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Chapter26 アイ

1



 話したのは他愛もない話からだった。生身の人間である響生のこと。彼との出会いや、自分のこと。


 途中で美玲がフロンティアについて補足説明をしてくれた。フロンティアには『アクセス者』と呼ばれる生身の人間が、響生以外にも多くいることや、その殆どがフロンティア内に肉親を持つ者である事等だ。


 少女の表情から、話すことの殆どが彼女の知らない情報であったことが見て取れる。それは、『地上』に生きる人々の大半が『敵』と定める『自分達』について、殆ど何も知らない可能性を否応なく連想させた。


 やりきれない感情がこみ上げてくる。


 アイはそっと少女の手を取り、自分の胸へと導いた。


「理屈じゃなくて、感じてほしい......」


 その瞬間、少女の瞳が驚いたように見開かれる。


「感じるでしょう? 私の鼓動を......  貴方は私たちの血を見て動揺してた。それは何故? 感じたままをそのまま信じてほしい。理屈じゃなくて、まずはそこから」

「嘘よ...... 何故、こんなにも......  私は......」

 少女の瞳から涙が零れ落ちた。少女に突き付けられた矛盾はあまりにも残酷なものだったのだろう。信じてきたものが揺らぐ瞬間。


「......そうだ全ては偽りだ」


 静かに口を開いた美玲。その瞳からは先のような刺々しさは失われ、何処か憂いにも似た感情が浮かぶ。


「――この世界の全ての物は形の無いデータすぎない。『自分と言う存在』ですらも。技術的には『あの日の自分』がウィンドウ操作一つで呼び出せてしまうんだ。もちろんそのような事は禁止され、ソフトウェアー上では出来ない。けど、それが可能なのは事実だ」


 何かに耐えるように瞳を閉じた美玲。


「――自身がデータに過ぎない事実に悩み、『自身がコピーである可能性』に怯えながら、人々が過ごす世界。それが、このフロンティアだ。


 創始者『葛城智也』は、この世界を『理想郷』として開発しようとしたのだそうだ。だからこそ『フロンティア』と名付けられた。


 けど、それ故に初期のフロティアは楽園とは程遠い世界だったと聞く。傷つかない身体、痛みの無い暮らしは『流入者』しかいなかった当時のフロンティアの人々から、『生の実感』を奪ってしまった。


 ただでさえ、この世界は『自己の生に対する疑問』と隣合わせだからな、当然だろう。傷つき、痛みを感じ、自身の血を見、『死』を感じることで、辛うじて『生』を感じることができる」


 嘗て肉体を持っていた者からすれば、自身がフロンティアの一部になって尚、全てを『偽りの物』と感じてしまうのだろう。『自分と言う存在』ですらも。それが故に流入者は苦しみ続ける。


 美玲の言葉に、以前、穂乃果が自分へ言った言葉が自然と蘇った。


――胸に手を当てれば、確かに鼓動を感じるよ。お腹も空くし、喉も乾く。でもこの鼓動は単なる疑似再現にすぎなくて、飲まず食わずでも死ぬことはないよね?


 だから、この世界での全ての行動は快楽に過ぎなくて、生命活動に一切の影響を及ぼさない。何をしても自分が実体のデータである事を実感してしまう――


 瞼に大粒の涙をため、自分にそう告白した穂乃果。あの時、自分は彼女にかけてあげられる言葉が見つからなかった。ただただ悲しかったことだけが思い出される。


――けど、それでも!――


 アイは少女の手を握る力を強めた。


「それでも、この世界で私たちは確かに生きてる。そしていずれ死にゆく。貴方達と何も変わらない運命を背負って、私達は生きてるの」


 少女が涙に濡れた瞳をまっすぐに自分に向けている。フロンティアの一部を理解して尚受け入れられない感情に揺れる瞳。


「なら、どうして!」


 少女が叫んだ。むき出しの感情が突き刺さる。


「互いに『人』だからだ」


 美玲が静かに口を開いた。


「――お前達が守り、維持しようと望むのと同じように、我等も守り維持しようと望む。お前達が相反する者を忌み、排除しようとするように、我等もまた、忌み排除しようと試みる。全ては互いに『人』であるが故だ。


 だが、互いに『人』であると我等は信じるからこそ、地上への侵攻はこの程度で済んだのだ。これが、ただの報復なら、我等は地上の全てを滅ぼしていた」


「この程度?」


 美玲の言葉に、少女の表情に再び強い怒りが宿る。


「言ったはずだ。被害は双方に大きくある。お前が抱く感情と同様の感情を、我等もお前達に抱く。戦争だったんだ。もちろんそれで、全てを正当化しようなどとは思わない。だが......」


 憂いを宿した深紅の瞳が閉じられる。途切れてしまう言葉。


 美玲の言葉は否応なしに『葛城 愛』がこの世界に残した言葉を連想させた。


――互いに人であるが故に争いは避けられない。


けど、互いに人があるが故に分かり合えると信じたい――


 瞬間的に湧き上がる感情。自分は『葛城 愛』のようにはなれない。けど、彼女がやりたかった事が少しだけ解った気がする。


 『自身が複製である可能性』に怯えながら過ごす世界で、自分は複製として生まれた。その意味だってきっとある。


 せめて目の前のこの少女にだけは解ってもらいたい。けどそれは、到底不可能な話なのだろう。


 紡ぎだすべき言葉が出てこない。代わりにアイはそっと少女の手を引き寄せ、彼女を抱きしめた。肩を震わせ泣き始めた少女。


 その嗚咽を聞きながら、アイは居た堪れない感情に瞳を閉じた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] テセウスの船のように連続感のあるプロセスを経てなお、別物になったと言う不安感は消えないと…。非常に納得できる世界観です。痛みも含めた生体信号を再現してもセーフティと言う不自然さを残さざるを…
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