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Chapter 39 ザイール 独立潜航艦ディズィール 特別閉鎖領域

1



「ディオシス、動力部損傷! 行動不能!」

「強制転送シークエンス。受け付けません! こ、これは艦長の意思!? でも何故!?」

 特別閉鎖領域に浮かぶ夥しい数の警告ウィンドウ。飛び交うオペレーターの声には明らかな動揺が宿る。


「直ちに一部隊を編成して、救援に向かわせます!」

「ならん!」

 ザイールはオペレーターの一人が行った提案を、厳しい口調で却下した。その瞬間オペレーターの全ての視線が彼女へと集中する。


「しかし!」


 さらに食い下がろうとした彼をザイールは鋭い視線で睨み付けた。それによって口を噤んだ彼。だが、直ぐに別のオペレーターが口を開く。 


「ならせめて、艦を上空に移動させて――」


 ザイールはそれを遮るようにして言葉を重ねる。


「ならん!


 考えてもみろ。敵はネメシスを乗っ取る。美玲のネメシスまでもが乗っ取られた。通信暗号コードを変えたにも関わらずだ。敵に何故それが可能だったのかが分からない。


 現状ではネメシスで一部隊を編成して派遣するなどもっての他だ。艦を近くに移動させるのは極めて危険だと言わざるを得ない」


「ですが!」

「艦長が自らの意思で帰還を拒んだのだ。ならば、今は手を出す時ではない」

「しかし!」


 度重なる反論についにザイールは立ち上がった。そして、特別閉鎖領域のオペレーター全てを一度見渡し、口を開く。


「何度も言わせるな。ディズィールはこのまま待機。状況を見守る」


 静かに落ち着いた口調で放たれた声。だが、そこには一切の反論を許さない凄みがあった。静まりかえる閉鎖領域。


 オペレーターの数人が首を大きく横に振り失望したかのように、自身が担当するウィンドウへと視線を戻す。


 だが、砲雷長だけは、ザイールを見つめたままだ。そして、立ち上がり静かに口を開く。


「艦長までをも見捨てるおつもりですか?」


 その言葉に細められたザイールの瞳。それだけで、彼女が持つ威圧感が数倍に跳ね上がる。


 が、それでも砲雷長は引かなかった。その視線を真っすぐに受けて尚、眉一つ動かさずに続ける。


「すでに、美玲と響生、クルー二人のシグナルを失っています。このような無謀な作戦にすでに二人もの命が……


 我々は命令には従います。それは如何なる時もです。ですがせめて――」


 再びザイールへと集まった視線。それを受けて彼女はゆっくりと瞳を閉じた。


「納得する理由が必要か……」


 再び開かれた瞳。


「私の予測が正しければ、まだ誰一人命を落としてなどいない。単に『シグナルロスト』と言う事実があるだけだ」


 その言葉によって閉鎖空間に僅かな混乱が広がる。


「それはどう言う……?」

「響生は生きている。そう言っているのだ。そして彼が生きているならば、絶対に美玲を見殺しにはしない。絶対にな。だから彼女も生きている」

「何故そう言い切れるのです?」

「ネメシス自爆時の『艦長との視覚共有映像』を出せ」

 

 閉鎖領域に新たに展開されるウィンドウ。そこに映し出される巨大な火球。円盤状に広がる衝撃波の筋が爆発の凄まじさを象徴している。絶望的なまでの光景。オペレーターの数人がウィンドウから目をそらした。


 ザイールがそれに構わず次の指示をだす。


「火球のすぐ下を拡大」


 指定された部分が急速にクローズアップされていく。そこに映し出されていた光景にオペレーターの一人が声を上げた。


「これは!?」


 ザイールは声の下方向にちらりと視線を走らせ、口元に僅かな笑みを浮かべる。


「――やはり…… な」


 ウィンドウに映し出されていたのは、装甲ジャケットを真っ赤に赤熱させた人型義体。響生だった。


「けど、こんな状態で!」

「――どうやって、生き残るのか。それは、このまま映像を再生すれば分かることだ」

 


2


 


