Chapter18 響生 ディズィール プライベート領域
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満天の星を浮かべたプライベート領域の空。ウッドデッキの向こうに臨む湖は磨き上げられた鏡面の如く空を映し込み、幻想的な光景を作り出す。いつも通りの穏やかな光景。
けど、自分にとっての今日は日常からかけ離れ、心中は穏やかとは程遠い。それは全て物理エリアでの出来事に起因する。
――いったい何故
強制的にフロンティアに戻された意識。納得いかないことだらけだ。
迷宮を彷徨い始める思考。だが、それは血相を変えて走りこんできた伊織の足音によって、強制的に止められた。
「神隠しや!! 信じてくれへんと思うけど、穂乃果ちゃんが突然消えたんや! なんかこう急に光って...... 私も夢やないかって思ったで!? でも本当なんや!」
長い黒髪を振り乱し、必死の形相で訴える伊織。
「......え?」
穂乃果は伊織と共に彼女が泊まる部屋を準備していたはずだ。何かの買い出しにでも行ったのだろうか。そう思いかけて、直ぐに否定する。
いや、変だ。穂乃果がまだ何も知らない伊織の前で空間転移などするはずがない。まして、先の出来事があった直ぐ後なのだ。ここに戻ってくるなり、穂乃果に泣きながら抱き着かれ、しばらく離れようとすらしなかった。そんな状態の穂乃果が自分に声も掛けず、何処かに行くなどあり得るだろうか。
途方もなく嫌な予感がする。
――穂乃果――
思考伝達で穂乃果に話しかける。返事がない。さらに増す不安。
思考コマンド入力によって穂乃果の位置情報の入手を試みる。そして返ってきた答えに響生は愕然とした。
穂乃果の意識はこのアマテラスに存在しない。
――どういうことだ...... どういう事だ!?
検索範囲を広げるか。けど、どの程度広げれば良いのか見当もつかない。焦りと不安から混乱する思考。
さらに、追い打ちを掛けるかのように特殊ウィンドウが開く。
――出撃命令......? こんな時に!
感じる苛立ち。だが、ウィンドウに強制意識転送までのカウントダウンが無慈悲に刻まれている。自分に拒否権など無い。
「クソッ!」
響生はそう怒鳴ると、伊織の意識をドグの元へ送る処理を実行した。
同時に命令受託処理を実行する。それによって直ちに始まる意識転送。瞬間的に光に包まれる自身の身体。
目の前では、光の粒子で包まれた伊織が驚愕の表情を浮かべていた。
――穂乃果が居なくなった。探してくれ! あと伊織をそっちに送るぞ! ちゃんと説明責任果たせよ? 後は頼んだからな!――
不機嫌全開で怒鳴る。
――どういう事だそりゃ!? って、お前っ、何処へ行くつもりだ!?――
面食らったようなドクの声。
――出撃命令だよ! クソッ――
2 伊織 サァリィーブラァル・オブジェクター オペレート室
伊織は転移するなり、全身から力が抜けてしまったかのように、その場に座り込んだ。目の前で起きた理解不能な現象が、疑いの矛先を現実から自分へと向けさせてしまう。
「世界が消えてしもうた...... 私、頭おかしくなったんやろうか......? 暁さん、あんた医者やったよな? 私の頭、もう一ぺん調べてくれへんか?」
力なく笑う伊織の先で、ドグは毛の無い頭をこれでもかと言うほど掻き毟り、顔を引きつらせていた。