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Chapter 33 Twisted destiny 再会

1



――その、すまなかった。貴様がフロンティアの事情について、疎いことは考慮しておくべきことであったな。けど、貴様も貴様だぞ。感染者とはいえ、そのような事を知る時期をこのフロンティアで過ごしているだろう?-――

「いや、ほら俺、友達少くねぇーし。アイは俺と一緒に現実世界にいたしで…… いや、アイとそんな話をする訳にもいかねぇか……

 けど、美玲だって『一人や二人』とか言うから……」


 言った瞬間、美玲が再び拳を強く握る。


「わー! 勘弁!」


 悲鳴を上げた自分に美玲は深い溜息をついた。


 フロンティアにおいて、男女間の意識融合は肉体関係上に強い意味を持つ。それを今更ながらに知った事実に強い衝撃と共に、妙な羞恥心を覚える。


 つまり、自分はこの年齢の男子が当然知っていて、一番興味があっても可笑しくはない事柄について一切知らなかったのだ。


――え、って事はフロンティアの男子って女子の身体よりも思考に興味があるって事か?


 いや、確かに、それはそれで十分神秘的であり、興味深くはあるが。


 そんな事を無意識に考えつつ、美玲に対し、それを平然と要求した自分に気づき、血が沸騰するような感覚に襲われる。


 その自分を、美玲は鋭い眼光の宿る深紅の瞳で睨み付けた。思わず肩がビクリと震える。


――そ、それと、先のあれは勘違いするなよ? 私はあまりに不甲斐ない貴様に同情したに過ぎない。その…… とにかく、決して貴様等を、その…… 


 とにかくだ。分かっていような!?――


 言葉の最後で言葉を荒らげた美玲。『いや、全然分からないんだけど……』などと言えるはずもなく


「分かってるよ」


 と呟く。同時に、自分の情けなさに深い溜息が出た。


――そ、そうか。ならいい……


 そう言う美玲の表情は何故か寂し気に見えた。全く以って良くわからない。それこそ、彼女と意識融合でもしなければ、自分は彼女の思考を一生理解できないのではないか? と感じてしまう。


 再び出る深い溜息。そして気持ちを切り替え、目の前の作業に集中を試みる。


 放置された車両の運転席に潜り込み、コンソールパネルの解体を始めた自分。暗視野により緑一色の光線で描かれた視界。配線の色が識別出来ず、酷く作業がし辛い。


――ところで、貴様は先程から何をやっている?――

「ああ、なんか使えそうだなと思って」

――どう見ても動きそうには見えんが……――


 訝し気な表情をした美玲。比較的状態は良いとはいえ、車両の状況は酷いありさまだ。地面が見えるまで錆つき朽ちた車体。タイヤはパンクし、割れたウィンドウのガラスが座席に散らばっている。大規模な火災が起きた後なのか、真面な状況で残っている車両が皆無だ。


「俺も、車両が動くとは思ってないよ。バッテリーが生きてそうだから、ナビゲーションシステムのデータが見れないかと思って。闇雲に動くには、地下構造は複雑だしな」

――ほう、良く知っているな――

「そりゃな。俺は、幼かったとはいえ、旧時代の全盛期を知ってるし、潜入要員として教育を受けた俺は、むしろこっちが専門だ。旧時代の武器やシステムについてなら多少は分かる」

――成程、なら、先にネメシスのシステムに侵入して見せたのは、ある意味で当然と言う事か――

 美玲の言葉に作業をする手を止める。


「いや、フロンティアは同技術を持つ敵を想定していない。だから、俺はネメシスのシステムについては知らない」

――そうか…… なら貴様は一体誰と意識融合をしていたのだろうな。Release memory(記憶開放)と言うシステム名から考えれば、融合相手は貴様自身と言う事になるが――