 騒然となり、静まり返った特別閉鎖領域。オペレーター全てが、『すでに再生を終え、何も映し出されていないウィンドウ』を呆然と眺め、目を見開いたまま硬直している。


 それほどまでに、ウィンドウに映し出されていた光景は衝撃的だったのだ。人型義体を操る実戦経験の殆どない少年が、とった行動の凄まじさに誰もが言葉を失っていた。


 絶望的なまでの速度。その落下の最中、地上へ向け投げ放たれた大剣。その反動で急減速する義体。さらに直後、地上で起きた爆発の爆風をあえて全身で受け、減速しながら崩れた高層建築群の影へと『それ』は消えた。


「これで、はっきりしたな。彼は生きている。シグナルロストの原因は大方、戦闘支援システムの全てを消去して、美玲の意識をロードしたからだろう」

「そんな無茶苦茶な…… 彼は一体……」


 立ったままの砲雷長から低く掠れた声が漏れた。


「言えない」


「なっ!?」


 ザイールの言葉に砲雷長が絶句する。


「彼等は生きている。それでは納得できないか?」


「当然です。確かに彼等は生きているのかもしれません。ですが、依然として危険な状況なのです。それに、彼が義体の戦闘支援システムの全てを消去してまで美玲を守ったと考える根拠は何なのです?」


 威圧感を増したザイールの視線を受けて尚そう言い切った砲雷長。さらにオペレーターの全てが頷く。


「仕方がないな。私としても貴方達の信頼を失いたくはない。


 だが、それを知るには『覚悟』が必要だ。その覚悟を私は貴方達に問う」


 ザイールは言葉を区切ると目の前に展開したウィンドウに触れた。その瞬間、全てのオペレーターの目の前に新たなウィンドウが展開する。その内容に目を通したオペレーター達から血の気が引けていく。


「副長、これは……」


「『覚悟』が必要だと言ったであろう。そして、これは私からの精一杯の貴方達への誠意でもある」


ザイールは言葉を区切り、閉鎖空間のオペレーター全てゆっくりと見渡した。


「――私は貴方達に、第1級-国家機密事項伝達に対する人権制限の受託を求める!」


「ですが、副長! 政府による全行動の監視って…… これは人権制限の域を超えています!」


「それほどまでに、『貴方達が知りたいと願う事項』は危うい情報と言う事だ。この代償を背負って尚、任務遂行のためには『知る必要がある』と判断する者はいるか?」


その言葉にオペレーター達が一斉にザイールから視線をそらした。

その中で砲雷長だけが自身の前のウィンドウに手を伸ばす。


「良いのだな? 一度触れてしまえばもう後には引けないぞ?」

「私には責任がありますから……」


 ザイールの確認に強く頷いた砲雷長。そしてその指先がウィンドウに触れる。


「砲雷長、貴方の覚悟、しかと受け取った。他の者は?」


 大多数のオペレーターが視線を上げない中、さらに数人のオペレターがウィンドウに手を触れた。その全てが『長』が付く位の者達だ。


 ザイールが瞳を閉じる。


「私は良い部下に恵まれたのだな……」


 呟くように発せられたザイールの声。そしてゆっくりと瞳を開く。


「よろしい。他の者は『私が話せない理由』を納得してもらえたと判断する。それで良いか?」


 一斉に頷くオペレーター達。そして、その内一人が


「申し訳ありませんでした!」


 と声を上げた。


「良いのだ。もともと責めるつもりはない。私がもっと早くにこうするべきであった。すまない」

 

 言葉を区切り、オペレーター達を見渡したザイール。


「――では、誰か、私と受託者を理論高次空間へ転送してくれないか? 


何かあれば思考伝達で呼びかけろ。と、言っても我等もこの空間を離れる訳ではないから、異常事態は直ぐに気づくとは思うがな」


 それを受けてオペレーターの一人が直ちにウィンドウの操作を始める。


「了解。理論高次空間を特別閉鎖領域内に生成、転送を開始します」


 復唱と同時に受託者とザイールの身体を光の粒子が包み始める。そしてそれが弾けた後の空間にはザーイルと受託者達の姿はなかった。



 特別閉鎖領域内の全てのオブジェクトが半透明に変わる。それはオペレーター達ですら例外ではない。通常業務に戻った『実体感が極端に薄いオペレーター達』が動く様は、亡霊が彷徨っているかのように見える。

