Chapter 32 Collective Consciousness System 集合意識
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――まず貴様に問うが、集団戦闘における優れた軍とはどう言うものだと思う?――
美玲の唐突な質問に巡る思考。
「うーん。何となくだけど優れた統率力を持った組織じゃないか? 優れた指揮官も必要だな。あ、武器の性能とかも重要か」
頷く美玲。
――確かにそれらは全て重要だが、話が複雑になるから、兵力や指揮官の能力、保有武器は全て同じだとしよう。戦術も含まない。
つまり単純に戦力的に完全に同じ能力を持った集団同士がぶつかり合う総力戦だ。そのような状況で勝敗を分けるものは何か――
「そうなるとやっぱり統率力かな。いかに個々が与えられた役割を果たすか」
――その通りだ。なら、それに対する最大の障害は何だ?――
「恐怖とか心理面?」
――それに情報の混乱や、伝達がいかに速やかに行われるかも重要だな。けど、本当にそれだけか?
想像してみてほしい。何の恐怖も感じず、痛みすら無く、与えられた役割を熟す。そして情報伝達に一切のミスや混乱が起きない完璧な統制が行われた軍隊。それはどのようなイメージだ?――
美玲の言葉によって誘発される酷く冷たいイメージ。それが、そのまま紡ぎ出される。
「機械集団……」
大きく頷いた美玲。
――だが、重要なのはこの先だ。
果たして本当にそのような機械集団が最強なのか――
「そりゃあ、それなりに強いんじゃないのか?」
素直にそう感じる。そのような集団があったとするならば、それは脅威に他ならない。決して弱くは無いのだ。
――今、それなりにと言ったな? つまり最強では無いと感じている。その理由は何だ?――
「何となくだけど、やっぱり『思い』だったり『感情』だったりで、結果って変わる事もあるんじゃないかって。なんか精神論だけど」
――正しくその通りだ。時に強い思いや願いは、個の能力を大きく変える。これは事実だ。そしてそれは集団でも同じだ。強い信念の元に高い志を持って集った集団は強い――
無意識に頷く自分。『そうでなくてはならない』と感じる。
――本題だ。『Collective Consciousness System』はそのような状況を一瞬にして作り出す。しかもそこには、情報伝達に一切のミスや混乱が起こらない――
「そんな事が可能なのか?」
――単純な話だ。口頭説明や文章、データによっての伝達はそれを解釈する人によって歪められ伝播する。しかも情報の往復に時間が掛かる。それが集団の能力の足枷となるのであれば、情報の全てを共有してしまえばいい――
美玲の言葉に納得しかけ、瞬間的に湧いた疑問。
「そんな事したら、それぞれが自分の判断でバラバラな事をし始めるんじゃ……」
――行動の根源たる意識すらも共有化するんだ。それによって、必然的に同目的によって集った集団が実現する――
「……え?」
自分の理解の範囲を急激に超えた気がした。戸惑う自分をよそに美玲はさらに続ける。
――『Collective consciousness』その言葉が示す所は『集合意識』だ。その概念は思考伝達とほぼ一緒だ。ただ、伝播する情報の範囲が圧倒的に違う。
意識そのものを伝達。五感情報、イメージや感情さえも含めた伝播だ。経験すらも共有し、個々の能力は最大値近くで統一される。
さらに、そこには戦略的情報収集システムが持つ膨大な情報が感覚的に織り込まれ、集合意識は人を遥かに超えた五感を持つ存在となる。集団は強大な意思を纏った一つの生物のように動き出すんだ。
それは『人の集団』を遥かに超えた能力と完璧な統率力を持ち、尚且つ感情や信念を併せ持つ――
「本当にそれが可能だったとしたら……」
身体が無意識に震える。それは途轍もなく巨大な力に感じた。そして何よりもフロンティアを象徴する概念だと感じる。
――だが、これは飽くまで概念であり、理想だ。そこには相当なハードルがある。実際、自分の中に他人の思考や感情が一方的に流れ込んで来れば不快極まりない。先までまさしく私はそのような状態にあったのだから良く分かる――
「事実上不可能ってことか?」
頷く美玲。その答えに感じた安堵。
――信頼し合う家族以上の仲でもなければ、他者の意識を受け入れ、自分の意識を預けるなど不可能だ。
それが故に、核になる意識を持つ者に要求される精神は並ではない。統率しようとする全ての人間の感情や意識に抗うことなく、まず自分が受け入れ、その上で個を保ち続けなければならなない。
さらに全ての人間にとって、『その者が持つ意識』が受け入れるに足る物であり、心地よい物である必要がある――
「なるほど。それが故に事実上不可能って事か」
そんな精神を持つ者がいたら、すでにそれは『人』では無い気がする。
――その通りだ。だが、過去に一人だけ、それをやってのけた者がいた。そして、それこそがこのシステムを生み出すきっかけとも言える――
「え?」
――『葛城 愛』だ。彼女は、見事それを成し、月移転後の混乱が残るフロンティアをまとめ上げ、急速な復興へと導いた。それ故に英雄なのだ――
美玲の言葉が僅かに熱を帯びた。
