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Chapter 48 美玲

1



 響生の跳躍と共に大地に刻まれるクレーター。弾頭の如き様相を呈し、地上すれすれを凄まじい勢いで一直線に目標へと迫る。そのあまりの速度のために一瞬にして赤熱する装甲ジャケット。


 2122の触手が彼へと一斉に向けられた。その先端に燈る無数の赤い輝き。次の瞬間、空間を突き破るかの如く強烈な光が走り抜ける。


 跳躍中に薙ぎ払われた自重を遥かに超える大剣。響生の身体が大きく一回転する。それによって躱される集積光。


 さらに回転中に行われた連続射撃によって、二射目、三射目を放とうとしていた触手群が次々に弾かれた。集積光が見当違いの方向へと抜けていく。


 がら空きになったNo.2122の懐に響生の身体潜り込む刹那、立ち上った激しい土煙。2122が上空へと跳躍したのだ。


 その真下で、大地に大剣を突き刺し響生が急停止する。着地すると同時に、睨み付けるかの如く上空を見上げた響生。その身体が跳躍に向けて深く沈み込む。


 次の瞬間、上空から雷雨の如き勢いで降り注いだ集積光の束。さらに舞い上がった土煙で響生の姿が完全に見えなくなってしまう。


――響生!――


 放物線の頂上付近で飛行形態に移行し空中に停止した2122。


――美玲、動けるか?――


 頭の中に響いた声に感じた安堵。だが、それを押し殺し、直ちに問いに答える。


――無論だ。誰に物を言っている?――

――奴に一閃叩き込む。それが致命傷にならなくても、恐らくこの戦闘はそれで終わる。援護を――

――一閃加えるってどうやって!? 奴のスペックはネメシスと同じだ! 飛行するんだぞ!?――

――問題ない。飛行手段はこちらにもある――


 土煙の中で何かが僅かに輝いた。次の瞬間、それを突き破り『何か』が猛烈な勢いで上空へと昇っていく。伸びあがる青白い推進排気の尾。時代錯誤の2輪バイクを無理矢理航空機に改造したかの様なデザインの『それ』に思わず目を見開く。


――ディオシス!? バカなそんな機体で!――


 2122の触手が動いた。それは正確にディオシスの動きを捉えている。先端に燈る赤い光。


――くっ! とにかく援護する! 貴様、無茶苦茶だぞ!――


 叫ぶや否や2122に向け、ロックもせずに集積光を放つ。


――その無茶を俺に叩き込んだのは君だ。俺に剣を教えてくれたのも全部、君なんだ――


 戦闘中だと言うのに、驚くほど柔らかく憂いの宿った声が頭に響いた。それに感じた戸惑い。意識が対処するべき問題から逸れそうになる。それを強制的に引き戻すべく叫ぶ。


――何を訳の分からんことを!――


 推進排気の尾を引きながら凄まじい勢いで上昇していくディオシス。


――だろうな…… 奴の上に出る。注意を引き付けてくれ!――

――了解した――


 響生が何を考えているのか分からない。だが、分かることもある。今の彼は『意識融合状態』だ。その状態の彼は恐ろしく強い。


 痺れるような痛みの残る身体に鞭を打ちネメシスを上昇させる。同時に視界上のウィンドウに目を走らせ、集積光を放つためのリチャージ状態を確認した。


 全十二門ある集積光砲の内、六門のリチャージが終了していない。


 2122とほぼ同高度に達し、さらに上昇しようとする響生を2122が追おうとする。だが、追わせるわけには行かない。


 2122の進路上に集積光を放ち、自身は突進を掛ける。赤熱し始める装甲。動きを止めるには組み合ってしまうのが一番だ。


 至近距離で残り5門の集積光を一斉に射撃体勢に入る。その瞬間、2122が猛烈な勢いで触手を突き出してきた。その先端から放出された繊毛に、照射体勢に入った全ての触手が絡めとられる。意味を成さない方向へ抜けていく集積光。


 が、これは予測の範囲だ。自分は役目を果たした。響生は既に2122の上空へ抜けたのだから。


 そしてこの状態は2122にとっても極端に自由が奪われた状態だ。鋭く尖った別の触手が自身へと向けられる。


――響生。貴様を信じている――


 それが衝撃波を帯びて突き出される刹那、上空で何かが光った。


 上へと長く延ばされた推進排気。さながら流星の如き様相で一直線に近づく『それ』に目を疑う。重力を味方に限界を遥かに超えた速度での加速落下。装甲ジャケットどころか機体までもが赤熱し、その一部が溶融し始めている。