 

 全ての現象は単に『不干渉オブジェクト』を分かり易くするための演出に過ぎない。だが、それでも『死霊』と言う言葉が連想されてしまい、砲雷長は思わず顔を顰めた。


「この空間が好きになれないか? 砲雷長。まぁ、確かにこのシステムは不人気ではあるな」

 

苦笑するザイールに、砲雷長は直ぐ様、表情を引き締めた。


「いえ、問題ありません」

「そうか……

では、何から話そう……」

 

ゆっくりと口を開いたザイールに受託者達の視線が集中する。


「――『彼が義体の戦闘支援システムの全てを消去してまで美玲を守ったと考える根拠』であったか?


 端的に言えば『彼には美玲を見捨てられない理由がある』と言う事だ。それは『失われた絆』とでも言うべきものかもしれない」


ザイールが言葉を区切り、瞳を閉じた。受託者の全てが彼女を見つめ、次の言葉を待つ。


やがて開かれたザイールの瞳。そこには僅かな憂いが宿っていた。そして受託者全てを見渡すように視線を動かしながら口を開いく。


「――彼は、唯一の生還者だ。軍によって、いや、フロンティアによって隠蔽された『あってはならない訓練』からのな。


 砲雷長、貴方は彼が初めて地上への降下作戦に参加した時、その装備を『ふざけた装備』と言ったな?」


 頷く砲雷長。


「そのような感想を抱くのも無理はない。あの装備は軍内部の『純血派』による『感染者』に対する嫌がらせだ。本来はな。


 貴方はその事実を知っていた。そうだな?」


「はい」

「そして、それは『地上制圧訓練』と名付けられた、『感染者』との合同訓練に起因しているな?」


 ザイールの言葉に砲雷長は目に見えて表情を強張らせた。


「それはどのような訓練であった?」


 ザイールから逸らされた砲雷長の視線。


「それを『あの訓練』に参加していない者に言う事は、軍規に反します」

「構わん。私が責任を取る。もし、貴方の意思で『それ』を語りたくないと言うのであれば、強要はしない。その場合は訓練の内容を私が説明するだけのことだ」

 暫くの間。だが、やがて砲雷長は何かを決意するかの様に視線をザイールへと戻した。そしてゆっくりと口を開く。


「酷い訓練でした。いえ、あれは訓練などと言う『自身の鍛錬につながる様なもの』ではありません。あえて表現するなら『狩』です。ネメシスを使って、『感染者』を見つけ出し、ただ只単に嬲り、駆逐する。一方的な暴力。


異様な状況でした。『彼等』には、地上制圧戦のシュミュレートであるなら、必要とされるはずの相応人数すらもなく、『当然与えられていなければならないはずの潜伏施設』も無い。さらに何の作戦も与えられていないように見えました。


 ただ、単に旧都市を具現化したフィールドに『何の説明もなく放たれた』そんな感じに見えたのです。


 しかも、彼等に与えられた装備の内容が明らかに異常でした。


 実際の地上戦における『ゲリラ』が使用する装備ではなく、異様な強度パラメーターが与えられた装甲ジャケットに、異常な質量と攻撃力を持つ大剣。そして亜光速レールガン。


 彼等の持つ武器の全てが実用的ではなく、到底扱える代物ではありませんでした。


 大剣を闇雲に振り回せば、身体はその質量に激しくフラつき、レールガンを放てば、反動によって転倒する。


 しかも、装甲ジャケットが持つ強度のせいで、彼等がネメシスの攻撃を受け続ける時間のみが、無意味に増えているように見えました」


「正しい分析だ。


 フロンティア内部には、『感染者』や『流入者』『アクセス者』を快く思わない者も数多く存在する。フロンティアと現実世界の関係を考えれば、それはある意味で仕方がないことなのかもしれん。


 そして軍内部だけで言えば、その性質上『そのような感情を抱く者』の割合は外界よりも多いのが現実だ。


 貴方が参加した『あの訓練』には『それ』が色濃く反映されていた」


 言葉を区切ったザイール。その瞳に浮かぶ感情が『憂い』から『怒り』に変わる。


「――それだけでもあってはならない事だ。だが、機密データに残されていた事実はもっと悍ましい。軍内部の一部の『腐った集団』によって、あろうことか、『感染者が狩られるまでの時間』が『賭けの対象』にされていた。