「そんな事ってあるのか?」

――無いとは言えない。意識の複製を作ることはバックアップも含め、システム的に禁止されている。そして重罪だ。だが、『出来ない』のと『やってはいけない』とでは意味が違う。もし、複製が本来の貴様とは全く別の経験を積んでいるとしたら――

 美玲の言葉に思わず肩を竦める。


「考えただけでもぞっとするな。だとすると、美玲は『別の俺』と『例の約束』を交わしたことになるね」


 美玲をネメシスから自分の義体へとロードする寸前、彼女に対し自身が発したが鮮明に蘇る。


『君の命も君の誇りも、すべて俺が守ってやる! そう俺は君に約束した。約束したんだ! だから……』


 やはり自分が発した言葉の理由が分からない。


 考えるように顎に細い指を当てる美玲。


――矛盾するな。私は誰ともそのような約束を交わした覚えはない――


 彼女の答えと共に自分の中に新たな疑問が湧く。


「美玲って、純粋なフロンティア生まれのフロンティア育ちだよな?」

――当たり前だ。何故そんな事を聞く?――


 やはりこちらも矛盾する。あの時自分の中に流れ込んできたイメージ。ズタズタに引き裂かれた装甲ジャケットを纏った美玲。あの、装備はどう考えても『肉体を持つ者』の装備だ。自分のような人型義体だったとしてもおかしい。


 この義体を作るためにはベースとなる自身の生きた細胞が必要なのだ。それも、過剰な培養分裂に耐えられるだけの若い細胞が。つまり年齢的に若い肉体を現実世界に持つ者だけが、この人型義体を扱えるのだ。


「いや…… ちょっと気になって」


 言葉を濁す。あの時、自分に流れ込んで来たイメージは間違いなく彼女の死のイメージだ。


――私の生い立ちが気になるのか?――

「あ、ああ、まあな」

――そ、そうか――


 何故か嬉しそうな表情をした美玲。何やら深みにはまった気もするが、考えても答えが導き出せそうにないそれを無視して、手元の作業に集中する。


「こいつを、繋げば……」


 動力と連動されていた配線をバッテリーから引いてきた線に直接つなぎ合わせる。その瞬間点灯する有機ELバックライト。場違いに軽快な起動サウンドと共にナビゲーションシステムが起動する。おまけに間違った時間情報に基づく挨拶まで音声で流れた。


――おおっ――


 横で美玲が明らかな歓声をあげた。思わず口元に浮かんだ笑みを強調する。


「おし、後はこいつのデータをロードすれば……」


2


 視界には旧都市の広大な地下街跡が広がる。当時の混乱と略奪痕跡が色濃く残る光景。自動ドアやショーウィンドウは無残に割られているだけではなく、防犯シャッターですらも、何かでこじ開けたかのように拉げていた。


 視界角に配置したマップ情報を頼りに歩く。旧時代のシステムとは言え、ウェアブルコンピュータとの同期システムを持つそれは、道路情報だけではなく、当時の地下街や路線図の情報までも持ち合わせていた。


 おかげで、前方、後方、両方の出口が塞がっていたハイウェイ地下トンネルから、非常口を通り、地下街に抜けた今でも、マップが機能している。


 自分の隣を歩く美玲。実体化を解いてしまえば歩く必要はないはずだが、彼女はそれをしようとはしなかった。


 旧時代の光景が珍しいのか、あらゆるものに興味を示すかの如く視線が動く。けど、それについて質問をしてくるような事もない。


 おかげで、自身が立てる金属製の装甲靴が床を踏みしめる音だけが、不気味なほど地下空間に反響を繰り返す。


 が、それは、直ぐ近くで唐突に響き渡った激しい衝撃音によってかき消された。


 背筋が凍りつく感覚。美玲も目を見開き、音の正体を突き止めようとする。答えは直ぐに見つかった。背負っていた大剣が落下したのだ。


 装甲ジャケットが溶融してしまったせいで、固定がうまくいっていなかったらしい。


 全身を駆け上がる安堵。全ての筋肉から瞬間的に力が抜けるかの様な感覚が襲う。そして事の下らなさに、失笑した。


――何故貴様はそれを持ってきたのだ? 最初の出撃の時はえらく文句を言っていた気がするが。武器の光学迷彩が不安定になっている。いつまで正常に働くか分からんぞ? それを背に背負った状態の貴様は目立つ。私がゲリラなら、まず無視はできないだろう――


