Chapter 50 響生
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「多分、Amaterasu01に登録された私の『思考コード』に対するオブジェクトはこれなの。ここは私のオリジナル『葛城 愛』が生きた世界だから……」
誰に促される訳でもなく、語り始めたアイ。けど、その言葉の続きが閉ざされてしまう。
暫くの沈黙の後「行きたい場所がある」と言い、歩き出したアイ。それに先導されるようにして公園を離れ、商店街へと抜ける。
その瞬間広がった光景に込み上げる懐かしさ。自分の知る旧時代よりも僅かに古いが、それでも今のフロンティアに比べれば、親近感が湧く。歩行者天国のアーケード街には数多くの人々が往来していた。
けど、そこに存在する埋めようのない自分達とのギャップが、現実を再認識させる。この時代には存在しないデザインの軍服と装甲ジャケットに身を包んだ自分達。
そして何より、幾人もの人々が自分たちの存在を無視して次々に身体を透過し、後ろへと抜けていく。まるで亡霊。彼等はAmaterasu:01の記憶でしかない。
何かに導かれるようにして歩いていたアイが唐突に立ち止まった。そしてショーウィンドウに映り込んだ自分の姿を、恐る恐る確認する。その瞳には驚きよりも強い憂いが宿っていた。
「ここに映る私の中には沙紀…… 母の面影が強く宿ってる。人の子としての姿。でも、私にとってはこのオブジェクトは借り物なの。私は複製。『葛城 愛』じゃない。私はビッグサイエンスによって大量に生産されたキャラクター……」
そこで言葉を区切り、まるで自身の姿から目を逸らすように振り返ったアイ。目が合ってしまった瞬間、無理矢理に笑おうとしたぎこちない表情が胸に突き刺さる。けど、それすらもすぐに伏せられてしまった。
「私の髪の色は、『人ならざる者』の象徴として、『青』が当てがわれたの。
フロンティアに移り住んだ時、義務として保持させられた遺伝子コード。私は『葛城 愛』のコードを受け次ぐことを拒んだ。私は、アイ…… 氏を持たない。誰の子でもない。アイとして生きると決めたから。
結局、遺伝子コードは容姿から逆算してもらった。けど、どうしても髪の色だけが再現できなくて、それをすると『人』以外の生き物の情報を一部使うしかないって言われて……」
伏せられた顔の頬を伝い、零れ落ちる涙。掛けてあげられる言葉が見つからない。アイが長い間、それに苦しめられて来たことを自分は知っている。
僅かな間をおいてアイはさらに続けた。
「その時、思った。『私はキャラクターだから、創られた存在だから人ですらないんだな』って。
でも、同時に『人』以外のコードが自分に刻まれても構わないとも思った。『葛城 愛』と別のコード、オリジナルのコードが手に入れば何でもよかった。けど……」
俯いたまま黙り込んでしまったアイ。無意識に彼女に向かって伸ばそうとした手が止まってしまう。彼女に触れたとして、その後どうして良いのかが分からない。
けど、分かることもある。アイは何かをしようとしていた。「行きたい場所がある」と言っていたのだから。それを言った時の彼女の表情。それは『やろうとしていた事』が彼女にとってどれほど重要な事なのかを物語っていた。だとしたら自分に出来ることは一つしかない。
やたらと重い唇を動かし、言葉を静かに紡ぐ。
「アイが来たかったのは此処じゃないだろ? 自分に決着を付けようとしてたんじゃないのか?」
アイの瞳が大きく見開かれた。
「響生には全部分かっちゃうんだね……」
「そりゃぁーな。何年一緒にいると思ってんだ」
口元に自然と浮かんだ笑みをさらに強調する。それにつられる様にして、アイの表情に僅かな笑顔が戻った。
その瞬間割り込まれる美玲の不機嫌な声。
「再現されたこの地区は、『葛城 愛』が幼少期を過ごした場所だ。であれば、艦長殿の目的はおのずと想像がつく」
まるで、自分がそのような思考をしていたかのように重ねられた言葉。それに思わず
「うわっー! 台無しだ! これ」
と呟く。美玲はフンと鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
「けど、正直行くのが怖い。Amaterasu:01の存在を知った時、私は来ないといけないと思った。でも、自分の中で『そこに何も残されてない』事を望んでたんだと思う。だから、こんな風に自分の記憶の中にある風景と全く同じものが再現されてて、『確かに此処に何かがある』って分かったら」
再びアイの顔が伏せられる。が、それに美玲が痺れを切らしたように言い放った。
「選択の余地などない」
「――え?」
その言葉に思わず美玲を見る。
「これだけの規模で『葛城 愛』に関わる環境が再現されてるんだ。しかも特別閉鎖領域にだ。此処にはいるぞ、『奴』よりも遥かに強力な権限を持った存在が。そして恐らくその人物は……」
そこで思案するように言葉を区切った美玲。
「とにかくだ。状況を考えると艦長殿の目的を果たすことがAmaterasu:01最高権限者の意思でもあると言わざるを得ない。そして現状を打開する術があるとしたらその権限者だ」
その言葉にアイが瞳に確かな決意を宿して大きく頷く。
「分かってる……」
「ちょっと待て! その権限者が敵って可能性は!?」
「恐らく敵ではない」
「恐らくって」
「飽くまで状況推察だ。私も自分が導いた結論が俄かに信じがたい。それに議論している暇はないぞ。我らは先ほどまで交戦状態にあった。『奴』がこのまま我等を放っておいてくれるとは思えん。さらに、ここは敵施設内にあるサーバーと言う事を忘れてまいな?」
美玲の言う事は尤もだと感じた。だが、だからこそ敵施設内に設けられたサーバーの最高権限者が敵では無いなどと言う事が有り得るのか。
蟠りが消えない自分に、アイがぎこちない笑顔を向けた。
「敵じゃないよ。ここに来てから、ずっと私を呼ぶ声が頭の中に聞こえるの。智也…… 父が私を呼ぶ声が……」
2 アイ
――けど、それが私ではなく、『葛城 愛』を呼ぶ声だったとしたら…… その時私は……――