 2122がネメシスを放り投げるかのように組み合っていた触手を解く。


――な!? 突っ込む気か!?――


 あれだけの質量があれほどの勢いで突っ込めば確かにネメシスの装甲とて無傷では済まない。だが、それは響生も同様であるのと同時に、あまりにダメージ差が大きすぎる。


 2122の触手が響生へと向けられた。それと同時に響生が構えたレールガンが激しい帯電光をまき散らす。


 放たれた集積光。レールガンの射撃の反動によって躱された『それ』。同時に2射目を放とうとしていた触手が弾かれる。


 ネメシスとスペックが一緒であるならば、2122はこれで全ての砲門の集積光がリチャージ状態にあるはずだ。


 思考伝達にまで入りこんだ獰猛極まりない響生の咆哮が頭に響き渡る。


 薙ぎ払われた2122の触手。それが、ディオシスを捉える寸前で乗り捨てられた機体。


 広がる爆炎。それを突き破り、いつの間にか投げ放たれていた大剣が姿を現す。あまりの速度のために、プラズマ化した衝撃波を纏った大剣。それが猛烈な勢いで2122の本体に潜り込もうとする。


 が、それすらも複数の触手が弾こうとしていた。


――うん、なかなか良い試みだ。機体を犠牲に煙幕を張り、その陰で本命の一撃を放つ。けどね、彼はネメシスの持つ全てのセンサー情報を、感覚で処理しているんだ。つまりね、彼には見えていたんだよ。全部ね――


 荒木の声が頭に響き渡ると同時に強制同調により、極端に跳ね上がる思考レート。それにより世界の全てが減速する。異常な情報圧縮のために脳が焼けるかの様な苦痛に消えかけた意識を、渾身の精神力で何とか維持する。


――全部見えていたって、対処が間に合わない現象もある――


 響生の声が頭に響いた。先ほどの獣の如き咆哮からは想像も出来ないほど冷静な声だ。


 大剣を投げ放ったことで減速を果たした響生の腕が、2122に向けられていた。そこに握られたレールガンに迸る帯電光。


 開始された凄まじい速度での連射撃。


 大剣を弾こうとしていた触手が弾かれていく。


――君はバカなんだね、ホント。弾の数が足りてないよ。そんな事も分からないのかい? いくつかの触手を弾いた所で、残りの触手が対処するに決まって――


 荒木の思考伝達が止まった。目の前で信じがたい現象が起きたからだ。


 レールガンの弾丸によって唐突に軌道を変えた大剣。それが触手の間をすり抜け、赤々とした光を称えた瞳の一つに深々と突き刺さる。響き渡る断末魔の如き悲鳴。エフェクトの掛かった奇怪な叫び声が空間を震わせた。


 地響きを立てながら2122の巨体が地面に叩き付けられる。その上に着地した響生。大剣の柄を掴むと、容赦なくそれを抜き放った。再び上がったけたたましい悲鳴と共に吹き出る血の色をした流体液。


 それを返り血の如く全身に浴びた響生が、2122を見下ろす。その瞳からは如何なる感情も読み取れない。虚無をも思わせる冷たい輝きを宿した瞳。


――まだ、続けるか?――

――痛い! 痛い! 痛い痛い痛い!!――


 泣き叫ぶ声が頭に響き渡る。それは紛れもなく幼い子供の悲痛な叫び声だった。やりきれない気持ちが心を支配していく。


――パパ、助けて!――


 が、荒木はそれを聞いている様子もなく、触手一本を思案気に顎へ当てた。


――ふむ……、いささかこちらの予測とは違うが良いデータが取れた。君にも興味がわいたよ。


 けど、どうするかな。この場合、思考データをどう融合させればいい? うん、どうしたらいいんだろうね。いっその事、君の思考を適当な女性型オブジェクトにロードするかな? いや、違うな。根本的な解決になっていない。うん、なっていないんだ――


 泣き叫ぶ自身の子の声を全く無視して、悍ましい思考を垂れ流す荒木に感じた激しい怒り。


――貴様!――


 憎悪を叩きつけるかの如く叫ぶのと同時に、持ち上がるネメシスの触手。


――ああ、もう動いちゃダメだ。良いデータが取れたっていったよね? うん、言ったはずだ。つまり実験は終了。うん、終わったんだ。だから、もうその気持ち悪いオブジェクト没収ね――


 唐突に断たれるネメシスとの理論神経接続。同時に機体そのものも失い、本来の姿へと強制的に戻されてしまう。ネメシスとの大きさがあまりに違うために、空中に放りだされる形で実体化した身体が、地に着くことすら許されず不可視の力によってその場に固定される。


――くっ!――

――まさか、あれに勝ったら僕が君達を逃がすと思ったのかい? 僕はそんな事を言っていないよね? うん、言っていない――

 横目で響生を確認する。が、彼どころか、2122までもが身体を硬直させている。


――痛い! 痛い! 痛いよ! 痛い! 助けて――

――ああもう、うるさいな。僕の思考の邪魔をしないでくれるかな。うん、それが一番嫌いだ――

 言うと同時に荒木の目の前に開いたウィンドウ。それに触手が伸びる。


――痛い! 痛いよ! パパ! パパ! パ……――


 頭に響く2122の声が唐突に消えた。崩壊するかのように崩れる巨体。それが光の粒子をまき散らしながら消えていく。


――貴様ぁぁぁぁ!!!――


 たまらず上がった叫び声。


――ああ、心配しなくていい。あの子のバックアップもねちゃんととって有るんだ。でも、もう呼び出す機会があるかは分からないけどね。僕の興味はもうあの子にない。うん、無いんだ――