 美玲の視線の先で大剣が不安定な電光と共に景色に溶け込んでいく。これは瓦礫の中に埋まっていたものを掘り起こしてまで、持ってきたのだ。


「こいつには結局なんだかんだで助けられてるしな。持ってたほうがいい気がして」

――理論的ではないな。武器に愛着が湧いたか?――

「ああ、そうかもしれない」


 自分の言葉に大げさに溜息をついた美玲。


――貴様と話していると、どうも調子が狂う。貴様は本当に状況を分かっているのか? 


 先にも言ったが、Collective Consciousnesを仕掛けた量子通信の発信源はこの付近だと見て間違いない。つまり追跡中の捕虜と出くわす可能性、もしくは新手と出くわす可能性が高い。しかも貴様は戦闘支援システムの全てを消失し、私は戦える状態にない――


「分かってる」


 だからこそ、これを持ってきたのだ。


 ヒロと再会を果たせば、最悪の場合戦闘となる。それは同時に穂乃果の意識が括りつけられたネメシスと対峙することになるのだ。


 言いながら路地を曲がる。その瞬間、目の前に広がった光景に歩みを止めた。


 崩れ落ちた瓦礫によって完全に埋まった通路。どう見ても通れそうにない。


「……またか」


 幾度となく見た光景。それによって地上へなかなか出られないばかりか、どんどん階層を潜る結果となっている。


――貴様がロードしたその地図は大丈夫なのであろうな?――

「地図はもちろん正確だ。けど、後から崩れ落ちて行き止まりになってしまったものに関してはどうにもこうにも」

――今更だが、ディジールへの通信は不可能なのか?――

「あぁ、発信機自体は生きてると思うけど、量子通信に使うソフトウェアも消去済らしい。まぁ、確かにあれも戦闘支援プログラム群の一部だし。

 一応、先の車両にフロンティアの識別信号を発信し続けるようには仕込んどいたから、バッテリーが続く限り、電波は放たれ続ける。まぁ、電波が地上まで抜けるかも分からないし、量子通信じゃないから、それを拾うのが味方だとは限らないけど」


――……そうか、もし、このままディジールへの帰還が果たせなかったら、私は貴様が構築したこの拡張現実で、貴様と二人きりの一生を送るのだな――


 その言葉に立ち止まり、美玲に視線を向ける。深紅の瞳に宿る感情が自分には読めない。


「不安か?」


 首を横に振った美玲。


――不思議とそうでもない。何処かでそれも悪くないと思っている自分がいる。この状況では私は戦闘行動をとる必要がない。と言うか、取れない。


 だからなのか、もしくは貴様の緊張感のない態度のせいか、少し気が抜けてしまったのかもしれない。休暇の時ですら感じる緊張から解放されたかのような。状況は決して、喜べるものではない。それは分かってはいるのだが――


「それも、いいんじゃないか? まぁ、言動の由縁がないにしても、あの時『守る』って言ったしな。この場は俺が全力で美玲を守る。無事ディジールに帰還するまでは少なくともな。だから、何かしようなんて考えなくていい。頼ってくれればいいんだ。


 って言っても、この状況だからな。結局俺がやることは自分自身を全力で守るってことか。なんか恰好つかねぇな」


頭を無意識にかきむしる自分。美玲は一度力なく笑い、大げさに呆れた顔をした。


――全くだ――


「まぁ、でも美玲はいつも肩に力が入りすぎてるように見えるし、軍人らしい理想像に何処か固執しているように見えるよ。軍人である前に一人の人間なんだからさ、速攻自爆するとか考えないで、もっと自分を大切にしても良いと思うぜ? だいたい目の前で仲間に自爆されたら、俺は一生自分を許せなくなる」