 その結果誕生したのが『あのふざけた装備だ』。ありえない武器に、あり得ないスペックが与えられ、データ上だけはネメシスと同スペックになるよう計算されていた。


 全ては『賭け』としてのゲーム性と『見せ物』としての残虐性が追求されたが故だ。『彼等』が自身の武器に翻弄され、成す術もなくネメシスに駆逐される様を、『奴等』は手を叩いて笑って見ていたのだろう」


 顔に普段の彼女からは想像も出来ないほどの感情を宿らせ、拳を握りしめたザイール。


「そんなことが!?」


 受託者の一人が声を上げた。


「まかり通っていたんだ。信じがたいことにな。長期にわたり『訓練』と言う名の『見せ物』は行われてきた。まるで、伝統とでも言う様にな。


 だが、そんな中イレギュラーが起きた。そしてそれが『奴等』の気を本気で狂わせてしまった。


 それによって『時間加速空間』を用いた訓練と言う名の『見せ物』は、本当のデスゲームと化す。結果、多数の死亡者が出てしまった。


 それが、この違法な訓練がフロンティア上層部に知れ渡るきっかけだ」


「イレギュラー?」

「感染者側が勝つ可能性だ」

「まさかそれが『彼』と言う事ですか?」

「最終的にはそうだ。だが、切っ掛けを作ったのは美玲であろうな。

 美玲はあの気質だ。『感染者側』の明らかな不利が、よほど納得いかなかったのだろう。


 訓練が開始されて間もなく『感染者側』に付くことを宣言し、彼女の攻撃は味方であるはずのネメシスに行われている。


 それによって、10機中2機が大破」


 受託者の表情に僅かな歓喜が宿る。が、ザイールの表情は依然として固く、瞳には強い憂いが浮かんでいた。


「――『彼女』はネメシスを剥奪された。代わりに与えられたのが『感染者』と同様の装備だ。


 『奴等』にしてみれば、多少のイレギュラーは有ったものの、それで結果はいつも通りに終わるはずだったのだろう。彼女を『感染者』と同様の装備で残したのは、『裏切り行為』をその身で償わせるつもりだったのかもしれんな。


 だが、地形データを持つ美玲が『感染者』側に付いたことによって戦況が激変する。『感染者側』が『それ』を利用したゲリラ戦を展開し始めた。


 さらにネメシス2機が大破。本来なら半日で終わるはずの『見せ物』は長期化し始める。数日間に渡る硬直状態。


 長期化は更なるイレギュラーを招き寄せた。『感染者』の中に、装備を使いこなすものが出始める。その中でも突出していたのが響生だ。


 『奴等』にとって、それは許しがたい現実だったのだろう。あるいは、招いた『純血派』幹部への『示し』がつかなかったのか。いずれにしても歪んだ思念に基づき、あり得ない過ちを犯す。


 『奴等』は単なる訓練に『本物の死』と、加速空間からの離脱条件に『感染者側の全滅』を組み込んでしまったんだ」


 ザイールがこの先を語る事を、躊躇するかの様に視線を落とした。そして、そのまま口を噤んでしまう。震える彼女の拳。


「――副長、貴方は響生を『唯一の生還者』といいましたよね? それはまさか……」


 先を促す砲雷長の声は低く掠れ、震えていた。


「現実はあまりに残酷だ。肉体を失って尚、『人』は『人以上』になれない。ある者は醜く歪み、堕落していく。


 そして『人』が作る組織は、体裁を必要とし、都合が悪いことは隠蔽する。全ては存続していくために。


 この悍ましい『事件』は、『我等の尊厳をも犯す手法』によって強引に終息が図られ、フロンティアによって隠蔽される。そしてこの事実は決して公開されることはない。公開されればフロンティアの存続に関わる。


 それ故に私がこれから語る事実は、貴方達のフロンティアに対する忠誠心を奪ってしまうかもしれない。だが、私には貴方達が必要だ。全てを聞き終わった後も軍に、いや、私の部下でいてほしい。これは、命令ではない懇願だ」

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