 到底人とは思えない継ぎはぎだらけの顔の上で、瞼の無い巨大な瞳がギョロリと動き、こちらに向けられた。


――で、何だっけ? あれ、忘れてしまったかな? いや、そんなはずはない。うん、無いんだ。少し考えるのが疲れてきたね。


 だから、簡単な方から先にすることにした。その方が効率がいいからね。うん、そうに違いない。


 彼をどうこうするより、君に種を植え付ける方が先だね――


 荒木の触手が身動きの効かない身体に伸ばされる。


――直ぐ済ませるよ。気が変わったんだ。色々やりたい事が出来たからね。うん、今日は良い日だ――


 身体を這いまわる悍ましい感覚。だが、身を捩る事すら許されない。


――君と僕は似た考え方を持ってると思うよ。君はそこの彼にコードを要求したね? 君の記憶の中に、確かにそれがあった。うん、あったんだ。


 優れた子孫を残したいという時点で、お互いの意見は一致してると思わないかい? うん、思うはずだよね?――


 言っている事の意味が分からない。そもそも理解する気にもなれない。尚も続く悍ましい感覚に、食い縛る事すら許されない顎の筋肉が悲鳴を上げる。


――すまない。後ちょっとだ。後ちょっとだけ耐えてくれ。アイを感じるんだ。直ぐそこにいる――


 響生の思考伝達。けど言っていることが分からない。


――君は何を言っているのかね? 君も壊れてきてるのかな?――


 荒木がその言葉に僅かに興味を示す。


――繋がった!――


 響生の声が荒木の言葉を遮るかの様に重なった。それと同時に視界に開いたウィンドウ。そこにはまたもや強制転送を告げるメッセージが表示されていた。


 


2



 捕捉していた対象を失い空を掴む触手。それが脱力したかのようにだらりと垂れ下がる。


「ふむ、逃げられてしまった。それも特別閉鎖領域に。僕にはそれが何処にあるかすら分からなかったのにね。『あの亡霊』が動き出したんだね。でも、何故いまさら? うん、分からないね。分からない事があるのは楽しい事だよ。うん、間違いない。


 それにしても、今日は面白い事が沢山おきるね。うん、本当に良い日だ」


 誰もいない空間に荒木の声だけが響き渡る。その口元に浮かぶ笑み。


「お陰で閉鎖領域のアドレスが分かったよ。うん? あぁ、アクセスコードはちゃんと暗号化されてるのか。けど、無駄だよね。うん、無駄なんだ。


 この世のあらゆる暗号は無意味だ。300年もの技術差が開いた死霊達が作った暗号ですら意味を成さないのだからね。そうだろ? 『Melu=メル』」


 言うのと同時に荒木の側に光の粒子が現れ、それが何かの形を作り上げていく。


 それは、十歳にも満たない幼い少女の姿だった。車椅子に座ったその少女の容姿は控えめに言っても、何処か現実離れしていて美しい。


 だが、ウェーブの掛かった長い金色の髪は全く整えられておらず、目は虚ろに開き何処を見ているのかすら分からない。僅かに開かれた口の隅から唾液が止めどなく流れ落ちていた。


「君にとってはこっちの世界の方が、生きやすいのかな。生命維持装置が必要ないからね。ここなら、君の胃に食料を流し込む必要もない。君はそれを嫌がっていたしね」


 少女は荒木の声に一切反応を示さない。それでも、荒木は続ける。


「もっとも君に『生きたい』と言う望みがあればだけどね。そもそも君の中に『生と死』の概念はあるのかな?


 聞いているかい? 僕の言葉を理解しているかね? それとも、その双方とも『あり得ない』と知りつつ、君に話しかける僕を滑稽に思うかね? 君が思うはずも無いか……。うん、思うはずがない」


 虚ろなままの少女の瞳。やはり荒木の言葉に一切の反応を示さない。


「まぁいい。何時もの様にやってくれるかい? もっとも君は目の前に『それ』が現れれば僕が問うまでもなくやるのだろうけどね。うん、間違いない」


 荒木が言った瞬間。空間の全てのオブジェクトが消える。地面も空すらも。永遠と続く漆黒の闇。


 そこに浮かび上がる量子ビットコードの羅列。数字と記号のみで構成されたそれが空間を埋め尽くしていく。


 途端に虚ろだった少女の瞳の瞳孔が限界まで開かれた。


「うぅ…… あぁぁ……」


 そして口から言葉では無い何かが発せられる。それに呼応するかの様に、空間を包み込む膨大な記号の羅列が何かを組み上げるかの如く形を成していく。


「僕にはそもそも君に自我があるのかどうかも分からない。君を見ていると本当に『機械と生命の境目とは、何なのか』と考えてしまう。


 入力に対してただ出力を繰り返すのみの君は、正しく機械そのものだよ。それも人類が生み出したどのコンピューターよりも優れている。ある一点においてはね。


 僕と君は一緒だ。生まれつき脳の一部が壊れてしまってるんだ。僕も普通の人間より機械に近い。多分ね。君ほどではないけど。うん、君ほどではない。けど、僕にはそれがどういう事なのか分からない。うん、分からないんだ」

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