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Chapter 36 響生 同時刻

1



 ヒロの哀れむような表情が、唐突に笑みを浮かべたものに変わる。そして、顔に手を当て場違いな笑い声をあげた。その異様さに、彼についていた男達までもが困惑を浮かべる。


「来てくれると思った……」


 やがてヒロから掠れた声が漏れた。その言葉の意味を、どのように解釈して良いのか分からない。


 張り付いたような笑みを浮かべ、自分を見つめる彼の瞳からは一切の感情が読み取れない。


「――なぁ、懐かしいだろ? 覚えてるか? 昔よく遊んだ廃ビル。こんな雰囲気だったよな? 今じゃ珍しくもない光景になっちまったけど……


 あの頃は楽しかったな。俺とお前、そして伊織とお前の妹。いつも俺達は一緒にいた」


 ヒロから出た『伊織』の名前。『伝えるべきだ』と感じていた言葉が自然と口から紡ぎ出される。


「すまないヒロ…… 俺は伊織を……」


 言いかけた瞬間、彼の表情が激変した。


「それ以上言うな! あいつは死んだ! 殺されたんだ!!」


 自分の言葉を遮り、放たれた怒鳴り声が地下空間に反響する。見開かれた血走った瞳。剥き出しの憎悪が叩き付けられる。荒い息をしながら、肩を激しく上下させるヒロ。途中まで出かけた言葉が完全に飲み込まれてしまった。


 が、ヒロの表情は再び張り付いたような笑みへと唐突に変わる。


「けど、それはお前のせいじゃないだろ?」


 先の怒鳴り声からは想像もつかないくらい、穏かな声。それがより混乱を誘う。


「……え?」

「お前は死霊どもに良い様に使われただけだろ? 妹の幻を見せ続けられて。可愛そうに…… 俺が解放してやるよ。まさかこんな物が、本当にお前も妹などと思ってないだろ?」

 ヒロの視線がネメシスへと向けられる。


――やはり、あれに穂乃果の意思が宿ってる――

「穂乃果!?」

 思わず出た声。


「違うと言ってるだろうが!」


 途端に響いたヒロの怒鳴り声。再び激しい感情を宿した瞳を見開き、肩で荒い息をし始める。


「こんな物が人だと言うか? あ?」


 言いながら、穂乃果の意思が宿るはずのネメシスの胴体を蹴り上げたヒロ。冷たい金属音が響き渡る。


「こんな!」


 再び響き渡った金属音。


「物が!」


 一言発する度に胴体を蹴り上げられるネメシス。その度に響き渡る鈍い衝撃音が、穂乃果が上げる悲鳴のように感じ、たまらず声を上げる。


「やめろ!」


 ヒロの血走った目が、こちらに向けられる。だが、それは直ぐにそらされてしまった。


「貸せ!」


 そして従えた男に怒鳴りながら、自動小銃を奪い取ったヒロ。その銃口が至近距離からネメシスのセンサー群の中心に真っすぐ向けられる。


「やめっ!」


 無意識に動こうとした身体。だが、それは美玲に手首を捕まれた事で叶わなくなってしまう。


 ニューロデバイスへの干渉によって齎された実態のない握力。けど、確固たる意志を持ったそれに抗い身体を動かすことが出来ない。


――落ち着け! あんなものではネメシスの装甲に傷一つ付けることは叶わない――

――分かってる! けどっ!――

 ネメシスのセンサー部に向けられた銃口は。穂乃果には、まんま自分の顔面に向けられているように見えているはずだ。痛みは無いのかもしれない。物理的なダメージは無いのかもしれない。けどそれでも恐怖を感じ、魂は悲鳴を上げるのだ。