 美玲が目を見開く。そして僅かに微笑みを宿してそれを細めた。


――守られる……か。それも悪くない。貴様に言われると、そんな気がしてしまう…… 

 そ、そう言えば艦長殿と貴様はこのような状態で長い期間を過ごしたのであったな?――


「ああ、六年くらいな」

――ろ、六年――

 驚きと共に絶望にも似た表情を浮かべた美玲。


 その表情に慌てて言葉を足す。


「今回は良くも悪くも、そんな事にはならないから安心していいぞ? 身体パラメーターが見れないから正確には分からないけど、義体の行動可能時間はおそらく四八時間を切ってる。だから、こんな状況が続くのは、どんなに長くても48時間だ」

――随分と有り難い情報だな――

 急に不機嫌になった美玲の声が頭に響いた。


3


「また、か……」


 目の前にはまたも崩れた瓦礫によって作られた壁。マップ上にマーキングが増えていく。しかも、それには規則性があるのだ。次のマーキング箇所が予測できるほどに。否応なく感じた胸騒ぎ。


――誘導されている。おそらくこれは罠だ。地下通路に侵入した者を特定の場所に誘導するための――


 マップを険しい表情で見つめ、そう言った美玲。


 大当たりだと感じた。こんな物を用意していると言う事は、この周辺にはそこまでして守りたい何かがあると言う事だ。そしてそれはヒロと穂乃果に関係があるのだと直感する。


 けど、あまりに不利な状況。肩の生体部は激しく損傷し、自立駆動骨格の一部がむき出しになっているような状況だ。生身の人間でないことは容易にバレるだろう。


 先の一件で戦闘支援システムも失った。通信も出来ない。生体部放棄にも等しい行動をとったせいで、エネルギー消費が著しく、残りの行動可能時間は48時間を切っている。


 まして、今の状況では自身を危険にさらすことは、そのまま美玲を危険にさらすことを意味するのだ。

――引き返すしかない


 そう判断した刹那。視界の隅で何かが動いた気がした。


――……光……


 空間の向こうに漂う光、それが緑一色の世界でことさら鮮明に蠢く。それが、瞬間的に強さを増した。その眩しさに思わず目を手でかばう。


 だが、それでも可視光への自動移行プログラムを失った暗視野が仇となって目がくらんでしまう。


 足音が聞こえる。それも一人や二人ではない。


 思考コマンド入力によって強制的に可視光へと移行する。それによって光の正体が、自動小銃に固定されたサーチライトの物だと知る。


――突破するしかない


 相手が何人なのか分からない。けど、相手が普通の人間である以上、この義体を止める術は無いはずだ。


 腰を低く落とす。腰のハンドガンに手を掛けた瞬間、巨大な何かが視界を遮った。そこから放たれた眩いばかりの赤い閃光が、自分を掠め背後の壁に突き刺さる。


 耳を劈くほどの轟音が鳴り響き、電磁波干渉による激しいノイズが視界を襲った。


「なっ!」


 ノイズだらけの視界に蠢く触手。独特の駆動音。


――まさか……


 その巨体の影から、数人の人影が歩み出てくる。向けられたサーチライトが逆光になり顔が見えない。


 やがて、目が慣れてくるにそれが浮かび上がった。数人の男たちを従え、自分の数メーター前で歩みを止めた人物。それが哀れむかのような視線を自分に浴びせている。


 震える唇。それが辛うじて言葉を紡ぎ出した。


「……ヒロ……」


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[良い点] いい引きです! 次回も楽しみにしています。 [気になる点] ますます深まるReleaseMemoryの謎 [一言] ツンデレ!ツンデレ!
[良い点] 電子世界の女の子の可愛さ。 [一言] ここまで一気読みさせていただきました。続きはゆっくり読ませていただきます。
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