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Chapter 27 響生

1


「その、君...... いや、なんて呼べばいい?」


 言った瞬間、顔を強張らせた少女。その理由に気づき、慌てて言葉を足す。


「あ、いや別に本名じゃなくても構わない」


 少女は僅かに考えるそぶりを見せた。


「サラ・タナー。サラでいい」


 出てきた名前に感じた違和感。少女の顔はどう見ても日本人顔だ。


「え? まさか本名じゃないよな?」

「古い映画の主人公の名前」

「その映画が好きなのか?」


 自然と出た言葉に少女が首を横に振った。


「そう言うわけじゃない。その主人公は、機械に支配された世界から人類を救うの」

「そ、そうか」

 思わず出そうになった溜息を何とかこらえる。美玲の眼光が目に見えて鋭くなった。けど、先の状況に比べれば、こうやって真面な会話が成立している分遥かにマシだ。


 自分の意識が跳んでいた間に何が起きたのか。美玲は「悪いようにはしない」と言っていたのだから、それを実行してくれたのだろう。


「じゃあ、サラ、俺たちは君を解放したい。近場の中立地域で解放しようと思うが、それでいいか?」


 静かに首を振る少女。


「中立地区に行けない理由があるのか? まさか、フロンティアに追われてる訳じゃないよな?」


 少女はさらに首を横に振った。


「何処か指定はあるか? 君と遭遇した場所はちょっと難しいけど」


 言った瞬間、少女の瞳に涙が溜まり始める。そして激しく首を横に振った。予想外の反応に、自分まで動揺しそうになる。


 『何か言ってはならない事を言ったのではないか?』と瞬間的に考えたが、思い当たらない。


 やがて、少女から掠れた声がもれた。


「何処に行けばいいか、分からない......」


 その瞬間、両手を顔にあて、声を上げて泣き出した少女。彼女から出た言葉の重さに響生は言葉を失った。


2


「私がニューロデバイスを導入したのは、ずっと小さいころ。治療のためだった。だから、貴方達の言う『アクセス者』になりたかった訳じゃない」


 僅かに目を伏せ、静かに語り始めた少女。その瞳に宿る強い憂いは、彼女が語ろうとしていることの重さを容易に想像させた。


「――私の事をそこまでして生かそうとした両親はもういない。私だけが、こんな身体で生き残った。こんな事なら死んだ方がマシだったのかもしれない。


 この身体のせいで、何処に行っても異端者扱い。


 中立地帯に身を寄せたこともあるけど、ダイブは結局しなかった。あそこはあそこで、普通とは程遠い。結局そこでも馴染めなかった」


 言葉を区切り、唇を噛みしめた少女。


「中立地域は、フロンティアに縁のある者たちが、作り上げた自治区だ。我等からしたら、あそこの現状こそがフロンティアと現実世界の理想の形のように見えるがな。ただ、人の出入りが激しいが故にテロによってサバーダウンの可能性が高い危険地区でもあるが」

「あれが理想郷? 貴方達が目指す世界ってこと? 一日の大半を得体のしれない機械の中で過ごす生活が理想だっていうの?」

「そうは言ってない。我等本来の理想は、現実世界への帰還だ。だが、そんな方法は......


 どんなに、本物の肉体に近い肉体を作ろうとも、それはやはり生体とは程遠い。食事もできず、子を成すことすら不可能だ。だから、我等と共に過ごすには必然的にこちらの世界に来てもらう事になる。


 考えてもみろ、共に過ごすべき家族が、このフロンティアにいる。我らが鋼鉄の体で、そちらで過ごすのと、君達がこちらへ来ること、どちらの方が自然な暮らしができる?」


「両方とも不自然に決まってる」


 美玲の言葉を半ば遮るかのようにして出された回答。美玲の目が細められる。


 響生は大げさに咳払いをし、逸れかけた会話を強引に元にもどした。今はこんな議論している場合ではない。


「それで、中立地域を出たのか?」

「そう、私に声をかけてくれた人がいたの。『君にぴったりの仕事がある』って。そこには私のような人間が沢山いるって。それは、私が知る中で一番大きな勢力で、まともな活動をしてる『レジスタンス』に関われる仕事だった」