 そして何の躊躇もなく引かれた引き金。けたたましい連射音と共に、乱射される自動小銃。激しい火花がセンサー部付近で上がる。


 やがて打ち尽くされた弾。それでもヒロは狂ったように引き金を引き続けた。その度にカチカチと乾いた音が空間に響き渡る。


「クソが!」


 怒鳴ると同時に自動小銃を床に叩きつけたヒロ。激しく乱れた呼吸。


「痛てぇ……」


 唐突に上がったうめき声。そして左手で頭を押さえ、よろめき出す。


「痛てぇ! 頭が痛てぇ! クソッ! クソが!」


 地に片膝をつき、尚も怒鳴り続ける。彼が従えていたはずの男たちが、それを冷ややかに見つめていた。


 やがて、ヨロヨロと立ち上がったヒロ。


「お前は何だ? 言ってみろ! お前はこいつの妹か!? こいつに教えてやれよ! 自分が何なのか!」

「私はログ。ただの記憶。貴方の妹は遠い昔に死にました。受け入れてください」

 ネメシス特有の歪んだ合成音が響き渡った。敵(人)を威圧することに特化した、性別の判別すら困難な合成音。おかげでその言葉からは感情の一切が読み取れない。


「な? 聞いただろ?」


 ヒロが狂ったように笑いだす。


――穂乃果!――


 思考伝達で穂乃果に呼びかける。途端に自身に流れ込んで来た冷たい何か。


――償わないきゃ、償わないと。償いたい、償わせて! 私は死んだ。死んだ。死。そして殺して、沢山殺して、だから償わないと!! ――


 絶叫にも似た叫び声が頭に響き渡り、悍ましい光景が次々にフラッシュバックする。それは、思いつく限り最悪の死のイメージだった。真面ではない状態の死体。そればかりが頭に流れ込んでくる。たまらず感じた強烈な吐き気。響き渡る穂乃果の絶叫。


――遮断しろ! 飲まれるぞ!――


 美玲の叫び声が頭に響き渡った。それによって我に返る。遮断された回線。それでも先の強烈なイメージが頭から離れない。


――なんだこれ…… なんだこれ!?――


 尚も狂ったように笑い続けるヒロ。


「ははは、素直で良いな。良くできてる。お前が騙されるのも無理ないよな? 過去5体扱ったが、どいつもこいつ暴走しやがった」


 湧き上がる感情。穂乃果は必死に自分と向き合おうとしてきたのだ。肉体を失なった自分を必死で受け入れようとしていた。


――なのに…… それなのに!


 ヒロを睨み付ける。


――穂乃果に何をした!?――

「穂――」

――やめろ! これ以上、こいつを刺激するな!――


 言いかけた瞬間、美玲の罵声が頭に響き渡った。と、同時に身体に異様な負荷が掛かったような感覚が襲う。思考速度に身体が付いてこない特有の感覚。視界上では時が止まったかのようにヒロの表情が固まっていた。


 美玲が思考加速状態で思考伝達を行ったために強制同調された事を理解する。


 動けない自分とは対照的に、実体を持たない美玲がヒロの姿を遮るかのように、目の前に移動した。


 深紅の瞳が自分を宥めるかのように見つめる。


――冷静になれ――


 無理だと感じた。冷静でなどいられるはずがない。


――けどっ、穂乃果が!――


 言った瞬間、鋭さを増した深紅の瞳。


――よく聞け! こいつがその気になれば、ネメシスを、貴様の妹をこの場で自爆させることすら出来るんだぞ!?――

――なっ!?――

 美玲の言葉に絶句する。


――こいつは、普通じゃない。だから、本気でやりかねないぞ? もし、お前が『こいつの言う事実』をどう足掻いても受け入れないと知れば――


 美玲の言葉は正しいと感じた。目まぐるしく表情を変えたヒロ。どう考えても普通の精神状態ではない。


――なら、どうすればいいんだ……――

――貴様も気付いてるのではないのか? 最も確実な方法は、こいつを殺すことだと。それも頭部を潰し、確実に即死させる――

 美玲が一歩移動する。それによって再び視界に入るヒロの姿。


 解ってはいた。けど、その選択枝は無意識のうちに排除してしまっていたのかもしれない。彼は親友なのだ。そして彼の言動自体は、今でも『彼が自分をそう思っていてくれている事』を示すものだった。


 けど、だからこそ痛い。そして裏切ったのは自分だ。


――出来ない……――


 自分が出した答えに、美玲の罵声を覚悟する。けど、彼女は僅かに瞳を細めただけだった。


――で、あろうな。この方法は貴様には似合わない。ならば、この場は受け入れろ。そして彼について行け。そもそも、それが貴様に与えられた本来の任務であろう?――


 言葉を区切り、瞳を閉じた美玲。


――もう一度言う。冷静になれ。機会は必ずあるはずだ。奴の言葉の一つ一つに惑わされるな。迷ったり、感情が逆立ちそうになったら、その度に思考加速を使え。私はその度に相談に乗ってやる。それぐらいしか今の私には出来ないからな……


 貴様は一人ではない。それだけは覚えていてほしい。例え他の誰にも私の姿が見えないとしてもだ――


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[良い点] すげえ緊張感・・・。次回も楽しみしています。
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