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Chapter22 響生 ネメシス 理論領域

挿絵(By みてみん)


1



 美玲が操るネメシス内に構築された仮想領域。それはまるで旧時代の屋敷のような空間だった。芸術性が高い石造りの庭からは鹿威しの音が聞こえてくる。ある一点を除けば非常にセンスの良い空間だ。


 その一点とは、床の間に飾られた重々しい戦国甲冑が今にも刀を抜き放ちそうな体制で飾られていることだ。洗練された空間で、それだけが異様に浮いて見える。


 今現在、『少女と自分の身体』はディオシスごと、光学迷彩を纏ったネメシスの触手に覆われ、意識は美玲が構築した仮想世界内にある。


「全くこうも、問題を連れ込むとは、貴様らしいな。まぁ、それでもこの少女が『アクセス者』で助かった。ゲリラである可能が低いのと同時に例え、そうだったしても、こうして我らの世界に連れ込んでしまえば物理的な危害を加えられる心配がない」


 畳に敷かれた布団で静かな寝息を立てる少女の顔を覗き込み、ため息交じりにそう言った美玲。


 規定通りきっちりと着こなした軍服の背に、白銀の輝きを放つ長い髪を流し、深紅としか表現のしようのない瞳の色。アイに劣らず人間離れした美しさだ。


 けど、ちらりと此方に向けた視線には、何処か人を蔑むかのような光が浮かんでいる。それが、彼女の全てを台無しにしているのではないか? と言う疑問を持たずにはいられない。


「でも何で...... 何で人里離れた物騒な地域に『アクセス者』が......」


 アイから洩れた困惑した声。


 『アクセス者』は脳の五感に関する部分をニューロデバイスで置き換える処置を行った者だ。必然的にフロンティア内に、親しい者を持つか、持っていたことがある人間に限られてくる。そのような人間なら、フロンティア直轄地域か中立地域から出ないはずだ。


「分からん。全身の打撲痕に何かしらヒントがある気はするがな。けど、それは彼女が目覚めたら訊けばよかろう。それより問題は、『彼女をどうするか』ではないのか?」

「ああ、そうだな」

 美玲の冷静な分析に頷くしかできない。


「ただし、選択枝は限られているぞ。


 まずは、彼女の意識が戻るまで待つのかどうかだ。『待つ』と言うのであれば、全ての結論は彼女が目覚めてからだ。


 『待たない』と言うのであれば、『彼女を連れて此処を去る』か、『彼女を放置し、此処を去る』か。


 ただし、連れて行った場合は、デメリットしかない。肉体を持つ彼女を抱えたままでは、私は戦闘行動をとれないのだからな。それに何処かの中立地域か直轄地域に立ち寄らねばならない事になる。


 で、どうするのだ? 私は貴様に従う。そう言う命令なのだからな」


 深紅の瞳が自分を試すかのように、真っすぐと見つめてくる。


「連れていく」


 美玲の瞳が細められた。


「一番愚かな答えだ。けど、貴様らしい。一応、理由を聞いておこうか」

「ここに放置するは論外だ。そうかと言って時間も惜しい」

「どうしてだ? 彼女の家族がこの区域にいるかもしれんぞ?」

「可能性はある。けど、彼女の全身の痣...... 此処が彼女にとって良い環境ではない可能性が高いと思う。なら、何処かの中立地域で彼女を解放した方がいい。中立地域なら、彼女の意志で此処に戻ることも可能なはずだ」

「その分、貴様の妹の救出も遅れるのだぞ?」


 さらに細められた美玲の瞳。アイがその隣で不安そうな視線を自分に向ける。


「俺は、この領域を少し離れたら、単独でヒロの追跡を再開する。アイと彼女をたのむ」

「そ、そんな!」

 言った瞬間アイから反論の声が上がった。美玲が鋭い眼光をアイに向け、言葉の続きを遮る。そして閉じられた美玲の瞳。


「了解した。ここから一番近い中立地域へ向かう。その途中で、貴様とディオシスを投下しよう。生身の肉体を抱えてるんだ。出せる速度も限られるぞ?」

「あぁ......」


2


「高度を可能な限り上げた。だが、それも彼女の肉体が耐えうる限界と言う意味で上限高度だ。安全高度とは程遠い。この機体のステルス性能を考えれば、先のような攻撃さらされる可能性は低いと思うがな」


