Chapter 35 アイ
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まるで隕石でも落下したかの如く大地に刻まれたクレーター。その大きさは、ネメシスの『無減速着地』が大地に刻むものの比ではない。
辺りが暗くなった事で中心部は闇に沈み、その深さがより強調される。
位置的には上空に出現した巨大な火球の真下だ。けど、それがクレーターの原因と考えるにはあまりに不自然だと感じた。いったい何が起きたのか。
視界に展開されたマップを確認する。間違いない。
「この下、この下に響生がいる!」
目標位置に近づいたことで、地中から放たれる微弱な電波が今では鮮明に捉えることが出来た。
ウィンドウに表示された警告。それは信号が、量子情報を含まない単純なデジタル信号であり、信頼性に欠ける事を告げていた。
けど、今はこれにしか縋り付くものがない。何より信号は間違いなく響生の識別信号なのだから。
「生きてると思うの? こんな……」
サラがクレーターの中心部を呆然と眺めながら震えた声を発した。
それに強く頷く。
「きっと。ううん、間違いない。響生は生きてる。そして美玲も」
そう自分には感じる。それは根拠のない確信といっても良いかもしれない。
「化け物……」
途端に呻くように発せられたサラの声。明らかな畏怖を抱いたその声に、胸が抉られるような感覚が襲う。彼女にとっての自分たちは、さらに『人』から遠のいてしまったに違いない。
けど
「今は何と思ってもらっても構わない。響生達が生きてさえいてくれれば」
視界上のマップにZ軸を加え、立体表示に切り替える。ここは確かに信号の真上だ。けど、発信源はクレーター中心部の落ち込んだ地面よりも更に、10メートル近くも深い深度にある。
「まさか、掘り起こすとか言い出さないわよね?」
不安気なサラの声。
「大丈夫、これを見て」
自分が見ていた3次元マップをサラと共有する。
「この下には、旧時代に作られた地下空間が複雑に存在するみたい。信号の発信源はその空間の深度と重なってるでしょ? だから入口を探さなきゃ」
サラはそれには答えず目を見開き、食い入るようにマップを見つめていた。その様子に違和感を覚え、再び彼女に呼びかける。
「サラ?」
それでも返事がない。
時間が惜しい。マップ上に示された大量の地下空間の入り口の内、一番近い箇所を選びだし、その方向へと機首を向ける。
その途端、サラが声を上げた。
「待って、そこへ行っても無駄。入口は一か所しかない。他の大型の入り口は普段は閉められてるし、その一か所にだって、きっと見張りがいる」
「え?」
想像すらしなかったサラの言葉に感じた戸惑い。
「この場所知ってるって言ったでしょう?」
言いながら、サラは首に掛けられた『細い黒ずんだチェーン』を手繰るようにして、胸元から『塗装の剥げ落ちた樹脂製の小さな箱』を取り出した。
そこに納められていたのは、旧時代のワイヤレス・イヤホンの様な端末だった。だが、その端末が持つ『あまりにも悍ましい形状』に、本能的な恐怖を感じてしまう。
耳に差し入れる部分には鋭くとがった針のような物が飛び出ているのだ。
サラはその針を指でさらに引き伸ばした。それによって針の長さは5センチ程までに伸びあがり、醜悪さを増す。
使い方が想像できるだけに痛々しい。
が、次の瞬間、彼女はそれを躊躇なく自分の耳に差し入れた。途端に自分の耳にも痛みが走ったような錯覚を覚え、顔を背ける。
「そんな顔しないでよ。どっちが『普通じゃない』のか分からなくなるじゃない。
それより、早くこのデータを、私を経由して読み込んで」
頷くことしかできない。言われるがままに、読み込んだデータ。そしてウィンドウに表示された内容に愕然とする。
「何…… これ……?」
それは、一部は自分が先まで見ていたものと同じマップだった。だが、彼女が持っていたデータには自分が持っていなかった情報が大量に含まれている。
地下に網目の如く広がる空間が至る所で遮断されることで、異様に複雑化し、迷宮と化していた。
が、驚いたのは『それ』にでは無い。
マップは自分が持っていたものよりも、遥かに地中深くまで続く。明らかに上の階層とは違う『何かの施設』が設けられているのだ。そして、最深部に設けられた巨大なドーム状の空間。そこに記された『Amaterasu:01』の文字。
何故、『それ』がこんな所にあるのか。
「貴方はいったい……」
自分から漏れた驚くほどに掠れた声。
「安心して、私はまだ『彼等』の一部じゃない。
生きるために必要だったのよ。こう言うスキルが。散々ひどい目に遭ってきた。ニューロデバイスに侵食された脳を持つ。ただそれだけなのに……
私をレジスタンスに誘った人。私は確かにその話に飛びついたけど、最初から全てを信用したわけじゃない。これはその男からくすねたデータ。
皮肉よね、私にこんな運命を強いるニューロデバイスが、私にこんなスキルを与えたんだから……」
言葉を区切り唇を噛みしめたサラ。そして僅かな沈黙。
やがて彼女は何かを決意するように顔を上げた。
「提案があるの」




