夥しい数のネメシスの群れ。


「私達は無用な戦闘を望んではいません。速やかに武装解除し施設を明け渡してください。


 これは交渉ではありません。武装解除が確認できない場合、当艦は主砲による目標施設上部隔壁の排除を行います。


 敵対意思の無い者は、先行するフロンティア起動兵器ネメシスの誘導に従い予測消滅エリアからの退避を開始してください。


 繰り返します。これは交渉ではありません――」


 施設の彼方此方で男達が崩れ落ちていく。そして、男達の一人が震える唇を動かした。


「終わりだ…… やつらの『城』がくる…… きっと皆殺しだ……」


 まるでそれが起点になったかの如く、一気に施設内に混乱が広がる。


 その中で取り残されたかのようになった自分。我に返るまでにコンマ数ミリ秒を要した。


 床に長い触手を這わせ、微動だにしない一体のネメシスに走り寄る。


――穂乃果!――


 思考伝達による呼びかけに返事がない。光を失った巨大な八つの瞳。


――穂乃果!――


 やはり反応がない。ウィンドウに浮かぶエラーメッセージ。思考伝達自体が届いていない。


――クソッ! 何故だ――


 金属光沢を放つ巨大な頭部に激しく拳を打ち付ける。


――穂乃果! 穂乃果!――


 が、それでも鈍い金属音を立てるばかりで反応が返ってこない。


――どうしたらいい!?――


 呼び起こされる感情の伴わない記憶。


――俺は似たような状況を経験している……?――


 いや、前回はこれよりも遥かに過酷な状況だった。それは何時だったか。


 必死に記憶をたどる。前回は飛行中のネメシス。しかも暴走状態。


――そうだ。前回は美玲のネメシスが暴走した時だ!――


 その時、意識融合状態の自分が確かにアクセスの受け付けないネメシスに対して強制接続を行っている。


 行動の理由は分からない。けど記憶だけはあるのだ。


 それに従いネメシスの触手束の付け根へと向かう。幾つもの触手の中心に設けられた数センチ大の小型ハッチ。それを力任せにこじ開ける。現れた配線基板を繋ぐコードの束の内、記憶にある一本を選び出し引き伸ばした。


 そして自身の後頭部、髪の毛に隠れた外部入力端子に強引にねじ入れる。


――穂乃果!――


 ネメシスの触手が脈打つかの様に動いた。心に広がる言いようの無い安堵。


――やったか!?――


 が、次の瞬間、触手の先端に燈った赤い輝き。と同時に大きく薙ぎ払われた触手に弾き飛ばされてしまう。


 強烈な赤い閃光が空間を走り抜ける。電磁干渉によって激しいノイズが視界を走り抜けた。


 強制加速された思考の中、赤い閃光がアイの映るウィンドウを突き抜けドーム型の天井を射抜く。


 照射機を失い消失する巨大なウィンドウ。大気の熱膨張によって発生した衝撃波が空間そのものを振動させるかの如き轟音を響かせる。天井からは溶融した建材が、赤々とした光を放ちながら、流れ落ちようとしていた。


 転倒したままの体勢で、床を数十メーター滑走し、壁に激しく打ち付けた所でようやく停止した身体。


 起き上がろうとした刹那、耳に入り込んだ忘れるはずの無い声。


「なんだよ…… これ…… 何なんだよ!?」


 瞬間的にその方向に視界がクローズアップされる。声の主が頭を片手で抑え、不気味に身体を揺らしながら立ち上がろうとしていた。


「クソッ! 頭がいてぇ! 何なんだよ! これは!?」


――ヒロ……――

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