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Chapter3 穂乃果 ディズィール理論エリア プライベート領域

挿絵(By みてみん)


1


「そろそろ御飯にする?」


 穂乃果は、ウィンドウの情報に目を走らせながら口を開いた。情報によれば、艦は無事一八秒の減速を終え、周回軌道に乗っている。


 でも、理論エリアは逆噴射による強烈なGの影響は全くない。おかげで実感が全くない。そもそも自分には、五年もの間、地球を離れていたと言う実感すらないのだ。


 目の前には青い空がどこまでも広がっている。それは月に居た時ですら変わらない。


 けど、故郷を長いこと離れていると言う実感はある。そしてそこに戻る事は二度と叶わない。


 自分にとって、この世界は現実と隔離された別世界であって、サーバーが現実世界の何処に存在するかなど、あまり意味がない。何処にいようと再現されている世界はたいして変わりはないのだ。自分は兄と違ってこの世界から出る術がない。


――お兄ちゃんには、この世界はどういう風に見えてるの?


 何処かゲームの中の世界のように見えているのではないだろうか。だとすれば自分はそこに登場する『妹と言う設定を持ったキャラクター』に過ぎない。


 いずれは飽きてしまうような事が起きるのではないだろうか。


 そして兄はいずれ『妹は死んだのだ』と言う事実を受け入れる。


 兄には自分のせいで不自由な生活をさせている。恐らく兄と比べれば自分のほうが遥かに人間らしい暮らしをしているのだろう。


 穂乃果は冷めないうちにセーブしておいた料理のリストを見た。


 あまり考えたくはないが、ここで食事をすると同時に、兄の胃に送還されたチューブに流動食が流れ込むのだそうだ。


 それが正常な人間の暮らしと言えるだろうか。まるで重症の入院患者のよう。 


 だから艦が地上へ降りたとき、もし兄が艦を降りたいと言い出したら、その時は笑顔で見送ろうと心に決めた。


 けど、実際にそんな場面が来たら、自分はその通りに行動できるだろうか?


 幸い兄は『今のところ、そのつもりは無い』と言っていた。でもいつかは、そんな日がくるのだ。


 穂乃果は響生を見つめた。自分には兄しか残されていない。


「よく、あの状況で飯食おうとするよな」


 兄はこっちの心情など、全く知らないとでも言うように、意地の悪い笑顔をドグに向けている。


「我慢する理由が何処かにあったか?」

「減速前だぜ?、そりゃ箱の中にゲロッちゃうとか考えねぇの?」


 兄の言葉に思わず顔をしかめた穂乃果。


「うんな俺の胃はヤワじゃねぇ! 仮にゲロってたとして、どうしろって言うんだ。結局『箱』の中の流体液が入れ替わるの見てるしかねぇだろ。


 大体だな、そんな事気にしてたら、小便や糞とかがどうなるかって方が心配になんねぇか?」


「やめてよ。これからご飯だよ?」


 終わりそうに無い会話に終止符を打つべく穂乃果は一喝した。


「俺は科学的な話をだなぁ」

「パパ、それ以上言うと、夜ご飯作らないんだから」

「まったく、どいつもこいつも親をなんだと思ってやがる」


 父が髪の毛の無い頭をかきむしるのを見て、穂乃果は僅かに口元に笑みを浮かべた。


 父は負けを認めると無意識にこの癖が出る。そしてそれは兄にもうつった。案外、親子の行動が似ているのは血のつながりによる所ではないのかもしれない。


――今日は黄色がいいかな?