 声と同時に、白銀の髪を舞い上がらせ、光の粒子を纏いながら出現した美玲。


「悪い。助かる。にしても、この機体の方が隠密性には優れてると思うんだけどな。なんで俺の武器って変なのばかりなんだろ? しかも訓練に使った事無いような奴ばかり」


 美玲は冷たい輝きの宿る瞳をちらりと自分に向けた。


「確かに奇妙だ、と私も思い始めている。だが、同時にそれらの武器が貴様には一番合っているのではないか? とも思い始めた」

「どういう事だ?」

「この話は後にしよう。それより先にしなければならない事がある」


 何かの作業をするかのようにウィンドウを開いた美玲。その途端に寝ていたはずの少女の姿が、唐突に失われた。


「え?」


 思わず目を見開く。アイに至っては露骨に焦った表情をしていた。


「案ずるな。彼女をアドレスが切り離された別領域に移した。このままでは時間加速が行えないからな。


 今後の事を少し話し合う必要があるであろう。そして何より我等には休息が必要だ」


 美玲の言葉に頷く。生態脳をシステムに直接繋いでいる『アクセス者』が存在する仮想空間では時間加速が行えない。そして時間加速を利用しての休息は作戦行動中においては基本中の基本だ。


 ベースクロックを百倍に引き上げた空間では、現実時間での六分が仮想世界での十時間に相当する。


「貴様は、私に『何でもする』と言ったのを覚えていような?」


 唐突にそう話を切り出した美玲。その瞬間、背中に冷たい物が走り抜けたような感覚に襲われる。


「あ、ああ......」


 思わず上ずる声。アイがキョトンとした顔でこちらを見つめる。 


「あれだが私なりに考えた。私は貴様のコードが欲しい」

「は?」

 言っている事の意味が分からず思わず訊き返す。その瞬間、美玲の瞳に激しい感情が宿った。顔は何故か真っ赤に染まっている。


「貴様の子が欲しいと言っているのだ! 何度も言わせるな!」

「はい!?」

 上ずる声。全く予想すらしなかった言葉に思考は一気に混乱し、真っ白になる。視界の角ではアイが口元に両手を当て、絶句していた。


「な、何を驚く必要がある。私は代々フロンティアに使える軍人の家系に生まれた。より強いコードを望むのは当然であろう? 


 先の地上戦闘での貴様の記録を見た。まさか、あの義体で『ネメシス』を仕留めるとはな。しかも殆ど一方的な戦闘だった。


 先の話だが、貴様の武器は全て専用品だ。そしてそれは貴様の潜在能力に関連しているように思う。認めたくは無いが貴様には高い能力があると言わざるを得ない。母上も気に入ってくれるだろう」


 口調こそ冷静だが、美玲の顔は更に赤みを増し、声が僅かに震えている。その態度がより自分を混乱させる。


「そ、それは、まさか結婚しろと?」


 言った瞬間、アイが「ちょっ!」と声を上げた。が、美玲はアイに鋭い視線を向け、またも黙らしてしまう。美玲の瞳にいつもの人を蔑むような光が戻る。


「己惚れるな。私はコードが欲しいと言ったのだ。貴様はいらぬ。潜在能力が高くとも、普段の貴様は腑抜けだ。子に対して良い教育が出来るとは思えぬ」

「なんか、ひどい言いようなんですけどっ!」

 思わず叫ぶ。


「まぁ、貴様が望むなら、私が妊娠するまでは夫婦ごっこに付き合ってやらんこともない」

「んなんで、納得すっか!」

「不服か? 私の身体を妊娠するまで好きにしていいと言っているのだぞ? 貴様にとっても悪い条件ではないと思うが?」


 挑戦的な発言とは裏腹に、再び顔を赤らめ目をそらす美玲。その可愛さに不覚にもドキリとしてしまう。規定通り着こなした軍服の内側で主張する形の良い膨らみに、思わず生唾を飲み込んだ。


 その瞬間、アイに物凄い力で耳を引っ張られる。


「これは過去に私と響生の間で交わされた約束の問題だ。艦長殿は首を突っ込まないでいただきたい。湯浴みの用意が整っている故、そちらで寛いでは如何か?」


 アイに向けた美玲の鋭い視線。だが、今回はアイも同じくらい強い感情を乗せ美玲を睨み返した。


「そうさせて頂きます! ほら、響生行くよ!」

「ハイっ!?」

 さらに予想だにしなかったアイの発言。声は更に裏返る。


 けど、アイは混乱する自分の耳をさらに強く引っぱった。結果的に引きずられる形となる。


「いいでしょう!? いつも一緒に入ってたじゃん!」


 抵抗する自分にアイが怒鳴った。


「い、いつの話しをしてるんだ!?」


 悲鳴にも似た声で叫ぶ。


「な、なんと、ハレンチな!」

「痴女軍人に言われたくない!」

「ち、痴女と言ったか!? 上官と言えども今の発言はゆるせん!」


 睨み合う二人。その視線が交差する中心で、仮想空間に歪が生じたような錯覚を感じ、思わず目をこする。


「な、何でこうなった......?」


 呻くように発せられた響生の声は、誰にも届くことなく百倍に加速された空間に消えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] み、美玲がまさかのツンデレだったとは…。いいぞ! [気になる点] コードと言っているから割と味気ない情報交換かと思いきや、意外と生々しい情報交換なんでしょうか…。妊娠とかもいっているので。…
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