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Chapter2 アイ  ディズィール理論エリア 特別閉鎖領域

1


「2、1、逆噴射終了」

「姿勢修正0.2。周回軌道に入ります」

「地上からの照準照射無し」


 空間に浮かぶおびただしい数のウィンドウ。それぞれが優先度の高い重要情報が表示されているはずだが、内容は殆ど理解できない。

 飛び交う言葉の意味すらも。本来ならその全てを自分は理解していなければならない。


 アイは諦めたように、ウィンドウから視線を外した。視界に広がるのは、果てしない漆黒の闇。その向こう側に数億の星が輝く。そして足元に広がるのは、青い光を神々しく放つ、美しき惑星。白い雲が複雑なラインを描き、海は太陽の光を反射して筋状に光の模様を作り出している。見ているだけで吸い込まれそうになる。本能的な感動を覚え、思わず立ち上がりそうになるのをアイは辛うじてこらえた。


 三六〇度、見渡す限りの絶景。電波波長から可視光に至るまでディズィールが捉えた全ての情報が、この空間に仮想再現されているのだ。


 床も、椅子も視界を遮るため可視化されていない。おかげで自分が宇宙に漂っているような気分になる。実際平衡感覚が麻痺し、上下左右が分からなくなることが多々ある。消失した平衡感覚を取り戻すためには宙に浮いたウィンドウを確認するのが一番いい。


 ウィンドウに表示されている内容は分からないが、文字や図形と言うのは存在するだけで自分に上下の方向を教えてくれる。


 以前は強烈な吐き気に悩まされた。それが無くなっただけでも進歩したと認めてほしい。


「念のため、フィールド出力をもう一〇パーセント上昇させておいて」


 自分の隣に立つ女性が、キリっとした声で指示を出す。彼女は副長だ。本来なら艦長である自分が出すべき指示なのだろう。


「了解。陽電子フィールド、出力三〇パーセントで固定」


 誰も自分が黙って座っていることを気にも留めない。自分の仕事はここに居ることだ。


 乗艦早々にスタッフ全員を集め、その場で全権を副長に移管した。移管するためには手続き上、乗員の三分の二以上の賛成を得なければならない。手続きは乗員全員の賛成をもって終了した。


当たり前だ。最初からそういうシナリオだったのだから。


2


――艦長

「艦長!」

 アイは副長、ザイールに声を掛けられていることに気づく。


「は、はいっ」


 そして慌てて返事をする。


「しっかりしてください。確かに私は艦長から全権を移管されてはいますが、私の望みは数年後、艦長が艦長の意思で船を指揮することを切に願っています。ですから、ここにいる間は、少しでも艦の状況把握に努めてください」

「すみません」

 アイは短く答え、視線を落とした。


「私は期待しているのです。艦長には才能があります」


 やや声を和らげ、諭すように言った彼女。


 うれしくない。彼女の言う『才能』とは、葛城 愛が過去にあげた戦績だろう。


――悩んでいるようですね?――


 突然ザイールの言葉が脳内に響き渡った。ザイールが思考伝達によって自分だけに問いかけているのだ。 


――大丈夫です――。

――何か言いたい事があるのではないですか? 悩むのは結構ですが、思考の一部が漏れ出すようでは、士気に影響すると思いますが――

 ザイールの言葉によって、自分の思考の一部が、不用意にクルーに伝わってしまった事を知る。


――『思考伝達』と『思考』の切り離しが出来ないほどに集中力を欠いては、いざと言う時クルーが混乱します。実力がどうであれ、貴方が艦長である事実は変わりません――

――やめてください!――

 ついに自分の中で何かが弾けた。


――私はただの『キー』にすぎません。乗艦早々に私は貴方に全権を移管しました。それはクルー全員の賛成をもって可決されたはずです。私の役目はここにいること。それだけでも苦痛なのに、もうこれ以上望まないでほしい......――