 ウィンドウを操作するや否や、木製のテーブルの上に黄色のクロスが出現する。


 さらに、お昼ように作った料理を実体化させるべく、ウィンドウを操作しようとした瞬間、


――ちょっと待って、穂乃果――


 と声を掛けられ、指を止めた。


 頭に直接響くような方向感の無い声。それは遥か遠方にいる者に話しかけられた時に起きる特有の現象だ。


「お姉ちゃん?」


 と思わず声に出るのと同時に、視線のすぐ先に光で描かれたサークルが出現する。そしてそれは瞬間的に光を増し、弾けるように光の粒を散らした。


 光の粒が薄くなるにつれて、そこに人影が浮かび上がる。


 特徴的な青みがかった銀色の髪が、転移時の風圧によってフワリと舞い上がる。そしてあまりに白い肌。


 姉の転移はいつみても優雅だ。整い過ぎたシルエットと合わさって、さながら女神の出現を思わせる。


 軽く閉じられた瞼が開かれるのと同時に、露わになる澄んだ光を湛えた青い瞳。


 穂乃果は、いつもながら見とれている自分に気づいた。同じ女性として、心から綺麗だと思う。こんな風に成長できたら。


 けど、姉はどんなに容姿を誉めようと喜びはしない。


 以前、一度それを言ったとき、姉が見せた表情。青い瞳に浮かべた強い憂いが、心に焼き付いて離れない。


――私の容姿はデザインされたもの。


 姉の言葉。それが何を意味するのかを知ったのはつい最近だった。


「よかった。間に合った」


 いつになく、柔らかい表情でそう言った姉。


「お姉ちゃん、なんか良いこと有った?」

「うん。ちょっとね」


 そう言ってほほ笑む姉の表情に穂乃果は僅かな安堵を覚える。


――良かった。


 最近疲れた表情ばかりが目立っていた姉。


「で、どうしたんだ? まだ勤務中だろ?」


 と兄。


「今日は特別に閉鎖領域からの離脱が認められて。だから今日は一緒に昼食とりたいなって。減速があるから、響生もこっちで食事するかもって思ったし。うまく行けば全員そろうんじゃないかって。


 でね、もしよければ今日は別の場所で食べない?」


「残念、ドグは飯、物理エリアで食っちまったよ。きっと今頃『箱』の中、えらいことになってんだろうな」

「まだ食ってねぇ!」


 父の不機嫌な声が上がる。兄が顔に意地の悪い笑顔を作ってさらに口を開こうとする。


「お兄ちゃん!」


 穂乃果は再び下品な話題を振ろうとする兄を一括した。


 それにしても兄はどうしてここまで鈍感なのか。姉は明らかに兄の表情の変化を気にしている。まして『響生もこっちで食事するかも』と言う言葉まで使っているのだ。


 兄と姉がくっつくのが自分にとっては一番の理想だ。そうなれば兄はこの世界にとどまるだろう。そして憧れの姉は本当の家族になるのだ。


 けど、それは自分本位の醜い打算だ。きっとそうなったら一番辛いのは兄だろう。そして少なからず姉も苦しむ。姉はそれが分かっているから、意識しながらも微妙な距離をとるのかもしれない。


「俺は構わねぇぞ」


 まるで自分の思考を読んだようなその言葉に、穂乃果はビクリと身体を震わせた。だが、それを言ったのが父とすぐに気づき、ガックリと肩を落とす。何故似ても似つかないこの二人の声を聴き間違えたのか。


「何処だろうとあんたは飯くえりゃあいいんだろ。オッサン」


 兄が呆れた顔をする。


「じゃあ、決まり」


 姉は嬉しそうにほほ笑むと瞳を閉じた。その瞬間、姉を中心に広がった強烈な光が景色を飲み込み始める。


――思考コマンド入力...... 私も覚えようかな


 兄や姉が好んで行うそれは、メニューウィンドウに頼らずシステムにアクセスする術だ。ウィンドウを操作するより遥かに短時間で目的が達成できるし、何より格好いい。


 以前、同じことを考え、コマンドの一覧をウィンドウに表示させたことがある。その時はそれを見ただけで拒否症状に襲われた。まして、複雑な文法を理解するとなると、自分には無理な気がしてしまう。しかも物によっては、心に描くイメージによって全く別の現象を引き起こすコマンドまであると言うのだから手におえない。


――そうだ! お兄ちゃんに教えてもらおう!


 きっとそれが一番の近道だ。そして何より兄が自分を見ていてくれる時間が増える。


――それぐらい良いよね?


用語説明


プライベート領域:仮想世界内のプライベート空間です。買い取った容量の空間を自由にデザインすることができます。


G:飛行機の離陸、車の発進や減速の際に体に感じるあれです。飛行機離陸の際に身体にかかる負荷はおよそ2Gぐらいだそうです。7Gでは普通の人間は意識を保てません。


サーバー:複数のアクセスを受け付ける中央コンピューターの事。作中では大規模な仮想世界を持つ量子コンピューターを指します。作中の世界には、ディズィール内の量子コンピューター(アマテラス)と同規模かそれ以上のサーバーが、現実世界の至る処に設置されています。

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[良い点] 壮大な話を書いてるだけじゃなく、綺麗な挿絵まである
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