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Chapter 52 アイ

1 


「このオブジェクトは、確かに『葛城 智也』の晩年のものです。そして人格ソフトウェアーは汎用型AIのそれが宛がわれています。


 私は権限者ではありません。このサーバーにおけるOSと理解してください。本来、私は人格ソフトウェアーを持たず、思考しない存在です」


 空間に人数分の椅子を出現させ、ゆっくりと話し始めたAmaterasu。その動きはやはり『人』と比べると何処か固く不自然に思える。瞳に宿った憂いは彼の感情と言うよりは、オブジェクトに固定されてしまった表情と言うべきものかもしれない。


 フロアーの外に広がる景色が刻一刻と崩壊していく。上り始めた強い朝日すらも飲み込み虚無が広がっているのだ。


 強い憂いを宿した父のオブジェクトが、このフロアーで最期の瞬間まで指揮をとり続けたその思いを象徴しているように感じる。


「残念ですが、そのログだけは存在しないのです。この空間に私が存在するためのリソースとして消費されてしまいました」


 まるで心を読んだかの様なAmaterasuの発言に感じた強い戸惑い。


「……え?」

「心を読まれる事が不快ですか? ですが、私にはこの空間内、正しくは特別閉鎖領域に存在する全ての者の思考が聞こえているのです」


 その言葉に美玲と響生までもが目を見開いた。


「申し訳ありません。ですが、私にはどうする事も出来ないのです。私に与えられた人格ソフトウェア―は汎用型であるが故に、人の表情、感情に敏感に反応し最大限手助けするようにプログラムされています。


 この事実は『本来このサーバーのOSとしてプログラムされた私』とあまりに相性が悪いのです」


 言葉を区切り、瞳を空間へと泳がせたAmaterasu。その瞬間、空中に展開されたウィンドウに旧式の『思考入力コマンドの一覧』が浮かぶ。


「私の本来の役割は、このAmaterasuに生きる人々の『体系化された極めて単純な思考による呼びかけ』に応え、望む現象を再現することです。ですので、自動的に全ての思考は私へと流れ込んでくるのです。


 OSとしてであれば『文法から外れた思考』は処理の対象外です。ですが人格ソフトウェア―が全ての思考を処理対象としてしまっているのです。


 繰り返し再生されるログの中で、このAmaterasuに生きた全ての者の心の叫びを、私は何度も聞きました。その全てが過ぎた過去の願いであり、叶えることの出来ない願いです。


 そして、その中には貴方の父上、私の創造主の思考もあります」


 その言葉に思わず目を見開き、Amaterasuを見つめる。


「貴方が此処に来て以来、私には貴方の心の声が聞こえています。


 御自身を『葛城 愛』とは別人であり、『無から作り出されたキャラクター』と定義しつつも、貴方はその記憶の中に残る御両親の愛情を強く求めています。気持ちの奥底で『葛城 愛』になることを望んでいるのです」


 まるで心そのものを抉られたような感覚に、思わず目を伏せる。


「私は……」


 強い拒否感。反論しようとして口を開くがそれ以上言葉が出てこない。


「――答えになるかは分かりませんが、貴方の父上の苦悩は一生涯に通じて、それは激しい物だったと言えます。


 後悔と自責の念に生涯取りつかれていたのです。一時たりとも貴方の事を忘れた事などありません。いえ貴方達と言うべきですね」


 Amaterasuの言葉と共に、頭の中に強烈なイメージが流れ込んでくる。同時に響き渡る聞いたことのない声。


――会社は取りあえず、あれをAIと位置付けた。それだけだよ。


 もう一度言うぞ? 僕等を批判する前に、まずあれを生み出した自らが正しかったのか問え。


 僕も、こう見えて忙しんだ。これ以上、平行線が予測される議論に付き合ってる時間は無い。どうしてもと言うなら僕のもっと上に掛け合え――


 ウィンドウに映る誰かと話した後、壁に拳を叩き付けた父。その横では母が崩れるかの如くその場に座り込む。呆然と見開かれた瞳から頬を伝い涙が零れ落ちた。


――クソっ!!――


 そして響き渡った父の怒鳴り声。再び拳を激しく壁に叩き付ける。幼き日の自分がそれに驚き、扉の陰でビクリと身体を震わせた。父と目が合ってしまう。


――ともや、おこってる?――


 不安に駆られながら自分から出た声。見上げた父の顔は今まで見たことの無いような表情をしていた事を思い出す。


 走り寄り、腰を落として自分を抱きしめた父。


――ゴメンなアイ。ゴメン…… ゴメンな――


 耳元で、謝り続ける父の身体は小刻みに震え続けていた。当時の自分は父が何に対して、謝っているのか分からなかった。


 分かるはずがないのだ。『葛城 愛』であった自分には。父の謝罪は『葛城 愛』に向けてでは無かったのだから。


 複製されてしまった娘たちへの謝罪。あの時抱きしめていたのも、父にとっては『葛城 愛』では無かったのだろう。


 自分の頬を涙が伝うのが分かる。胸が引き裂かれそうな思いと共にあふれ出す感情。


 が、イメージはそこで唐突に消えてしまう。その瞬間、激しい思考の混乱に襲われた。今思い出したのは、いつの記憶なのか。自分が響生によって目覚めたのは何歳の時だったのか。


――!?――


 呆然とする中、視界には自分の顔を覗き込み、静かに微笑むAmaterasuの姿。


「この先の記憶を望みますか? 貴方が望むのであれば、このサーバーに残された『葛城 愛』としての全ての記憶を貴方の物に出来ます。


 それは丁度あなたが望む部分の『葛城 愛』としての記憶と一致するはずです。葛城 愛がご両親の御健在中に過ごした時間の全てが此処にはありますから」


――私が欲しがっていた『葛城 愛』としての記憶……――


「そんな事すれば!」


 まるで感情の抑えが効かなくなったかの如く美玲が立ち上がった。 


「人格が変わってしまうかもしれません。上書きではないとは言え、経験とは人格に大きく影響を及ぼしますから。それに十数年に及ぶ記憶をロードすれば、その分の寿命は確実に消費されます」


 一切表情を変えないAmaterasuに反して、美玲の表情が更に激しい物になる。


「無茶苦茶だ! 故人の記憶のロードなど、フロンティアの法を著しく逸脱しているどころか、倫理に反する!」

「この提案は『葛城 愛』自身の手によって私にプログラムされています。私が持つ伝えるべきメッセージの一つ目です」

「なっ!?……」


 言葉を詰まらせた美玲。


 それに代わって自分を見つめていた響生がゆっくりと口を開いた。


「その記憶は、ある意味で『アイ自身の記憶』であると言ってもいいんだろ?


 法を逸脱している。確かにそうかもしれない。けど、既に複製が造られてしまった時点で法の適応なんて意味がない。あってはならない事が既に起きているのだから。


 欠損した記憶を受けとる権利がアイにはある。アイが望むなら…… 俺はそう思う」


――私の権利……――


「貴様は、事の重大さを解っているのか!? 記憶の統合が上手く行かなかった場合は!」

「分かってるつもりだよ。けど、アイが今までどれだけ苦しんできたのか俺は知ってる。だから、俺はアイがそれを望むなら止められない」


 そう言った響生の瞳には隠し切れなかった感情が浮かぶ。それは決して響生がそれを望んでいない事を物語っていた。


――私は……――


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