――実際とんでもないと思うぞ。当時のフロンティアは、世界と人口の半分を失い混乱した状態だったんだ。
不安と悲しみ、絶望、恐怖、現実世界への憎悪、国内は負の感情で溢れていたに違いない。それらの感情全て受け入れた上で、個を保ち続けるなど普通の人間に出来る事ではない。
だが、彼女はそれを成し、さらにそれらを癒し、自身の中に『国民が受け入れるに足る希望』を示した――
何処か尊敬する人物について熱く語るような表情の美玲。フロンティアの者が『彼女』についての話をする時、大抵このような表情をする。
けど、自分にはその横で顔を伏せる『アイ』の姿がどうしても浮かんでしまう。無意識に落ちた視線。アイは無事に安全な場所まで退避出来たのだろうか。
美玲の話から逸れる思考。それを窘めるかのような美玲の咳払いが聞こえた。
――とにかくだ。理想を実現するのは事実上不可能だ。現在取られている手法は単なる疑似再現に過ぎない。Collective Consciousness Systemのサーバー内で、接続者の感情を含めた意識情報が集積され、精査される。
階級等の立場、目的達成のために必要な優先順位が付けられ、大幅なフィルターがかけられた上で、個人の役割に応じてイメージが割り振られる仕組みだ。
感情面は脳内ホルモンの調整プログラムに干渉して、理想に近い感情を引きだしているに過ぎないし、経験の共有に至っても、熟練者の操縦技術をシステムアシストによって疑似的に再現しているに過ぎない。此処までは良いか?――
言葉を区切った美玲。
正直、最後に彼女が語った事については、早口だった上に内容が高等過ぎて理解できたか怪しい。けど、全ては『疑似再現にすぎない』事だけは分かった。
美玲の深紅の瞳が、返答を待ち自分を見つめる。
「『Collective consciousness system』の概要は何となくわかった。けど、それが『Release memory』と同ロジックだと感じる理由は何だ?」
――先も言ったであろう。『それが、行われた後に起きる現象が酷似している』と。真の意味で他者と集合意識化を果たした場合、記憶は残るが感情等は残らない。
当然であろう? 全ての判断の根源や感情が共有意識の中に存在するんだ。それはもはや自分の意識でも他者の意識でも無い。
共有化が解かれてしまえば、それらは互いの潜在意識の中へ断片化されてしまう。再び繋がるのは再共有化された時のみだ。
その…… 相当数の再共有化を重ねれば互いの記憶にも残るが――
言葉の最後で僅かに顔を赤らめた美玲。その変化に気付いたが、それよりも自分の中に出来た新たな疑問を優先する。
「成程…… でも良く知ってるな。『実際には不可能なシステム』が作動した後の現象を」
――私は言ったぞ?『信頼し合う家族以上の仲でもなければ』と。確かに大勢を相手にした意識融合は困難を極める。現状、疑似再現ですら大がかりなシステムが必要だ。
だが信頼し合う2者間では別だ。そして、その行為自体は日常的に良く行われている。
『他者の思考を知り、自分を知ってもらいたい』と願うのは『人』の真理だ。そして我等はその手段を持つ。何も不思議ではなかろう? ――
「え? じゃあ、美玲はやったことあるの?」
当然の疑問。だが、言った瞬間、美玲は顔を真っ赤に染めた。
――な、何を言うか貴様は!? 私をバカにしているのか? こ、この私が未経験であるわけがなかろう。そのような相手の一人や二人ぐらい――
美玲の反応に戸惑いつつ、次に訊くべき事を口にする。
「それって、俺と美玲で出来たりするのか? いや、ほらやっぱ体験してみるのが一番、早いっていうか。現象が一緒かどうか分かるし……」
――き、貴様は自分が何を言っているのか分かっているのか!?-――
悲鳴のような裏返った声が頭に響き渡った。流石に自身も動揺し始める。
「分かってる…… つもりではいるけど」
その言葉に目を大きく見開き、ますます顔を赤らめた美玲。けど、その理由が分からない。
――本気なのだな!? 後悔はしないのだな!?-――
「いや、後悔って、何故後悔する必要があるんだ? そりゃ、本気だろ。冗談言ってる場合じゃないし……」
深紅の瞳に宿る輝きが僅かに増す。その奥に潜む感情は、何故か少し喜んでいるようにも見えた。
――わ、分かった…… だが、一つだけ確認しておきたい。
その…… 責任はとってもらえるのであろうな?――
突然、恥じらう様に顔を伏せた美玲。
出てきた『責任』と言う言葉に妙な恐怖心を感じてしまう。その結果、自分から出た言葉。
「……どちらかと言うと、取りたくない……」
言った瞬間、美玲の表情が激変した。明らかな軽蔑と怒りを込めた深紅の瞳が自分を捉える。
――ば、馬鹿者ぉぉぉ!!――
叫び声と共に視界にいっぱいに広がった美玲の握り拳。『それが見事に顔面を捉える衝撃』が、ニューロデバイスへの干渉によって盛大に再現された。
「へぶっ!」
情けない悲鳴が旧都市ハイウェイの地下トンネルに響き渡る。
――な、何故こうなった……?――
洗練された技術によって、見事なまでに急所を捉えた渾身の一撃を受け、酩酊し始める意識。
その中で抱いた疑問は、誰にも届くことなく潜在意識の闇へと消えた。




