Chapter 38 響生
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「なぁ、付いてきてくれるだろ? 響生」
張り付いた様な笑顔を浮かべ、手を差し出したヒロ。
けど、素直にその手を掴むことが出来ない。それが穂乃果に対して『人ではない』と言い切り、銃を向けた彼への『敵対心』からなのか、親友を裏切ってしまった事実から来る『後ろめたさ』なのか分からない。もしくは、この手を握ることで『再び彼を裏切ること』になる事への躊躇かもしれない。
あるいは、このような再会になってしまった事への『憂い』。
どう行動するべきかは分かってはいても、頭の中で交錯する様々な思いが悲鳴を上げるかの如く、差し出そうとした手を震わせる。
それでも、僅かにヒロの手へと伸ばされた自身の手。それが触れ合う刹那、彼についていた男の一人が声を上げた。
「しかし、こんな怪しいやつを!」
その声に不安定なヒロの表情が激変する。同時に彼が抜き放ったハンドガンが男の蟀谷に向けられた。微塵の迷いもなく引かれた引き金。
男が被っていた金属製のヘルメットが火花を上げる。首を大きく仰け反らせ倒れた男。
ヒロがゆっくりと腰を落とした。そして男の顔を覗き込み、さらにその額にハンドガンを押し当てる。
「文句あんのか? あ?」
男の表情が目に見えて恐怖に歪む。ジワリ、ジワリと引きしぼられる引き金。
「ヒロ!」
たまらず声を上げる。
立っていた別の男が咄嗟に自動小銃をヒロに向けようとした。それをさらに別の男が制す。
残りの男達全ての視線が、その男に注がれていた。ヒロにハンドガンを押しあてられている男までもが、まるで懇願するかのように、『彼』を横目で見上げている。
男は『待て』とでも言うかのように、軽く手を上げた。その上で、倒れた男を見下ろし、ゆっくりと頷く。
銃を眉間に押し付けられた男は、それを待っていたかのように恐怖に怯えた瞳を閉じた。
「すみません。私が…… 間違っていました……」
男から発せられた震えた声。
「あ? 聞こえねぇよ!」
「私が、間違ってました!」
男が叫び声をあげた。
「もう二度と俺に歯向かうんじゃねぇ。 頭がよ…… 痛てぇんだよ。ずっと痛てぇんだよ! だからこれ以上イライラさせんじゃねぇよ!」
吐き捨てるかのように叫び、ようやく銃口を男の額から外したヒロ。それを見計らうかのように、指示を出していた男がヒロに近づいた。
ヒロはその男を血走った眼で睨み付ける。
「お前ぇよ。いったいどんな教育をしてんだよ? あ?」
「申し訳ありません」
謝罪を言葉にした男。だがその表情には一切の感情が宿っていない。そしてさらに男は続けた。
「ですが、彼の言うことも一理ある。貴方のご友人は『人』なんですかね?」
血走ったヒロの瞳がさらに見開かれる。
「どいつもこいつも…… どいつもこいつも、どいつもこいつも! クソがっ!」
怒鳴り声を上げると同時にハンドガンが握られた右手が動く。
が、男は僅かな動作で、ヒロの右手首を掴んでしまった。ヒロの顔に宿る苛立ちがさらに増す。その首筋から肩に掛けて浮き上る血管。腕へと続く全ての筋肉が痙攣を起こしたかのように震えだす。
けど、それでもヒロの腕はそれ以上、微動だにしなかった。
「クソがっ!」
苛立ちの全てを吐き出すかの如く叫んだヒロ。だが、やがて諦めた様に口を開いた。
「だとよ? 響生、お前は人間だよな? そうだろ?」
唐突に自分へと向けられた言葉に感じた動揺。同時に答える事への激しい抵抗に襲われる。
「……ああ」
低く掠れた声が自分から漏れた。途端に胸をつらぬく様な痛みが走る。
ヒロの腕を掴む男の瞳が細められた。
「なら肩の傷、その内側に見えるの何です?」
