Chapter21 突破
1 響生
瞬間的に爆発のようなパルス衝撃を発し、猛烈な勢いで加速を開始するディオシス。途端にアイの悲鳴が脳内に響き渡るが、構っている余裕がない。
光線で表示された回避ライン上に機体を乗せると同時に、左手でハンドガンを抜き取る。
その瞬間、眼下のカーソル群の一部が赤く変わった。ロックオン状態。
この相対速度だ。上手く行けば誘爆を誘えるかもしれない。少しでも対象の数を減らし、突破の難易度を減らす必要がある。
射撃体勢に入った瞬間、視界に現れる『反動警告』。
――え?――
ハンドガン程度の武器で『反動警告』が出た理由が分からず、瞬間的に混乱する思考。それに反して、身体はオート制御によって射撃体勢に入る。
可動式装甲ジャケットに守られた左腕が、衝撃に備えて膨れ上がった。銃身が激しい帯電光をまき散らす。
次の瞬間、凄まじい勢いで開始された連続射撃。同時に機体を襲った反動の激しさに、回避ルートから弾き出されそうになる。迸る閃光。爆炎が雲海を紅蓮に染め上げていく。
――とんでもねぇ!
いったいどれだけの速度で弾丸を打ち出したのだろうか。百倍に引き延ばされた体感時間をもってしても、弾丸が目標に到達するまでのタイムラグを殆ど感じない。
赤い輝きを放つ雲海目がけ急降下するディオシス。螺旋を描く光線を追い、機体を制御する。殆ど真下に向かっての最大加速。体が浮き上がるような感覚が全身を支配する。
視界に表示された水平線が激しく回転し、対象の方向を示すマーカーは、目まぐるしく方向を変える。瞬間的に巨大化したカーソルが背後に抜けた。隣接震撼により起爆した弾頭が、遥か後方で火球を形成する。
雲海に突っ込んだ瞬間、真っ赤に染まる視界。光の中にさらにカーソルが出現する。それによって回避ルートの複雑さが増した。
――いったい何故!?
こんな機体を一機撃ち落とすのに、ここまでやるのか。そもそも、この機体はフロンティアの特徴を持っていない。なのに何故。
――目立ちすぎだ――
その疑問に答えるかのように脳内に響く声。
――美玲!?――
――奴等は飛ぶものなら何でも撃ち落とそうとするぞ。統率された部隊じゃない。その殆どは野盗化した救いがたい集団だ――
――クソっ
そう言うことか。
――私が合流するには現実時間で、あと十数秒かかる。なんとしても持ちこたえろ。私の任務を続行不可能な状態にしてみろ、ただではすまぬからな――
――任務?――
――艦長の護衛だ――
――了解、助かる――
雲を突き抜け、眼下に広がったのは漆黒の闇。人工の灯を殆ど失った地上。すぐさま地形データー補正によって、光線で形作られた地上が視界に重なる。
点在する熱源の塊。展開位置は不規則に乱れ、それぞれに関連性が有るようには見えない。僅かに思考を巡らし始めた刹那、強制展開する警告ウィンドウ。
視界上を警告表示が埋め尽くしていく。点在する熱源の塊が凄まじい勢いで、赤いカーソルでマーキングされ始める。明確な敵意、照準照射を行った証拠だ。
歩兵が持つ小型地対空ミサイルの射程の範囲まで高度が落ちている。それによって恰好の的になってしまった。
激しい光を伴った推進排気の尾を引くディオシスは、否応にも目立つ。
――完全な選定ミスじゃねぇか!
全く自分は何故こうも、不利な兵器ばかりが専用化され宛てがわれるのか。
熱源から幾つものカーソルが分離し、こちらに迫る。弾頭が射出されたのだ。
回避ルートはさらに複雑さを増し、そして唐突に消えた。無情にも表れる『回避不可能』を伝える警告。
――なっ!?――
左手のハンドガンは既に弾丸を打ち尽くしている。リロードするには時間が遥かに足らない。
引き延ばされた体感時間の中、四方八方から赤いカーソルが迫る。
――何をボケっとしている! 高度を下げろ! 森に突っ込め!
頭に響きく美玲の罵声。無意識に身体が反応した。
機体を真下に向け、スロットルを捩じ上げる。それによって、『地上が迫っていること』を告げる警告表示がさらに追加される。
森に突っ込んだことにより、奪われる視界。
細い幹を圧し折る音が激しく耳に刺さる。迫る地面。そのすれすれで機体を強引に起こそうと試みる。引き延ばされた体感時間の中、意思に反して機首が持ち上がらない。さらに地面が迫る。
「オオオオォォォォォ!!――」
自然と開かれた口から洩れる叫び声。それに呼応するかのように徐々に機首が持ち上がる。
地面に機体後部を打ち付けるようにして体制を立て直した瞬間、視界に入る光線で形作られた樹木群。
極限の集中力を維持しつつ、その合間を抜ける。後方に上がる火柱。爆風によるプレッシャーが機体制御の難易度を跳ね上げる。
唐突に視界の警告が全てなくなった。僅かな安堵。
――マジで死ぬかと思った――
――それはこっちのセリフだよ――
今にも泣きだしそうなアイの声が、頭に響いた。
機体の制御がし易い速度までスロットルを落とし、さらに樹木の間を抜ける。後は、美玲と合流できれば、この場の安全性は確保されたに等しい。
思わず出た深い溜息。思考加速レートが通常に近い状態まで自動的に落ちる。
目標の『ヒロが操るネメシス』が、まだマップ上にいる事を無意識に確認した。相当な距離が開いてしまったようだ。
――穂乃果......
目の前の危機が去ったことにより、目的へと向かう思考。僅かな気のゆるみ。その瞬間、
――前!――
アイの悲鳴にも似た声が頭に響きわたった。
目を見開く。樹木の陰から唐突に現れた人影。瞬間的に跳ね上がる思考レート。
自分と同じぐらいの少女が愕然とした顔でこちらを見つめていた。
――なっ!?――
急制動。だが、到底間に合わない。恐怖に歪んでいく少女の顔。
とっさに操縦桿を限界まで横に切ってしまう。制御を失う機体。樹木に機体後部を打ち付け、そのまま地面に叩き付けられた。尚も横倒しのまま地面を滑走する機体。それに必死でしがみ付く。この機体は、今や『アイの本体』だ。放す訳にはいかない。
二〇メートル近くも地面を滑り、ようやく停止した機体。
――アイ! 大丈夫か!?――
――うん、なんとか...... それより――
――ああ、分かってる――
アイの返事に胸を撫で下ろしつつ、脱兎の如く走り、地面に残された機体を引きずった跡を遡る。
樹木の間に横たわる人型の熱源。やはり見間違いではなかったのだ。
「おいっ!」
呼びかけに返事がない。そばに駆け寄り顔を覗き込む。固く瞑られてしまっている少女の瞳。脈を診ようにも、可動式ワイヤーが仕込まれた手袋越しでは意味を成さない。
響生はバイザーを脱ぎ捨てた。そして、少女の唇にそっと自分の耳を近づける。確かに聞こえた少女の呼吸音。その瞬間、激しい脱力感に襲われる。
響生は、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
――美玲、悪い。問題発生だ――