「レジスタンスの活動に『まとも』なものなど存在しない!」


 声を荒らげ、会話に割り込んだ美玲を、視線だけで牽制する。このままでは、話が進まない。どう考えても、美玲と少女は相性が悪い、価値観が全く異なっているのだ。美玲が、どうやってあの場を治めたのか。そんな疑問を持たずにはいられない。


「この場に私がいない方が良さそうだな」


 そう言って瞳を閉じた美玲。彼女の身体が光の粒子を纏い始める。


――美玲?――

――私はネメシスとの理論神経接続を回復して広範囲警戒にあたる。どうするか決まったら思考伝達で呼びかけろ――

――悪いな――

――これで『貸し』は2だ。ますます貴様は私から逃げられないぞ?――

 美玲の言葉に思わず咳き込む。アイが何かを感じたかのように自分を睨んだ。


「悪い。続けてくれ」


 それに気づかないふりをしつつ、言葉の続きを促す。


「私はその話に直ぐ飛びついた。けど......


 中立地区の外で、輸送車が襲われて...... 別のレジスタンスグループに私は浚われた。そこでの生活は今まで以上に地獄で......


 そんな時よ。めったに見かけることがない航空機が空を横切ったのは。大人達はそれを打ち落とすのに躍起になってたわ。その隙をついて逃げ出したの。後は貴方達の知ってる通り......


 だから、私には結局行くところなんて無い......」


 少女の瞳が伏せられる。けど、自分にはどうしてよいのか分からない。彼女を連れて行動するなど出来るはずがない。そして、彼女がそれを望んでいるとも思えなかった。


 かける言葉も見つからないまま、静寂が支配した重い時間が流れ始める。


 それを打ち破ったのは、空間に突如として現れたウィンドウだった。


 『目標ロスト』


 それは穂乃果の意識を宿したネメシスからの信号が断たれたことを意味する。


 響生は愕然と目を見開いた。


 ウィンドウには信号が途絶えた地域のマップと、地形データーが表示されている。ネメシスはこのポイントで停止状態に入ったのだ。その場に義体が委棄されていれば、穂乃果の意識は回収できる可能性が高い。


 逆に車両等に積み込まれ、移動してまえば追跡は事実上不可能だ。


 フロンティアの主力兵器をそのまま放置するなどあり得るだろうか。仮にヒロが放置したとしても、今の地上の現状を考えれば、見つけた者が何処かへ運ぼうとすることは容易に想像がついた。


「......クソっ!」


 掠れた声が漏れる。


――穂乃果......


 アイが直ぐに駆け寄って来た。


「まだ終わった訳じゃない」

「分かってる。けど......」

 爪が手の平に食い込む程に握られた拳が震える。どうしようも無い焦りが、平常心を侵食し始める。それを辛うじて抑え込んでいるのは、直ぐに行動できない現状。そして、その状況を作り出してしまった自分への激しい怒りだ。


 表示内容を変えないウィンドウから伝わる情報は、あまりに冷たく、『一番知りたい事』については何も語ってくれない。穂乃果の状況については何も語ってくれないのだ。


 内容の全てを理解したにも関わらずウィンドウを消すことができない。それによって、辛うじて繋がれている何かが切れてしまいそうな気がした。


 が、それすらも唐突に立ち上がった少女によって遮られてしまう。


「おい!」


 自分から感情に任せた荒い声が上がった。けど、その声にも振り返らない少女。思わず立ち上がり、少女の肩に手を伸ばす。が、その刹那、少女から出た思いもよらない言葉によって身体が静止する。


「この場所...... 私、知ってるかもしれない......」


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