 消え入りそうな感情。


 この艦はシステム的に自分を艦長だと認識している。おかげで、七二時間以上この特別空間から離れることが出来ない。離れれば、艦のメイン動力が停止してしまう。


 本来なら、艦長職を解任してもらい、副長をシステム的に艦長として正式に登録してほしい。


――ですが、それがこの艦の設計者の意志です。そして我々にはその決定を覆す術がありません。故にこの艦は現実世界における艦長の身体であり、艦長自身です。


 だから、本来他人によって操作されるものではありません。私たちは貴方のサポート役にすぎないのです――


――私は望んでない。私は『葛城 愛』じゃない。ただの複製。それに私には彼女のような経験も知識もない。だから、コードは一緒でも中身は別物。だからもう――


 私はAI=アイ。葛城 愛の複製としてではなく、AI=アイとして生きる。そう決めたのだ。なのに、それすらも叶わない。


――艦長。貴方は『葛城 愛』を意識しすぎています。


 確かに我らにとって『葛城 愛』は英雄です。そしてフロンティア創始者、『葛城 智也』の娘にして、我ら、最初の同胞です。


 ですが、彼女は歴史上の人物にすぎません。フロンティアの時間軸では三百年以上も前の人間なんです。


 ですが、艦長は今ここにいます。そしてこの艦も当時ではなく、今、ここに存在するのです。私の言ってる事の意味が分かりますか?――


 力なく首を横に振る。


――恐らくこの船は、創始者、葛城智也が娘のために残したのではありません。複製である貴方に残したものですーー


 アイは思わず目を見開いた。


――そんな事って......――

――でなければ、創始者によって厳重に封印されていたこの船の設計コードが最近になって開示された説明がつきません――

――智也は......父は私に何をさせようっていうの?――


 ザイールが首を横に振る。


――それは分かりません。情報が上層部で止まっているのです。独立降下潜航艦部隊と言う極めて特殊な部隊にこの艦が配属された事、そしてこの艦に与えられた『強すぎる権限』と任務の特殊性から想像出来る事はありますが、やはりそれは推測の域を出ません。ただ、いえる事もあります――


ザイールが一度言葉を止め、瞳を此方へと向けた。


――この船の名前は、フランス語で『希望』を意味しています。つまりこの船には創始者の願いが込められている。我らが艦長に期待せずにはいられない理由もそこにあります。どうかご理解を――


 納得できるはずがない。理解できるはずがない。たまらず唇を噛みしめる。


 ザイールが表情を緩める。


「それはそうと、先日、艦長が私に相談してくださった事、私はとても良い案だと思いますよ。ですから、この命令だけは艦長の口から、皆へ伝えてください」


 突然聞こえたザイールの肉声。その言葉に思わず目を見開く。


「ありがとう...... ございます」

「さぁ」


 ザイールに促され、アイは立ち上がった。


「今見ている、この光景...... 地球の姿。それを理論エリアの人達に見せてあげたいんです。現段階ではこの艦の乗員の殆どは地球出身です。だからお願いします!」


 アイの言葉にクルー達が互いの顔を見合わせた。


 そして何処からともなく拍手が上がる。


「了解です。艦長!」

「みなさん。本当にありがとう」


 アイは深く頭を下げた。


「承知とは思うが、現在地球はフロンティア占領下にあり、大型兵器による対軌道上攻撃の可能性は低い。

 だが、地上では未だにゲリラ戦に苦しまされている状況だ。我等の任務はこれを完全に殲滅するための足掛かりを築くことにある。

 大気圏突入は二十四時間後。その後は気の抜けない任務となるだろう。それを忘れないように。

 が、今日は各自交代で閉鎖エリアからの離脱を認める」


 ザイールの言葉にクルー達は歓声をあげた。


用語説明


特別閉鎖領域:理論エリア(ディズィールの量子コンピュウター内に構築された仮想空間)の中に設けられた特別空間。他領域からアドレスが切り離され、外界からの影響を一切受けない空間です。人工的な異空間の様なものを想像していただけると助かります。


逆噴射:ジェットエンジンまたはロケットエンジンの噴射の方向を進行方向と異なる向きに変えることで航空機または宇宙船の動きを制御する手法です(byウィキペディア)。作中では減速に使用しています。


照準照射:攻撃直前に行うターゲットを補足するためのレーダー照射です。


陽電子フィールド:いわゆる『バリア』です。その中で、陽電子(+の電荷を持つ特殊な電子)を用いたバリアの総称です。作中では、主に巨大戦艦を地上からの対軌道攻撃とスペースデブリ(宇宙空間を音速の数十倍の速度で移動する小石ほどの浮遊物)から保護するために常時展開しています。大気中では使えません。(大気中で使うと、陽電子と大気が反応して破壊的な光をまき散らす大惨事)


思考伝達:口を開かずとも考えていることを特定の相手に伝える事が出来る便利機能です。仮想世界の住人と、ニューロデバイスを脳に埋め込んだ者が使用できます。


対軌道上攻撃:地上から軌道上の衛星に向かって行われる攻撃です。

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[一言] 冒頭のカッコいいやり取り! 難易度高いと思うのに、凄いです!
[一言] 凄まじく作り込まれた世界観ですね圧巻です!そしてこの読み応え……ゆっくりと読み進めていきます
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