緊張度を増す身体。自分がどう答えるかでこの後の状況が決まってしまう。
が、自分が口を開くより先にヒロが喚き声をあげた。
「はぁ? 身体の一部が機械の奴なんてそこら中にウジャウジャいるじゃねぇか!? お前ぇもそうだろうがよ! 俺の手首をを掴んでるその腕!」
男の表情に目に見えて苛立ちが浮かんだ。
「確かに…… ですが、私はご友人が『ヒューマノイド型』ではないと言う確証がほしいんですよ。でないと、彼を連れ帰った貴方の命が危うい」
まるで、その言葉が合図であったかのように、男たちの一人が、腰からアーミーナイフを引き抜いた。そしてゆっくりと近づいてくる。
思わず本能的に腰を落とし、身構える。その瞬間、他の男達が持つ自動小銃の全てが一斉に自分へと向けられた。
「どうか動かないで頂きたい。動くと『人』である証明が貴方の死をもってでしか示せなくなる」
ナイフを持った男がすぐ眼前で止まった。そして、その鋭い切っ先が頬へとあてがわれる。
「首から上じゃないと意味がないんですよ。それこそ、死霊共のせいで、首から下の至る所を機械化してる者もいますからね。貴方が男性でよかった。これを女性にするのは心苦しい」
男の顔に僅かに宿った歪な笑み。それは『男性で良かった』などと微塵も思っていない事を伺わせた。
頬に当てがわれたナイフが僅かにスライドする。そこに走る鈍い痛み。偽りの血が流れ出だし、ナイフを伝わって滴り落ちる。
「気は済んだか?」
「取り敢えずは…… ですが質問にも答えて頂きたい。機械化しているのは体の何割? いえ、どの部分ですか?」
「答えたくない」
男の目がまるで値踏みをするかの如く細められる。
「大半…… と言うことですかね。『先戦の少年兵』の生き残りって所ですか」
その言葉に他の男達がざわめいた。
「……」
「次の質問です。これには答えてもらいますよ? 非常に重要な事ですので。脳へのニューロデバイスの導入率は?」
「分からない。けど、五感に関する部分の全てだ」
答えた瞬間、男たちの騒めきが増した。うち一人が「裏切り者が!」と吐き捨てるのがハッキリと聞こえる。
が、質問をする男の表情は目に見えて笑みが浮かんだ。
「最後の質問です。此処へ来た目的は?」
「ヒロを…… 親友を追ってきた」
咄嗟に出た言葉。が、自分の言葉に目を見開いたヒロ。その表情に狂気とも呼べるほどの歓喜が浮かぶ。
胸を抉るような痛みが走り抜ける。
狂ったように笑いだしたヒロ。が、それは唐突に途切れる。そして、
「なぁ、もういいだろうがっ!」
そう喚くと同時に、身体を捩りながら男の腕から逃れるようと暴れ出した。
男の表情が目に見えて不機嫌なものに変わる。
「離せよ! 早く離せ! 離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ!!」
尚も喚くヒロに、とうとう男は手を放す。次の瞬間、ヒロは持っていたハンドガンの柄で男の顔を殴りつけた。
「態度でけぇんだよ! てめぇは! クソむかつくな! 何様のつもりだ! クソっ! 痛てぇ! 頭が痛てぇ!」
男の額を伝う血。
「申し訳ありません」
再び謝罪の言葉を口にした男からは再び一切の表情が消えていた。
「とっとと、行くぞ!」
歩き出したヒロ。その後ろで男が額の血を手で拭った。微かに聞こえた舌打ち。そして他の男達に視線を走らせる。
途端に数人の男達が自分の後ろへと回り込み、そして残りはヒロのすぐ後ろに付いた。
「歩け」
後ろから聞こえた明らかに侮蔑を含んだ声。
ヒロが唐突に振り返える。
「なぁ、響生。ずっとお前ぇに見せたいって思ってたんだよ。スゲェーぞここは、昔遊んだ何処よりもスゲェぞ!」
そう言ったヒロには無邪気としか言いようのない笑顔が浮かぶ。それは平穏で楽しかった日の彼の表情そのものだった。